ソードアート・オンライン~二人の軌跡~   作:ロシアよ永遠に

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ちょっと展開が速いなぁ…と後悔したり


第3話『別れと、人狼』

誰もが信じたくはなかった。

夢であって欲しかった。

だが…それを肯定する要素は何処にもなく、ただ残酷な現実が目の前に突きつけられる。

クリアするまで、このゲームからは抜けられない。

やられれば文字通り死ぬ。

意気揚々と始めたこのソードアート・オンラインは、一時を置いて恐怖のデスゲームへと変わり果てたのだ。

 

「い、いやぁぁぁぁああ!!!」

 

一人の幼い少女が、その事実から来る恐怖に耐えかね、大きな悲鳴をあげた。それがデスゲームの宣告から保たれていた沈黙を破る起爆剤となり、周囲のプレイヤーへ次々に誘爆していく。

 

「ふざけるな!!これから人と会う約束をしてんだぞ!」

 

「嘘よ!!お願い!帰してよ!!」

 

「うわぁ~ん!!お父さん!お母さん!」

 

「明日の予定もあるのに…どうしてこんなことを!!」

 

「ザッケンナコラー!!」

 

「スッゾコラー!!」

 

飛び交う悲鳴、怒号は広場を包み込み、もはや暴動のそれと謙遜無いほどに肥大化していった。

 

「エステル、クライン。ちょっと来い!」

 

呆然としている2人の手を引き、キリトは混乱の渦中にある広場を走り抜け出た。大通りを通り抜け、NPCすらいない裏通りへとやってくる。不意の疾走に予期せぬ体力を消費したエステルは、クラインと共に整息しながらキリトに尋ねる。

 

「ど、どーしたのよキリト…いきなり走り出して。」

 

「いいか?俺は今からこの町を出て次の街を拠点にする…お前らも一緒に来い。」

 

いきなりのキリトの提案に、エステルとクラインは眼をぱちぱちと見合わせる。

 

「いいか。良く聞け。 この世界で生き残っていく為には、ひたすら自分を強化しなきゃならない。 MMORPGってのは、プレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ。システムが供給する、限られたリソースを奪い合い、誰よりも早く手に入れることで強くなれる。そして…それを知ったプレイヤーによって、この街の周囲は瞬く間に刈り尽くされて、リポップしたMOBの奪い合いになるだろう。…そうなる前に他の街や村を拠点にして、自身の需要を確保した方が良い。誰よりも先を行って装備を得て、経験値と金を確保して強くなることが、何よりも生存へと繫がる近道だ。」

 

キリトが言うには、β時代の知識で次の村までの道や危険、若しくは安全なルートは網羅しているという。今のレベルなら危険な目に遭わずたどり着けるだろうとのことだ。

ここからならホルンカの村を目指し、そこで装備とレベルを整えようと言う中…

 

「わ、悪ぃ2人とも。俺ぁこのゲームを買うために夜通し一緒に並んだダチが広場にいるハズなんだ。そいつらを置いてなんて行けねぇよ…。」

 

クラインが、文字通り苦渋の決断と言わんばかりにそれを辞退する。

誰しも自身は生き残りたい。しかし彼にとって共にプレイする友人も放っては置けないのも事実。彼の心境たるや苦しい物もあるだろうが、それでも自身の友人を選んだのだ。

 

「そうか…無理に、とは言わないよ。…エステル、キミはどうする?」

 

「…そうね。確かにキリトの案は魅力的だけど…あたしもこっちで会おうって約束した人がいるから…」

 

「…わかった。…それじゃ…ここでお別れだな。ルートについては…後でメッセを飛ばすよ。」

 

そう言ってキリトはメニューを操作する。幾何かの操作の後、エステルとクライン、双方にとある申請許諾の選択欄が表示される。

『Kiritoからフレンド申請が来ています。受諾しますか?

○YES   ×NO』

突然のフレンド申請。

クラインとエステルは互いに見合わせ、それを送った本人を見れば、少し小恥ずかしげに頬を掻いている。

さっきはフレンドとなることに少し躊躇っていた彼だが、このデスゲームという緊急事態に一念発起と言わんばかりに踏み出してきたのだ。

ともすれば、2人の選択は決まっている。

迷うことなくYESをタップした。

 

「モチのロンでしょ!良い狩り場とかクエストがあったら、教えなさいよね!後で追い付いてみせるんだから!」

 

「俺だってダチと一緒に追い付いてみせるぜ!お前に教えて貰ったテクでな!」

 

そして…別れの時は来た。

しかし、これは離別のための物ではない。

またどこかで、生きて会うための別れだ。

 

「じゃあなキリト!お前ぇ案外可愛い顔してんな!案外好みだぜ!!」

 

「お前こそ!その野武士面の方が百倍似合ってるぞ!!」

 

しみったれた別れ要らない。笑顔で別れよう。そう思ったのか…互いに笑ってこのデスゲームを始めるかのように、冗談を飛ばし合う二人。

 

「エステル。その棍という武器のジャンルは、β時代じゃ見かけなかった物だ。俺のソードスキルのコツじゃ発動出来なかったけど…」

 

最初の狩りで、いくらタメを作ろうとも、色んなモーションを起こそうとも、ソードスキルのエフェクトが発動することはなかった。それだけに、これからソードスキルなしで生き残る、と言うのは酷な物なのか、キリトは彼女を気に掛ける。

 

「ふふん、大丈夫よ!身のこなしなら少しは自信があるもの!スキルなしでも戦ってみせるわ!心配しないでよ。」

 

「そう、か。」

 

底抜けに明るく、前向きに現実を見る彼女は、キリトにとって羨ましく、そして眩しくもあった。そして…見習うべきなのだろう、とも。

 

「縛りプレイも良いが、厳しくなってきたら武器を変えたりするのも考えろよ。」

 

「解ってるわ。それじゃ…キリト。また会いましょう!」

 

「あぁ。それじゃあな!」

 

こうして…3人はそれぞれの道を歩む。

だが道は別れど目的はただ一つ。

生き残り、そして…このゲームを終わらせる。ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デスゲーム開始三日目

西暦2022年11月8日

デスゲームが始まった当日は、誰しも絶望に打ち拉がれて、まるでゴーストタウンかと思うほどに静まり返っていたはじまりの街のだったが、翌日になると初日のキリト達のように、生き残るために戦おうとする人々も出て来始めた。そして更に翌日、つまり今日ともなれば、一歩送れながらも、冒険に出る準備をしはじめたプレイヤーが増え、はじまりの街にも活気が戻り始めた。まだデスゲームとなる前とは比べるべくもないが、それでも道行く人々の目には光が戻ってきているのは確かだった。

 

そして…

 

「わりぃナ、エッちゃんが探す奴の情報については、まだ入ってきて無いヨ。」

 

「むぅ…そっか…。」

 

表通りに面したNPC経営の喫茶店で、エステルはフードの女性と情報交換していた。

昨日に突然目の前に現れた彼女は情報屋を名乗って、あらゆる情報を集め回っているのだという。エステルの前に現れたのも、キリトの紹介らしい。アルゴと名乗ったその情報屋の女性は、キリトが紹介するくらいの人物であるエステルがどんな人物なのか品定めに来てみたところ、底抜けに明るい彼女の人柄を買い、得意先としてリストに加えるに至った。

そして…アルゴの情報に未だ無い棍を扱うと言う点にも惹かれ、棍の情報についても買う予定も付けた。

そして…情報屋としての彼女にエステルは、共にプレイする予定だった夜斗に付いての情報を求めたのだ。自身と同じようにリアルでの容姿になっているのなら、その特徴に合致する人物を探せば良いのだが、さすがに三日目とは言えど、はじまりの街の中では彼の特徴に合うプレイヤーアバターを見かけたという情報は無かった。

 

「しかしエッちゃん、そのプレイヤーにえらくご執心だネ。」

 

にやり、と、意味深な笑みを浮かべてアルゴはエステルに詰め寄る。

 

「そ、そおかしら?あは…はは……」

 

「もしかして…ラヴ…カ?」

 

「は!?ん、んな訳ないでしょ!」

 

「どーだカ…。焦ってる辺りが怪しいナ…。」

 

「焦ってないわよ!た、単に、こっちの世界で会う約束してるから…その…無事かどうか知りたいだけで、別に深い意味は無いのよ、うん!」

 

実に解りやすいエステルの反応に、アルゴのニヤニヤは止まらない。アルゴとしても、エステルを弄って遊んでいたいのだが、生憎とこのデスゲームのお陰で情報を引っ切り無しに集めなければならないため、時間は限られている。ちょっとした息抜きはそろそろ終わりにしなければならない。

 

「ところでエッちゃん、今レベル幾つダ?」

 

「と、唐突ね。今3になったところで、もうすぐ4だけど。」

 

初日で2、翌日で3に何とか漕ぎ着けたのは、一重に一足早く、強くあらねばと意気込んだ結果だ。

周囲のプレイヤーが2に上がったところであることを見れば、頭一つ飛び抜けて強くなっている。

 

「へぇ…キー坊に並ぶ早さだナ。だったら丁度良いナ。」

 

一息置くために、テーブルの上で冷めてしまったカフェオレのような飲み物を一口すすり、彼女は口を開いた。

 

「エッちゃん、隠しログアウトスポットって知ってるカ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一層に広がる広大な草原。その傍らにこじんまりと茂る林の奥にそれはあるという。青々と茂った草木に埋もれるように、小さく、大まかに2メートル四方の入口がぽっかりと開いていた。

 

「こ、こんなとこにログアウトスポットがあるの?」

 

「あぁ、あるヨ。…まぁどうせガセだろうけどナ。」

 

「が、ガセェ!?」

 

まるで他人事のように言い放つアルゴに、エステルは思わず大声で驚いてしまう。

曰く、この洞窟の中にモンスターが居たならば、隠しログアウトスポットなどという魅力的な言葉に釣られてこんな所までホイホイやって来て、やられてしまうプレイヤーが居るかも知れない。現にこうしてアルゴの情報に連れられて、エステルがやって来てしまうのだ。可能性は決して低くないだろう。

 

「まぁそんなわけで、エッちゃんにはオレッちの情報の裏付けを手伝って欲しいわけサ。」

 

「情報の裏付け?」

 

「そそ。まず情報ってのは信用第一なのサ。で、その情報を取り扱う情報屋も信用第一。信憑性の低い情報屋の情報なんて、エッちゃんもホイホイ信じないだロ?」

 

「そりゃまぁ…そうね。」

 

「だからサ。この隠しログアウトスポットの現地を直接見て、ガセならそう公表しないと、次々にプレイヤーがやってきてやられちゃウ。隠しログアウトスポットに行って帰ってこないとなれば、ログアウト出来たと勘違いする奴等が大半だろうサ。……真相はモンスターにやられて死んじゃったにも関わらずナ。」

 

「それで、もしモンスターが居たなら、討伐して欲しいから、あたしを連れて来た、と。」

 

「察しが良い子は、おねーさん好きだヨ。」

 

「そりゃどーも。」

 

たしかに、ガセネタなんかで死人なんて笑えない冗談だ。しかし、危険な偽情報は潰しておくに限る。そんなわけで、芽は早い内に摘むと言うことでこうして赴いたわけだ。

 

「しかもこのスポットの情報の発信源が『鼠印』なんだよナ。」

 

「鼠印?」

 

「オレッちが情報の発行者って意味合いサ。…つまり…」

 

「アルゴのニセモノが出回って、デマを流してるわけね。」

 

「やっぱり、察しが良い子は好きだヨ。」

 

つまり、偽情報と知れれば、アルゴを語るニセモノはいざ知らず、アルゴ本人の情報の信頼性の沽券に関わることになる。アルゴとしては安心確実な情報提供を目指すだけに、これだけはしっかりとしておきたいから、こうして情報の真偽を確かめに来たのである。

 

「んじゃ、そろそろ行こうカ。」

 

「そうね、さっさと終わらせましょ。」

 

「さてさて…コボルトがでるカ、ベヒーモスがでるカ。」

 

アルゴが少々不吉な予言をしながら、エステルと共に薄暗い洞窟へと潜っていく。

天井の岩から滴り落ちる雫の音が、妙に不気味さを醸し出している。慎重に…慎重に…一歩ずつ前へと進んでいく。

本当にログアウトスポットがあれば万々歳…しかし、茅場があれほどまでお膳立てをしたこのソードアート・オンラインだ。そんな生温いものが存在しうるとは到底思えないのがアルゴとエステル、双方の考えの一致だった。

 

「…ねぇ?」

 

「なんダ?」

 

「…匂わない?」

 

「バッ!?オレッちはしてないゾ!?」

 

「…何の話よ?…なんか…何処かで匂ったことがあるような匂い…。」

 

「ん~?」

 

すんすんと鼻を鳴らし、アルゴも匂いに意識を向けてみる。

すると、確かに鼻腔を刺激するソレは存在した。

余り好まない匂いに、アルゴは思わず顔をしかめる。

 

「うへぇ…なんだヨ、この匂イ…。」

 

「そ、そこまで嫌悪感を示すような匂いかな?」

 

「少なくとも、オレッちは好きこのむ匂いじゃないのは確かだヨ。…でも何処だったカ…この匂い、何処かデ…。」

 

「アルゴも?実はあたしもなんだよね。…何処でだろ…。」

 

そう、何処かで。

それも日常生活に深く携わっている匂いだ。確かにアルゴの言うとおり、好きこのむ匂いではないが、エステルにとっては嫌いな匂いではない。それは…それは確か…

 

『グルル…。』

 

「ん?何か言った?アルゴ。」

 

「いんや、何も言ってないヨ。」

 

洞窟に響いた一つの音。だが辺りを見渡せど、何も無い。と言うか暗さに目が慣れないのか殆ど見えない。

 

『グルル…。』

 

「ほら、やっぱり何か言った!」

 

「オレッちじゃないゾ?」

 

「…ん?」

 

「あレ?」

 

「「ってことは……」」

 

ここに来て…ようやく目が慣れ、周囲の地形も徐々に鮮明になってきた。ぼんやりとしていた視界は、ハッキリとはなってはいないが、それでも輪郭を見るくらいにはなってきた。

 

そして

 

…目の前に居たもの…

 

 

 

 

 

それは…

 

 

 

 

 

『GUOOOOOOO!!!!!』

 

「「ぎゃぁぁぁっ!!??」」

 

それは身長が2メートルはあろうかという体躯。

深い茶のごわごわとした体毛。

ピンと立った耳。

突き出た口と鼻。

その口から覗く鋭い牙。

鋭く尖った爪。

ソレはまさしく犬…いや、狼。

だが現実のソレの四足歩行ではない。二足直立しているのだ。

言うならば…人狼。

 

「でででででで出たわねモンスター!!アルゴ!戦闘たいせ…」

 

「犬!犬ゥゥゥゥゥ!?!?」

 

だがアルゴは最早お話にならない。

…もしかして…狼…と言うよりも犬が嫌いなのか?

だからさっきの匂いも…。思えばあの匂いは犬特有の匂いだ。雨の日などは特に漂うあれに、妙なデジャヴを感じていたのだろう。

そして…彼女は余程犬が怖いのか、岩場の影で頭を抱えてガタガタ震えていた。

 

「仕方ない…あたし一人で相手になってやるわ!!」

 

背に袈裟懸けしていた棍『ウッドスティック』を抜き取り、構える。未だ最初に購入した物ながら、その棍ゆえの特性たるスタン値、そして片手剣を優に超える長いリーチによって、十分な活躍をしている。

 

「さぁ…行くわよ!!」

 

それを合図にしてか否か、人狼も雄叫びを上げながらその強靱な爪を振るって迫り来る。雄叫びと同時に、後ろで『ヒィッ!?』とか情けない悲鳴が聞こえたのは無視しておこう。振るわれた爪は、直撃しよう物ならば、エステルの身体を易々と引き裂き、数発でHPを霧散させるなどと苦ではないだろう。そしてその速さは、野生の獣特有の俊敏さを併せ持ち、目を見張る物がある。

だがエステルは、棍を人狼の手に沿わせて軽くいなす。そして振り返し、もう一方の先で人狼の手を打ち上げた。予期せぬ衝撃、そして打ち上げに人狼は体勢を崩し、手は高々と中空を泳ぐ。そしてエステルの目の前には無防備で、そしてガラ空きの懐。

 

「えぇい!!」

 

掛け声と共に棍を一閃。深々と、恐らく胸骨に当たる部位へと打ち込む。周囲の剛毛は、衝撃から身を守る鎧となっていただろうが、腹や胸、所謂内側の体毛は柔らかい。弱点を一突きされ、人狼は思わず唸り声と共に仰け反った。

 

「悪いけど…あの中年親父の速さに比べたらハエが止まるわ!!」

 

すかさず、仰け反ったと同時に、更なる弱点を見出したエステルは、棍を前上方に向かって突き上げる。その先には、仰け反った事で視界に入った顎。 それを確かな手応えと共に派手なエフェクトが発生、クリティカル判定となった。

こうなれば、普段より長いよろめきとなり、更なる追撃が可能だ。踏み込むと、まるで剣道で言う『抜き胴』の如く、人狼の腹を打ち払った。柔らかな腹を打ちのめされ、人狼は更に苦悶の声を挙げるが…

 

「うーん…やっぱりダメージが少ないなぁ…」

 

スタン値という副次的な物もあるが、その攻撃力と言う物はやはり最も安価な装備なので低い。低い力で、例え的確に打ちのめせども、やはり効果は低い。スタンさせまくって畳みかけるのもありだが、それはそれで時間が掛かるし、何よりもウッドスティックの耐久値が保たないだろう。

やはり、一撃で大きなダメージを出せるソードスキルを放てなければジリ貧となってしまうだろう。

 

「っと!考えてても仕方ないかなって!」

 

体勢を立て直した人狼が、再び爪を振るってくるが、背後に飛び退いて回避する。見切りそのものはそこまで苦は無いが、攻め倦ねているのもまた事実だ。

さて、どうするか、と再び思考に入ろうとしたとき、

ずぶり…と、着地の瞬間に柔らかなものを踏んだ感覚に見舞われる。

洞窟内部だけあり、その湿度はかなりの物だ。ジメジメとした空気は湿り気を作り、そしてそれは水滴となって地に落ちてそこにぬかるみを作る。

 

「しまっ…!」

 

エステルが飛び退いた地面は、そのぬかるみで緩んでおり、着地に際して足を取られてしまったのだ。

予期せぬ着地取りの失敗にエステルはよろめき、体勢を崩してしまう。

そして…それを人狼が見逃すはずもなく…

 

『GUAAAA!!!』

 

雄叫びを上げながら、エステルに切りかかる。しかしエステルもただではやられない。ウッドスティックを構え、振るわれるその剛腕を受け止める。木の撓る音と共に、人狼の爪はすんでの所で止められる。

 

「こ…んの……!!」

 

ギリギリと鍔競り合いにも似た押し引き。だが、エステルの足場はぬかるみによって良いとは言えない為、踏ん張りが利かない。

如何したものか…、そう思案した瞬間、エステルの腹に思わぬ衝撃が走る。人狼は片手だけでエステルを防御に専念させていた。となれば…その衝撃の原因は、人狼のもう片手による殴打だというのは直ぐに理解できた。アバターのボディにも関わらず内蔵を抉られるかのような不快感と共に、強いその衝撃によって、エステルは軽々と吹き飛ばされ、洞窟の岩壁に背中から叩き付けられる。

 

「が…はっ……!」

 

無理やり肺の空気を押し出され、一時的な呼吸困難に陥ったこと、そして叩き付けられた事によって視覚がぼやけてしまった。

ゴホゴホと咳き込みながらも、体勢を整えなければと起き上がろうとする。

視界にある自身の体力ゲージ、それは一撃でイエローゾーンにまで陥っていた。

攻撃力が単に高いのか…いや、こちらの攻撃は余り通らなかった事を思えば、このモンスターに設けられたレベルそのものが自身よりも高いのかも知れない。

 

(ミス…ったかしら…)

 

見上げれば、人狼はその鋭い爪を振り上げて、自身を八つ裂きにせんとしている。

これを食らえば終わる。

HPがゼロになり、自身のアバターは霧散。…同時に現実の自身の身体も、脳をマイクロウェーブによって焼かれ…死を迎える。

 

…いやだ

いやだ。

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!

 

「こん…のぉ!!!!」

 

力を振り絞り、まさに火事場の底力と言わんばかりに棍を持つ手を引き絞る。

 

手を捻り、

 

ここで…父に教わった一つの『型』を文字通り捻り出す。

 

『螺旋の型』

 

棍の一撃その物に、捻りの力を加えることで威力を上げる。

 

そして…

 

この一撃…その突きの技はこう呼ばれる。

 

「捻糸棍っ!!!」

 

手首からの捻りと共に拘束で突き出された棍は、白いエフェクトと共に空気を裂いていく。

同時に人狼の鋭い爪がエステルを切り裂かんと振り下ろされてくる。

どちらが速いかはわからない。

だがリーチはエステルが上。

しかしこの一撃でスタン、もしくは倒せなければこちらがやられる。

先に辿り着いた棍の先端。

それは捻りによって人狼の腹を抉り、渦巻く衝撃その物が突き貫いていく。あくまでポリゴン体の人狼だが、その顔には苦悶が浮かぶ。

 

「貫…けぇぇぇええ!!!」

 

エステルの雄叫びが木霊する洞窟で、

 

腹を抉られ、文字通り風穴を開けられた人狼が、

青白いポリゴンの破片として、

霧散して消えた。

 

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