不死の王と燐光の王   作:158532

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階層守護者 前編

 ナザリック地下大墳墓第六階層円形劇場(アンフイテアトルム)。数多の侵入者がその身を散らせた闘技場の内側に据え付けられた貴賓席ーーテラス状になっておりその用途にしては大きく、数十名ほど収容できるーーに背の低い2人の美少年が佇んでいる。

 

「今日はいらっしゃるかな、お姉ちゃん」

「昨日は来られなかったよね、エンダースさん様」

 

 主人たちが創った美しい夜空を見上げて、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレは話す。彼らは階層守護者でありその使命は侵入者の排除だが、この場合待っている相手は真逆の存在、創造主たる至高の41人だ。

 その多くがユグドラシルを去り、モモンガも円卓と宝物庫を行き来するだけの日々を過ごしているため、NPCたちの多くが長い間その機会を得られずにいる。そんな中で彼らは幸運である。なにせこの1週間は毎日のように、41人の1人であり、ぶくぶく茶釜と深い関係を持っていたエンダースさんと会っているのだから。

 自分たちに会いに来ているのではなく、この階層にある彼女の住まい、《プチ冥界樹》に用があるからついでに立ち寄っていることを階層守護者たる2人は理解していた。でも2人からすれば、偉大な神が全くの必要性なしにわざわざ逢いにきてくれているという加点要素でしかなかった。いやはやエンダースさん様はなんと慈悲深き方なのだろうか。本人としては先輩との思い出に浸りに来ているだけなのだが。

 そうしてここ数日で得た恍惚感と、ほんの僅かな期待感を胸に秘めて、特に何するでもなく待っていた時のことである。闇妖精(ダークエルフ)の鋭敏な感知能力が、来訪者を感じ取った。

 

(それも2人の!)

 

 すぐさまアウラは気配の方向、闘技場の入場口に目を向ける。ここナザリックの支配者を煩わせることのない、完璧なタイミングで持ち上がった格子戸の向こうから、まず姿を現したのはエンダースさんだった。

 動きづらそうな暗い紫の着物に白磁の如く白い肌、いかにも優しげな垂れ気味の赫眼に指環の重さでポッキリ折れかねないほっそりした手足と、一見すると虚弱な姫君に見える。しかしアインズ・ウール・ゴウンに連なる全ての者が知っている。いざ戦となれば彼女は主に外見にこだわった具足を以ってその姿を屈強な戦士へと変えた。そして我先にと敵の懐へ飛び込み、あまり強くないのでよく死んでいた。

 死んでは迷惑になる場合はちゃんと自重して、トリッキーな防御に回復や武器攻撃もそこそこ可能と、器用貧乏とはいえそれなりに貢献したが『やられ役として設計された弱っちい肉体に決闘を好む武人をインストールしたのですごく弱い』という、あまりにもあんまりな元ネタを本気で再現しにかかる数奇者なので、予断を許す場面ではノリノリで突っ込んで死んでいた。死んでもすぐ復活するのは原作再現にもなるからと、死亡ペナルティ軽減措置は人一倍用意していた。もっとも、久しぶりに復帰して準備を忘れていた為にここ数日はレベルアップに励むことになったのだが。

 

「ユグドラシルでの魔法やスキルが普通に使えるみたいで安心しましたよ」

「モモンガさんの場合、魔法が生命線ですからね」

「エンダースさんに植物の絡みつき(トワイン・プラント)を使ってもらって、同士討ち(フレンドリーファイア)や拘束耐性なんかも検証できたので良かったです」

「次は効く相手に使ってみたいですね」

 

 エンダースさんと和やかに会話しながらやってきたのは、アインズ・ウール・ゴウンの盟主モモンガであった。

 

「とあ!」

 

 僅かな動揺と失望を振り払うように、元気よく声を上げて、アウラは貴賓席から飛び降りる。曲芸じみた動きを披露しながら主人たちの元へ移動して挨拶する。出来るだけ早く、かつ楽しんでもらえるように。彼女たちは彼らの為に存在しているのだから。

 

「いらっしゃいませ、モモンガ様、エンダースさん様。あたしの守護階層までようこそ!」

「2日ぶりですね、アウラさん。マーレくんは一緒ではないのですか?何か用事でもあるのでしょうか?」

「いえいえ全然そんなことないです!ほらマーレ、さっさと降りてきなよ!お2人を待たせちゃ失礼でしょ!」

「いや、そんなに急がせる必要はないが……」

「ゆっくりでいーですからねーー」

 

 当の2人がそういうのではアウラから言えることなど何もない。やきもきしながらマーレを睨みつけける背中を眺めながら、魔王たちもこそこそと密談を交わす。

 

「なんか普通ですね」

「玉座の間に居たNPCはどれも完璧な従者の口調でしたからね……これなら性格には個体差が出ると見て良いでしょう」

「もし私の子とか問答無用で丁寧な口調になってたらショックだったので、ちょっと安心しました」

 

 仮にエンダースさんの影響を受けているなら敬語になるのでは?とモモンガは思ったが、彼女個人の持ちキャラは特殊かつ凝った設定付けがされているので大丈夫だろうと結論付けた。そして自分の設定したNPCを思い出して勝手にダメージを受けた。

 

「じゃ、私はあの子を見てきますね」

「1人で大丈夫ですか?」

「ここ数日だけでも何度か行き来してる自分の部屋ですよ?迷うわけないです」

 

 馬鹿にしちゃってーなどとぼやきながら走り去るエンダースをモモンガは見送った。足回りが公式で設定されていないなら是非これを、とフェチズムを発揮したペロロンチーノが勧めた、妙に厚底で可愛らしい音が出る和風の靴は動きづらそうだったが、結構なスピードが出ている。モモンガが呼び止める暇もなく林地帯へと消えてしまった。

 

(いや、道に迷うとかじゃなくて、まだ単独行動するには危険じゃあという話なんだけどなあ)

 

 彼女の危機感が既に薄れ始めているようで、モモンガとしては心配だった。彼女はギルドの中でも育ちの良いほうで、少なくとも人の好さと楽観性では間違いなくギルド1だった。魔王のロールプレイこそ堂に入っていたものの、緊急事態に際してそうクレバーに立ち回れるような人ではないだろうとモモンガは分析している。

 

(うーんやはり不安だ。魔法でいつでも連絡が取れるとはいえ、エンダースさんって1人にしちゃいけない人なんだよなあ)

 

 自分もまた単独状態にあることには意識が向かないあたりに、心配されてるエンダースさんと気をもむモモンガ、双方の人の好さが表れていると言えよう。そうこうしている内にやっとマーレが辿り着き、辺りを見回している。

 

「お、遅くなりました。その、エンダースさん様はどこにいらっしゃるのでしょうか?」

「あんたがちんたらしてる内にプチ冥界樹に移動しちゃったよ」

「だってエンダースさん様はゆっくりで良いって……」

「だってもデーモンも無し!せっかく至高の御方々が来てくださってるのにさっさと来ないようじゃ、弛んでると思われてもしょうがないでしょ。飛び降りるのが怖いなら敢えてやるのが忠義の示し所だったじゃん」

 

 彼女たちが生き生きと、まるで自分の友である姉弟がそうしていたような力関係を見せたことにモモンガは驚き、懐かしい気分に浸る。かつて愛されていま遺された者たちは、その作り主たちと似た性格になるようになっているのだろうか。

 

(そう考えてみると、自分の場合はどうなのだろう?人間である鈴木悟とは肉体も能力も違う。プレイヤー・キャラクターと言っても所詮はゲーム内につくられたアバターに過ぎないのだし、俺も彼らと同じでゲームだったころの名残を受けて動いている、自分が鈴木悟と思い込んだスケルトンなのかもしれない)

 

 正座させられたマーレへの説教をBGMにモモンガは考える。眼窩の赤いハイライト(というか全ライト)が消えてその思考も暗い底へと沈んでいく……かに思われたが、そこは現実的な男であるため早々に切り替えた。

 

(まあ今考えることでも俺が考えるようなことでもないか。哲学だかSFだかみたいなのは意外とインテリなエンダースさんに任せようじゃないか)

 

 というか丸投げであった。ちなみにこの疑問に突き当たった場合、彼女も丸投げするだろう。自分よりモモンガのほうが知能指数が高そうだという理由で……

 

(そう、今考えるべきなのは自分たちの安全を確保することだ。幸いこの2人は安全そうだし、自分のNPCの様子を見に行ったエンダースさんも大丈夫だろう。彼らが作ったプレイヤーと似るならば、エンダースさんのもう1つの分身とでも言うべきキャラは1番の安全パイじゃないか)

 

 エンダースとはとある作品の魔王であり、エンダースさんはその熱狂的ファンである。しかし件の魔王は女子高生にTS転生して人類の守護者デビューしちゃうようなアメイジングな魔王なので、ロールプレイ多様性は実に大らかであった。そしてプレイヤーの彼女は実に善良な女性であったから、そのスタイルは自然と善性寄りになっていった。せっかくだから極振りした方が面白いよね、と彼女は積極的に他者に対する友好的ムーブをとり続けてそのカルマ値は最高の500まで上げ切っていた。そこまでやるのは苦行に近く、当時は自分で後悔していたものである。その苦労が報われる時がようやく来たのかもしれない。

 

(NPCが関係プレイヤーの性格ないし行動パターンに影響される場合にも、極善たるエンダースさんのNPCは安全だ。頼れるかはともかく人類の天敵みたいな設定をされた多くのNPCたちよりも安心して対応できる)

 

 微妙に失礼なことも考えているモモンガに、何か糸が伸びてきて頭に繋がるような奇妙な感覚が訪れる。エンダースさんと実験済みの〈伝言〉(メッセージ)が飛んできた時の感覚だ。

 

『モモンガさん、私です。エンダースさんです』

『おおエンダースさん、無事なようで何よりです』

『無事……ええ私は無事です元気です』

『して、彼女はどうですか?そういえばハムスター的なペットもそこで飼ってるんでしたっけ?あれどうなってるか気になるなあ』

 

 ユグドラシル内にハムスターらしき生物は、データやレベルを持つクリーチャーとしては存在していなかった。しかし水中に彩りを添える小魚や空を飛ぶ小鳥のような観賞用のオブジェクトとして作ることができたので、エンダースさんは原作再現として自室に設置していたのである。普通の魔王ならかわいいペットといってもドラゴンや精々ケルベロスのような実用性のあるごつい生物しか飼わないところだが、魔王エンダースは自らの孤独を癒すためにハムスターを飼うという、可憐な乙女の如き繊細さをも手にしたすごい魔王なのだ。

 

『うわぁなんか妙に元気だぁ。ハムスター、そうですねストームとかビリーとかいると思いますが。うん』

『そういうエンダースさんはたしかに元気そうではない。何かあったんですか?もしや自分のNPCにウザ絡みでもされました?』

『うちの子をなんだと思ってるんですか、しそうですね、そっちの子もしそうですので後で見に行きましょうね』

『うう、あまり考えないようにしていたのに。ところでエンダースさん、聞いている限りだとまだ《プチ冥界樹》に着いていないような……』

 

 モモンガに疑問を投げかけられるとエンダースさんは口を噤んだ。もちろん顔は見えていないため、あくまで雰囲気ではあるが。

 

『口で言うのは恥ずかしいのですが、迷いました……』

『……辿り着けなかったんですか?プチとはいえ結構高いし、最近何度も出入りしてるって自信満々でしたよね?』

『いやだって仕方ないですよ、だって森ですよ。森なんですよ。コロッセオのトンネルを抜けるとそこは森でした。マップとか俯瞰カメラとかない森を自分の足で歩くわけですから私が迷ってしまうのは仕方ないことです。モモンガさんは森の中を歩いたことはありますか?ありませんよね何せ森なのですから。現在の地球に森など存在しないのですから。全人類で最も最高齢な方であってもまず森を歩いたことはないだろう事を鑑みるに、現人類の中でただ1人、前準備も無いまま森という巨大な難関に挑んでその結果敗北したということですからこれはもう仕方ないと言って良いかと思います。この末法の世に復活した大自然が傲慢な人類に勝利した瞬間です。草葉の陰のブルー・プラネットさん見てますか?』

『勝手にギルメンを殺さないでくださいね。というかどんだけ恥ずかしかったんですか』

 

 一応エンダースさんは受肉した自然精霊にして高ランクの森祭祀(ドルイド)なのだが、森には勝てなかったようだ。ここは勝っておかなければならない気がする。

 

『というわけで森に迷いました。どうしましょう』

『……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移すれば良いのでは?』

『………………』

 

 再びエンダースさんは押し黙ると、〈伝言〉(メッセージ)を切断して指輪の力を発動した。モモンガたちの目の前にその姿を現した。心なしか顔が赤いように見える。

 

「「エンダースさん様!」」

「アウラはさっきぶり、マーレは1日ぶりですね。元気そうで何よりです」

 

 途中でモモンガが静止することもなくまた通話を始めてしまったため、今の今までずっと説教を続けてだんだんと内容が無くなってきていた2人の闇妖精(ダークエルフ)がその笑顔を向ける。内心顔真っ赤になりながらもそつなく応対する様は素晴らしかったが、言葉が正しく伝わっていなかった事に気付いたモモンガは再度〈伝言〉(メッセージ)を飛ばす。

 

『私が言いたかったのは、指輪で戻って来ればいいということではなく、直接《プチ冥界樹》に飛んではどうかということでした』

『………………』

 

 やはり僅かな間があって、アウラ達に手を振りながらそのままエンダースさんは消えた。今度こそ彼女は目的地にたどり着いたことだろう。

 

「その、モモンガ様」

「なんだアウラ」

「あの、エンダースさん様は何の為に戻ってきたのでしょうか?」

 

 3人と共に1つの疑問が残された。モモンガだけはその答えを知っていたが、一応魔王である友の名誉のために都合のいい嘘を吐くことにした。

 

「ここまで降りて来るのが遅れたマーレに挨拶するためだろう。彼女は優しいから、ちゃんと来てくれるのさ」




エンダースさんを書くための資料を集めたらそれで満足しちゃってたのですが、普段楽しませて頂いている作者さんに続きを待っていると言われ、書きました。
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