彼女との出会い
「……う、ここは…」
鈍い痛みと共に目を覚ます。…どうやら気を失っていたらしい。
体のあちこちを苛む鈍痛がまどろみに揺れる意識を急速に覚醒させていき、今自分が置かれている状況が明らかになっていく。
そうして覚醒した俺を出迎えたのは、気絶前とは比べ物にならないほどに変化した現実だった。
「どこだ、ここ…?」
困惑が心を支配する。
目が覚めた俺がいたのは、まるで見覚えのない現代風の日本家屋の中だった。
といってもここに誰かが住んでいる気配は全くない。なにしろ床や壁などの至る所に埃が積もっている。おかげで起き上がった時に何度もせき込む羽目になってしまったのだが、それはまぁ置いておくとして。
問題はここが“どこなのか”だ。
俺の記憶が確かなら、気を失う前は管制室にいたはずだ。だというのに、今いるのは近未来的も減ったくれもない日本家屋。
もしや気絶している間にどこかへ運ばれた? いやいや、管制室が大変なことになっているのにそんなことをしている暇はないだろう。
じゃあ瞬間移動でもしたのか? いやいや、そんなSFみたいなことが実際に起きるわけが――
そこまで思考が進んだところで、ある記憶が頭をよぎる。
それは爆発が起きる少し前のこと。暇を持て余していた俺が、自身の部屋に置かれていた雑誌を読んでいた時の記憶だ。
その雑誌にはカルデアという施設がいったいどのような施設なのか、図も交えながら簡単に記されていた。
そしてそこに書かれていた“レイシフト”ならば、この荒唐無稽な出来事にも説明がつくではないか、と。
そう一人で納得した俺はのそのそと立ち上がり、とりあえずこの家から出ようとして――
「!?!?」
突如壁を突き破って飛んできた“黒いナニカ”に阻まれた。
「な…なんだぁ!?」
突然の出来事に理解が追い付かない。
飛んできた“ナニカ”はまったく動かないところを見ると、どうやら生物ではないらしい。というか仮に生物だとしても動くはずがない。
壁に穴をあけるようなスピードで飛んできたのに死んでないとか、それこそあり得ないだろう。
この一連の出来事をみてここが危険だと判断した俺はすぐさまここから立ち去ろうと、黒いナニカが空けた穴から出ようする。
だがその時、何かが俺の足を掴んだ。
「…え?」
直後、背後に濃密な気配が現れる。
それだけで俺は理解してしまった。
――どうする。どうするどうするどうする!
ビービーと自分の中でけたたましい警報が鳴り響く。
今こうしている間にも足に絡みついている指らしきものは力を緩めるどころか、逆にギチギチと力を強めていた。
いよいよもってこれはまずいと思い、多少強引にでも逃げ出そうと踏み出そうとするも、なんと身体がまるで蛇に睨まれた蛙のように動かなくなっていた。
「え、あ――」
恐怖で口が動かない。ただ息をするだけで精一杯だ。
「マ――」
「――!」
足元にあったはずの手が首に伸び、耳元で女性らしき声が反響する。
――もうお終いだ。
そう自分の中で覚悟したその時、首元に何か針のようなものが刺さるような痛みが走った。
次いで自分の中から何かが吸い出されていくような感覚が全身を駆け巡る。
それが時間にして十秒ほど続いたかと思えば、ゆっくりと身体の硬直が解けていく感覚があった。
「――はあっ。 今のはいったい…」
今まで味わったことのない感覚の応酬に脳髄が痺れるような錯覚を抱いてしまう。
今の感覚は痛いというより、気持ちいいといった形容の方が適切だった。
何というか、柔らかな何かに抱きしめられているかのような…そんな感じ。
「あぁ――久方ぶりの魔力供給、ありがとうございます。おかげで消滅せずに済みました」
そんな余韻に浸っていた俺の耳元で、唐突に艶のある女性の声が聞こえる。
驚いて振り返ってみれば、そこには黒いローブ姿の美女が立っていた。
「え…えぇ!? あ、あなた誰ですか!?」
突然現れた謎の美女にみっともなく狼狽えてしまう。
彼女はそんな俺の姿を見て、微笑みながら自己紹介をしてくれた。
「申し遅れました。見ての通り、私のクラスは“ランサー”。名前については……今は“アナ”と呼んでください」
ペコリ、と礼儀正しくお辞儀をするアナと名乗る人物。
俺の初レイシフトの思い出は、こんな奇妙な出会いから始まった。
* * *
「えーっと…その、なんでしょう。今の話を整理するとこういうことなんですかね?」
曰く、この街には生存者が誰一人として存在しないとのこと。
曰く、彼女は魔力が不足して死にかけていたとのこと。
曰く、彼女は“サーヴァント”と呼ばれる超常の存在であるとのこと。
彼女の話した突拍子もなさすぎる内容に、俺は思わず頭を抱えてしまった。
「ダメだ、全然受け止められねぇ…そんなことがあり得るのか?」
先ほどのレイシフトの件は辛うじて理解できたものの、こちらはまったく受け止められない。
つまりこれはあれなのか? 俺は生存者の居ない廃墟同然の街に放り出されて、人間じゃない人と一緒にいるってことなのか?
冗談じゃない。生存者がいない云々はまだ信憑性があるとして、目の前の彼女が人間じゃないなんて話を誰が信じるものか。
だって彼女はこの通り、人間としての実体をしっかりと持っている。
幽霊のように半透明な身体を持っているわけでもなければ、常時浮遊しているわけでもないのだから、信じられるわけがない。
その考えを彼女に話すと、彼女は何故かお腹を抱えて笑いだし、ひとしきり笑ったあとにこんなことを言ってきた。
「なるほど、未来さんは実体があるから私は正真正銘人間である、と仰るのですね?」
「えぇ、そうです」
「それじゃあ、これを見てもそんな事言えます?」
アナさんがいたずらっぽく微笑んだかと思うと、一瞬にして姿が消える。
「!?」
慌てて周囲を捜すも、彼女の姿はどこにもなし。
いったいどこに消えたのかと思いつつ捜索を続けていると、不意に頬を誰かに突っつかれた。
「ふふ、私はここですよ」
「ア、アナさん!? いつからそこに!?」
「いつからって、最初からですよ。私はここから1歩も動いていません」
足元を指差し、そう主張する彼女。
たしかに、思い返せば先ほどの場所から彼女はまったく動いてはいなかった。
「どうです。私が人間ではないという話、信じていただけました?」
「ま、まぁ少しぐらいなら…」
「それは結構。そのうち嫌でも信じるようになりますよ」
ローブを翻してそう告げる彼女。
…なんだろう。この何かに負けたみたいな感じは。
まぁいい。とにもかくにもまずは情報収集だ。見たところアナさんはこの街に詳しいみたいだし、もう少し色々聞いてみて――
そこまで思考を進めたところで、俺の思考は強制的にストップされる。
何故なら――
「――! 伏せて!」
「わぷっ!?」
“伏せて”という言葉とともに、彼女が覆いかぶさって来たから。
…あー、やばい。やばいですぞこれは。背中になんか色々柔らかいものが当たってるし。しかもめっちゃいいにおいする。いかんわー、これ精神衛生上良くないわー。
などと、突然のトラブルに若干魅了されかかった俺だったが、すぐに正気に戻されることになった。
「―――チッ、外シタカ」
静寂に包まれた住宅地の中に、それは音もなく現れた。
闇に浮き上がる白い骸骨面に、暗闇に溶け込むような黒い衣服。およそ人間とは思えないほどに長く伸びた腕を持った異形の怪人は、手にした黒塗りの暗器を弄びつつ、そんな不穏な言葉を口にした。
2018/07/10 全文改訂。それに伴って、内容も少し変化。