「ふっ!」
気合の篭った掛け声と共に、アーチャーが懐へ斬り込んでくる。
赤い火花を散らしながら激突する盾と剣。そのまま私は鍔迫り合いの形へと持ち込む。
「…フン、やはり私一人では切り崩せないか。ならば―――」
押しきれないとわかるやいなや、アーチャーは素早く身を引き、私たちから距離を置く。
そして手に持っていた剣を消し、今度は黒塗りの弓を出現させた。
「―――
アーチャーが静かに呪文のようなものを口にすると、弓を持っていないもう一方の手にドリルのような剣が現れた。
「あれは……! まさか、キャスターの言ってた宝具か!?」
アーチャーの一連の動作を見ていたマスターが焦りを露わにする。
彼の言うとおり、あれはアーチャーの宝具に間違いないだろう。その証拠に、あのドリルのような剣からはとてつもなく強力な魔力が感知できた。
あれを射たせてはまずいと、私の霊基が最大級の警告を発している。
あの矢がくれば命はない。
それはこの場にいる誰が見ても明らかなことだった。
「マシュ! アーチャーを止めてくれ!」
「了解です!」
アーチャーの宝具を止めるため、私は地面を蹴って跳躍し、勢いそのままに
しかし、それを黙って見過ごすほど彼も優しくはない。
「バーサーカー! ヤツを止めろ!」
「■■■■■■■■■■―――!!」
アーチャーが呼びかけるなり、
「■■■■■■! ■■■■■■■――!!」
「くっ!」
髪を振り乱し、なんども何度も盾に猛攻をかけるバーサーカー。その目に生気はなく、先ほどまでは緑色だった電気も今では赤黒い赤へと変色していた。
しかも自我をなくしてリミッターが外れたのかメイスを振るう力はさらに強力になっており、今の私にはそれを受け止めるので精一杯だった。
そうして私が足止めをくらっている間にもアーチャーは着々と宝具の射出準備を整えていく。
太い丸太のような刀身を引き伸ばし、細いレイピアのような矢へと変形させ、矢をつがえる。
これはいよいよまずいと感じた私は、背後にいるマスターたちに逃げるよう訴えた。
「マスター! ミライさん! このままでは貴方がたまで巻き込んでしまいます! どうか逃げてください!」
そう、このままでは全滅してしまう。そんな結果だけはなんとしても避けなくてはならない。
幸い、私が居なくなってもまだキャスターさんとランサーさん、それに加えて所長だって居るのだ。私が居なくなってもきっと彼女たちがなんとかしてくれる。
私に力を貸してくれた
だというのに。
「――っ! マスター! どうして逃げてくれないのですか!」
マスターたちは一向にその場を動かない。いや、動かないのでは無く、動こうとしない。
彼らもこのままここにいればどうなるか、それぐらいわかっているはずだ。
なのに彼らはまったく逃げようとせず、こちらをじっと見据えて立っている。
焦る私をよそに、マスターは信じられないことを言ってのけた。
「…そんなの、マシュが戦ってるからに決まってるだろ!」
その一言を聞いた瞬間、私は呆気にとられてしまう。
彼は今、『私が戦っているから逃げない』と言ったのか?
逃げなければ間違いなく死ぬというのに?
…理解が追いつかない。彼は恐ろしくないのだろうか。
「いい覚悟だ。ならばサーヴァント共々、爆ぜて消え去るがいい」
そうこうしているうちにアーチャーが弓を引き絞り、こちらへ狙いをつける。
依然バーサーカーの猛攻は止む気配をみせない。これでは彼女を押しのけたとしてももう間にあわないだろう。
もうだめだ――そう諦めかけたその刹那。
アーチャーの動きが突如として止まった。
「――ッ、身体が、動かない、何故―」
「それは私の
静寂に包まれていた校庭に響き渡る、艶のある女性の声。
その声の主は音もなく、ゆっくりとこの地に降り立った。
「お久しぶりです、アーチャー。しばらく見ない間に随分と魔力を溜め込んだようですが、頭の方は少し悪くなったようですね」
「貴様――ランサー!!」
「アナさん!!」
そこにいたのは、拠点に残っていたはずのランサーさんだった。
* * *
「バーサーカー! ランサーを殺せ!」
「■■■■■■■―――!」
アーチャーの指示を受け、すぐさまランサー襲いかかるバーサーカー。しかし、そんなバーサーカーを見てもランサーは冷静そのものだった。
自身の武器である大鎌を構え、敵を待ち受ける。
勝負は一瞬だった。
まずバーサーカーがランサー目掛けてメイスを振り下ろす。しかしそんな力任せの攻撃を受ける彼女ではない。バーサーカーの攻撃を難なく受け流すと、そのまま鎌を地面に突き立て、それを軸にがら空きになったバーサーカーの脇腹へ回し蹴りを叩き込む。
強烈な一撃をもろにくらったバーサーカーは紙くずのように吹き飛び、豪快な音を立てて朝礼台へ突っ込んだ。
この間実にニ秒弱。まさに電光石火の攻防だった。
バーサーカーを吹き飛ばしたランサーが次に標的にしたのは、未来たちから少し離れた場所にいるアーチャーだ。
それに気づいた彼はすぐに手に持っていた弓を二振りの剣へ変え、戦闘態勢に入る。
そして本日二度目になる電光石火の攻防が幕を開けた。
同時に駆け出す
戦力は五分五分――と言いたいところだが、若干アーチャーの方が有利と言えるだろう。彼は黒化して強化されたその剛力で、敵の素っ首を斬り落とさんと迫る。
力で押し切ろうとするアーチャーと、技と速さで受け流すランサー。タイプの違う両者の戦いは熾烈を極め、神速の打ち合いは十数秒続いた。
そして、拮抗した戦況がある一手を境に一気に動き出す。
「はあっ!」
「くっ!」
ランサーがアーチャーの攻撃を弾いた一瞬のスキを見て、鎖へ変化させた髪を彼の四肢に絡みつかせる。
それにより瞬きの如き時間ではあるものの、アーチャーの動きが止まる。
常人にとっては一瞬すぎてなんのチャンスにもならないスキ。しかし超常の存在であるサーヴァントにとってその僅かな間は、十分すぎるほどのチャンスになった。
「終わりです――!」
狙いすました一撃は確かに心臓を捉え、敵の霊核を破壊せんと進行する。
――
確信に近い予感がランサーの身体を掛け巡る。
しかし、その予感は予想外の形で裏切られることになる。
何故なら――
「なっ――」
「――」
心臓を刺し穿くはずだった穂先は、あろうことか
そのスキをアーチャーがみすみす見逃すはずもなく、彼はランサーの細腕を切りつけて一旦距離を取る。
絶好のチャンスを逃したランサーは、思わず歯噛みしてしまう。
あの時、タイミングも狙いも力加減も、すべてが完璧だったはずだ。
だというのに、この穂先が彼の心臓を貫くことはなかった。
彼女にとっての唯一の誤算、それは――
「……まさか、また
アーチャーが懐から取り出した大きな赤い宝石。その存在こそが彼女の攻撃を阻んだ元凶であり、彼女にとっての最大の誤算だった。
「一時は捨ててしまおうかとも考えたが…持っていて正解だったな」
自分の危機を救ってくれた宝石をまじまじと見つめながら呟くアーチャー。その顔には薄い笑みを浮かべ、なにかを懐かしむかのように宝石を弄んでいる。
そうして一通り見終わったのか、彼は宝石を再び懐に仕舞い込み、こちらに向き直る。
その顔は先ほどよりも自信に満ちた良い顔つきに変わっており、戦意も向上しているように見えた。
「…戦いを続けますか、アーチャー。貴方が続けるというのなら、私も受けて立ちますが」
「いや、やめておこう。私の幸運もさっきのアレで尽きていそうだしな。なにより、キミが来たのでは少々分が悪い。今夜はこれで停戦とさせてもらおう」
そう言って背を向けるアーチャー。
戦闘中に相手に背を向けるのは本来であれば自殺行為だが、この男にはその常識は適用されない。
今彼に斬りかかろうものなら、彼は全力で襲い掛かってくるだろう。
傷が浅いとはいえ、腕を負傷した今は戦うべきでは無い。
「…いいでしょう。此度はここで停戦とします」
「賢明な判断だ。では私はこれで失礼する。……あぁそうだ」
この場から立ち去ろうとしたアーチャーだったが、なにかを思い出したのか立ち止まり、人差し指でランサーを指差しながらあることを告げた。
「忠告だ。倒したサーヴァントの生死確認はきちんとしたほうがいいぞ? 窮鼠猫を噛む、というやつだ」
そう言い残し、跳躍して立ち去るアーチャー。その直後、時を見計らったかのように巨大な揺れがランサーたちを襲った。
* * *
「きゃっ!」
「うおっ!?」
「なんだ!?」
「―――あれは…」
アーチャーが去った方向の住宅街。そこでは無数の赤黒い雷が轟いていた。
「■◆◆■◆■■■◆!!」
それに加えて人間のものとは思えないこの絶叫。
間違いなく、バーサーカーが発したものだと断定出来た。
無数の赤雷は轟音を轟かせながらこちらへ接近してくる。その様はまさに暴風雨の如き姿で、雨が降っていないのが不思議なほどであった。
「マシュさん! バーサーカーが来ます! 援護してください!」
「は、はい! わかりました!」
呆気に取られていたマシュに援護を要請する。
彼女の守りは負傷した今の私にとって、重要な助けになる。出来ることならうまく活用して被害を最小限にとどめたい。
そうこうしているうちに、荒れ狂うバーサーカーが校庭に姿を現す。
その身体に赤雷を纏わせながら、見るものすべてを破壊するバーサーカー。その姿はまさしく狂戦士と呼ぶに相応しい姿だった。
「■■■■! ■■■■■■■■■!!」
「こっちを見た…! マシュさん、来ます!」
マシュが大楯を地面に突き立て、衝撃に備える中、荒れ狂うバーサーカーはとんでもない行動に出た。
「◆◆◆◆!」
「なっ…!?」
なんと、手に持っていたメイスを思い切りこちらに投げつけて来たのだ。
高速で回転しながら飛来するバーサーカーのメイスは大楯にぶち当たり、耳障りな金属音を立ててその場に落ちる。
バーサーカーの常軌を逸した行動に、その場にいた誰もが目をむいて驚愕した。
「自分の武器を投げるなんて……! どうやら、まともな思考能力は残っていないようですね!」
武器を失った今が好機とみた私は、全速力でバーサーカーへ肉薄し、勢いそのままに彼女の首元へ刃を振るう。
音速の刃がその命を刈り取らんとする中、彼女はまたしても驚きの行動に出た。
「!?」
なんと自らの腕を盾として、迫り来る刃を受け止めたのである。
盾になった腕からは肉が裂け、とめどなく紅の血液が溢れ出る。裂けた肉の奥からは骨のようなものも見え、なんともスプラッターな絵面になっていた。
しかしそんなことは気にも留めていないのか、彼女は血塗れの腕で殴りかかってくる。
「■■■■!!◆◆◆◆◆◆◆――!!」
「させません!」
間一髪、私の腹部を抉ろうとしていたボディブローをマシュの盾が受け止める。
しかし彼女は止まらず、風切り音を鳴らしながらマシュの盾を殴り続ける。その威力は先ほどよりはるかに増しているようで、盾を持つマシュの表情はとても辛そうだった。
これは分が悪いとみた私は鎖を使い、彼女の動きを封じ込める。
そしてマシュの耳元である作戦を囁いた。
「――――」
「……わかりました、やってみます!」
決意に満ちた表情で彼女は頷く。
その様子に安堵しつつ、私は少し離れた場所で
「その指は鉄、その髪は檻、その囁きは甘き毒―――」
心臓が早鐘を打ち、体内で魔力が脈動するのを感じる。
魔力は十分。意識は明瞭。身体機能、思考能力、共に異常なし。
久方振りの披露だが、この状態ならば最高の一撃を喰らわせられるだろう。
「やぁーっ!」
「◆◆◆◆■ッ!?」
詠唱の間囮役を担っていたマシュが突進し、バーサーカーを周囲が壁に囲まれた場所へ追い詰める。
私は地を蹴って跳躍し、退路を断たれた狂戦士へ躍りかかる。
そして一撃、二撃、三撃と、次々に超高速の斬撃を叩き込み、最後に全力の一撃をお見舞いして距離をとる。
「――これが私! 『
その言葉と共に私の眼から高圧の魔力熱線が放出され、満身創痍となったバーサーカーを焼き尽くした。
「ハァッ…ハァッ…や、やった…」
完全に動きを止めたバーサーカーを視認し、ほっと胸をなでおろす。
酷い脱力感に苛まれながらも身体を動かし、彼女に近づこうとすると、安堵した表情のマシュとミライたちが寄ってきた。
「お見事です、ランサーさん。作戦通りですね」
「…ふぅ、そうですね。マシュさんもよくやってくださいました」
「いえ、私はランサーさんの指示に従っただけですので…」
「いえいえ、そんなことは――」
謙遜するマシュをなだめ、惜しみない賛辞を送る。
事実、彼女が時間を稼いでくれなければ私は宝具を発動出来なかった。なので、この勝利は彼女のおかげでもあるのだ。
先ほどとは打って変わってどこか和やかな雰囲気に場が包まれ始める中、私たちはある物音に意識を奪われた。
「……ゥ、ウゥ…」
「「!」」
物音の発信源は瀕死のバーサーカーだった。
私たちは彼女に近寄り、苦しげに喘ぐ彼女の手をそっと握ってやる。
先ほどまでの彼女ならばそんなことは危険すぎてできなかっただろうが、今の彼女に敵意はない。というかあったとしてもこのダメージでは攻撃するのもままならないだろう。
「……こ、こ、は……?」
「…正気を取り戻したのですね、バーサーカー。貴女は暴走し、敵として私たちに襲い掛かってきたのです」
「ゥ……そう、なの、か…」
…どうやらもう目も視えていないらしい。
焦点のあっていない目が私たちを捉えることはなく、かろうじて声のする方を向いているだけ。
かつては純白のウエディングドレスだった衣服も、先の戦いで真っ赤に染まり、ところどころが破れたり焦げたりしてボロボロになっている。
なんとも痛々しい傷だらけの姿に、マシュたちは思わず目を背けしまっていた。
「……ウ、ラン、サー」
消えかけのバーサーカーが掠れた声で私を呼ぶ。
彼女の消失は少しずつ進行しており、今ではもう胸から上までしか残っていない。
なので、きっと次が彼女が発する最後の言葉になるだろう。
「あ、りが、と……」
僅かな笑みをこぼしながらそう呟くバーサーカー。
まさか礼を言われるなんて思ってもいなかったので、私は少し面食らってしまう。
しかしなにも答えないというのも憚られたので、私は彼女の手を強く握りしめて労いの言葉をかけた。
「……はい、お疲れさまでした。ゆっくりと休んでください」
その言葉を最後に、バーサーカーの身体が光の粒子となって消えていく。
消えゆく彼女の最後の
※この藤丸くんは特殊な訓練を受けています。一般の方がこのような事態に遭遇した場合、速やかに逃走することを強くおすすめいたします。