鎮守府に勤めてるんだが、俺はもうダメかもしれない   作:108036

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6話 風呂上がりと勘違い

え、何これ

風呂で寝ちゃって、上がったら鳳翔さんが俺の脱ぎ散らかした服の前にいるとかどういう事よ...

 

...あ、そーか

脱ぎ捨ててあったから回収してくれようとしてあったのかな?

 

 

でも何で男湯に、ってかここ男湯よね?大丈夫よね?

い、いや、考えないようにしよう...

 

まぁ...取り敢えず声かけだ、なんか固まってらっしゃるし。

 

「どうした?」

 

しっかしあぶねぇ...

タオル前に持ちながら出たから見えなかったろうけど、もうちょいでアウトよアウト。

 

公然わいせつ待った無し。

 

 

.........動くに動けねぇなこれ.....

 

 

「...洗濯に出しておこうかと思ったのですが」

 

前世のゲームの中でなら、誰にでも穏やかな微笑を浮かべる鳳翔さん。

マジキュート、大人の包容力を感じるね。

 

でも鳳翔さん、今めちゃくちゃ顔強張ってまっせ。

知ってたかい?

そんな顕著に反応が出ると俺の涙腺が緩んじゃうんだぜ。

 

んー、やっぱり服か。

....別に断る理由も無いよな、頼んどこう。

 

 

「そうか、なら頼む」

 

 

そう返答すると、はいと軽く頷きつつ脱ぎ捨てた提督服を拾う鳳翔さん。

 

やっぱりみんなのお母さん。

家事やってんだね。

 

関わり合いあんまりないから実感なかったなぁ。

 

 

でも嫌われてる筈の俺の服もしっかり回収してくれる辺り、分け隔てないというか...優しい云々よりかは大人だなぁって思うよね。

 

あー、いいなぁ鳳翔さん。

事務的な会話でもいいからお喋りできる様になりてぇよ。

 

仕事してると気にならないってか気にしてる暇が無いけど、こう...暇になるとコミュニケーションが取れる相手が欲しくなっちゃうからね、人の心ってのは仕方ないね。

 

 

じーっと視線を向ける俺を不審に思ったのか、鳳翔さんが問いかけてくる。

 

 

「どうされましたか?」

 

 

どうと言われれると言葉に詰まるな...どうしよう?こうしよう!

 

って秘策が特段ある訳でもなく。

 

んー.........

 

...取り敢えず愛想笑いして褒めとこう、うん。

こう、無理やり頬の端を持ち上げれば笑って見えない事も無いだろ。

 

 

「ハッ、世話焼きだなと思ってな。

流石は世界初の航空母艦だ、その性質も母というわけか」

 

 

「いえ...好きでやっている事ですので」

 

 

おお、すげぇ綺麗に笑うなぁ....

なんか、俺まで嬉しくなっちゃう笑顔だわ。

今ならもっと自然に笑えそう!

 

本当に好きでやってんだろうな。

本心でそう思って世話がやけるってのは、やっぱりお艦だからか。

よしよしもっと褒めてやらねばなるまいて!

 

 

「謙遜することはない。

戦場では熟練した技術を持って敵を叩き、若き芽をつませない。

鎮守府内においては艦娘に対してのフォローで精神安定に貢献する。

受け入れてくれる存在がいる、甘えさせてくれる時間があるということが精神に与える影響は存外に大きいものだろう。

これは純粋に評価できる事だ、誇るといい」

 

 

「......」

 

 

褒めれてるよな?

おかしな所ねぇよな?

なんだかこの口調褒めるのが難しくて...

 

まぁ今回はしっかり褒めれてるよな

めちゃくちゃ喋ったぜ?

さらには笑顔付きだぜ?

足りぬ栄養はたいて作った恐らくきっと素敵な笑顔。

 

完璧でしょ。

 

ふ、やりきったぜ(全裸)

 

 

「...私がしたい事をやっているだけですから」

 

失礼します、そう言い残してぱっぱと脱衣所から出て行ってしまう鳳翔さん。

 

照れ隠しかな?

そんなわけねぇか。

 

 

うごごご...何処を間違えたんだ(全裸)

 

はぁ....服着るか。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

絶句、まさにその言葉が当てはまる状態に鳳翔は陥っていた。

 

 

ちょうど彼が出てきたこともそうではあるが、彼女がいつも通りの分け隔てない笑顔を浮かべられずに顔を強張らせた理由は彼の体にあった。

 

 

(なんてこと.....)

 

軍人とは思えない程痩せた彼の体には、これまた軍人であっても有り得ない程の古傷が刻まれていたのだ。

 

一つや二つではない。

命に関わらないと言えるほど小さい傷でもない。

 

 

どれもこれも致命傷かそれに準じる規模の物ばかりだ。

 

(虐待....尋問....いえ、これは違う)

 

一瞬考えてその可能性を否定する。

 

傷の場所や大きさを見れば彼を殺そうとしてつけられたものであるのは明白だ。

いたぶるような範疇は完全に超えている。

 

 

ならば何故...どうして...この傷は一体何処で誰に?

 

余りに予想外すぎる状況と、それに対するショックで思考は完全に固まってしまっていた。

 

 

そんな中、目の前の彼からの声が届く。

 

 

「どうした?」

 

 

呼びかけに対しハッと意識を浮上させ、思考もまた動き出す。

 

 

「...洗濯に出しておこうかと思ったのですが」

 

なんとか反射的に返事を返し、取り繕おうとするも表情に出た動揺を隠すことは出来ない。

 

 

「そうか、なら頼む」

 

 

そんな鳳翔を気にした風もなく、彼は返事を返した。

その感情の読み取れない濁った目は、しかし寸分の迷いなくこちらを見つめている。

 

普段は軍帽を目深く被り、見えない彼の目は自身の古傷をまるで意識の他にあるように振る舞う姿と相まって原始的な恐怖を感じさせた。

 

 

その恐怖を断ち切るように鳳翔は目を逸らし、服を回収することだけに意識を集中する。

 

艦娘として古株であり、艦娘達の母と言われるほど長い間、まだ艦娘が比較的少なかった最初期から鎮守府に席を置く鳳翔。

 

 

当然戦歴も長く、現在はほぼ引退しているような扱いである。

 

して、大破した経験も、轟沈しかけた事さえ両手両足では足りない。

その鳳翔から見ても彼の体は異常だったと言えば、どれだけ彼の傷跡が常識から逸脱したものかわかるだろう。

 

 

だが、それだけならまだ鳳翔ここまで表情を強張らせる事はなかった。

傷跡のついた経歴を質問し、その会話の中で彼の人となりを見極め、それに相応しい返答を選べただろう。

 

普段から物腰柔らかな鳳翔には大抵の人は好意的だったし、そうで無くとも何かしら反応さえあれば豊富な人生経験が行く先を示してくれていた。

 

鳳翔自身相手を思いやる行動や言動を普段から心掛けているため、これまではどんな相手でもそんな方法が通じていたのだ。

 

 

だが、この提督においてそれは通じなかった。

 

声かけから返答まで提督が返した反応はまさに無。

表情に変化は無く、声色は平坦。

殆ど裸だというのに羞恥の色もなく、唯一見えない秘部も偶然手に持ったタオルの向きで見え無くなっているといった具合だ。

 

常識的には考えられない話である。

唯一の反応であると言える返答も、まるで機械的で人間味が微塵も感じられない。

 

 

普通にそんな奴鳳翔でなくとも怖くて当然である。

 

まぁ本人はそんな表情で見つめている自覚は全くなく、怖がらせようとは微塵も思っていないが。

 

 

しかし、そうとは知らない鳳翔が抱く感情は、提督の知らないところでただただ肥大化されていく。

 

そう、ただ見つめられるだけでも。

 

 

 

(見られて...いますね...)

 

 

微動だにしない眼前の恐怖対象の瞳は、会話を終えて尚、こちらに向けられていた。

 

ピシリと石のように動かぬ体とは裏腹に、その瞳だけを鳳翔の動きに合わせてぎょろりぎょろりと動かして。

 

 

 

(耐えられない...)

 

向けられた瞳には意味があるのだろう。

何かしらの感情もあるのかもしれない。

 

そう汲み取れはするものの、感じる威圧感がただ声をかけるだけの、それだけの行為を邪魔していた。

 

額に汗がにじむ。

手は随分と前から震えていた。

 

だが、それでも。

 

 

(逃げてはいけない...ッ!!)

 

 

ここでの選択を間違えれば、きっと何かが終わってしまうのだと。

そしてそれは自身の生命の存続に直結しているのだと。

長年の戦歴から鳳翔は直感し、最後にズボンを拾い上げて提督の前に居直った。

 

 

(まだ、あの子達の背を見ていたい...あの子達の歩く様を!その行く先を!!)

 

 

思い浮かぶ教え子達の姿。

その存在が、鳳翔にただ恐怖する事を止めさせた。

恐怖と対峙する決意と覚悟を抱かせた。

その姿、性質はまさしく、そしてただしく母であった。

 

震えを強引に止め、目と目を合わせ、鳳翔は問うた。

ともすれば深海棲艦と対峙するよりも覚悟を込めて。

 

眼前の恐怖に抗うために。

 

 

「どうされましたか?」

 

 

一度の静寂。

果たして本当に声は届いたのだろうかと不安になる程不気味な沈黙の間。

 

だが瞳はこちらを見つめている。

底無しのように、何もかも飲み込んでしまいそうな両眼で。

 

逸らすわけにはいかない。

 

今、それだけは絶対に出来ない。

 

 

例えここで朽ちることになったとしても、両目を逸らすことは無い。

例えどのような仕打ちを受ける事になろうとも、恐怖に流される事だけはしない。

 

ここに、私は抗ったのだと。

決して、屈しはしなかったのだと。

 

 

あの子達に恥じぬように。

あの子達の先輩として、胸を張れるように。

 

 

決意は遥か昔から。

覚悟は今もこの胸に。

 

子に恥じぬ母であろうとする鳳翔の、信念の形。

 

 

全てが固まったのち、恐怖は笑んだ。

にやり笑った。

 

言葉を放つ。

にやり、不気味に笑んだまま。

 

 

「ハッ、世話焼きだなと思ってな。

流石は世界初の航空母艦だ、その性質も母というわけか」

 

 

皮肉だ。

嘲るような笑顔抜きにしても、それを理解できる簡単な言葉遊びだ。

 

鳳翔もこの位ならば言われ慣れている。

返す言葉もすぐに出る。

 

嘲りではあるが提督にも表情が出ている。

皮肉ではあるが言葉を交わしている。

 

ただ静寂に包まれていた先程よりも、数段容易に返答を返すことが出来た。

 

 

「いえ...好きでやっている事ですので」

 

謙遜の答え。

定番の返しだ。

 

 

皮肉とすら受け取らないその返し方は、鳳翔の包容力のある完璧な笑みで完成度を増す。

 

 

卑しい思考の持ち主ならば気圧されるような眩しい笑みに対して、提督もさらに笑んだ。

 

 

「謙遜することはない。

戦場では熟練した技術を持って敵を叩き、若き芽をつませない。

鎮守府内においては艦娘に対してのフォローや精神安定に貢献する。

受け入れてくれる存在がいる、甘えさせてくれる時間があるということが精神に与える影響は存外に大きいものだろう。

純粋に評価できる事だ、誇るといい」

 

 

鳳翔は拳を握り締める。

 

その通りだ。

そうやって生きてきた。

唯それだけを貫き通し、それが自分にできる最良だと信じてきた。

 

 

それを言い当てて、だと言うのに。

 

男の表情に、言葉通りの意味は無かった。

嘲っていた、先程と同じように。

 

いや、格段に笑みを深めて。

 

今、その瞳は鳳翔の中のその生き方でさえ見通して。

それを誇れとさえ語りながら。

それでもなお、笑ったのだ。

 

 

守る為に戦う事を、次の世代を見守る事を、その決意の重さを、全て。

 

 

 

 

「...私がしたい事をやっているだけですから」

 

 

呟き、足早に浴場から廊下へ。

駆け足で自室へと。

そうでなければ、もうあの場に立ってはいられなかったからだ。

 

 

自身に向けられたどんな言葉にも、これまで信念を曲げた事は無かった。

 

否定も、罵倒も全て受け入れて進んできた。

 

 

嘲笑を受けた事が無いわけではない。

無意味なことだと笑われたこともある。

しかし、それらは全て兵器に心があるものかと、艦娘をモノであると考える故の言動だった。

 

 

奴は違う。

彼の目はそうは言っていない。

モノを見る目ではなく、一個人を見る目で。

 

『私』ではなく、『私の誇り』を、嘲った。

 

 

視界がボヤける。

頬をつたいかけたそれを拭う。

 

 

(なぜ貴方はそれを笑うことが出来るの....?)

 

 

あるいは物理的に胸を貫かれたならば、鳳翔は耐えただろう。

一寸も目を逸らすことなく、光が見えなくなろうとも、前を見続けられただろう。

 

しかし、自らの人生とも言える行いに、まるで「そんなものか」と。

 

ただの一笑であったからこそ、それに揺らいでしまったのだ。

 

夕方に差し掛かったこの時間、人通りが少なかった事は鳳翔にとって幸運だっただろう。

 

だが、彼女は折れてはいなかった。

歩んだ道のりの長さが、過程で得た輝きが、彼女の心を折らせることなく、彼女を支えていた。

 

この程度で折れるには、刻んだ歴史の量が違う。

決意し、乗り越えてきた苦難の数が違うと。

 

 

「見ていなさい」

 

 

呟く。もはや涙は止まっていた。

 

 

「あなたが笑ったそれがどんな重さを持つか」

 

 

凛とし、もはやその足取りに揺らぎはない。

 

 

「私が見せてあげます」

 

 

また一つ、決意がここに刻まれた。

 

 

この時点でもしも、この提督が鳳翔の勘違いのほんの一欠片でも気付く事が出来ていれば、事態は変わっていたに違いない。

 

 

不器用な言葉で、刺々しい口調で、どうにかそれは違うんだと伝えようとする提督と。

そんな彼を理解した鳳翔の2人の物語が。

 

『もしも』の向こうで、始まっていたのかもしれない。

 

 

失われたチャンスに、だがきっとまたそれは訪れる。

 

 

どんな選択であれ、2人は未だそこにいて。

着実に未来へと進んでいるのだから。

 

 




ていとくの いあつが みだれる !



もしかすれば。
不器用な言葉で、刺々しい口調で、どうにかそれは違うんだと伝えようとする提督と。
そんな彼を理解した鳳翔の2人の物語が、始まっていたのかもしれない。
↑いいなと思った人、自分で書き始めてもいいのよ?(小声)


活動報告にも書きましたが、私生活が忙しい時期に....ってか私の性格的に忙しいからこそ投稿に手を出し始めたんですが、感想を返す時間が取れなくなるかもしれません。
忙しい限り投稿に問題はないんですが、流石に一度に2つの行動を取れるわけでは無いですからね。
でも見てはいると思うので、なんかあったら感想の書き込みは遠慮なく。
意外に返す時間もあるかもしれないですしね。

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