ソードアート・オンライン~二人の軌跡~   作:ロシアよ永遠に

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第9話『第一層ボス戦、開幕』

第一層ボス戦当日AM9:45

 

トールバーナの噴水広場はざわめきに満ちる。

自身を鼓舞する者。

パーティメンバーで励まし合う者達。

武者震いする者。

改めてガイドブックを読み直して、自身の役割を見つめ直す者。

実に様々だが、ボス戦に向けての意気込みこそ充分なほどに伝わってくる。そして、ボス戦に向かわないプレイヤーは、彼等の奮戦、勝利を期待してエールを送る。自身に、いや自分達に送られる声援が、死ぬかも知れないという恐れを和らげていく。

 

「…エステル、来るかな?」

 

そんな中で、自分とパーティを組むキリト、アスナと出発を待つ中、ユウキがポツリと呟いた。

あれから、少し沈んだ空気ながらも、アスナのウインドフルーレを鍛錬したり、とある事情でアスナと2人、ランジェリーショップへ向かったりと、準備を整えたのが昨日。

結局、日付が変わってもエステルからの連絡は無く、もどかしさがある中での夜が明け、そして迎えたボス戦当日。

もし…もしエステルが来るのなら、この集合時間に集まってくれる。3人はそう信じて、気が気でない思いで待ち続ける。

 

「それじゃ各隊、メンバーは集まったかな?そろそろ出発したいんだが…」

 

ディアベルの声に、3人はハッとして時間を確認する。時間にして9:55。指定の時間5分前だ。

…もう限界なのか。

来ない、のか?

だが仕方ないのだろう。

腕に覚えがあるとは言え、情報屋助手から攻略組への転身は無茶があったのかも知れない。

 

「仕方ない。…こればっかりは当人の気持ちの問題なんだ。俺達がどうこう言うのも筋違いだろ?」

 

「…確かにね。無理して目の前で死なれたら…こっちの夢見が悪いわ。それなら街で過ごすなり、情報屋を続けるなりすればいいのよ。…それが彼女のためなんだし。」

 

素っ気なく言うアスナだが、その実エステルを心配しているのも事実だ。そこまで付き合いが長いわけでは無い物の、彼女の中で知らないわけではない相手が死ぬ場面は見たくは無い。迷いのあるままで戦い、いざというときに動けないのでは足手纏いであるし、何よりも彼女自身の身が危うくなる。迷うなら…安全なところで過ごすに越したことは無い。

 

「そう、だな。誰しも、そうする権利もあるんだ。無理をする必要は…」

 

「誰が無理してるですって?」

 

まさか…

本当に…?

そんな透き通った声が3人を振り向かせる。

そこには、初期装備にブレストプレートという、いつもの軽装とは違い、衣服その物にも防御補正があるレザージャケットを身に纏い、ニヤリとドヤ顔で立つエステルが居た。

 

「エ、エステル…?」

 

「なによ?…もしかして、来るとか意外だったかしら?」

 

聞かれていたのか。

別に責め立てるようではないものの、エステルのジト目がキリトを中心として3人に向けられる。

 

「まぁギリギリだったのは、色々と準備してたのよ。…普段の偵察用装備から、戦闘用の装備に変えるためにね。」

 

「それで、防御を出すためにそれを引っ張り出してきたのか。」

 

「そんなところよ。」

 

確かに初期装備のレザーウェアは、初期装備だけあって重さも最軽量だ。重さがない分隠密性にも補正が掛かり、足音で敵に見付かりにくい利点もある。そんなメリットから、余程のダンジョンの深いところや、強敵との戦い以外は、初期装備に最低限の防具を付けた軽装にしている。それだけに、一層ボスとだけあり、所謂エステルも本気と言うことになる。

背に掛けるウッドスティックも、アニールブレードをインゴットにして錬成したアニールロッドに変更。初期のウッドスティックと違い鉄製とだけあって、重さも、そして攻撃力も高い。正確性こそウッドスティックに軍配が上がるものの、そこは技量で、というエステルの持論だ。

 

「うん…良い装備だね。」

 

そんなキリトの台詞に、アスナが顔を赤らめてスカートを抑えたのは謎だが。

 

「でも…いいの?情報屋したかったんじゃ…」

 

「そりゃまぁ、情報屋も楽しかったけど、これからの行く末を決める大事な一戦でしょ?…戦力になりそうなら手伝わなきゃ女が廃るわ。」

 

それに、とエステルは言葉を繋ぎ、

 

「後ね、同業の誰よりも先に第二層に辿り着いて、その情報を号外として発行してやるわ。それこそ、攻略組の皆と一緒に、ね。」

 

「…そうだな。それも、誰一人として欠けることなく、だ!」

 

「モチのロンでしょ?誰も死なせないわ。…絶対に…!」

 

そう意気込むキリトとエステル。不敵に目を見合わせ、同じく不敵に口許をつり上げる。最初期から互いを知るだけに、かなり息が合っているようだ。

 

「じゃ…キリト君。パーティリーダーの貴方が、あっちで何事かと見ているレイドリーダーさんと、こっちを凄い眼で睨んでるサボテンさんに話を付けてきてね。」

 

「うへ…前者はともかく、後者は気が思いやられるな…。」

 

「ファイトだよキリト!男を見せなきゃ!」

 

「…はぁ……。はいはい、解ったよ…。」

 

「あ、あたしも行かなきゃダメよね。当事者だし。」

 

大きな溜息1つと共に肩を落としながら、とぼとぼと歩いて行く彼の背には、世間や仕事に疲れたサラリーマンの様にも見えた。そしてそれを追うエステルを見つめる視線が1つ。

 

『………エステル、か。』

 

それはフルスキン。

顔が解らないほどに覆われた兜から覗くであろう目線が、二人を…エステルをじっと追う。

アルゴが懸念していたJOSHUA、と言うプレイヤー。褐色の肌を持つ巨漢であるエギルと同班だが、気さくなエギルとは真逆に、その重々しい鎧と雰囲気に、チームでは浮いているようにも見えた。

 

「…アイツ…喋れたのか。」

 

何より驚いたのはエギルだった。

自身のビルドはタンク。その為、自分のパーティにはタンクタイプばかりを勧誘し、その結果にディアベルからパーティリーダーに任されている。MMOは良くプレイしていたので、役割分担に詳しく、加えて年長者でもある。そして前日のキバオウの暴挙とも取れる発言に対して、冷静沈着に説き伏せた貫禄と落ち着き。それを大きく買われたようだ。

そんな彼が、全身鎧でフルフェイスの兜という、見るからにタンク装備の彼が居たのが目に付いた。ちょうどあと一人で満員だったので、皆の意見一致で声を掛け、パーティ申請を送る。

しかし、問えど聞けど、頷く、首を振る。そんなジェスチャーで、尚且つ最低限のやり取りで会話を済ませるので、意思疎通が思っていたよりも難航していた。昨日には、ディアベルの連携訓練に参加して、フォーメーションを確認すると、黙々と、だが確実にそれを熟し、黙りな事を除けば、完璧なタンクとして機能してくれていた。

そんな彼が…喋った。

これにはエギルを含め、タンク隊皆が驚いていた。

しかし、これは幸先が良いのか…それとも…

今日のボス戦に、期待と不安、そのどちらもが入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮区

各層に1つはあるとされる、次の層へ抜けるための通過点であり、そして抜けなければならないダンジョンだ。それはその層の大黒柱とも取れるほどに広く、そして二層へ向けてそびえ立つ白い巨塔のような風貌。その内部の広さと高さ、そしてフィールドモンスターに比べて一段階強力なMOBが、攻略に時間を取らせた理由の殆どを締めていると言っても過言ではない。

しかし攻略組各チームが、マッピングデータを共有し、危険なエリアやモンスターの出現位置を記録することで、徐々に捜索範囲を広めていき、そしてついに一昨日にボス部屋へと辿り着いたのである。

 

 

 

 

途中、四人チームのキリト隊(仮名)は、ボスの予行演習と言わんばかりに本隊の溢したモンスターを狩って進むことになっていた。アスナは少々不満気味だったが、道中知らない仲ではないエステルと、そして底抜けに明るいユウキと談笑しており、そこまでご機嫌斜め、と言う物にはならなかった。しかし、女三人寄れば姦しい、とは良く言ったものか。一人少々疎外感を感じるキリトは、苦笑しながら周囲を警戒しつつ、迷宮区をひた進む。

そんな四人を…まさしく女日照りのゲームオタク共は、嫉妬に駆られた視線をひたすらに向けていた。

 

「くそぅ…男一人に女の子三人とチームなんて、

れなんてギャルゲー?リア充爆発すべし!慈悲はない!」

 

「なんとうらやまけしからん!間違いが起きないように、目を光らせる必要がありますな!」

 

「いやいや、あの男リーダーも女顔だ。女三人と男の娘と考えれば…!」

 

「御主は天才で御座るか!?」

 

ぞわり、とキリトが背筋に悪寒を感じる。これは…ボス戦における嫌な予感という奴だろうか。ここは今一度気を入れ直さなければ。キリトが意気込む中、先頭集団が道を切り開いて進軍していく。そうして歩くこと数時間後…

 

迷宮区最奥

そこに聳え立つ、物々しく、そして厳かなまでの装飾が施された、今までのフロアで見た限りのものよりも一際大きな扉。

間違いない。

RPGをプレイした人なら…大体は感じるのだ。

この奥にボスが居る、と。

ゴクリ、と固唾を吞み組むメンバーを横目に、ディアベルが再びおさらいとして、各隊の動き、ボスの行動パターンに合わせたスイッチのタイミング、スキルモーションの見切りのコツ。その内容は研究し尽くされているほどに綿密だった。

 

「……俺からは以上だ。何か質問はあるかな?」

 

懸念材料は1つでも潰しておくべきなのだろう。少々硬い表情の面々に対し、柔らかな表情で問いかける。そんな中、一人のプレイヤーの挙手。

 

「どうぞ?」

 

「じゃあ一つだけ。βテスト時の…攻略本の情報と異なる状況が発生した場合はどうする?」

 

言わずもがな、キリトである。

攻略本を疑うわけではないが、今までβテストと同じ感覚で戦って、幾度となくヒヤリとしたのも事実であるため、ボスに挑むにあたり、これだけは外せなかった。

 

「ディアベル、リーダーのアンタから撤退の指示が出ると考えても良いのか?」

 

もちろんここまで来るのに時間も労したし、多少なりとも消費もあった。そして多数の犠牲者の上にこうしてボス戦へと辿り着いた。それだけにキリトとしては、撤退という選択肢は出来るだけ考えたくない。

 

「勿論人命が最優先。事前のシミュレーションも完璧さ。誰も、死なせやしないよ。」

 

「相手にせんでええでディアベルはん。」

 

ここで話を遮るのは、問題児キバオウだ。忌々しげに横目でキリトを睨みつつ続ける。

 

「こいつはあんさんの指揮ぶりを知らんから、そないな杞憂が出て来るんや。合同練習にも参加せんと、女2人…いや3人に増えとるな。ソイツらと乳繰りおうてた奴らが偉そうに口出しすんなや。」

 

「ちょっと!サボテンさん!」 

 

「なんでや!?誰がサボテンや!ワイはキバオウってもんや!」

 

ここで言い返すのがユウキだ。ズカズカとキバオウの前に行くと、怒り満点といった表情で睨みつける。年相応に小柄とも言えるユウキだが、その彼女と頭一個分も違わないキバオウと睨み合う。

 

「会議の時から言いたかったけど、キミはリーダーじゃないでしょ?キリトの意見を聞くかどうかはディアベルさんの判断であって、サボテンさんじゃない!」

 

「キバオウって言うてるやろ!?なんでや!?なんでこのヘアスタイルをサボテン言うんや!?せめてアトムやろ!?」

 

もはやキバオウの反論する点がズレている気がする。しかし、これは見ている側としては子供の喧嘩にも等しく感じるので…

 

「オイお前ら。話の腰を折ってんじゃねぇよ。」

 

「ここで怒りをぶつけるな。ソイツはボスにぶつけてやりな。」

 

アガットとエギルの2人が、それぞれユウキとキバオウを抱えて元の隊へと戻していく。残った場には、ギスギス…と言うよりも誰しもが苦笑いを浮かべる空気が残っていた。

 

「は、話を戻させて貰うよ。」

 

そして空気を変えるのもやはりディアベルその人だ。彼のカリスマ、と言うのはやはり大きなもので、すぐさま澱んだ空気がピリッとしたものへと戻る。が、離れていても、キバオウとユウキは遠距離で火花を散らせているが。

 

「キバオウさん、信頼ありがとう。そしてユウキさん。俺をリーダーとして立ててくれてありがとう。そしてキリトさん。尤もな意見をありがとう。…攻略本と違った情報、つまりイレギュラーの発生があった場合…攻撃は一時中断し、様子を見よう。」

 

「なっ!?ディアベルはん!?」

 

まさかキリトの意見を受け入れ、作戦変更を立てるとは思いもしなかったのか、キバオウの驚きに満ちた声が飛び出す。

 

「キバオウさん、俺はさっきも言ったけど、誰も死なせない。それは不変の思いだ。だからこそそれを成して、そしてボスを倒すためには、あらゆるパターンを想定しておくに越したことは無い。俺は攻略本の情報を基に作戦を立てた。でも、βテストの情報である攻略本だからこそ、βテストとの相違点が生まれた場合、それがどんな状況、どんな事態に陥るかはその時にならないと解らないのも事実だ。だからこそ、様子を見るというのは必要なんだよ。だから…彼の質問も尤もだと感じたんだ。」

 

リーダーとして、レイドメンバーの命を預かるのだ。誰の命を散らすことなく戦い抜くために、いかなる事態にも対応できなくてはならない。そして『キリトを知らないわけではない』ディアベルは、彼に対してある程度の信をおいている。だからこそ、彼の意見は有り難い物だった。

 

「さて、他に質問は…………無いみたいだから…そろそろ行くとしよう。」

 

扉を押すと、物々しい摩擦音がより一層緊張を高める。

これが…これからの攻略の命運を決める一戦となる…!

 

「良いか?…俺から言うことは一つ!」

 

扉を開けるディアベルが、顔だけ振り返り、自信に満ちた表情で言った。

 

「勝とうぜ!!」

 

それが…皆の士気を高めてくれるリーダーの言葉だった。

 

そして…扉を開けた先に広がる広大な空間…。

 

数十メートルは有ろうかという奥行きの中、最奥で動く黒く、そして遠巻きに見ても解るほどに巨大な何かが動きを始めた。

数メートルはあるだろう巨大。

肥大化した腹部に、それに似合わぬしなやかとも取れる程の手足。

顎から覗かせる鋭利な牙。

そしてそれを囲うようにして護衛する、今までよりも重装甲の、取り巻きモンスター。

 

 

「あ、あれが…イルファング・ザ・コボルトロード…!!」

 

攻略本で事前情報を知り得ていたとは言え、実物を目の前にして誰しもが目を見開いた。

今までに無いほどの巨大。

威圧感。

そのどれもが皆をすくませるには十分。

しかしこの男は違った。

 

「主武装に骨斧!副武装に湾刀(タルワール)!取り巻きの番兵(センチネル)3体!今の所情報通りだ!行けるぞ!!

 

俺に続け!!!!」

 

リーダーが駆け出す。

今自分達がすべきことを、リーダー自らが行動で示す。

そうだ、俺たちは何のために来た?

震える為じゃない、ボスを倒すために来たんだ!

その先陣をディアベル(リーダー)が切った!

なら…

 

「「「「「おお!!!!」」」」」

 

ディアベルに続き、各隊我先にと駆け出す。

それを最奥部で眺めていたコボルトロードも、その巨体に違わぬ大きな咆哮一つ。そして自身の得物を手に駆け出す。

 

「よし、じゃあ俺たちは取り巻きの撃破だ。…いいな?アスナ。」

 

「ここまで来て文句を言うほど私だって子供じゃないわ。…やってやろうじゃない…!」

 

「ユウキとエステルは?」

 

「ボクも準備OKだよ。」

 

「こっちもいいわ。…じゃ…行くわよ皆!!」

 

「「「おぉ!!!」」」

 

かくして…ディアベルのアニールブレードとコボルトロードの骨斧がぶつかったのを皮切りに、波乱に満ちた第一層ボス戦の火蓋が切って落とされることとなった。

 

 

 

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