一層突破から三日後
ボス戦参加プレイヤーに続き、中層プレイヤーもチラホラと二層へと足を運び始めた。
と言うのも、やはり一層よりも二層の方がレベリングやコルや素材の収集の効率が良いのもある。多少危険度は上がるが、そこは油断無くチームを組んでフィールドに繰り出せば、それと言うほど苦戦はしなかった。
出て来るフィールドモンスターと言えば、牛型モンスターと蜂型モンスターが大多数を占めており、前者は攻撃パターンそのものは一層のフレンジーボアとそう変わらないが、相違点としてステータスはさることながら、敵対パターンがアクティブという点。
蜂型モンスターはその見た目のまま羽があるので、飛んでいる分中々攻撃が当てづらいと言う点以外は脆く、当てさえすれば容易く仕留められる。
「せいっ!!」
ヨシュアが逆手に持ったダガーを切り上げ、蜂を文字通り真っ二つに切り裂く。次いで背後から迫るもう一匹には即座に順手に持ち替えて、短剣ソードスキルであるアーマーピアースを突き刺す。
的確に確実に堅実に。
まるで作業のように淡々とMOBをサクサクと仕留めていく。
そして傍で戦うアスナも、ほぼほぼ確実にクリティカルを繰り出して、一撃の下にMOBを霧散させていく。
端から見るエステルは、そんな二人に少々ドン引きしていた。
「うっわ~…なんか…MOBがかわいそうになってくるんですけど…。」
恐ろしいまでに確実に仕留めていく二人の技量には目を見張る物があるが、目の前で二人揃ってこんな物を見せつけられては…
「エステル、手が止まってるわよ。」
「もしかして、疲れたりした?だったら休んでても…」
「だ、だいじょーぶよ!さ!サクサクいくわよ!」
気を取り直しアニールロッドを持ち直して、近場に湧いたMOBを仕留めていく。
通常攻撃力ならエステルは3人の中で一番高いが、2人のクリティカルダメージには流石に及ばず、2、3撃 加えてようやく仕留められる。このパーティの中で、効率としては一番悪い。少しもどかしさを感じながらも、アスナとヨシュアのプレイヤースキルによる驚異的な討伐速度で、周辺のMOBを粗方片付けてしまった。
「…ふう…、大体刈り尽くしたわね。」
「そうだね、強化素材も…かなり集まったみたいだし。」
アイテムストレージを開けば、欄を埋め尽くすまでの『昆虫種の針』の羅列に次ぐ羅列。…数としてはざっと数十個は溜まったように感じる。
「じ、じゃあそろそろお昼にしましょ。丁度12時も過ぎたところだし。」
「もうそんな時間か。狩り始めてざっと3時間ってところかな?」
高々とそびえる巨木の幹に背を預け、程よく迫り出た根に腰を下ろすと、エステルはアイテムストレージから安い黒パンを3つ取り出す。この黒パン、人によって評価はまちまちで、とある黒ずくめの剣士は美味しいと評し、とある細剣使いは味気ないと評す。1コルで腹はふくれた感じにはなるのだが…。
差しだした黒パンに、正直苦々しい表情を浮かべるアスナ。
「…これ、美味しいと思うの?」
「まぁお腹は膨れるけど。」
「僕はそこそこ好きだけどね。素朴な味がして…。」
「でもこれだけで食べ切れというのもちょっと…まぁ安いから食べてたけど。」
流石に空腹感に苛む中では集中力も散漫になる。だからいくらゲームであれ、食べた味や食感が電気信号の羅列であれ、食べたという実感その物は大切だ。だが…味を感じる分、どうせなら美味しく食べたいと思うのは人間の性と言う物だろうか。
「そんなアスナにこれの使用を薦めるわ。」
続いてストレージから取り出したのは、手のひらサイズの小瓶。茶色く、調味料とかが入ってそうな、何の変哲も無いそれをエステルはアスナに差し出す。
「指でタップして、パンになぞってみて。」
「………?」
言われるままに指先でビンを突っつくと、触れた先が淡い光を纏う。
そして言われるままにパンに指先の光をなぞり付けると、レモン色のトロリとした液体が付着する。
「…これって…」
「まぁ、食べてみたら分かるわ。ヨシュアも使ってみて。」
「う、うん。じゃあ…」
エステルを挟んで座るヨシュアも同様にしている中、アスナは目の前にあるパンに塗られたものをジッと見つめる。エステルは何の躊躇いもなく自分の黒パンに付けると、クリームの瓶は耐久力を失ったからかポリゴンを霧散させる。
正直この世界の食べ物、その見た目の色合いは現実世界のそれとは少々かけ離れたものがある。もしこれが見たままの、想像したままの味かどうかは判らない。もしかしたらとんでもない味なのかも知れない…悪い意味で。
しかし、空腹感が襲ってきているのも事実。今日の昼食はエステルに任せていたので、自分のストレージに食料は無い。つまり、今この場にこれ以外の食べ物は存在し得ない。
アスナとヨシュアは意を決して、ゴクリと喉を鳴らすと、パクリとクリーム?の塗られた黒パンに、奇しくも同時に齧りついた。
瞬間
2人の意識は…広々とした草原に飛ばされた。
澄み切った青い空…
そこに浮かぶ白い雲…
髪を撫で、草原をそよぐ風…
暖かな陽光を照らす太陽…
草が青々と生い茂り、白い囲いの中で牛たちが放牧され…その牛たちから取られた新鮮な生乳を用いた濃厚なクリーム。
大自然を駆け巡る風が2人を包み込み、得も知れぬ充足感と感動が駆け巡った。
((あぁ…これが………自然の恵み…!))
「あの~、2人とも~?お~い、戻ってきて~!」
パンに齧り付いたままフリーズする二人に、エステルは帰還を促すが、アスナとヨシュア、二人は全く動かず固まっている。
唯一動きがあると言えば、二人の目尻からつぅっと伝い、流れ落ちる涙ぐらいだ。
「えぇ~……。」
そこまで感動する物なのか。
ここまで心を突き動かす食べ物を電気信号で作り上げるとは…茅場晶彦、恐るべし。
ややあって
我を取り戻した二人は、残る黒パンを一心不乱にがっついて腹に収めた。
「「はぁ……!」」
揃って、恍惚…というか、満たされたような表情だ。…もう思い残すことはないと言わんばかりで、今すぐにでも天に召されそうな…そんな顔である。まるで…御仏かなにかを彷彿させる。
「えと……もう一個行っとく?」
「「是非!」」
今までどれだけ質素に過ごしてきたのだろう。
クリーム一つでここまで危ないキャラ崩壊を起こすなどと思いもしなかったが、それでも満足しているのならと、エステルは再び黒パンとクリームをストレージから取り出すのだった。
「満腹…。」
「いや…ここまで美味しい物があるなんて思わなかったよ。ありがとうエステル!」
「あ~、うん。それはどう致しまして?」
結局、2人は黒パン3つとクリーム3本を平らげ、ようやく満足したのかマッタリし始めた。あのがっつきよう、余程お気に召したらしい。エステル自身も、アルゴやキリトによって知り得たこのクリームを得る事の出来る『逆襲の雌牛』。そのクエストをクリアして初めて口にしたときは、2人ほどではないにせよ、感動を覚えたのは確かであった。
「さてと!感動の嵐が駆け巡った後で悪いけど、ヨシュア。短剣に切り替えてみての使い心地はどんな感じ?」
「そう、だね。アニールブレードを装備していたときよりも、狙った場所を斬ることが出来るし、実に馴染む…かな。」
一層のボス戦。
そこで彼は、アニールブレードで戦っていたが、今腰に装備しているのは、短剣であるスティールダガーだ。二層の店売りの短剣だが、重さもそこそこに攻撃力があるので試してみたのだ。
というのも、ヨシュアのAGI極振りステータスでは、アニールブレードの条件はギリギリ満たせても、STRの低さから剣の重さに振り回され掛けている節があったからだ。それならばと物は試しと言う物で、二層に着いたのを節目に短剣に持ち替えてみたのである。
「切り替えてみて正解だったみたいね。…うんうん、やっぱり武器と言えば、使い慣れたり、しっくり来た物が一番だもの。」
「でもエステルの武器も珍しいわよね。槍じゃなくて棒術なんて。」
「正確には棍なんだけど……少し特殊なのよね。」
「特殊?」
「うん、なんて言うのか…前からなんだけど、ソードスキルが発動出来るときと出来ないときがあるのよね。…この前のボス戦は、捻糸棍に加えて、熟練度で解放された金剛撃がほぼ連発できたのよ。…でも今さっきの戦闘じゃ、連発して発動出来なかった。モーションもそこまでばらけて掛けてるわけじゃないのにね?」
相変わらず、狙った時に発動できない事があるという、棍のソードスキル。熟練度でスキルが解放される、と言う点は他の武器と相違ないが、それでも何らかの条件下で発動出来るのなら、その条件を知り得ることが生き延びる秘訣となるはずだ。
「やっぱり何か…あるのかしら?発動させるのに必要な何かが…」
「思ったんだけど…」
ここで思案して黙っていたヨシュアが口を開いた。
「この前のボス戦の時もそうだけど、ここ最近の戦闘で、のっけからソードスキルを発動しようとしたことは?」
「もちろんあるわ。先手必勝で倒せたなら、それに越したことないし。」
「でも発動出来なかった…って訳だね?」
「う………確かにそう、だけど…」
「何か…わかったの?」
「うん、これは僕の憶測なんだけど…、エステルのソードスキルって、戦闘時間が一定経ったら…戦闘が長引いたりしたら発動出来てるように思えるんだ。」
ヨシュアの見解に、エステルはもちろん、アスナもキョトンと眼を丸くする。
一定の戦闘継続が発動条件のソードスキルなんて、アルゴからの情報にもない。
そもそも、ソードスキルと言うのは、そこまで条件に縛られることなく、システムアシストによる強力な攻撃…必殺技を発動できるという物だ。発動後の硬直があるというのもネックだが、それでもヒットすればかなりのダメージソースになる。硬直というリスクを除けば、いつでも出せるはずのソードスキル。だがこの棍と言う武器種に至っては、この使い勝手の悪さが目立ってしまった。
「戦闘状態維持…?いや、もしかしたらもっと簡単な…」
「ん~…言われてみたら、もしかしたらって言うのはあるんだけど…」
ここでエステルは、隠しログアウトスポットの真相を探りを入れて人狼と対峙し、初めてソードスキルである捻糸棍を発動させたときのことを切り出した。あの時は、それと言うほど戦闘時間が長引いたわけではない。それこそ数分で終わった程度の物だった。にもかかわらず、ソードスキルの発動が出来た…。
「だから戦闘時間そのものはあまり関係ないかもって思うのよ。…でも戦闘その物は関連ありそう…。」
「…ん~……なんとももどかしいわね。もう少し、と言った感じもしなくもないんだけど。」
「なんにせよ条件が判れば、効率よくレベリングも出来れば、ボスにダメージを与えることも出来るからね。エステル、何か気付いたことがあったら、相談に乗るよ。僕に出来ることは限られてたあるかも知れないけど。」
「ん、ありがとね。わたし自身も色々と模索してみるわ。…そもそも他人任せというのも良くないでしょ。」
「でも頼れるときは頼って欲しい。僕は君の力になりたいから。」
「あはは…その時はよろしくねヨシュア。でも、わたしもヨシュアの力になるから、そっちも遠慮しないで、どーんと頼って良いんだからね?」
「頼りにしてる、エステル。」
「あ~…その、御馳走様…クリームパンと雰囲気的な意味で。」
アスナが、まるで砂糖の塊を大量に摂取したかのようにゲンナリとした表情を浮かべつつ立ち上がった。
そんな彼女に2人は、前者はともかくとして、後者は何のことだと言わんばかりに首をかしげる。
無自覚であんな甘い空気を出せるとか…正直パーティを組んで後悔したアスナだった。
「さて…と、お腹も膨れて一休みできたところで、お昼から何をする?レベリングと素材集めの続き?」
「それもいいんだけど、ちょっと取得したいスキルがあるのよね。私はそっちに行きたいんだけど…。」
「「取得したいスキル?」」
アスナの進言に、エステルとヨシュアは口を揃えて聞き返した。
「そう。この先の開けた場所にね、仙人みたいなNPCがいて、その人のクエストをクリアすると、『体術スキル』が取得できるらしいの。」
「体術スキル…聞くからに無手での戦闘が出来るようになる、と言うことか。」
「そう。でも結構時間が掛かるクエストらしいから、付き合う必要は無いわよ。2人レベリングの続きをして貰っても大丈夫だし。」
「いや、一人でそこまで行くのは危険だ。レベル的には問題ないかも知れないけど、万が一と言うこともあるしね。…いいかい?エステル。」
「モチのロンよ。…まぁそのクエストが良い感じなら手伝うわ。3人でこなした方が効率が良いでしょ?」
「そう、ね。そうなったら3人一緒にスキル習得出来るし、その時はありがたく強力して貰おうかしら?」
ソロ専用だった場合は仕方ないが、協力し合えるならそれに越したことは無い。勿論、体術スキルが魅力的なのもあるが、アスナが強くあろうとするならば協力は惜しまないのが本心でもあった。
「あと…ね。正直ソロで行ってたら危なかったかも知れないのよ。」
「…というと?強いモンスターが出たりするのかな?」
「…かも知れない…。噂が、ね。あるのよ。」
「「噂…?」」
アスナの含みある言い回しに、少なからず興味が湧いたエステルとヨシュアは聞き返す。そんな二人に、神妙な面持ちでアスナは口を開いた。
「…出るらしいのよ。」
「出るって…な、何が?」
「熊と見紛うほどの…大きな何かが。」
「く、熊…?」
二層エリアは、どちらかと言えばメインのMOB系統は牛だ。だがそこに熊型モンスターが出るともなれば…危険な
「確かに…熊が出るかも知れないなら、殊更一人では危ないな。」
「そうね、やっぱし3人一緒に行った方が良いわ。ね?」
「…そうする。」
いざ話してみて不安なったのか…アスナも躊躇うことなく頷いた。
こうして…午後の予定は、体術スキル習得クエストへ向かうこととなったわけである。
体術+熊みたいな人…一体何者なんだ…(棒)
エステルのソードスキル発動に関しては、軌跡シリーズプレイヤーは解るかも…