不死の王と燐光の王   作:158532

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終わりと始まり 前編

 YGGDRASIL(ユグドラシル)

 それは西暦2116年に発売された大ヒットゲーム。北欧神話(とか)を元にした広大な世界、膨大な未知を自らの手で解明する挑戦的なゲームコンセプト、2000をゆうに超える職業(クラス)や別売のクリエイトツールを用いての自分だけの造り込み。それらの要素が爆発的な人気を産み出し、ユグドラシルは和製DMMOにおける覇権タイトルの地位を欲しいままにした。

 

 さりとて時代は移りゆくもの、その人気にも陰りが生まれ、サービス開始から12年を数えた2138年、遂に最期の時を迎えることとなった。文章や美しいイラストで構成されるエロ……もといノベルゲームや、これ以上の進歩は難しいというところまで行き着いたドット絵のゲームならば時代の流れも感じづらかろうが、最新鋭の技術をたっぷりどっぷり注ぎ込んだハイテックなジャンルであれば、それぞれの古さ新しさが嫌でも目につく。膨大すぎるデータ量が仇となったか定かではないが、ユグドラシルⅡへの版上げ(バージョンアップ)もしなかったユグドラシルはこれにて終了である。

 

 かつての賑わいは既に無く、過疎化した世界に残った数少ないプレイヤーたちが各々集まり最後の時を迎えている。その9つの世界の1つ、暗き冷気の世界ヘルヘイムのそのまた果てに存在する悪名高き巨大ダンジョン『ナザリック地下大墳墓』でも離別が惜しまれている。ただでさえ人の寄らぬ限界領域の誰にも突破できなかった難攻不落のギルドダンジョン、しかもその構成員の多くが既に引退を決め込んでおり、ゲーム内ランキングも全盛期から遥かに下がったアインズ・ウール・ゴウンと来れば淋しい会合になろうというものである。

 

 ただし、この世界線においてはちょっぴり賑やかで楽しげなものだった。

 

 

 

「え!じゃあこの一週間、ずっと2人でレベル上げしてたんですか⁉︎」

『いやあお恥ずかしい』

「『ユグドラシル最後の時をレベル99で迎える。エンダースさん的にある意味美味しい、でも同時に申し訳ない。だから手伝って土下座何回で許してくれる?』なんて言い始めたんですよエンダースさん」

 

 ナザリック地下大墳墓9階層の1室、円卓(ラウンドテーブル)。ギルドメンバーの証しである指輪の所持者がログインする時、自動的に出現するよう設定された部屋。黒く輝く巨大な円卓と41の豪華な席には3人、いやさ3つの影があった。というのもそれらは人間でない。明るく語らう3体の、2つは概ね人型ながらも1つは完全に異形である。

 

「でも、久々にギルメンとする冒険は楽しかったですよ」

 

 しみじみと語るはアンデッド種族魔法詠唱者(マジック・キャスター)の最上位である死の支配者(オーバーロード)。装飾過多ともとれる金で縁取られた黒のローブに身を包み、空虚な眼窩には赤い眼光が恐ろしげに輝いている。しかしその外見に対し不自然なほど嬉しそうで親しみやすい声はどこか人を安心させるものだ。彼こそがかつてのユグドラシル全ギルドの十指に数えられた異形のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長、モモンガである。

 

「でもしばらく振りの戦闘なのに情報が少ない難関ダンジョンへ突っ込むなんて、そりゃ危ないでしょう」

 

 若干呆れ気味なのはスライム種最高峰の古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)ヘロヘロ。同じ姿を保たずにぷるぷるどろどろ震えている。

 

「見てて本当に危なっかしくて、実際そのまま死んじゃいましたね」

『本当の最期まで武人として己を高める。それこそが、成長する魔王エンダースさんのロールプレイヤーとしての本懐です。ーーとはいえ、死んでレベルが下がったのは想定外でしたが。単なるブランクによるうっかりミスでしたが。結局レベル100に戻せませんでしたが』

 

 声を発するのではなく文章を打ち込んだウィンドウを表示して会話するのは殆ど人間に見える女性。銀髪赤目、狐耳と7本の尻尾に闇色の和装という属性過多の彼女はエンダースさん。人造人間(ホムンクルス)の種族クラスと森祭祀(ドルイド)系列の職業クラスにより解放される自然神性(ネイチャー・セレスチャル)である。ちなみに狐耳と尻尾は外装を弄った装備アイテムである。彼女は100年以上前のTRPGの人気キャラエンダースさんの再現に労力を惜しまなかったプレイヤーであった。

 そのこだわりぶりは凄まじく、ギャグ4コマ漫画版において合計4コマだけ登場した、会ったことのない人物の想像と夢で見た姿まで再現しているほどである。さんまで含めてのユーザーネームであり、エンダースと呼び捨て?した場合デコ助野郎と罵られ、続いて今のはロールプレイの一貫で原作セリフなので、決して貴方の頭髪を揶揄するものでははありませんと丁寧な謝罪を受けることとなる。

 

「ところでエンダースさん、どうして喋らないんですか?また『おかえりなさいませ、ご主人さまっ』が聞けるんじゃあと内心期待していたんですよ」

 

 ヘロヘロはかつてナザリック地下大墳墓内で働く41体のNPCメイドの行動AIプログラムを組んだプログラマーであり、その過程でメイド愛好家のプレイヤーホワイトブリムから手ほどきを受けたメイド好きである。

 ちなみに件の台詞は偉大なる神にして魔王たるエンダースさんのロールプレイとしては間違っていない。エンダースさんは色々間違った魔王なので酷い台詞のレパートリーなら山とある。

 

『そう言ってもらえると光栄です。でも残念なことに喉の病気で良い声が、そう、エンダースさんに相応しい声が出せないのです』

「ああ、それは余計なことを言ってすいません。……ところでエンダースさん、リアルでは声優でしたよね。大丈夫ですか?」

『心配してくれてありがとうございます。声のお仕事はしばらく出来ませんが、ある意味ではラッキーでしたよ。働けない代わりにずっとユグドラシルとエンダースさんにインできましたからね‼︎』

 

 エンダースさんの中の人、田中巴は病気療養中の声優である。そう遠くない内に元声優にジョブチェンジするかもしれない彼女は、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの1人ぶくぶく茶釜の後輩で、ギルドには彼女の紹介で入った。初対面の時、2人が並んでいると犯罪的な絵面だと称したペロロンチーノが姉に粛清されていたことをモモンガは昨日のことのように思い出せる。

 

「エンダースさんが相変わらず狂信者で安心しましたよ」

『マニアの語源は狂気ですから』

 

 

 ここが仮想空間でなければドヤ顔と共にむふーと鼻息が出ていたことだろう。エンダースさんへの熱い想いと信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)のクラスを取得していることから生まれた呼称を彼女は誇りに思っているのだから。幼い頃に倉庫の奥で見つけた古いリプレイ本を読んで以来、彼女は敬虔なエンダースさんの信者(ファン)である。

 一方モモンガは己の友人たちが仲良く談笑する様を久々に・・・そう実に久々に目にして癒されていた。

 

(やっぱりギルドのみんなと喋るのは楽しいな。ヘロヘロさんもかなり疲れてそうだったけど、エンダースさんとしゃべり始めてからは元気に見える)

 

 最大の武器である声を封じられていても、彼女は多くのファンを相手にするプロなのだ。相手に元気を与えるプロにして、エンダースさんの話を滑り込ませるプロ。1週間共に過ごしたモモンガは耳にタコができるほどエンダースさんの口から飛び出すエンダースさんというワードを聞いたが、ダース単位で足りないかもというぐらい聞いたのだが、とても嬉しそうに話すこともあって鬱陶しいとは思わない。

 

(それに、今日が最後だからな)

 

 それからしばらく3人はユグドラシルでの思い出話に花を咲かせた。エンダースさんとタブラ・スマラグティナの主導でゲーム内TRPGをやってみたら、るし★ふぁーがMP消費で出目が良くなるインチキダイスを持ち込んだ時の話、そんなアイテムを作る奴も見つけてくる奴もどうかしていた。サイバーパンクもののTRPGでウルベルトがリアルの自分をモデルにキャラメイクしたら、敵NPCが強制的に興奮させる(文字通り性的に)魔法《快楽》を放ってきて空気が凍りついた時のこと。後日ウルベルトは《快楽》魔法を取得してエンダースさんの動かすNPCに逆襲を果たし、彼女の迫真の演技によって主にペロロンチーノが喜ぶ結果となった。

 名残を惜しむような楽しい会話にも終わりは来る。ヘロヘロのぬらついた腕部が億劫そうにコンソールを操作して時間を確認する。

 

「……すいません、モモンガさん、エンダースさん。そろそろ時間で」

「そうですか、それは残念ですね」

『ヘロヘロさんも辛そうですから、どうか無理はなさらずに』

「ありがとうございます。本当に最近キツくて。……エンダースさんもお大事に」

 

 頭部であるらしき箇所を2人の仲間へ交互に向ける。1人は寂しい気持ちをそっと隠しながら、もう1人は声を発せないことを残念に思いながら応える。

 

「……でも正直ここがまだ残っているなんて思ってもいませんでしたよ」

「……えっ」

「モモンガさんがギルド長として、みんなのギルドを維持してくれていたんですね。感謝します」

 

 モモンガの胸中にどうしようもない感情が膨れ上がり、すぐに消えた。ヘロヘロの言葉は否定ではなく肯定と感謝だったから。

 

『実はモモンガさん、私たちの装備を保管しておくための場所とか、そのためのマネキン?なんかも新しく造ってくださったんですよ』

「そ、その話はちょっと……まあ、ナザリックはみんなで作り上げたものですからね。誰が戻ってきても良いように維持管理していくのはギルド長としての仕事ですから!」

 

 霊廟や化身(アヴァターラ)はその意図が意図だけに、知らないメンバーにまで教えられると少し気恥ずかしいという想いがモモンガにはあった。本人が像を見ているペロロンチーノ経由でその存在を知ったエンダースさんには見せて見せてとせがまれたので仕方なく案内したのだが。

 

(不恰好なエンダース像を見たら怒ると思ってたけど、『これを作ったモモンガさんの精神にエンダースさんみを感じます』とかいう良くわからない高評価をされたんだよな)

 

 その時のエンダースさんには適当な褒め言葉が思いつかなかったので咄嗟に出たたわ言なのだが、古語で言うところのいとおかし、21世紀語ならばエモいあたりの意味と思われる。

 

「……そんなモモンガさんがギルド長で、本当に良かったですよ。最後にお2人と会えて嬉しかったです。お疲れ様です」

「ーーええ。こちらもお会いできて嬉しかったです。お疲れ様でした」

『ーーお疲れ様でした』

 

 ヘロヘロに対する2人の返事は少し遅れて返された。1人は文章を打ち込む必要から。もう1人は一瞬だけ口ごもったから。

 

「またどこかでお会いしましょう」

 

 最後まで残った3人のメンバーの1人の姿が掻き消えて、広い部屋が静かになった。この部屋に残っているのは1人ではない。それでも部屋は静かになった。人が居なくなるのは寂しいことである。

 

『ーーモモn

「ーーよし!エンダースさん、移動しましょう。実は1度だけやってみたいことがあったんです」

 

 静かな部屋に活気が戻る。人が居なくなったのは寂しいことだ。それでも彼らは1人ではない。モモンガにとって、鈴木悟にとってなによりも大事な仲間がそこにいる。

 

『……ふふ。珍しく悪い顔をしていますね。いや表情は動きませんが』

「ははは、カルマ値が最悪ですからそれはもう悪いですよ。……ここにギルド武器があるでしょう?」

 

 もしも笑ったらさぞ恐ろしいだろう極悪顔のギルド長が席を立ち、振り返った先には1本のスタッフが飾られている。

 7本の蛇が絡み合った巨大な杖、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。莫大なデータクリスタルを注ぎ込める代償として、破壊されればギルドの崩壊に繋がる諸刃の剣ギルド武器。それこそはアインズ・ウール・ゴウンの象徴、輝かしき日々の象徴である。

 

「せっかくだからこの杖を持って玉座の間に行って最後を締めたいなあ、なんて思っちゃったりして」

『とても良いですね。有終の美を飾るために最大限の努力をするのはエンダース道に則っています』

 

 続いて席を立つ銀髪美女に骸骨は無言の視線を送る。エンダース道ってなんだろうか。今も昔も彼女の脳内にしかない言葉だろう。

 

『それにモモンガさんはいつも周りに気を遣ってらっしゃったので、たまには好きにやっても文句は出ませんよ』

「ありがとうございます。でもエンダースさんには色々お世話になってましたよ?基本的には良識側でしたから」

『そうでしょうそうでしょう。私は常識があるので部分的に変人だという自覚を持っていますから』

 

 話しながら円卓を出る。ちなみに昨日までエンダースさんのレベル上げをしていたので、2人は最初からフル武装である。ヘロヘロは全裸だったが。




サブタイトルの「終わりと始まり」はオーバーロード第1章から取ってるんですが、エンダースさん初登場本の最初の章は「終わりの始まり」なんですよ。
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