ボス戦の日取りはプログレッシブの会議二日後にしました。
かくして、キリトにアスナ、そしてユウキの3人パーティと相成った。
劇場客席を一瞥し、パーティ毎に纏まったことを確認したディアベル。
「よし、そろそろ組み終わったかな?それじゃあ…」
「ちょぉ待ってんか!!」
再開しようとしたディアベルの言葉を遮るように、客席上部から降りてくる一人の男。橙色の、まるでサボテンと見紛う程にトゲトゲした髪の男が、不機嫌丸出しと言わんばかりの表情でずかずかと階段を下りてくる。
「仲間ごっこをする前に、コイツだけは言わせて貰わんと気が済まん!!」
「積極的な発言は大歓迎さ。でもまずは名乗るのが先かな…?」
「フン…わいはキバオウってもんや。」
とりあえず礼儀として名乗り、そして幹事であるディアベルの発言許可を貰ったところで、客席へ振り返って息を大きく吸い込んだ。
「こん中に、今まで死んでいった2000人に、詫び入れなあかん奴らがおるはずやで!」
「キバオウさん、貴方の言う奴らとは…βテスターのこと、かな?」
「決まっとるやないか!この一ヶ月でアイツらが何もかんも独り占めしくさったせいで、2000人も死んだんや!せやからズルして貯め込んだ
キバオウの発言に、劇場客席がざわめきに包まれる。2000人亡くなった、と言うのもそうだが、βテスターの存在によって自身達が侘しい思いをしたのかと思うプレイヤーの表情が、先程までの熱意に満ちたそれと取って代わり、疑心に満ちてきた物へと変わっていく。
そんな中で、キリトの頬にたらりと嫌な汗が流れ落ちる。
彼の中で初日…エステルとクラインの件が葛藤を生んでいた。
結局二人を置いてはじまりの街を離れ、一人でβ時代のウマいクエストや狩り場で、自身のレベリングと強化を行っていた。キバオウの言う、詫びを入れないといけない人間として、十分に条件を満たしていると自身で認めているのだ。だから…彼の言葉が、キリトの心に深く、そして鋭く突き刺さる。
「発言良いか?」
だがそんな彼の、彼らの耳に、野太い声が入る。
客席から一人の男が立ち上がり、舞台で宣うキバオウに、まるでのっしのっしという発音が相応しいまでに歩いていく。がっしりとした体格の長身、黒い肌に口周りの黒い髭、キバオウを遥か見下ろすまでに巨体のその男は、言葉を発した。
「俺の名はエギルだ。キバオウさん…アンタの言いたいことはつまり…元βテスターが面倒を見なかったから、ビギナーが沢山死んだ。だからその責任を認めて謝罪、賠償として
「そ、そうや…。」
自分よりも遥かに大きな体格のエギルと名乗った男の威圧感に押されながらも、キバオウは続ける。
「こんクソゲームが始まったその日に、右も左も解らん大多数のビギナーを見捨てて、β上がり共はダッシュではじまりの街から消え良ったんや。…アンタの周りにもおらんかったか?奴等がウマい狩り場やボロいクエストを独り占めしよったせいで、ろくにレベル上げも出来んと、危険な狩り場に手ェ出して死んでいったビギナーがな。」
「…確かに、SAOのシステムが提供するリソースは限られている。しかしキバオウさん。もしあんたが自分が生き残ることしか考えない、利己的なβテスターだったとしよう。何か一つ独占できるとしてあんたならば何を選ぶ?『ウマい狩り場』か?『ボロいクエスト』か?」
「な、何が言いたいんや?」
「俺なら『情報』を選ぶ。」
ここでエギルは一つの本をポーチから取り出した。それは、誰しも見たことのある、鼠印のガイドブックだ。
「このガイドは、俺が新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあったものだ。…しかも無料配布。この中にも世話になった人もいるんじゃないか?」
皆が自身のストレージやポーチにあるガイドブックを見つめ、エギルの話に聞き入る。
「すごく、役に立った。」
「ボクも凄く助けられたなぁ。正直、この本のお陰で生き残ったと言っても間違いないかも。」
ビギナーであるアスナも、そしてユウキもガイドブックには助けられたらしい。しかし…
「無料…だと…?」
ここで密かに憤慨したのはキリトだ。
「あんにゃろ…俺からは500コルも取ったくせに…!」
商い魂逞しいとはこの事か。いや、同じβテスターだからこそ、こうした事も出来たとも言える。なんにせよ、アルゴのガイドブックは沢山のプレイヤーに好評だったようにも思えた。
「しかし」
だが、そんな彼等にエギルは一つの懸念する点を思い浮かべた。
「いくら何でも情報が早過ぎると感じた。俺は…コイツに乗ってるモンスターやマッピングデータを情報屋に提供したのは、常に俺達の先を行っていた元βテスター達しか有り得ないと思っている。…いいか?情報はあった。俺達ビギナーにとって、これ以上のギフトはない。…確かに沢山死んだのは事実だ。しかしそれは、彼らがSAOを他のMMOと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤ったからだ。その一方、ガイドの情報で学んだ俺達は、まだ生きている。」
「俺からも発言良いか?」
もう一人、舞台に上がってくる男がいた。ツンツンとした赤い髪をバンダナで束ね、背に両手用の大剣を背負った男だ。エギルほどではないにせよ、袖の無いジャケットから見える二の腕はかなり太く、かなり筋肉質の体格であるのには変わりなかった。
「俺はアガット。キバオウさんよ。さっきから聞いてりゃ…βテスターβテスター言ってるが…皆が皆、アンタの言うようにビギナーを見なかったと言いてぇのか?」
「な、なんやとぉ?」
「俺はな、はじまりの街でアンタの言う他のビギナーと同じように、右も左も、レベリングの仕方も、それにソードスキルの使い方も解らなかったぜ?だが、俺はここまで生き残って来れた。このガイドブックが発行される前のことだがな、あの街で一人の男が闘い方のレクチャーをしてくれたんだよ。ソイツは最初に出会ったβテスターに教えて貰ったテクニックを、闘い方が解らない奴等に教えて回っていたんだ。俺はそこで闘い方、ソードスキルの使い方のコツを教わって、ガイドブックが発行されたらソイツに頼って来た。」
「な、何が言いたいんや…?」
「アンタはβテスターが皆が皆、利己的な奴等だと言ってるみたいだがな、エギルのオッサンの言うように情報を回して皆が生き残れるようにした奴も居りゃ、闘い方を教えて敵の倒し方を教えてた奴も居る。…確かに利己的な奴も中には居るだろうがよ。βテスターそのものを敵と見なすのはどうかと思うぜ?」
「オ、オッサン…?」
「…勝負あったわね。いるのよね…自分が不幸になったら、皆一緒に不幸になろうって人。…
彼等のやり取りを見る3人の内で、アスナがポソッと呟いた。それに便乗して、ユウキも声を上げる。
「あのアガットって人の言ってる、レクチャーをしてくれた人って、ボクの思ってる人と同じ人かな?」
「…そんな人居たの?」
「うん、たしか…名前は聞きそびれたけど、バンダナをした野武士みたいな顔の人だったよ。」
…なるほど、自身の教えたことを皆に広めてくれていたのはクラインか。初日の夕方に分かれて、アルゴやエステル以外にも情報をちょくちょく回していたが、そんなことをしてくれていたのか。自分のやったことが、ビギナーの生存に少しでも貢献できていたなら、此程報われることはない、そう感じて、キリトは目頭が若干熱くなるが、グッと堪える。
「キバオウさん、君の気持ちは良く分かるよ。でも今は前を見るときだろう?」
いがみ合う3人を嗜める、いや、口論の元であったキバオウを宥めるように、ディアベルが声を掛ける。それによってヒートアップしていたそれは一端の静まりを見せた。
「それにだ。ここにもしその元βテスターがいたとして、逆に言えば彼等がボス攻略に力を貸してくれるのなら、これより頼もしいものは無いじゃないか。加えて…」
ディアベルは懐から、皆が所持しているガイドブックとは違う表紙のそれを取り出し、皆に見せる。そこには大きく『1F.BOSS』と記されていた。
「先程、ガイドブックの最新版が発行されたことだしね。」
ドヤッと皆を見回すディアベルの顔は歓喜に満ちており、まさしく水を得た魚の如くである。
「ガイドブックによれば、ボスの名前は『イルファング・ザ・コボルトロード』。武器は斧と盾。HPゲージの最後の一本が赤くなれば、武器を曲刀タルワールに持ち替えるらしいが…ん?」
ここまで読み進めたところで、ディアベルは一つの疑問符を浮かべた。周囲から彼の読み聞かせに聞き入っていた面々も、同じく疑問符を浮かべていく。
「ど、どないしたんや、ディアベルはん。」
「いや、なんでもないよ。とにかく推定HP、ソードスキル、ダメージ量、取り巻きMOBまで…なるほど、流石の情報量だ。」
鼠印、とだけあって、ディアベル自身もかなりの信頼を置いているのか、そこに書かれている記事を読み進めることで、徐々に表情に明るみが出て来る。
「イケるな、数値的にそこまでヤバい感じじゃ無さそうだ。」
「あ?ちょぉまってんか。これ見てみぃ!」
裏表紙を見ていたキバオウが、そこの片隅に記されていたメモ書き、それに着目して声を張り上げる。
そこに記されていたもの、それは
『注意事項!!
データはβテスト時のものです。現行版には変更されている可能性があります。』
「やっぱりや!あの情報屋、誰がβテスターか知っとる…いや、あの鼠女自体がβ上がりに違いないで!…これは一度話を聞かなあかんなぁ?」
ここで再び会場内が不穏な空気に包まれる。
皆が口々に
βテスターの情報を鵜呑みにするのか?
だの、
誤情報を与えて美味しいところを持っていく気だ。
だの、βテスターへの敵意が生まれ始める。先ほどのアガットの言うそれも忘れ去られるほどに、その懐疑の念は膨れあがり、情報屋…アルゴへの敵意が今正に爆発しそうになっている。
「今は…」
ここで、野太い男共の声ではない、高く透き通ったそれが静寂を生んだ。
「今は、感謝以外の何をするというの?」
「だよねぇ、これで危険な偵察戦が省かれるんだもん。時間と戦力の節約になって、文字通り一石二鳥じゃない?」
一人だけではない、二人居た。その声の主に向かい、男共が一斉に興味の視線を向ける。
そして…向けた男共の意識は今ここで一つに統一された。
((((お……女の子だ!!!!))))
そんな彼等の視線を受けて、アスナはビクリと悪寒を感じて震え上がらせる。
目立ちたくはなかった。だが、自身が世話になったβテスターの情報屋にこれ以上懐疑的な思いを向けられるのは我慢ならなかった。
しかし、それを差し引いても、女日照りの男連中の注目の的になるのは余り喜ばしくなく、ビクビクモジモジしており、それが逆に注目を集める。
対し視線を向けられるユウキは、特に気にする様子もなく、堂々と、そしてニコニコしている。
変なところでカオスな状態に陥った会議場だが、
「その通りだ!!」
ここでやはりディアベルの声が皆を取り仕切る。
「俺達の敵はβテスターじゃない、フロアボスだ!今は彼女の言うとおり、この情報に感謝しよう!」
「あぁ、これだけの情報だ。死人も無しに撃破の可能性も出て来たな。」
「いいや…死人は零にする。もし、皆の心配するように、情報に漏れや偽りがあったとしても、俺が皆を護ってみせる!
騎士の…誇りに賭けて!!」
力強い宣誓だった。
それは唯の言葉かも知れない。
だが不思議と…心を奮い立たせる何かが篭められていた。
そうだ、大丈夫だ。
この人なら、この人に着いていけば、俺達は勝てる、生き残れる。
そんな想いが、皆に満ちていた。
「お誂え向きに…お二人の
ここで更に男連中の士気が上がった…様な気がしたアスナは、ちょっぴりとだけど不安を感じた。
「何が重要な役目よ!取り巻きつぶしの…それもサポートですって?戦力外ならそう言いなさいよ。」
ムスッとしたアスナは、苛立ちを隠そうともせず、石畳の通路をずかずかと踏みならして歩いていく。それを必死で追うのはキリトとユウキだ。
「し、仕方ないだろ?3人でフルメンバーじゃないんだから!」
事の発端は…会議の終盤にあった。
『キミ達は3人パーティか。』
ディアベルが各パーティのレイドの役割を分担する最中、キリト達のパーティに歩み寄ってきた。
『あ、あぁ。』
『申し訳ない!!』
ここで、勢いよくディアベルが頭を下げて謝罪してくる。何の謝罪か解らない3人は、互いの顔を見合わせて眼を瞬きさせる。
『キミ達は取り巻きコボルト専門のサポートで納得頂けないだろうか…?』
『い、いや、フルレイドを組める人数が集まっていないんだ。俺達みたいな少ないパーティも出るよ、仕方ないさ。』
『そう言って貰えると助かるよ。』
正直、拒否されたり、ここで罵倒されたりすることを多少なりとも覚悟していたディアベルだったが、キリトの納得した答えと穏やかな応じに、ほっと安堵する。
『ま、取り巻きつぶしだって大事な役目だよ。大物にディアベルさん達が専念出来るようにするのが、ボク達の大切な仕事なんだから!』
ユウキもユウキで特に異存は無く、唯々明るくそう返す。
『そうか…でも。』
そう言ってディアベルはキリトの肩を抱き寄せて、ニコリと微笑んだ。
『お姫様達の護衛、と言うのは、騎士としては羨ましい限りだけどね。』
『は、はは…そうだな。』
後ろから感じる、約1名の『納得できませんオーラ』を感じながら、ディアベルが突き出してきた拳に打ち合わせるキリトさんだった。
そして会議が終わり、先程の時間に戻る。
ムスッとしたアスナは二人を置いて行かんばかりに早足だった。しかし、明日の攻略戦のために、互いのフォーメーション等を打ち合わせる必要もあるのだが、どうにもそう言った空気では無さそうだ。
しかし、取り巻きとはいえ、ボスの取り巻き。しっかりと連携を確認しなければ、命を落とす危険性も十分にある。
「ま、まぁ3人だと、スイッチでPOTローテしようにも時間が足りないわけで…」
「ねぇキリト。」
「ん?」
「すいっちとか、ぽっとろーてとか…一体何?」
…
……
………
「えっと…ユウキさん?もしかして…パーティ組むの…初めてだったりする?」
「ん~、ここに来るまでの道中に何回か組んだけど、特にそう言った連携無しで各個撃破だったから…」
「…なるほど。」
これから挑む強力な相手と戦うにおいて、スイッチの連携や、POTローテによる回復は重要になってくる。そうなると………キリトは重い溜息をついた。
「えっと…
「………」
「じゃ無さそうですね。」
どうやら、ある意味凄いパーティになってしまったらしい。2人ともパーティ戦がほぼ初めて等という…。
これは…明後日のボス戦までに教え込まないとならないようだ。
「わ、わかった、明日はパーティ戦闘についてレクチャーしよう。練習用に良いクエストがある。ただ朝限定のクエなんだ。今日の内に一通り説明しておきたいから、その辺の酒場で…」
「嫌。一緒にいるの見られたくない。」
「いや…でも人目に付かないところとなると…NPCハウスは誰かは行ってくるかも知れないし…」
「ボクは何処でも良いよ―?」
「いや、一応3人で納得できるところじゃないと二度手間だしな……そうだ!3人の内の誰かの宿屋とか?鍵も掛けられるし、音も絶対に漏れないし。」
「そんなの絶対ゴメンだわ!何をするつもりよ!いやらしいっ!」
「え―?ボクは大丈夫だけどな~。」
「ダメよユウキ。男は皆オオカミなんだから。説明と称して何されるか解ったもんじゃない!ほら、いきましょ!」
「ちょっ、アスナ~!」
そう言うと、ユウキの襟首を掴んでずるずる引き摺りながら、ツカツカと去って行くアスナ。1人ぽつんと残されたキリトは少々固まってしまう。
「はっ!俺だってそこらのボロ宿なんてゴメンだね!」
もはやヤケクソになっていた。
「俺の部屋なんか80コルと格安でありながら、1フロア貸し切りの広々間取りで牛乳飲み放題なんだぜ!」
「いいなー、牛乳飲み放題。ボクもそこが良いよ―。」
「まぁ、風呂なんかあっても滅多に使わないけど…」
瞬間、勢いよく踵を返す返して俊敏性全開のダッシュ。引っ張られていたユウキは、『ぐえっ』と、年頃の少女として出すべきではない変な声が出てしまった。
そしてキリトに駆け寄ったアスナは、彼のジャケットの襟首を掴んで詰め寄る。
「なっ、なんですって!?」
「え?何?一部屋貸す?」
「それじゃない!」
「牛乳好きなの?」
「それでもなくて!」
「え…っと……お風呂?」
頭巾の奥から覗かせるアスナの眼は見事に血走り、そして輝いて見えた。
そして…ずっと首を決められていたユウキは、ずっとアスナの手を叩いてタップしていた…。