「……はぁ」
「お姉様。お気持ちは分かりますけれど、起きて早々ため息はどうかと思いますの……はぁ」
そういうアンタだってため息ついてんじゃないの黒子。
……この前の一件、まあ、寮内で能力使った罰則なんだけど。深音のおかげで常盤台関連施設全域から、もうそろそろやってくる水泳の授業で使うプール掃除に大軽減された。
屋外のプールだから天気次第で楽になるか苦になるか、って感じだったんだけど……。
「「ものの見事な快晴(ですの)……」」
窓から差し込んでくる日光が、これほど気分を落ち込ませるなんてね……。崩れろ天気、なんてこと考えたのも初めてか。
気温は今年の最高気温。湿度もあって、蒸し暑い真夏日になるでしょうと昨日の天気予測で聞いたとき、100%外れない予測が、どうか外れますようにと祈ったんだけど、やっぱ無理かぁ……。
……でも、水泳の授業以外でも私の能力測定とかにも使ってるし……感謝の気持ちやらねぎらいの心で――。
「あの広いプールを二人でやるとなれば、一日掛るかもしれませんわね……」
「……朗報よ黒子。深音が昨日寮監に『側にいて止めなかった自分にも非がある』ってごり押ししてプール掃除の手伝いを名乗り出てたから」
「……ワタクシ、深音さんをお兄様と呼びたくなって来ましたの」
――お兄様と呼ぶかどうかは別としても、黒子は土下座して感謝したほうがいいと思うわよホント。
あのあと黒子宛に来た荷物……未成年が連絡しちゃいけない会社の未成年が買っちゃいけない薬が寮監にバレて、鬼の再来。
多分、ただじゃすまないだろう折檻を受けるべく、襟首掴まれて引き摺られていく黒子。私も冥福を祈って思わず十字を切ったけど……常盤台の執事は諦めなかった。
まあ、言い分にはちょっと無理があったけど。精神崩壊級の処刑を反省文程度に減刑させたんだから……考えてみたら土下座でも済みそうに無いわよ黒子。
はぁ……ついこの前まで『何で私が妹でー』なんて愚痴ってたけど……これで私が姉だったら立場なんてなかったわ……。厄介事押し付けたし、窮地助けてもらったし。
「いくわよ黒子ー。ここでうだうだやってると唯でさえ空っぽの『やる気ゲージ』そのものがなくなるわ……」
「ですわね……」
とは言いつつ、私も黒子もいつも以上にノロノロと時間をかけて身支度をして食堂へ。多分重労働になるだろうからいっぱい食べとかないと……。
食堂はまあ、休日ということもあってか殆どの子がノンビリと談笑している。
(あれ……?)
なんの変哲も無い、いつもどおりの光景。……だけどなんだろう、違和感があるような……食堂をぐるって見渡しても、可笑しなところはないんだけど――。
「どうしましたのお姉様」
「へ? あ、いや。なんか違和感が……あ」
あー、そっかそっか。深音がいないんだ。……あれ、でもあいつ今日休みだったっけ?
食事時は大体食堂で給仕してるはずなのに……。
「違和感――そういわれれば、深音さんがいらっしゃいませんわね。……一週間ほどで、いないことのほうに違和感を感じるなんて」
まぁ……(寮生たちが)慣れはしなかったけど(深音自身が)馴染むのは早かったからねー……
「おおー、やっと起きてきたか御坂に白井ー。さっさと朝食を済ませてくれー。片付くものも片付かんではないかー」
やたら語尾が延びてるこの声は……っていちいち確認するまでもないか。
「土御門 舞夏であるー。 繚乱家政女学校の生徒でエリートメイド見習いだ。ってことをきちんと紹介してくれないと困るぞー御坂」
「紹介って誰にですの……?」
両手に一枚ずつ、両肘で二枚ずつ、計四枚のお皿を器用に運びながらなんか不思議なことをいう土御門さん。
私達が座ろうとしていた席に朝ごはんを並べつつ、私の顔を見てムフフって笑う。正直女の子のする笑顔じゃない。
「しかしあれだなー御坂。私はお前が羨ましいぞー? よければうちの義(愚)兄と交換してくれまいかー?」
「は?」
土御門さん兄妹いたんだー、っていうか義兄ってギリのお兄さんっていうことね?
羨ましいってのはまあ深音のことで……分からなくも無いけど、それにしても交換って……顔も名前も知らないけどそのお兄さんが泣くわよ?
「……この前の寮則破りの件ね……まあ、確かにあいつの御陰で相当罰則は軽くなったけどさ……」
「ワタクシなんて実質二回救われていますの……これ、何かお礼をしなければまずいですの……(今後かばってもらうためにも)」
それでもこれから、あのただっ広いプールを掃除するのよねぇ。お昼までに終われば御の字かしら。
「んー? なんだー二人とも御坂兄から聞いていないのかー?」
「「?」」
深音から? 特段なにか聞いた覚えは無いけど……。
黒子のほうを見ても、なんのことかさっぱり分からない様子で私に答えを求めている。
「まー、その罰則の掃除場所であるプールに行ってみればわかるだろう。と言うよりそろそろ時間だしなー。あ、二人ともちゃんと水着を用意しろー?」
「「???」」
私達の問題なんだけど、私達の知らないところで話が進んでいるのは何でだろう。さっきから疑問符しか浮かばないし。
土御門さんに急かされるままに朝食を平らげて、そのまま部屋にトンボ帰り。確かにプール掃除するなら濡れるかもだし、水着で、っていうのは理にかなってるか。
「……で、なんで初春さんと佐天さんがいるの?」
寮の門のところで私達を待っていた初春さんと佐天さんが合流。そしてなぜか一緒についてきた土御門さんとあわせて五人で常盤台中学のプールに向かっている。
「「細かいこと気にしちゃだめですよー」」
「そうだぞ御坂ー」
いや。全然細かくないと思うんだけど。これからプールに行くけど泳ぎじゃなくて掃除にってこと忘れてないかしらこの三人。
……ま、私達がすることは変わらないんだけどね。
更衣室で水着に着替えて(飛び掛ってきた黒子を感電させて)、掃除道具と一緒にプールへ。
にしても、暑いわねー……。これからの仕事を考えるとなおさら暑く――
「うそ……」
……去年の水泳の授業が終って、汚れやら虫やらが来ないようにって、完全に水が抜かれたプール。それでも屋外にあるから、塵やら埃やら落ち葉が積もってしまう。
この前私の能力測定のために水を張るには張ったけど、掃除も何もしてないから結構汚かった。
で、そのプールはどーこに行ったのかしらねー……。
満タンに水が張られて、太陽の光を反射してキラキラして綺麗。半年以上放置されてたはずのプールに汚れは見当たらない。
黒子も私も、持ってきた掃除道具を床に落してしまう。
この状況に驚いているのは罰則を受ける私たちだけ。初春さんと佐天さん、土御門さんの三人は『遊べる場』を前にして眼を輝かせている。
……でもって、私達以外に水着姿の二人の女の子が、屋根の付いた休憩所にいた。でも休憩所のベンチに座ってるって訳じゃなくて、その前でしゃがんで何かを見てる……?
「? アレは――?」
黒子の知り合いー? って声かける前にテレポートしてるか。でもって見知らぬ二人のすぐ近くにいる黒子が、やたら大げさに『コッチにこい』とのジェスチャー。
声の届かない距離じゃないでしょって思いつつも、呼ばれるままに四人でそこに向って、見つけた。
……デッキブラシを支えにして、熟睡している深音を。
いつもきっちり着こなしている執事服の上着はなくて、白いワイシャツも腕まくりの上にちょっとヨレている。膝下まで捲り上げられたズボンと、すぐ近くに置いてある、私達が持ってきた掃除道具となんら変わらない一式。
「……湾内さん、泡浮さん。お二人はいつからこちらにいらしたんですの……?」
「私達も先ほど……昨日の放課後にこちらの御坂様から、プールの掃除手順などを教えて欲しいと頼まれまして」
「それで私達も何かお手伝いできればと来てみたのですが……」
掃除も終わって、すぐにでも泳げるプールを見つけたと。――その上で深音も見つけたってわけね。
……この馬鹿。罰則の意味分かってるのかしらね。私達の罰則をアンタが代わりにやったって意味がないってのに。
(それも見越して、自分から手伝いを名乗りでたんでしょうけどね――)
……正直、ムッってきたわよ? そりゃちょっと迷惑はかけたけどさ――なにから何まで助けられて、私をそんなに子供扱いしたいのかって詰め寄ってやりたい。
「ったく……」
でもまぁ……深音の間の抜けた寝顔見てたら、イライラもどこかに飛んでっちゃったけどね。
「ムフフフー。昨日御坂兄から頼まれてなー? 朝の食事準備やらを代わる御礼に貸しきりプールに招待されたのだー」
というのは土御門さん。……浮き輪はそのための装備だったのね。更衣室でビーチボールとか膨らませてるから、何か勘違いしてるんじゃないのって思ったけど。
佐天さん初春さんは、改めて眺めたプールを前に驚愕している。
「うちの中学のプールの……倍は軽くあるわよ初春……」
「は、はい。流石はお嬢様学校……っていうかこれ深音さん一人で掃除したんですか……?」
「いやー、私も一人ではキツイと言ったのだがなー。『明日は特別な日なので皆さんには楽しんで欲しいんです』って……愛されておるなー、御坂ー」
土御門さんは、ムフフ笑いがさらに深くなる。
あ、愛されてるっていうかアレでしょ? ただのお節介っていうかお人よしっていうか……。
言い返そうと言葉を探しているうちに、ムフフ笑いはニヨニヨ笑いへ進化して、しかも初春さんや黒子にも伝染していた。
「ニヨニヨして私を見るなッ!! なによ!? そういう笑い方が流行ってるの!?」
「……ああ、この前アタシこんな状態だったんだ……」
佐天さんがなんか遠い眼をしだしたけど。……なんだろう、佐天さんといまは凄く仲良くなれそうな気がする。
「ほれほれ御坂ー。妹のために頑張った兄が寝辛そうに寝ているのだぞー? ここは膝枕でもしてやるのが妹の義務ではないのかー?」
と、土御門さんがさっきからノリにノって――……爆弾を、投下した。
***
膝枕。
言葉を理解するのに数瞬。漢字を思い出すのに数秒。
それの指す行動を、一瞬で想像しました。
――多分、ここにいる皆さんもそれくらいの時間を要したんでしょうねー。同じタイミングで慌てふためきだしましたし。
「「が、頑張ってください御坂様!」」
「無理無理無理無理無理無理!!! いや、だって膝枕ってアレでしょ!? 恋人同士が公園とかの芝生でやってるアレでしょ!? なんで私が――」
「兄と妹の禁断の愛ってそそるジャマイカ?」
まあ、普通に恥ずかしいですよねー。メイドさん? 普通にいってますけど。
「それはアンタだけ! ってか他人で妄想実現しようとすんな!! ――あれ、禁断……? ってそういう意味でもなくて!! 泡浮さんも湾内さんもなんでそんな期待した目で見るの!?」
……深音さんを見る。デッキブラシを支えに、むしろ今までよく崩れませんでしたね、って言いたくなるような姿勢です。寝辛そう通り越してよく寝れますよね。
まあ逆に――それだけ疲れた、ってことなんでしょうけど。
「ぬ、ぬぬぬ……!」
御坂さんがなにやら唸りだしました。
凄い葛藤ですねー。膝枕をするのが嫌、っていうことじゃなくて、多分恥ずかしいとかそういうのでしょうか。でも頑張ってくれた深音さんもねぎらってあげたい、と。
「み、御坂さん! ここは、ここはアタシが! 大丈夫です、子供の頃弟によくやっていましたし! そ、それにこの前助けてもらったお礼とかもあるし!」
びしっ! と手を上げて膝枕を名乗り出たのは佐天さん。……熱中症に掛ったみたいに顔真っ赤ですけど大丈夫ですか? 鼻息もめちゃくちゃ荒いですし。
……これ、私も手を上げて立候補したほうがいいんでしょうか。こう、ノリ的に? いや、まあ興味が無いわけでもないんですけど。
「……佐天さん。……ホントに、ホントに膝枕するの? ――その格好で」
その格好って……まあ泳ぎに来たんですから当然水着――……。
「「「「「!!??」」」」」
「そうよ……私達は今、水着なのよ? それで膝……実質、太ももに頭を乗せ――無理。恥ずか死する」
「あう、ぐ、そ、それは――」
想像したんですね佐天さん。顔だけだったのに耳から首まで赤くしちゃって。
……白井さんも赤くなってるのはちょっと予想外ですけど。
「お姉様の生脚膝枕お姉様の生脚膝枕お姉様の生脚膝枕お姉様の生脚膝枕……」
……。白井さんは、私の知ってる白井さんのままでした。いえ、ちょっと乙女回路が刺激されてヘンタイ回路が狭くなればなー、なんてことは考えてませんよ?
っていうか、膝枕云々を抜きにしたら深音さんを寝やすい体勢にすればいいんじゃないですか?
タオルを丸めれば十分枕になりますよー、ってことを発言しようとして手を上げました。
「あ、あのー「う、うそ……初春やるの膝枕!? 水着なのにすげぇ!」え、いや違「が、頑張って初春さん! その、応援してるから!」あのですから話を「むむむー、当初の予定はだいぶ狂ったが――白井ー、テレポートだ」「ハイですの」……」
……目っの前がー♪ 真っ暗になってー♪ 気づいたらー、座っててー……
お膝のうえにはみおとさんー……
……これ、私泣いてもいいですよね? いや、嫌じゃないですけど皆さんが顔赤くして「おー、これが膝枕……」とか……標本ですか私。
そして深音さんはと言うと、突然姿勢を変えられたにも関わらず熟睡を続行。まあ、寝づらい体勢から寝易い体勢に変わったから、さっきよりずっと気持ちよさそうに――。
それがなんか、ちょっと年下の男の子の見えて――。
「なんか、カワイーですねー……」
「「「「「!?」」」」」
髪の毛がちょっとくすぐったいですねー……でもホントにサラサラー。指で梳いても何処にも引っかかりませんよ。でも深音さんはくすぐったかったのか頭が動きましたので、今度は髪を撫でてみたら、さっき以上に安らかな顔に――。
「う、初春! お願い代わっ「うるさいですよ佐天さん。深音さんが起きちゃうじゃないですか」……白井さん! 強制交換です!」
ちょ、何するんですか!? やめ――!!
――後日。
「深音さーん、今眠かったりしませんかー?」
「初春さん? ……いえ、これといって眠気は……」
そんな会話があったりなかったりしたそうな。
ついでに、顔を合わせたとたん真っ赤になって走って逃げ出す数名がいたそうな。
<おまけ>
「で、でさ、特別な日ってなんだったのよ?」
「初春さんも他の皆さんもなにがあったんでしょうか……あ、いえ。以前黒子さんが美琴さんとの二ヶ月の記念日とおっしゃっていましたし……あの時美琴さんが私に預けた荷物も、黒子さん宛だったようですしね。……ちゃんと渡せました?」
「あー、うん。あの後に、ね」
「それに、あの日は佐天さん達と会って一週間の記念日にもなりましたからね。出会いの記念に、と思ったのです」
「なら……もう一つ、忘れてるわよ」
「? えっと……?」
「あ、アンタが私の兄貴になって、丁度その、二週間でしょ?」
名前をつけたときと同じように、軽く深く、その胸を叩いた。
読了ありがとうございました。
初春さんが……何かに目覚めたようですね……。
誤字脱字・ご指摘などございましたらお願いします。