自身の身体を貧相だのペチャパイだのまな板だの断崖絶壁だのと罵ってきた情報屋に水責めという制裁を加え、風呂を後にしたエステルは、防具を外した軽装を装備して備えられた椅子にゆったりと座る。
タオルを髪に乗せれば、あら不思議。瞬く間に湿った髪は渇き、代わりにタオルに水気が移る。
これについてエステルはとても有り難く感じていた。システムが水濡れという状態を、タオルというアイテムを使用することで、瞬時に解決することが出来る。つまり、長い乾燥のケアの必要も無い。あとは櫛で髪を梳けば、さらさらとした髪の完成だ。
しかし、これを繰り返していて、現実に帰れた時にこれが面倒くさくなったらどうしよう、という懸念もあるが。
「ひどいヨ、エッちゃん~。鼻の奥が痛いじゃないカ~。」
「人が気にしていることを指摘するからよ。自業自得。」
ムスッとしてはいるが、もうそこまで怒ってはいない。アルゴ自身も、少々重い話を振って、変わってしまった空気を和ませようと、ああやって道化を演じたのだ。他意は無いのだろう………多分。
そんなアルゴは、若干涙目になりつつも、入浴後の髪のケアをして軽装になり、エステルとテーブルを挟んで椅子に座る。
「さテ。そろそろ例のアレを調べてみようカ。」
「例の壁画ね。」
「あァ…、どうにもオレッちとしては意味のあるものだと思えて仕方ないんだヨ。…情報屋としての勘…かナ。」
指を操作し、自身のアイテムストレージから、例のメモ用紙をオブジェクト化させる。何の変哲も無い、店売りのそれであり、エステルとしては余り縁の無さそうな物だ。
アルゴがメモ用紙をぱらぱらと捲る中、その1枚1枚がかなりくたびれており、デスゲームが始まって以来、情報集めのためにかけずり回って、手に入れた情報がびっしりと書かれているのだろうと想像できる。そして…十数枚捲ったところで、エステルにも見えるようにテーブルの上に広げた。
「これがその壁画の写しだヨ。」
「ん~…?」
見るからに、リアルでの古代文明とかの遺跡で描かれているような、そんな画だった。芸術性とかそう言った物は一切省いて、その伝えたい事柄のみを描き出している。
「これは…ウサギかしら?」
描かれたそれは動物にも見える。そう捉えたら、耳が長いという特徴を鑑みて、ウサギと見ることも出来た。
「いヤ、そんな可愛いもんじゃ無さそうダ。手を見てみロ。あんな物騒に見える物を持ってるウサギなんて、オレッちは嫌だネ。」
手に持ったもの。それに視線を移せば、片や斧、片や楯等という、どちらかと言えば…
「モンスター…かしら?」
「だろうナ。それもあんなわかりにくい所に記してあるんだから、余程強力なモンスターなんだロ。」
口からは牙が生え、腹や腕には…入れ墨…いや、戦化粧だろうか?そんな紋章。一際大きな個体の周囲には、そのモンスターを一際小さくしたような物が三体。大掛かりなモンスターのPTを描いているのだろう。
「でもこれだけだと、タダの壁画だナ。」
「右側の画はそうでもないんじゃない?同じモンスターだけど…持ってる物が違うわ。」
「ん?本当ダ。」
周囲三体の小型はともかく、大型のモンスターの武器が、細長い何かに変わっている。それによって…挑んだ人々が弾かれている。そんなストーリーが感じ取れるものとなっていた。
「さっきのは斧って見て取れたけど、これは…。」
「ン~?カタナ、カ?」
細長く、刀身が僅かに反ったそれは、正しく日本刀の特徴のそれと同じだった。つまり…このモンスターは斧からカタナに持ち替えていることになる。
しかしこれだけの情報であっても、これが何処のモンスターであるかまでは不透明なままだ。
「結局、なんだったのかしら。斧からカタナに持ち替えるモンスターの存在しか解らないじゃない。」
「…でも、意味も無くあんなところにこんな画を設置しないだろウ。覚えておくまではなくても、頭の隅に置いておくくらいはしておいたほうがいいナ。」
「そうね。…少しもどかしいけど。」
少し引っかかりを残しつつも、アルゴはメモ用紙をアイテムストレージに仕舞うと、テーブルの上に置いてあるコップに汲まれたミルクを飲み干した。どうやらこの物件のサービスらしく、同じく汲まれたもう一杯のミルクを、エステルも飲み干す。…これで腹がふくれるかと言われればそうではない。この世界で飲んでも、味も喉越しも、電気信号が脳にその錯覚を感じさせるだけで、現実世界での空腹感は勿論、栄養も摂取できる物ではない。つまり、ミルクを飲めば胸が大きくなるという、そんな都市伝説も起こり得ないと言うことだ。しかし、毎日信じて牛乳を飲み続けたエステルにとっては、藁にも縋りたい思いであるのは違いなく、2杯目を飲むエステルを見て、アルゴは意味深な笑みを浮かべていた。
翌朝
アルゴの部屋に一泊したエステルは、1階の食堂でアルゴと共に朝食。相変わらずメインは黒パンで味気ないものだが、コーヒー的な飲み物も付いている分、幾分かはマシだ。
砂糖とミルクを混ぜながら、ふぅふぅと冷ましていると、黒パンを千切って食べていたアルゴが口を開いた。
「エッちゃん、今日辺りにオレッちはそろそろ次の村に向かうヨ。」
「え?如何してまた急に?」
程よく表面が冷えたコーヒーを一口含んで、エステルは問い掛けた。昨晩はそんなことを一言も言ってなかっただけに、寝耳に水もいいとこだ。
「そろそろ次の狩り場でレベリングに回りたいと思っているプレイヤーは、次の村…ホルンカに向かおうとする筈ダ。となれば、オレッちも次の村に先行して情報収集して、ガイドブックにして発行していかないといけなイ。情報屋っていうのは、常に最新で新鮮な
つまり、はじまりの街で広めるべき事、情報はこれ以上ない。となれば、次の村に向かい、後から続くプレイヤーの道しるべとなるガイドブックを発光していくことが、情報屋として、そして元βテスターとしての役目である。
「で、でも一人じゃ大変じゃないの?」
「んにゃ、協力者はいるにはいるヨ。ソイツらからの情報を買うのも一つだからネ。…ちなみに、エッちゃんの知ってる人も、その内の一人だヨ。」
知ってるβテスターと言えば…あぁ、なるほど。容易くキリトの事だと理解できた。初日のレクチャーの時もそうだが、彼の実力はかなり高い。今頃レベルも5辺りまで上がっているかも知れない。
「それで、エッちゃんはどうすル?」
「どうするって?」
「オレッちと来るカ?それとも、もう少しはじまりの街で例の彼を探すかイ?」
「私は…。」
ここでエステルは思案する。ここで留まっていても良いのだろうか?もしかしたら彼…夜斗は次の村へ行っているかも知れないし、そうでなくてももしかしたらすでにモンスターによって……いや、これは考えるだけ野暮だ。とにかく、エステルにとって必要な物は情報。初日の手鏡の件で、彼の顔はリアルのそれと同じとなっているはず。黒い髪に琥珀のような色合いの瞳。そんな特徴を持った男性アバターを探すには、やはり聞き込みによる情報収集が一番の近道になる。はじまりの街での目撃者はない…、となれば次の村へ向かってみるのも一つの手かも知れない。
「私は…そうね、アルゴ、貴女に着いていくわ。…ま、犬系モンスターがでたら、あたしが倒さないと行けないわけだし。」
「そ、それを言われたら、オレッちはぐうの音も出ないナ。」
かくして…2人は同日午前に道具などの購入と情報収集の仕上げを行い、午後にはホルンカに向かって出発していった。
そして
それから月日が経ち、デスゲーム開始から一ヶ月。
未だ…アインクラッドの第一層は攻略されずにいた。
2022年12月2日 第一層トールバーナ
はじまりの街程では無いが、第一層第二の大きさを持つこの街に、物々しい表情の男達がそぞろと集まっている。皆が皆血の気立っており、これから何が始まるのかと誰もが思ってしまうだろう。しかし、その内容を知るならば、この雰囲気を理解できる物だろう。
何せいよいよこれから第一層ボス攻略会議が始まるのだから。
トールバーナ劇場跡
「はーい!それじゃあそろそろ始めさせて貰いまーす!!」
石畳で出来た舞台に青髪の青年が大きな声を張り上げ、放射線状に広がる客席に座っていたプレイヤーはざわめいた声を静めた。それと同時に、静まった空間がピンと張り詰めた緊張に包まれる。
「皆!今日は俺の呼びかけに集まってくれてありがとう!俺の名は、ディアベル。職業は気持ち的に…『ナイト』やってます!!」
「ははっ!職業システムなんて無いだろ―?」
「ホントは勇者って言いたいんじゃないのか―?」
ディアベルと名乗った青年のちょっとした冗談に、場の空気は和み、そこらかしこから笑い声が聞こえ始める。なるほど、『掴み』が上手いのか、この場にいる皆が、彼の締めるところは締めつつ、場を和やかにするという、ボス攻略に必要なリーダーシップを認めることとなっただろう。そうでなくとも、好印象は少なからず抱いたはずだ。
再びガヤガヤと笑い声でざわめく場内を、手で『抑えて抑えて』とジェスチャーをし、再び皆に静粛を呼びかける。
「今日、俺達のパーティが迷宮区の奥にあるボス部屋を発見した。」
おぉ!と皆が驚愕の声を上げる。未だ誰もボス部屋を見つけていないという情報ながら、彼は見つけたという事実に、誰もが驚きを隠せずにいた。
「俺達はボスを倒し第一層を突破して第二層に辿り着き、このデスゲームもいつかきっと終わらせられると言うことを、はじまりの街で待っている皆に伝えなくちゃならない。それが、ここにいる俺達トッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ!?皆!!」
ディアベルの説に、誰もが言葉を失い、静寂が生まれる。だが、誰かが拍手をし始めると、やがてそれは喝采となって劇場跡を包み込んでいく。
彼のリーダーシップは、ここに集まるプレイヤー皆にとって揺るぎない物へ変わりゆく瞬間でもあった。
そんな彼を、静かな笑みを浮かべて見つめる男性プレイヤーがいた。
キリトである。
ここまでソロでレベリングし、今や14までその値を上げた彼は、正しくトッププレイヤーでありながらも、自身にはない、眩しいばかりのリーダーシップを持つディアベルには、僅かな羨望も抱いていた。はじまりの街以来ここまでソロで来ていたが、さすがのキリトも一人でボスに挑むほど愚かでもない。だからこうしてディアベルの募るボス攻略会議に参加したのだ。
「OK!それじゃあ早速だけど、これから攻略会議を始めさせて貰う。まずは近くのメンバーで6人のパーティを組んでくれ。」
パーティ組み。
ここで問われるのが社交性の高さだ。
読者諸君にも経験はおありだろう。
課外授業、修学旅行、体育祭etc.
どの学校にもある行事で必ず発生するもの。
それは、班分けである。
幾人かの班に分かれるのだが、大抵は仲の良いグループで構成される可能性が高く、それによって班が決まることが多い。
しかし、中にはぼっち。所謂、余り友達のいない人間。いや、他クラスや他校にはいるかも知れないが、彼、彼女らは大抵あぶれて、少ない人数の班に強制加入させられる。そうなると、場違い感がビシバシ感じられ、緊張の糸を常に張っている状態が続くことになる。
ここにいるキリトも、とある事情から他人との距離感が掴めなくなっており、ディアベルの出したパーティ編成によって出鼻を挫かれ、周囲が着々と組んでいく中で、完全にあぶれてしまう形となった。
一方…同じ場にいた赤ずきんことアスナも、キリトと同じくあぶれていた。
彼女は所謂エリートコースを突き進む才女であり、学校の成績も常にトップ…なのだが、それによって修学旅行の班が決まった際に周囲の生徒からは、高嶺の花だから、勉強一筋で恋バナには縁のない人だ、だから修学旅行も一緒に回るのもつまらないし、就寝時の話も盛り上がらない等と散々言われた過去がある。
確かに勉強第一の学校生活ではあったが、恋バナ…つまり恋愛に興味が無いなどと言われては、そうだとは絶対には言わない。むしろ年相応に興味もある。理想像も既に確立している。背が高くて、男らしくて、優しくて、
「あんたもあぶれたのか?」
このような人の気にすることを言わないデリカシーのある人だ。
「べ、別に…周りがお仲間同士みたいだから、え、遠慮しただけよ…!」
素っ気なく返すつもりが、イラッときてしまったからか、若干怒気を込めてしまった。
いけない…クールでなければならないのに、ここで苛立っては何の意味も無い。
「そ、ソロプレイヤーか。だ、だったら俺と組まないか?一人じゃボスには挑めない。だから、今回だけの暫定だ。」
キリトにとっては身に覚えのないアスナの滲み出た怒気に当てられてか、若干気圧されたが、それでもパーティを組むという目的を果たさねばボスに挑めないので、勇気を振り絞って提案する。
アスナもアスナで断る理由もないので、キリトからの申請にコクリと頷き、パーティが結成させられる。
「ねぇねぇ、おにーさん達。」
パーティを組んだと言うにはギクシャクした雰囲気の二人の間を割るように、明るく陽気な声が空気を変える。
見れば、2人よりも少し年下のように見える少女がニコニコと立っている。腰にはキリトと同じアニールブレードで、スタイルは同じく楯無しの片手剣のようだ。
「ボク、パーティ組めなくて困ってたんだ。だからおにーさん達2人でしょ?ボクも入れてくれないかなぁって…ダメ、かな?」
「も、勿論大丈夫だ!な、な?」
「え、えぇ!モチロンよ!むしろ歓迎するわ、盛大にね!」
「やったー!じゃ、パーティ申請よろしくね!えーっと…」
「俺は…キリトだ。」
「アスナよ。よろしく。」
2人が名乗ったところで、パーティリーダーであるキリトが、目の前の少女にパーティ申請を飛ばし終える。それに応じ、彼女が承諾ボタンを押して名前とHPバーが追加された。そこには…
「ボクはユウキ!よろしくね、キリト、アスナ!」
紫色の長い髪をした少女のプレイヤーネームが記されていた。
オマケ
クラインがカタナスキルを手に入れた
「おっしゃあ!これでカタナが装備できるぜ!」
「やりましたねリーダー!」
「おうよ!これであの技が使えるかも知れねぇんだな。」
「あの技…?」
「おう!これは昔っからの憧れの技でよ。こう言うとこでしか刀で出来ねぇからな。」
そう言うと、クラインは太刀を抜き取り、右手を引いて刀身を上に。目先まで来た切っ先に、左手の指を添える。所謂片手平突き。またの名を…
「り、リーダー…その技は!」
「牙突!!」
何故か知らないがソードスキルのライトエフェクトと共に、アスナのリニアーに迫るほどの勢いで加速。目の前に居たフレンジーボアを一撃で消し飛ばした。
ユニークスキル『牙突』
ソードスキルが牙突、牙突弐式、牙突参式、そして牙突零式のみ使える。しかし刀の攻撃力にブーストが掛かり、一撃がかなり強くなるが、ソードスキルによる摩耗が激しくなる欠点も。