「かっったいなこの肉…しかも全然味がしねぇ」
満天の星空が広がる夜空の下、俺は苦虫をかみつぶしたような表情でそんな文句をこぼす。
アタランテを倒した俺たちは“今日中にラ・シャリテへたどり着くのは無理だ”という判断を下し、野宿をすることにした。
そうして周囲に簡易的な結界を張り、ある程度の安全を確保した休憩場所を設置した訳なのだが、俺たちは当然のようにある問題に直面する。
そのある問題というのが、前々から心配していた食料のことだ。
一応、俺のようなカルデアからレイシフトしてきた面々は一食分ぐらいなら解決できるような携帯食料を持っていたのだが、今は他にも数人の兵士たちがいる。
彼らを差し置いて自分たちだけ腹を満たすというのも気が引けたので、仕方なく先の戦いで討伐したワイバーンの肉を食べることにしたのだが―――この肉が予想以上に難物だった。
まず最初に取れる量がとても少ない。
たとえ一頭を丸ごと解体したとしても、とれる量は全体の三割程度。このせいで人数分の肉を揃えるのに苦労した。
次にに肉が尋常ではないぐらい固い。
これは俺たちが“焼く”という調理方法しか持ちえないことも影響しているのかもしれないが、とにかく肉が固い。全身筋肉かなにかなのかってくらいの固さに、何度も憂鬱にさせられたものだ。
最後に味が全くしない。
甘いとか苦いとかそうゆうのはまったくなく、ただただ味がしない。ここに前述した固さが加わると、まるでタイヤのゴムを食べているような錯覚に陥りそうになる。
とまあ、こんな始末の酷い食べ物ではあるが、貴重な食料であることは紛れもない事実。
腹が減っては戦はできぬと言うし、多少強引にでも胃に入れておくのがベストだろう。
そう自分の思考を矯正し、黙々と肉を口に放り込む。しかし現実は非情なもので、現代の食文化に慣れてしまった俺の舌がそれに適応することは最後までなかった。
「うぅ……顎疲れた…」
顎をさすりながらそんなことを呟く。
酷使し続けた顎関節は微かに熱を帯びており、動かす度に鈍い痛みが走る。
これはしばらく固いものは食べられそうにないなと内心呆れながら、俺は兵士の一人から貸してもらった地図を広げた。
目的となるラ・シャリテまではまだ距離があるが、明日の朝一番に出れば昼頃には着くだろう。
兵士たちを助けた場所が場所なだけに、一番近い街へ向かうにも時間がかかるが、そこらへんはどうしようもない。
運がなかったと思って車を走らせるしかないのだ。
「さーてと、明日に備えて早く寝るとしますかね…」
よいしょ、という掛け声とともに草で作られた寝床へ向かおうとする。
そんな俺の手を、不意に小さな手が引いた。
「ちょっと」
次いで耳に入ってくる少女の声。
突然のことに少し驚きつつも振り返ってみれば、そこには何やら訳ありな様子の所長がいた。
「どうしたんですか、所長。なにか用事でも?」
「えぇ、そうです。でなければ呼び止めたりしませんから」
それもそうだ、と共感してしまう。
彼女はたぶん、部下と必要以上のスキンシップなどはしないタイプの人だ。
おそらくあのフジマルとは真逆のタイプ。でも仕事に対する姿勢はきっちりしてるし、成果はきちんと出す優秀な経営者…みたいな?
「ちょっと。何ボーッとしてるのよ」
「あ、すいません。ちょっと考えごとしてたもんで」
おっと危ない危ない。もう少しで所長の機嫌を損ねるところだった。
一旦彼女の機嫌を損ねると、しばらく不機嫌な状態が続くことは冬木で学習している。そうなると色々と面倒だし、互いにいい思いはできないだろうから気をつけなければ。
「まぁいいわ。それより、あなたにはこれから私の警護についてほしいの」
「警護、ですか?」
「えぇそう。さっき使い魔を飛ばして辺りを調べてみたら近くに小さな湖を見つけてね。せっかくだし水浴びでもしておこうかなって思ったのよ」
「はぁ、なるほど……」
概ね事情は把握した。気分転換は大事だし、そういうことをするのもいいと思う。
いいと思うのだが―――一つだけ、気になることがあった。
「それはいいんですけど、なんで護衛が俺なんです?」
何故自分が選ばれたのかがわからない。
普通ならゼルノを選びそうなものだ。ほら、あいつ強いし、間違っても変な事とかしなさそうだし。
そういった安全度とかを考えれば断然あちらを選ぶのがベターだと思うのだが、どうして所長は俺を選んだのか。
彼女はすこし躊躇うような仕草を見せた後、その答えを口にした。
「それは……あなたと話がしたかったからよ。二人っきりでね」
「…え?」
マジか。これは予想だにしなかった展開だ。
こんなところで会話イベントが発生するとは思っても見なかった。
ざわざわと戸惑う心を落ち着ける。想定外の出来事ではあるが、ご指名を受けたからには行かざるを得まい。
「わかったらさっさと行くわよ。早く行かないと帰りが遅くなっちゃうし」
そう言ってスタスタと歩き出す彼女の背を追うようにして、俺たちは湖に向かった。
* * *
パシャパシャと水の跳ねる音が聞こえる。
湖にたどり着くなり所長は『覗いたりしたら令呪で自害させるから』と笑顔で言い残し、水浴びに入った。
思春期真っ盛りの健全な
というか今の所長は幼女だし、覗いても…ねぇ?
いや、別に少女だからダメだというわけではないのだ。未成熟な身体もとてもいいものだと思う。けど、やっぱり以前のようなモデル顔負けのグラマラスボディの方が男としてよっぽど燃えるというか―――
「ちょっとミライ。あなた失礼なこと考えてない?」
「うわぁ!? そそ、そんなことないですよー?」
慌てて本人に聞かれたら殺されそうな思考を頭の奥底にしまい、俺は苦し紛れの口笛を吹く。
その姿を見た所長は心底呆れたような表情でため息をつき、静かに隣へ腰を下ろした。
「…ラ・シャリテまではあとどれくらいかかるの?」
「だいたい半日ぐらいですかね。多分明日の朝一に出れば昼には着くかと」
「そう。なら早めに出発しなきゃね」
涼やかな湖畔の風が頬を撫でる。
熾烈な戦いを繰り広げていた昼とは違い、今は不安になるぐらい静かだ。
空を見上げれば星々が瞬き、湖面には波紋が揺らめいている。そんな中で聞こえるのはお互いの息遣いだけ。
まるで小説の一ページのようなシチュエーションに、胸が僅かに高鳴っているのを感じた。
「―――私は」
と、そんな時。
しばしの間保っていた沈黙を破り、所長が口を開く。
その声色からはただならぬ真剣さが込められているように思える。
これは大事な話だな、と感じた俺は背筋を正して彼女の声に耳を傾けた。
「昔から人に認められることがあまりなかったの。どんなに頑張っても、どれだけ自分に合わないことを成し遂げても、周りの人たちは全然私のことを認めてくれなくて。“まだやれるはずだ”とか“この程度では家督を継ぐことはできない”とか言われて、絶え間なく追い立てられるような人生だったわ」
それは―――なんとむごい人生なのか。
人間というのは基本、他人に認められなければ生きていけない生物だ。
自分のやったことを誰かに認められなければ、人間はいつか必ず挫折する。それが世の常であり、俺もそうやって脱落してきた人々を何度か見てきた。
「父が死んで、跡を継いだ後もそれは変わらなかった。それどころか酷くなる一方だった。成果を出そうと焦っていた私は部下に怒鳴り散らして、喚き散らして……そんな態度が祟って、気づけばカルデアの中に私の味方は誰も居なくなっていた」
そこまで言い終えた彼女の表情が自嘲的な表情に差し変わる。
「自業自得よね。ホントに。けどその時の私はそれに気づく余裕すらなくて、その態度を続けた。そんな最悪の状況下で私にレイシフト適正がないってことが判明して、ただでさえ多かった陰口が一層多くなって。
さすがの私も精神的に追い詰められて……あの頃はもう、何かを食べてもすぐに吐き出すような酷い状態だったわ。
―――でもそんな時に私は彼に助けられた」
「彼…?」
「あなたを、そして私を殺した人物―――レフ・ライノールにね」
歪な笑みを浮かべた緑衣の魔術師を思い出し、無意識に舌打ちをもらしてしまう。
あいつは、あいつだけは絶対に許せない。自分を殺されたこともそうだが、それ以上に何も知らない所長を利用して最後にはあざ笑いながら殺したことにどうしようもなく腹が立つ。
その行為は俺にとって、どんな事情があったとしても看過できない“悪”だ。
奴だけはいつか必ずこの手で打ち倒すと決めている。
「今思えば、あの行動も全部計算ずくだったんでしょうけど。でもとっくに限界だった私は彼に依存してしまった。それからはいつも彼を頼ってばかりで…きっと心のどこかで“レフは絶対に裏切らない”なんて馬鹿げた考えを持ってたんでしょうね。だから真実を告げられた時は何も考えられなくなるくらいショックだった」
…そうだろうとも。
たった一人の味方だと思っていた人物に裏切られるという結末は、折れかけだった彼女の心に十分すぎるほどの深い傷を与えたことだろう。
「頭が真っ白になって、何も聞こえなくなって、身体が動かなくなって。自分に突き付けられた現実を、私は受け止められなかった」
あぁ、鮮明に覚えている。
まるで焦点のあっていない目も、小刻みに震える身体も、絶望しきったその表情も。
すべての希望を打ち砕かれたその姿を、俺は間近で見ていた。
かける言葉もなかった。手を差し伸べることもできなかった。
このままでは彼女は崩れ落ちると直感的に理解していながら、自分は何もできずに彼女を見つめることしかできなかった。
「レフが私を攻撃しようとした時も、気づいていたのに動けなかった。それでもうダメだって諦めかけたその時に―――あなたは私を庇った」
そこで所長はこちらに向き直った。
月明かりに照らされた琥珀のような瞳が俺を見据えている。
「その時にあなた言ってくれた言葉、覚えてる? “あなたは死んでない。だから諦めるな”って内容のやつ。あれを聞いた瞬間に頭にかかっていた靄がすっと晴れていくような感じがして、
…そう言えばそんなことを口走っていたような気もする。
あの時の記憶は靄がかかったように曖昧であまり覚えていない。死にかけだったし仕方ないとは思うのだが。
「それがきっかけで私は最後まで手を伸ばして…その手をあなたが掴んでくれた。それについての感謝を伝えていなかったから、ここでそれを伝えておこうと思って」
なるほど、今回呼び出された理由はそれか。
たしかにプライドの高い彼女の性格ならば他人に見られるのを恥ずかしがるかもしれない。だがそこで水浴びに出ると言っておけば、後から誰かがやってくる心配もなし。護衛として連れて行くといえば、怪しまれることもなく二人きりになれる。
極めて合理的な計画だ。やはり彼女は優秀なんだなと再確認しつつ、俺は言葉の続きを待った。
「ありがとう、ミライ。あなたのおかげで私は生きることを諦めずにいられました」
それは、眩しいほどの笑顔だった。
湖面から流れる風に髪を揺らしながら微笑む彼女の姿は、美しいと形容する他ない。
「いえ、別に俺は何も。俺があそこで何を言ったにしろ、最後に決断を下したのは所長です。だから、あの場所を生き延びられたのはあなたの決断あってこそのものですよ」
お返しとばかりに、こちらからも満面の笑みを送り付ける。
少しばかり照れくさいが、幸いにも今は二人きり。たまにはこうやって素直な気持ちを表に出すのもいいだろう。
「―――さて、そろそろ戻りましょうか。明日も早いことですし」
「えぇ、そうね。早く帰って眠りましょう。ミライ、乗り物を出してちょうだい」
「了解です」
マシンウィンガーに跨り、エンジンを始動させる。
なんだか二人の距離が縮まったような気がする、そんな水辺のひと時だった。
サーヴァントとの絆が深まりました
絆Lv. Lv.0⇒Lv.1
てなわけで息抜き回です。
書いてる途中に何度も思いましたが、所長の人生ほんとに救いないなぁと。なんというか、見事に運がないですよね。
次回は合流回。そろそろあの黒いルーラーさんともご対面ですね。
ではまた次回。