Fate/Masked Rider   作:ガルドン

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狂乱の弓兵

 涼やかなそよ風が髪を揺らす草原。

その清々しい場所に真ん中に、むせかえるほどの濃い血の匂いを漂わせながら、こちらに射貫くような鋭い眼光を飛ばしてくる女性がいた。

 

「―――来たか」

 

 彼女は振り向き、周囲を飛び回っていたワイバーンたちを一瞥する。

たったそれだけ。すこしだけ視線を巡らせただけだというのに、ワイバーンたちは指示されたかのように静かになった。

 

 ―――これが、サーヴァントの気迫。

全身に無数の針が突き刺さるような感覚を肌に感じ、俺は思わず息を呑む。

あの街(冬木)で戦い、触れ合った者たちと同質―――いや、それ以上の存在がそこにいた。

 

「戦いの前に一つ問おう。名も知らぬサーヴァントよ。汝らはいかなる英霊か? その奇妙な霊基はいったいなんだ?」

 

 獣のような耳を揺らしながら、彼女が問うてくる。“お前たちは何者なのか”と。

その問いに答えたのは俺ではなく、俺の前方に立っていたゼルノだった。

 

「僕たちはカルデアから来たサーヴァントだ。そして、この霊基については少々訳ありでね。話すと長くなるんだが――それでもいいかい?」

 

 彼が軽い口調でそう尋ねるも、女性は首を横に振って否定の意思を示す。

次いで手に弓を出現させ、身にまとう威圧感をさらに増大させた。

 

「いいや、いい。これから死にゆく者の長話など聞いてもなんの足しにもならないからな」

 

 ニヤリ、と口元を歪ませて話す彼女。

そのまま持っていた弓に矢を番え、彼女は喜色に満ちた表情でこう宣言した。

 

「我がクラスは()()()()()()()()()()()! 真名は“アタランテ”! 汝らの血を啜り、魂を喰らう者だ!」

 

 直後、空を埋め尽くすほどのワイバーンと大量の矢が殺到する。

しかしそんな危機的状況を前にしてもゼルノは眉一つ動かさない。それどころかそれを見て()()()()()()

 

「やれやれ、争いごとは好きじゃないんだけどねぇ」

 

 そう呟き、彼はいつの間にか出現させていた“指輪”を腰にかざす。

すると次の瞬間、機械的な音声とともに周囲に赤い魔方陣の盾が現れた。

 

「なにっ!?」

 

 まさかこうも簡単に自分の矢が防がれるとは思ってなかったのか、アタランテが驚愕の表情を見せる。

だがしかし。彼女はすぐに手にした矢を強く引き絞り、射ち放った。

飛来した矢は音速もかくやというスピードで魔法陣に食らいつく。衝撃と閃光が周囲に拡散し、風圧だけで地面がえぐれる。

およそ矢とは思えないほどの絶大な破壊力を見せた後、矢は勢いを失って折れ曲がった状態で地面に落下した。

 

 しかし敵の攻撃はそれで終わりではない。

彼女の矢が届かない背後や側面、頭上からはおびただしい数のワイバーンが押し寄せ、その鋭い牙や爪を使って魔法陣を突破せんと迫る。

この数の攻撃にはさすがの盾もあと数分持つかどうか。このまま行けば間違いなく俺たちは全滅だ。

 

「やっぱりこんなのじゃちょっとした足止めぐらいにしかならないか…ミライくん!」

 

 手を取り、俺の目を見ながらゼルノが話しかけてくる。

彼の表情はどことなく、今は離れてしまった母や父を思い出させた。

 

「いいかい、落ち着いてやるんだ。たとえ身体に何かしらの異常が起こったとしても、絶対に焦っちゃいけない。焦って少しでも手順を間違えたら、その瞬間にキミはその力に飲み込まれてしまう」

 

「―――あぁ、わかってる」

 

 大きく息を吸い込み、吐く。それをもう一度反復する。

それで十分。たったそれだけで意識は明瞭、思考はクリアになっていつでも十分な集中力を発揮できるようになる。

 

「……よし」

 

 決意を固め、腕を突き出す。

そして、真名開放のための詠唱を開始した。

 

彼方の世界におわす英雄たちよ。その力、その魂、今一時だけ我に貸し与え給え!

 

 この世界に希望はなく、終わりのない悲劇が日々を支配している。

毎日のように繰り返される殺戮。いつ自分が命を落とすかわからない恐怖。

この世界では血と涙が止めどなく流れ続け、抗うことのできない絶望が蔓延している。

 

 ―――であるならば。

俺がその絶望を祓う希望となろう。

俺がすべての涙を宝石に変えてみせよう。

どんな絶望にも諦めずに立ち向かった、かの“魔法使い”の力を持ってして、この果てのない悲劇に終局(フィナーレ)をもたらそう。

 

いざ征かん、仮面の騎士よ! 我が身はこれより、弱き者の盾とならん!

 

 周囲の魔力が脈動し、徐々に俺の身体を覆っていく。

その魂は鋼鉄より硬く。

その心は何者にも穢されず。

その力は、愛と平和のためにある。

 

変身、『幻想の仮面騎士(ライダー・ファンタズム)』!

 

 詠唱の締めくくりと共に身体が光に包まれる。

次いで炎が燃え盛り、水が舞い、風が吹き荒れ、地が揺れ、最後に巨大な竜の鳴き声を響かせながら俺は姿を表した。

 

「…なんだ、あれは」

 

 アタランテの困惑する姿が見える。

無理もない、俺だってこのデザインを見たときは大いに驚いたものだ。

けど、今なら胸を張って言える。

 

 ―――この魔法使いは、最高に格好いい希望の戦士なのだと。

 

「さぁ、ショータイムだ」

 

 * * * 

 

 騒がしかった兵士たちをなだめ、私はようやく一呼吸つく。

一部の兵士は私一人では止められる状況になかったのでやむなく魔術で眠らせた。あのまま放っておけばおそらく周りに襲いかかっていたので、仕方がない。

と、その時。

 

「キャア!?」

 

 車の外から突然巨大な轟音が聞こえ、衝撃で車体が揺れる。

いったい何事かと思い、扉から外に出た私は思わず絶句してしまう。

そこには、信じられない光景が広がっていた。

 

「うおおおおおっ!」

 

「くっ!?」

 

 そこにあったのは、緑髪のサーヴァントと互角に渡り合う奇妙な出で立ちのミライの姿。

背後では銀色の剣を手にしたゼルノが大量のワイバーンを相手取っており、彼もまた一歩も引かない戦いを繰り広げていた。

 

「おのれっ!」

 

 弓兵が瞬時に矢をつがえ、矢の雨を降らせる。

ミライはその中を必要最小限の動きで突き進み、手にした剣を弓兵目掛けて振り下ろす。

飛び散る火花。弓兵は器用にも、弓の柄でそれを防いでがら空きになったミライの腰部分に強烈な蹴りを見舞った。

 

「ミライ!」

 

 吹き飛んだ彼は近くにあった巨大な岩に豪快に突っ込む。

今のは強烈だった。場合によっては致命傷になっていてもおかしくないほどの威力を持った蹴りだ。

徐々に岩場に立ち込めていた土煙が晴れていく。私はそこでボロボロの彼を見る気がしつつ、恐る恐る見つめて―――

 

「―――いってーなコンチクショー! なんでアーチャーがこんな接近戦出来んだよ!」

 

 ピンピンしているミライに面食らってしまう。

彼はまるでダメージを受けていないかのように手で土を払うと、再び弓兵に向かって走り出した。

 

「オラオラオラァッ!」

 

 手にした剣―――いや、銃で弾をばら撒きながら突き進むミライ。

その狙いは一見すると定まっていないようにも見えたが、それは違うとすぐにわかる。

彼は適当に銃を撃ちまくっているように見えて、実は迫り来る矢を迎撃していたのだ。

その証拠に彼の身に矢が突き刺さることは決して無く、すぐ側まで迫ることはあっても直前で銃弾に叩き落とされていた。

 

「すごい…」

 

 まるで歴戦の戦士のような戦いぶりに、私は無意識にそんな声を漏らしてしまう。

そんな時だった。奥でワイバーンと対峙していたゼルノの声が聞こえてきたのは。

 

「ミライくん! こっちは片づいたよ!」

 

 見ればそこには無数のワイバーンの屍が積み重なっていた。

それらはいずれも首を切り落とされるか、頭を撃ち抜かれるかのどちらかで殺害されており、まるで容赦のない殺害方法に意図せずに同情してしまった。

 

「了解! それじゃあこっちもフィナーレといこうか!」

 

 そう言い放ち、ミライは手に嵌めていた指輪を腰元に近づける。

すると足元に赤い炎が渦巻き、みるみるうちに右足を覆い尽くす。

腰につけたマントを翻し、そのまま彼は空中に飛び上がって強烈な急降下キックを放った。

 

「だあああああ!」

 

「が―――ぐぅぅぅうああああ!!」

 

 チリチリと何かが焼ける音がし、肉の焦げる臭いが漂う。

ミライの炎を纏ったキックは間違いなくアーチャーの身体を捉え、彼女の身体を焼きこがしていた。

 

 やがてミライは翻り、綺麗な着地を見せる。

一方でアーチャーはその場に膝をつき、声もなく倒れ伏してしまった。

 

「やった…のかしら?」

 

 倒れたまま動かないところを見ると、どうやら倒したらしい。

そう判断した私は脱力した様子で立っているミライの元に急いだ。

 

「ふぃー…」

 

「ちょっとミライ! あなた中々やるじゃない! さすがは私のサーヴァントね!」

 

 サーヴァントを打倒するという大金星に、私は上機嫌で彼に話しかける。

元の姿に戻った彼も笑顔でそれに応えるが、そんな時に思いがけないことが起こった。

 

「―――ウゥアアアアア!!」

 

「アタランテ!? クソっ、まだ生きてたのか!」

 

 倒れていたアーチャーが唐突に立ち上がり、武器であるはずの弓も持たずにこちらに走り出してくる。

それに気づいたミライも追いすがろうとするが、まったく追いつけない。

 

 だがそれもそのはず。アタランテといえばギリシャ神話の中でも無類の俊足を持つ英雄として有名な女性だ。

その速さは屈強な男たちでも敵わないほどのスピードであり、彼女はその速さと弓の技術を認められて名高い英雄たちが集う船、“アルゴー船”に乗組員として搭乗した。

 

 そんな俊足の彼女に一介のサーヴァントであるミライが追いつけるはずもなく、手にした剣の切っ先が届くことはない。

慌てて銃弾を放とうとするが、それももう手遅れ。

獣のような俊敏さで私の目前まで迫ってきていたアタランテは、長く伸びた爪が目立つ手を振り上げた。

 

「ガアアアアア!」

 

「ひっ―――!」

 

 ―――殺される。

もはやどうやっても抗えないと悟った私は、せめてもの抵抗として顔を咄嗟に手で覆う。

そんなものが攻撃を防ぐ手立てになるとは到底思えなかったが、是非もなし。そんなことを考えるよりも先に身体が動いてしまったのだから仕方がない。

 

 そうして私はその瞬間を待ち続けた。しかし、いくら待ってもいっこうに痛みが腕を襲うことはない。

どういうことかと顔を上げてみると、そこには信じがたい光景があった。

 

「―――フウウウウッ…フウウウウッ…」

 

「え―――?」

 

 そこにあったのは自らの腕に噛みつき、必死の形相で振り下ろされんとする手を押しとどめるアタランテの姿だった。

 

「ダメだ…それだけは…!」

 

 目元に大粒の涙を浮かべながらそう呟くアタランテ。

いったい何が彼女を押しとどめたのかはわからなかったが、ひとまず私はその場から退散する。

しばらくして、ミライの鎖によって厳重に縛られた彼女と少しの間ではあるが、話すことができた。

 

「さぁ、殺せ…殺してくれ…」

 

 アタランテは力なくそう言う。

今の彼女からは先ほどまでの獣のような気迫は薄れ、今ではその残滓がかろうじて宿っているような状態だ。

私としても早く楽にしてあげたかったが、今はまだできない。何しろ、まだあの行為の真意を聞いていないのだから。

 

「えぇ、言われずともそのつもりです。けれどその前に一つ聞かせて」

 

「何…?」

 

「アタランテ。あなたはどうして私を殺さなかったの? あそこであなたが手を止める理由は何もなかったはずです」

 

 瞬間、アタランテが呆気にとられたような表情をする。

しかしすぐにその表情を崩した彼女は、まるで罪人が罪の告白をするかのようにあの時の真意を語り始めた。

 

「いいや…理由ならあるさ。何故なら汝は、子供の姿をしているからな…」

 

「それは…いったいどういうことですか?」

 

「私にとって…子供とは何を捨ててでもも守るべき存在だ。たとえその行いの果てに自らが破滅するとしても…私はその気持ちにだけは背けない」

 

 そこで私は不意に彼女の生い立ちについて思い出す。

彼女はアルカディアの女王として生まれたにもかかわらず、“男ではない”という理由で獣がうろつく山の中に捨てられたという過去を持っていた。

もしかすると、彼女はそれが原因で子供を特別視しているのかもしれない。

 

「だが、この地に召喚された私は…狂っていた。―――いや、()()()()()()()という方が正しいか…私は視界に入った者がどんな者であろうと、分け隔てなく頭を撃ちぬいた」

 

 血色の悪い唇が血が出るほどに噛みしめられる。

それは自分への怒りか、それともやってきたことへの後悔か、あるいはその両方か。

いずれにしろ、目の前の彼女が何かしらの激情を抱いていることに間違いはなかった。

 

「もちろん、幾度となく自害しようとした…考えつく限りの方法をすべて試し、自らの命を絶とうとしたんだ。だが無駄だった…我がマスターの令呪によって己を傷つける行動はすべて禁止させられていたからだ。あぁ―――私はいったい、どうすれば良かったんだろうな」

 

 ぽたり、と。

虚ろな瞳から涙があふれる。

…かける言葉が見つからない。救いたかったはずの存在を、自らの手で殺さなければいけない苦行。それはきっと、言葉では言い表せないほどに辛いものだったと思う。

 

「…だが、その地獄も今日で終わる。感謝するぞ、カルデアのサーヴァントたち。汝らのおかげでもう罪のない子供たちが死なずに済む」

 

 わずかに空いた鎖の隙間から、アタランテは自身の首を晒す。

そこにはわずかな躊躇いも、かけらほどの死への恐怖も見て取れない。彼女はそれほどまでに、自身の死を望んでいた。

 

「…僕がやろう。多分ミライくんじゃ一息に終わらせられないだろうからね」

 

 遠巻きに話を聞いていたゼルノが歩み寄ってくる。

手には鈍く光る銀の剣を持ち、彼はアタランテの首筋に狙いを定めた。

 

「…最期に汝らへこれを伝えておこう。我がマスターであるあの魔女は強力な“邪竜”を従えている。奴を倒したくば、かの“竜殺し”を探し出すがいい」

 

「それは…ありがとうアタランテ。願わくば、あなたの未来に幸あらんことを」

 

「…フフ、最期に数多く殺してきた子供にそんなことを言われるとは―――」

 

 “邪悪な狩人(バケモノ)には過ぎた幸福だ”と言い残して、望まぬ戦いを強要された少女は静かに消えていった。




アタランテさんが幸せになれる世界はまだですか(迫真)
ということでアタランテ戦終了です。一話にまとめたら予想以上に長くなったけど是非もないよネ!
ちなみに途中で挟んだ長ったらしい詠唱ですが、今度からは省略されます。まぁ、いつも長々と読んでたらテンポ悪いし、初回限定の特殊演出みたいなものだと考えてくれればいいかと。
次回は最後の別行動回。そろそろ藤丸くんとも合流するよ!
ではまた次回。

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