「…揃ったみたいだね。それじゃあ始めようか。進行は療養中の所長に代わって僕が務めさせてもらう」
未だ爆発事件の爪痕が残る管制室。
その広い空間に集まった二十人ほどの職員たちを見据え、ロマンは口を開いた。
「つい先刻、最後の職員であるナガセ・ミライくんが目を覚ました。これで先日レイシフトした職員は全員、無事に帰還したわけだ。まずはそれを喜ぼう」
管制室に拍手の渦が巻き起こる。けれどそれはあまりに弱々しく、すぐに掻き消えてしまいそうなほど小さな渦だ。
その様子だけでみんな疲弊しているのがわかる。そんな中、自分だけのうのうと眠っていたことにえもいわれぬ罪悪感が募った。
「…では、本題に移ろう。みんなも知っている通り、カルデアは壊滅状態にある。レフ教授―――いや、レフ・ライノールの破壊工作によって職員の七割が死亡。四十九人いたマスター候補生も二人を残して再起不能に追い込まれ、管制室などの主要施設も一部しか機能していない。…はっきり言って、
隣に立つ所長が悔しさに歯噛みする音が聞こえる。きっと彼女は今、自らを呪っているに違いない。
その証拠に彼女は、その小さな手を血が出かねないほど強く握りしめていた。
「けど、悪い話はこれで終わりじゃなかった。レフが去ったあとにカルデアの外との通信を試みたところ
…聞いてはいたけれど、いざ明言されると辛いものがある。
なにせ世界が滅びたのだ。故郷も、家も、家族も、友人も、すべて、すべて消えてしまった。
残っているのは
それを証明するように、ここに来るまでに見た外の風景はすべて真っ黒だった。
夜だからというわけではない。夜空ならばたとえ雲がかかっていたとしても、星や月に照らされてすこしだけではあるが明るくなる。
けれどここまでに見た風景はどれもこれも光が全くなかった。
まるで黒のペンキですべてを塗りつぶしたかのような完全な暗黒。一条の光すら射さない完璧な闇。
所長曰く、今のカルデアの外は完全な“無”らしい。
その無の大海に浮かぶカルデアはさしずめ、彷徨える難破船だろうか。
…まったく、どうしようもなさ過ぎて変な笑いが出てくる。俺たちは人類を守るために集められたというのに、戦う前にとどめを刺されては笑うしかない。
「この通り、僕たちは敵に先手を打たれ、敗北してしまった。悔しいけど相手が一枚上手だったと言わざるを得ないね」
ロマンは苦笑交じりにそう言う。
だがその眼は諦めた者の眼ではなかった。
「だが、まだ逆転のチャンスはある。それがこれだ」
ロマンの背後のモニターに巨大な世界地図が投影される。しかしそれは通常のものではない。
「七つの…黒点?」
そう、投影された地図には七つの黒点が表示されており、それぞれ大陸や海洋の上に渦巻いていた。
「レフは聖杯を使い、歴史の重要な
その言葉の意味を理解した俺は絶句する。それはつまり、あの特異点Fと同じことを七回も繰り返さねばならないということだ。
冗談ではない。あれと同じことを七回も? それは“死にに行け”と言っているようなものだ。命がいくつあっても足りはしない。
先の戦いで俺は何度死の恐怖に直面した? 何度膝を折りそうになった?
そんなの、数えきれないほどに決まっている。あの時はたまたま表に出なかっただけで、内心では幾度となく恐怖に敗北していた。
何度も逃げようと思った。何度も投げ出してしまいたいと思った。
けど、いつだってそれは
フジマル・リツカ。彼だって逃げたいと思っていたはずだ。
マシュ・キリエライト。彼女だって恐怖を感じていたはずだ。
オルガマリー・アニムスフィア。彼女だって死にたくないと願っていたはずだ。
だが彼らは最後まで逃げなかったし、折れなかった。
そんな彼らに影響されて、俺は最後まで逃げなかった。いや、
自分一人逃げて、“あいつは臆病者だ”と糾弾されるのが怖かった。
自分一人生き延びて、“あいつは卑怯者だ”と罵倒されるのが嫌だった。
だからなけなしの意地を張って、彼らの側に立ち続けた。その行動が自らの寿命を間違いなく縮めていると知りながら。
「この状況で君たちにこの話をするのは、半ば強制に近い。でも、滅んでしまった世界を救えるのは君たちしかいないんだ。だから―――力を貸してくれないか」
―――選んでしまった以上は止められない。
なんて言葉をどこかの誰かが言っていた気がする。
確かにそうだ、と俺は微笑みながら一歩ずつ歩をすすめる。
―――それ以上進んではいけない。
―――死にに行くつもりか、と。
心の片隅に残っていた
けれど。
「どうせ抵抗して死ぬか、無抵抗で死ぬかの二択なんだ。だったら俺は―――」
最期まで足掻いて足掻いて、足掻きぬいて終わりたい。
そんな強がりを胸に、俺はロマンの手を取った。
そして、それに続くように他の三人も手を重ねる。
「…ありがとう。これで僕たちの運命は決定した」
こうしてカルデアはレフ・ライノール及び、彼が“王”と呼ぶ存在と戦うことを決定した。
* * *
会議が終わって数時間ほど経った頃。
ダ・ヴィンチちゃんとロマンに召集されたフジマルを始めとするレイシフトメンバーたちは、カルデアの一室に集っていた。
「よーし、それじゃあお待ちかねの召喚タイムだ!」
両手に七色に輝く金平糖のような石を持ち、高らかに宣言するダ・ヴィンチちゃん。
何を隠そう俺たちは戦力増強のため、英霊召喚システム『フェイト』の中枢たる召喚室に来ていた。
「さてと、召喚の前にもう一度ルールを確認しておこうか」
そう言って彼女は備え付けのホワイトボードにペンでスラスラと文字を書いていく。
書かれた内容はこの三つ。
1.召喚者はフジマルと所長の二人
2.召喚するのはフジマルが二騎、所長が一騎まで
3.召喚した英霊とは仲良くする
「…ちょっと、どうして私が一騎でフジマルが二騎なのよ。普通に考えて逆でしょう」
二項目めを指し示し、ダ・ヴィンチちゃんをねめつける所長。
確かに彼女の言い分は一理あるかもしれない。
魔術に関してはど素人どころかそれ以下のフジマルに二騎もサーヴァントを預けるより、魔術に対して造詣が深い所長により多くのサーヴァントを任せた方が安全だろう。
だがそれを指摘されたダ・ヴィンチちゃんは一瞬だけバツの悪そうな顔をし、ややあって観念したとばかりに白状した。
「……実はスペアボディのマスター適正はかなり低くてね。フジマルくんのように、カルデアから送られた魔力をサーヴァントに供給することができないんだ」
「…ということは、今の所長はご自分の魔力だけでナガセ先輩たちを現界させているのですか?」
「あぁいや、ナガセくんたちはちょっと特殊でね。そういうわけではないんだけど―――まあとにかくそういう事情があるから、まずは一騎で様子を見ようというわけさ」
ごめんネ、と舌を出して謝るダ・ヴィンチちゃん。その様子を見た所長はしばらく不服そうな顔をしていたものの、諦めたのかため息を一つついて召喚を始めるよう促した。
「―――よーし! それじゃ気を取り直して召喚タイムといこう! 一番手はフジマルくんだ!」
室内に漂い始めた気まずい空気を払拭するかの如く、ダ・ヴィンチちゃんが高らかに宣言する。
彼女は宣言と同時にフジマルへ持っていた金平糖のような物体を渡し、ぐいぐいとフジマルを部屋の中心に立たせた。
「それじゃあまず、手に持っているその石―――聖晶石をそこの装置にセットしてくれ」
「あ、はい!」
彼が聖晶石をセットするなり、床に描かれていた巨大な魔方陣が淡い光を帯び始める。
ダ・ヴィンチちゃん曰く、これで大まかな準備は完了らしい。なんというか、ずいぶんと呆気なくて拍子抜けしてしまうというか。
「拍子抜け、って顔だね」
「うぇ? あ、いや、そういうわけでは…」
そんな気持ちが顔に出てしまっていたのか、いつの間にか近くに立っていたロマンに言い当てられてしまう。
彼はにこやかな表情を崩さずに言葉を続けた。
「カルデアの召喚術式は冬木のものをモデルにしていてね。本来は触媒やら膨大な魔力やら生贄やらが必要になるんだけど、それをダ・ヴィンチちゃんが限界まで簡略化してくれたんだ」
なるほど、さすがは万能の人。自分の時代にはなかった技術を改良するなんて、天才としかいいようがない。
「いやぁ、本当にねえ。彼女は変人だけど、正真正銘の天才なことに違いはない。本当に―――眩しい存在だよ」
「…?」
気のせいだろうか。何だかロマンの眼差しがまるで別人のように変わっているような…
「…おっと、どうやら召喚が終わったみたいだよ。どんな英霊が来てくれたのか見に行こうか」
…いや、どうやら気のせいだったらしい。
俺に話しかけてくる彼の眼差しはいつもと変わらない、ふわふわとした柔和なものだ。
そうして俺は促されるままにフジマルのいる方へ視線を向ける。
するとそこには、見覚えのある赤い外套の男と蒼い全身タイツに身を包んだ男が立っていた。
「ランサー、クーフーリン。召喚に応じ参上した。よろしく頼むぜ」
「アーチャー、エミヤ。召喚に応じ参上した。よろしく頼む」
「おや、誰が来るかは完全に運だったんだが、まさか三騎士を引き当てるとは。ずいぶんと幸運じゃないか」
ダ・ヴィンチちゃんがニヤニヤしながらフジマルを小突いている。
たしかあの二人とは冬木で出会っているはずだ。エミヤとは敵として対峙し、クーフーリンとは味方として共に戦った。
「さて、次は所長だね。今度は誰が来るかな?」
聖晶石を受け取った所長は召喚の準備を滞りなく進め、先ほどと同じように魔方陣が輝き始める。
眩い光は次第に輪郭を形作っていき、徐々に召喚される人物がどんな容姿なのかが見えてくる。
その人物は頭部に大きなヘッドフォンのようなものを着けており、手には先端に球状のものがついた棒を持っていた。
やがて光が晴れ、ついに所長のサーヴァントが姿を現す。
「…あれ?」
「これは…」
「……ウゥ」
その“少女”には、見覚えがあった。
目にかかるほど長く伸びた桃色の髪。
すらりとした長身にぴったりの純白の花嫁衣裳。
手に持った巨大な
かつて冬木の地で矛を交えた
彼女はその
* * *
「あ、ミライくん。ちょっといいかな」
「? はい、何でしょう?」
召喚が終わり、ほとんどの者が姿を消した召喚室。
これからのことに向けてひとまずマイルームで休息をとろうとした俺を引き留めたのは、同じく最後まで残っていたロマンだった。
「いきなり引き留めてごめん。実は君に伝えておきたいことがあってさ」
「いえ、大丈夫ですよ。それより伝えておきたいことっていうのは?」
「あぁ、それは所長の―――マリーについてのことなんだ」
所長のこと。
そういえばロマンは職務とは関係なく、以前から彼女と付き合いがあると聞いた。
ロマンが偶に所長のことをマリーという名前で呼ぶことがあるのはその影響があるのだろう。
「…マリーはこのところ心労が重なっていてね。隠してはいたが、特異点Fから帰ってきたときもそれはそれは酷い荒れようだった。今でこそ落ち着いてきてはいるけど、またいつ再発するかわからない。だから―――」
彼は静かに俺の手を取る。
触れた手の感触は意外にもゴツゴツとした、男らしい手をしていた。
「だから、彼女をできるだけ支えてあげてほしい。なにも仕事を手伝えだとか、難しいことをしろなんてことをいってるんじゃない。君はただあの娘の手をとって、側にいてくれるだけでいいんだ」
…今の言葉はきっと、“Dr.ロマン”としてのものではない。“ロマニ・アーキマン”という一人の男の切なる願いだ。
彼は真剣に、心のそこから所長の平穏を望んでいる。それを確信できるほどの想いが、今の言葉とその眼差しから伝わってきた。
となれば、俺が告げるべき答えは一つ。たった一つのシンプルな答えだ。
「はい。もちろんです」
首を縦に振り、肯定の意思表示をする。
俺としても彼女が苦しんでいる姿は見たくない。言葉は悪いが、あのような年端もいかぬ少女が背負いきれない責任を抱え、崩れ落ちていくような真似はさせたくない。どれほど彼女を支えられるかはわからないが、自分にできることなら積極的に支援していくつもりだ。
「ありがとう。どうかマリーのことをよろしく頼むよ」
そんな俺の思いを聞いたロマンは心底安心したような様子で笑顔を見せる。
最後に俺たちは互いの健闘を祈り、固い握手を交わして召喚室をあとにした。
つーことで次回からオルレアン編突入です。
いったい何話で完結するのか想像もつきませんが、とりあえずやってみるしかないよネ!
ちなみに召喚したサーヴァントのメンツは完全に趣味です。中でもフランちゃんは最推しなのでもしかしたら優遇されるかも?
ではまた次回。
2019/1/11 召喚のくだりを一部修正。