「うっ、これは…」
「酷いな…」
ラ・シャリテへ着くなり、俺たちは目も当てられないようなその惨状に顔をしかめる。
やっとの思いでたどり着いたその街は、すでに何者かの敵襲を受けて壊滅したあとだった。
街を歩けば出てくるのは苦悶や恐怖の表情を浮かべて息絶えた死体ばかり。
おそらくここを襲ったのは圧倒的なまでの力を有した者だったのだろう。
例えば―――サーヴァントのような。
死体の中にはまだ小さな子供や女性も含まれており、そのすべてが身体を何かに貫かれたような状態で死んでいた。
そんな荒れ果てた街の中を散策し終わり、ここには何もないと判断して別の街に向かおうと歩き出したその時。
近くに積まれていた瓦礫の山の中から、小さな物音が聞こえてきた。
「まさか…!」
いてもたってもいられずに音のした箇所を懸命に調べる。
瓦礫をどけ、土を払い、砂ぼこりが舞う中でようやく見つけ出したのはまだ小さな少女だった。
衰弱してはいたもののまだ息はあるらしく、薄い胸が規則的に上下している。
「この娘…まだ息があります!」
「本当!? ミライ、早くその娘をこっちに! ゼルノは食料と身体を温められるようなものを探してきて!」
「OK! 超特急で探してくるよ!」
一瞬で静かだった場所が慌ただしくなる。
所長が飛ばした指示を手が空いた者がやり、資材が足りなければ誰かが探してくる。
チームプレーとは到底呼べない代物ではあったが、少女を救いたいという気持ちはみな同じだ。
そうして今できる処置をすべてし終えたその後、小ぎれいになった少女はゆっくりと瞼を開けた。
「…ん」
「お、目が覚めたかい?」
「え…? おにいさん、だぁれ?」
キョトンとした目で少女がこちらを見つめてくる。
その様子からはまだこちらに対する恐怖などは感じられない。けど、もしかしたらいきなり怖がることもあるかもしれないので、なるべく優しい口調を心がけて話しかけた。
「お兄さんはミライっていうんだ。旅をしてこの国を周ってる旅人さんだよ。それで、こっちがオルガマリーさんとゼルノおじさん。お兄さんとおんなじ旅人さんなんだ」
「たびびとさんなの? だからそんなへんなかっこうしてるんだね」
「あはは、よく言われるよ」
…よし、出だしは好調だ。
このままの感じで会話を続けていこう。
「それでね、よければキミの名前を教えてくれるかな?」
「いいよ! わたしはね、“アリス”っていうの!」
「アリス…アリスか。ありがとう。いい名前だね」
そう言って優しく頭を撫でてみる。
すると彼女は純粋な、輝くばかりの満面の笑みをこちらに向けてくれた。
「あ、そうだ。ねぇねぇミライさん。わたしのおかあさんしらない?」
「え? あぁ、えっと…ごめん。見てないな」
「そっか…おかあさん、どこいっちゃったんだろ」
シュンとした様子で肩を落とすアリス。
…真実を伝えるべきなのだろうか。
どうせそのうち嫌が応でも分かってしまうことなのだから、いっそのことここで言ってしまったほうがショックが小さいのではないか。
そんな考えが頭に浮かぶが、すぐにぶんぶんと頭を振ってそれを否定する。
もしかしたら今もどこかで彼女の母親が生きているという可能性も捨てきれない。
死体をこの目で見たというわけではないのだから、ここで安易に結論を出してしまうのは早計だろう。というか、言ったところでアリスがそれを受け止めきれるという保障はないのだから、隠し通せるうちは隠しておくべきだ。
そう思考を結論づけ、俺はおもむろに立ち上がって所長のいる方へ向かった。
「所長。どうやらここも安全ではなさそうですし、早めに移動した方がいいのでは?」
「そうね。他に生存者もいなさそうだし、別の街に向かいましょうか」
両者の意見が一致したので、すぐに行動を開始する。
正直言ってこの惨状はまだ子供のアリスには刺激が強すぎるので、とりあえず視界に入らないように留意しながら彼女を運ぶことにする。
そうして入ってきた場所に向かって移動を開始した俺たちだったが―――ゼルノのある一言でそれは中断された。
「―――おや?」
「ん、どうしたゼルノ?」
まるで何かを感じ取ったかのようにゼルノの動きが止まる。
いったいどうしたのかと尋ねてみれば、彼は予想だにしない一言を言ってきた。
「これは―――間違いない、マシュちゃんがこの近くに来てるみたいだ」
「はぁ!? マジかよ!」
それは予想外の報告だった。
マシュがこの近くにいる。それはつまり、フジマルたちがこのラ・シャリテ近辺にやってきているということだ。
まさに棚から牡丹餅、瓢箪から駒というやつだ。期せずして俺たちは、同時に二つの目的を達成できたわけである。
「ゼルノ! 細かい場所はわかるか!?」
「うーんと……うん、どうやら彼女たちは街の外で立ち止まってるみたいだ。おそらくあちらでも僕たちの存在を感知したんだろう」
そいつはグッドタイミング。つまりこのままいけばフジマルたちとぶち当たるというわけだ。
となれば俺たちがとるべき行動は一つ。
「よーし! それならすぐにでも街を出るぞ!」
それまでよりも早く足を動かし、出入口の門を目指す。
やがて視界いっぱいに広がる草原が見えてきて、それと同時に特徴的な衣服をまとった一団が門前にたむろしているのも見えてきた。
「あっ、いました! ミライせんぱーい!」
「おーい! しょちょー! ミラーイ!」
「ウー!」
「おーおー、ずいぶんと大勢を引き連れてきたもんで。この街に生き残りはないんじゃなかったのか?」
『え!? おかしいな、計器に異常はないはずなんだけど…』
「まぁいいじゃないか。別に生きていて困るような者たちでもあるまい?」
「そうですね。むしろこれは喜ばしいことです」
…あれ? なんか増えてない?
* * *
『―――なるほど。そちらの事情は概ね把握したよ』
ラ・シャリテから少し離れた草原地帯。
見晴らしのいいその真ん中で、俺たちは互いの情報交換を終えて一息ついていた。
「しっかし驚いたぜ。まさかそっちに敵のアーチャーが来てて、それをお前さんがぶっ倒したってんだからな」
「いや、正確には倒し損ねてたし、そんなに誇れることでもないっていうか…」
「謙遜すんなって。そんな初心者みたいな状態でそこまでやれたんだ、上等以外の何モンでもねぇよ。そら、胸張りな!」
バシバシと武骨な掌が背中を叩く。
褒められたのは嬉しいのだが、叩く力が強いのでちょっと痛い。
あまりに遠慮なしに叩かれるもんだから何度かむせそうになってしまった。
「それにしても、召喚の際に強制的に“狂化”を付与するとは…敵も随分とリスキーな策に走ったものだな」
「まったくです。一歩間違えば自らを破滅に導く策でしょうに」
たしかに、とついつい彼らの言葉に頷いてしまう。ジャンヌやエミヤの言っていることはもっともだ。
狂化とは文字通り、付与した英霊を狂気に陥れるスキル。狂化した英霊はスキルのランクに応じてステータスを底上げされるものの、その魔力消費も同じように吊り上がっていく。
いくら聖杯を手にしているとはいえ、七騎ものサーヴァントの魔力を負担するとなればその負担は計り知れないものになっているだろう。
「そして、アタランテさんが最期に言い残したという“邪竜”…本物の竜種を相手にするとなると苦戦は避けられないでしょうね」
「ふむ、邪竜か…そう呼ばれ、かつ英雄に倒されたとなるとかなり候補は絞られてくるな」
「まぁな。けど心配すんな。オレの宝具にかかればどんな野郎でもイチコロだからよ!」
なはは、と快活に笑うクーフーリン。
その自信がただのハッタリではないことはフジマルから十二分に聞き及んでいる。
彼らが偶然遭遇した市街地防衛戦ではその一騎当千ぶりをいかんなく発揮し、襲来したワイバーンの大半を仕留めたのだとか。
「貴様の槍はいつも肝心な時に外れるだろうに…まぁいい。それより、今後についてはどうする?」
『そうだねぇ……とりあえず当分は街を巡りつつ、噂の竜殺しくんを探すことにしよう。戦力は多いに越したことはないしね』
「妥当な判断ね。いいでしょう、しばらくはその方針で―――」
所長がそう言い切ろうとしたその時。
唐突に風がやみ、視界が暗黒に染まった。
「なんだ!?」
突然すぎる出来事にその場にいた全員が困惑する。
一瞬にして静まり返ったその場に、今度はロマンの叫び声にも等しい声がこだました。
『な―――そんなバカな!?』
「どうしたドクター!?」
『多数のサーヴァント反応がそちらに接近している! 数は―――五騎!? しかもサーヴァントとは別の巨大な生体反応も確認できるぞ!?』
噂をすれば何とやら。焦りに満ちた様子で告げられた警告に、みな表情をこわばらせる。この状況下で襲撃してくるサーヴァントなど一人しか考えられない。
竜の魔女―――もう一人のジャンヌ・ダルク。彼女が軍勢を率いて襲撃をかけてきたことは、火を見るよりも明らかなことだった。
「ハッ、いいねぇ。こっちから出向く手間も省けたってもんだ」
クーフーリンが獰猛な笑みを浮かべる。
その手には妖しく輝く朱槍が握られており、彼が迎撃する気だということを雄弁に語っている。
他のサーヴァントたちもそれに続くように武器をとった。
『あぁもう、みんな戦う気満々じゃないか! 確かに数では対等だけど、もう少し考えた方が―――』
「いいや、これはもうダメだな。敵の速度が速すぎる。これでは逃げたところで追いつかれるのが関の山だろう」
同行しているサーヴァントの中でも随一の視力を持つエミヤが断言する。
ロマンもそれに気付いたようで、徐々に語勢が小さくなっていく。
そうしてついに覚悟を決めたのか、彼もコンソールを素早く操作して援護の体制を整えた。
ほどなくして、強烈な魔力を撒き散らしながら一匹の黒竜が舞い降りる。
その背に立つは、ジャンヌとは正反対の黒のを基調とした配色の女性。傍らには狂気に満ちた眼差しでこちらを見据えるサーヴァントたちの姿があった。
「あれが―――」
竜の魔女。この世界に現れた異物。罪無き人々を殺し、自らの復讐を果たそうとする黒い聖女。
彼女はこちらを睥睨し、もう一人の自分の前で視線を止めたかと思えば、突然くつくつと笑いだした。
「プッ―――アハハハハ! 何よあの貧弱な霊基! あんな小娘に頼るなんて、この国はどれだけ愚かだったのかしら!」
ジャンヌを指差し、滑稽で仕方がないとばかりに嘲り笑う竜の魔女。
しかし嘲笑われているジャンヌ自身はそんなことを気にも止めず、毅然とした態度で彼女に向き合って己が疑問をぶつける。
「貴女は―――貴女はいったい誰なのですか!?」
「はぁ? 見てわからないのかしら?
「馬鹿な…! なぜそんなことを!」
「何故って、そんなの決まってるじゃない。
「―――」
絶句する他なかった。
姿やクラスが同じであろうと、二人のジャンヌのあり方はあまりにもかけ離れている。
片やすべてを守らんとする裁定者。片やすべてを殺さんとする復讐者。
彼女たちはまるですべてが反転したかのような、対極のあり方をしていた。
「…さて、お喋りの時間はここまでです。ここから先は殺戮の時間。英霊も、人間も、英霊とも人間ともつかないまがい物も、すべて私の炎で燃やし尽くしてあげましょう!」
黒い聖女が旗を掲げる。
それに呼応するかのごとく、傍らに控えていた四騎のサーヴァントたちが一斉に行動を開始した。
かくしてジャンヌと相対するは竜の魔女。
マシュと相対するは杖を持った長髪の女性。
フランと相対するは仮面をつけた女性。
ゼルノと相対するは気品ある金髪の男性。
エミヤとクーフーリンと対峙したのは巨大な黒竜。
そして、俺と相対するはレイピアを手にした女剣士。
その装いから察するに、彼女のクラスはセイバーだろう。
「…所長。アリスとフジマルを頼みます」
「えぇ、任されました。行ってきなさい、ミライ!」
了解の意を示すサムズアップを残し、強く地面を蹴って宝具を身にまとう。
戦意は上々、魔力も十分。戦い前だというのにどこか晴れやかな気分を胸に、俺は二度目のサーヴァントとの戦いに身を投じた。
「さあ、ショータイムだ!」
お久しぶりです。種火やら修練場を周回してたせいでまったくここに来れてませんでした。
本編ではついにフジマルくんと合流です。ついでに邪ンヌとも合流しちゃってますがそれはまぁ、不可抗力ってことで。
次回は二回目のサーヴァント戦。デオンくんちゃんってステータスだけみると中々の強キャラですよね。
ではまた次回。