「……んん」
眩い光に当てられ、暗闇に沈んでいた意識が強制的に引き上げられる。
どうやら俺はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
横になっていた体を起こし、何気なく周りを見渡した。
靄がかかったような視界が徐々に鮮明になっていき、周りの景色がよく見えるようになってくる。
そうして完全に意識が覚醒した俺は、まず初めに自分が置かれている状況に困惑してしまった。
「……どこだここ?」
そんな疑問の言葉が口をついて出る。
俺の前に広がっていたのは、見慣れた自宅の天井ではなく、果てしなく広がる色とりどりの花畑だった。
「―――おや、こんなところに人間が迷い込むなんて珍しいね」
呆然としていた俺の背後から人間の声が聞こえる。
女の声ではない。どちらかと言えば男に近い声だった。
ゆっくりと声の聞こえた方向に顔向けると、そこにはこの花畑には不釣り合いな白いテーブルと、同じような白い椅子に腰掛ける人間離れした美貌を持った銀髪の男がいた。
「やぁ来訪者くん。古き世界から排斥された者たちの住まう、退屈な世界へようこそ。歓迎…はしないけど、お茶ぐらいは出すよ」
顔に笑みを浮かべながら、銀髪の男はこちらに挨拶をしてくる。
なんとも友好的なその様子に、俺は面食らってしまう。
そんな俺の様子を見かねたのか、銀髪の男はもう一度口を開いた。
「そんなところで呆けてないで、早くこっちに来て座りたまえ。そこにいても事態はなにも変化しないよ?」
銀髪の男にそう促されると、俺の体は吸い寄せられるかのように立ち上がり、歩きだしてまたたく間に椅子に着席した。
「そうそう、それでいいんだ。さて、お客人になにも出さないっていうのも失礼だし、お茶の一つでも出そうか。何がいい?」
銀髪の男はどこか楽しげに俺へリクエストを聞いてくる。
俺は若干戸惑いつつも、飲み慣れたある飲み物の名を口にした。
「じ、じゃあ、緑茶とか…ありますか?」
「もちろんあるとも! じゃあ、準備をするから少し待っていてくれたまえ」
そう言って銀髪の男は不意に指を鳴らす。
するとテーブルの上に小さな光を放ちながら、古風な急須と二人分の湯呑みが現れた。
「……え? 何ですか今の」
「手品のようなものだよ。あまり気にしないでくれ給え」
銀髪の男が悪戯っぽく微笑む。
いやいや、何もないところから物を出現させるとかあまりにも不可思議すぎる。
流石に手品というには無理があると思うのだが。
そんな風に思っていたのが顔に出ていたのか、彼は口元で指を立てて首を振った。
「いいかい、これは手品だ。キミがなんと思おうと勝手だけど、それは変わらないよ」
…どうやら彼は絶対に手品と言い張るつもりらしい。
俺はこれ以上追求しても無駄だと判断し、黙って頷いた。
それに満足したのか、銀髪の男は急須を使って湯呑みにお茶を注いでいく。
そうしてなみなみとお茶が注がれた湯呑みを俺の前に置くと、彼は口を開いた。
「さて、せっかくここへ来たんだ。何か話でもしよう…と思ったけど、名前を知らないんじゃ話もできないか。よし、まずは自己紹介からだね」
銀髪の男はそう言って、自らの名を名乗る。
「私の名前はストレングス。この花畑で門番をしてる。で、キミの名前は?」
「えっと、俺の名前は永瀬未来といいます」
「ふむ、ナガセ・ミライくんか…いい名前だ。じゃあこれからはミライくんと呼ばせてもらおう」
銀髪の男―――ストレングスは、満足げな顔をしながら呟く。
「じゃあ何か世間話でもしようか。あ、質問とかでもいいよ。全部は答えられないけど、可能な限り答えるから」
自分が注いだお茶に口をつけながら、彼が尋ねてくる。
正直聞きたいことは山ほどあるのだが、とりあえず今は一番聞きたいことから順に聞いていこうと思う。
「じゃあ―――ここは何処なんですか?」
それを聞いたストレングスは待ってましたと言わんばかりに説明を始める。
「うん、やっぱりまずはそれを聞いてくるよね。よろしい! それでは答えてあげましょう!」
そう言って彼は懐から古びた地図のようなものを取り出し、テーブルの上に広げる。
その地図にはなんだかよくわからない文字のようなものと地形図のようなものが描かれており、古びた紙の様子と相まって宝の地図のようでもあった。
「じゃあ簡単に説明するよ。まず『ここが何処なのか』って質問、これは簡単だ。ここは人間の世界を追われた神々の暮らす場所、通称"神界"だ」
古びた地図の上をなぞりながら、ストレングスは告げる。
神界、ということは俺は今神様の住んでいる場所に足を踏み入れているってことになる。
……なんというか、突拍子がなさ過ぎて全然実感沸かないけど。
そんな思いを緑茶と一緒に腹の底へしまいつつ、彼の説明に再び耳を傾けた。
「…と言っても正確には
テーブルの上に広げた地図を仕舞い込みながら、彼は苦笑する。
地図を仕舞い終えたストレングスは自らの湯呑みをあおりながら尋ねてくる。
「とまあ、先ほどの質問の答えは以上だ。ほかに何か質問はあるかい?」
俺は気分を変え、新たな質問を投げかけた。
「じゃあ―――」
* * *
しばらくたわいのない質問を交わしあった後。
突如として俺の体が光り輝き、体の輪郭が薄くなってきた。
これは何かとストレングスに尋ねると、これは俺の意識が元の世界に引っ張られている始めている証拠らしい。
要するに、あと数分で強制的に俺は地上に帰らされるようだ。
「――それじゃあ、これでひとまずお別れだ。もう会うことはないと思うけど、健闘を祈るよ」
彼はにこやかにそう言って席を立つ。
俺もそれに釣られる形で席を立った。
「ああ、ありがとうストレングス。少しの間だったけどあなたと話ができて楽しかったよ」
俺が素直にお礼を述べると、ストレングスは一瞬顔を曇らせ、なにやら意味有りげな微笑を浮かべる。
しかしすぐさまその笑みを崩し、最後の言葉を述べた。
「……そうか、なら良かった。わざわざキミをここへ呼び出した甲斐があったよ」
「え? それってどういう―――」
最後に彼が口にした言葉の意味を問い詰めようとするが、もう遅い。
にこやかにこちらへ手を振るストレングスの姿を見たのを最後に、俺の意識は再び途切れた。
* * *
来訪者の居なくなった花畑でストレングスは一人、青年の消えた場所を眺め続ける。
その表情はどこか悲しげで、来訪者の青年を憐れんでいるようにも見える。
そんな哀愁漂う彼の背後に、いつの間にか一人の大男が現れた。
「……行ったようだな」
背後に現れた巌のような大男がストレングスに声をかける。
彼もようやく背後に現れた大男に気づき、困ったような笑みを浮かべた。
「なんだ、いたのか。まったく、盗み聞きとは趣味の悪い。かの
「はは、すまない。キミが珍しく楽しんでいるようだったからな。…で、良かったのか? あんなをことして。他の神々にバレれば
銀髪の青年はその問いにすぐには答えず、しばらく黙り込んでしまう。
そして諦めたような表情のまま、答えを口にした。
「……いいんだよ、どうせここにいても暇なだけだしね。そんなつまらない余生を送るより、リスクを冒してでも大切な人を守る余生の方がいいと思わないかい?」
「……そうか、キミがそれで良いのなら私は止めはしない。だが、くれぐれも気をつけろよ?」
「はは、もちろん分かってるさ。なんてったってこれは私の―――」
力の名を冠する神は空を見上げ、不敵な笑みを浮かべる。
その笑みは決意の現れのようでもあり――
「――一世一代の大勝負なんだからね」
―――まだ見ぬ敵に対する宣戦布告のようでもあった。
間違えて消してしまったので再投稿しました。