両者は、ぶつかり合う。互いの信念と信念をぶつけ合い、対立し続ける。
どちらが正しく、どちらが間違っている。
どちらが強く、どちらが弱い。
……そんなことは些細なことと言わんばかりに、ただ己が勝ち取るべき勝利のみを目指して、ぶつかり合う。
睨み合う視線上では火花が散る幻覚が見られるほどに。
「甘いよ……甘いんだよ初春。アンタはなにも、何一つ分かっちゃいない――!」
「佐天さんこそ……! 分かったとご自分を過信しているに過ぎません……!」
互いに、深く深く息を吸い込む。
落ち着くためではない。次たる、決着のつけるための攻勢の一手を打ち込むために。
「本場で長年修業したパティシエが寸分たがわず再現したチーズケーキこそ!! アタシ達の目指す至宝でしょうが!」
「いーえ! ここは長年の試行錯誤のすえ辿り着いたオリジナルのモンブランこそが私達の求める一品なんです!」
……女子中学生の信念とは、かくも安いものなのであろうか? いや、パティシエの作る洋菓子が安いというわけではないのだが。
まず間違いなく信念をぶつけ合うレベルで行うことではない。
そして、もし仮にぶつけ合ったとしても……走行中のバスの車内では、いくら少ないとはいえ他のお客様の迷惑なので、自粛するべきだろう。
「くぅ、も、モンブラン……!」
「あぅ。チーズケーキ……!」
しかも簡単に揺らいでいる信念。
……結局、バスが目的地に着いたと同時に、『両方食べる』という妥協案に辿り着いたそうな。
「……しっかし初春。ちょっと待ち合わせの時間には早かったんじゃないの? 御坂さんたちとの待ち合わせって3時でしょ確か……」
バス停の屋根の下から、シトシトと雨を降らせ続ける空を見上げる佐天。腕時計を確認しても、一時間近く時間がある。
「ふっふっふ……大丈夫ですよ佐天さん。――3、2……1!」
初春のカウントダウンとともに、雨粒は少なくなり、雲の切れ間に晴れ間が見え始める。
ドヤ顔の初春を見ていると、まるで彼女の力で晴れたように思われるが、学園都市の誇る予知演算による天候予測である。その的中率は秒単位での天候変化ですら100%を誇り……以前のプール掃除前日に、真夏日快晴とのお告げを飛ばして常盤台生を絶望させた実績を持つ。
「プールに誘われたときは制限付きでしたので歩きまわれませんでしたが今回は違います……白井さんたちと合流する前に学舎の園……堪能しますよ佐天さん!」
「お、おー! (……たった一時間で、どう堪能するんだろうこの子は)」
ふんすっと鼻息荒くゲートに向かう初春の背中を、心配そうな眼で追いかける佐天。
ゲートで所属と氏名、そして、誰に招待を受けたかを告げる。これを怠ると、警備員やら警備ロボやらが即座に集合する、というのは黒子の談。
「……ッ! ……ッ!!」
「初春、感動し過ぎてるのはもう十分に分かったから声を出して。っていうかこの前もそのリアクションだったよアンタ」
レンガで敷き詰められた通り。背の低い、洋建築の町並み。信号機さえヨーロッパ調を意識しているのだろう。
ほんの数分前まで科学都市だったものが、壁一枚超えるだけでここまで激変すれば感動もする。
実際、初めて来たときには佐天も初春と似たような反応だった。二度目と言うこともあり慣れているが、それでも感動はしている。
息を呑みすぎて咽こんでいる初春の背をさすりつつ、雨上がりの町並みを焼き付ける。これは確かに、一時間を繰り上げて来た価値があった。
「ふぅ……さ、さあ佐天さん行きますよ! 行くべき場所見るべきスポットはたくさんあるんですから!!」
息を吹き返した初春に腕を組まれる。
それはとても――つい最近経験したばかりの苦い記憶を呼び起こすには十分な行為だった。
……左腕で左腕を組むと、どうなるだろう。
「ねえこれ二度ネタだよ!? みんな飽きてるだろうから普通に――ってやっぱり外れない!! そして移動速度が緩まない!! 初春アンタやっぱり運動できること隠してるでしょ! せめて向きだけでも変えてって移動速度が増してる……!? 進化してるっての!?」
「さあ急ぎますよ佐天さん行かなきゃ行けないところが78個もあるんですよこれでも厳選に厳選を重ねて絞りこんだんですよだから一分一秒一瞬たりとも無駄には出来ないんですよ」
息を飲み過ぎて咽ていたのは何処の花飾りだっただろうか? ……なんて言葉はもはや届かない。
ついでに再確認するが、美琴達との待ち合わせまで一時間である。
そして、初春がいう行くべき場所というのが78箇所。
……歴史上最高難度のスタンプラリーでも、こうはいかないだろう。
***
場所と時間は移り、約束の15時やや過ぎ。常盤台中学校門前。
黒子と美琴、深音の三人はそれなりの視線を集めつつ、初春達を待っていた。
システムスキャンの日以降、美琴の忘れものを届けるなどの理由で度々訪れているが、やはり男子禁制の領域ではどうしても視線を集めてしまう深音。そして、常盤台のエースであるレベル5の美琴。この二人が揃っていて、注目を集めないほうがおかしいだろうが。
「……全く。お姉様をお待たせするなんて……」
「まあ、そんな目くじら立てるほどの時間じゃないでしょ。道に迷ってるのかもしれないし」
「いえ……おそらくですけど、学舎の園の観光でもしていると思いますの。ワタクシに招待を取り付けた際に大量のパンフレットをかき集めていましたし」
「あー……」
黒子の予想は的中しているのだが、あえては言うまい。美琴も初春のお嬢様崇拝を知っているため、黒子の予測が簡単に想像できた。そして、おそらく高確率で佐天が巻き込まれているだろうことも。
「……ですが、二人から連絡すらない――というのも少々心配です。遅れるなら一報入れるくらいはするでしょうし……少し、周辺を探してきましょうか?」
深音の意見も尤もだろう。しかし、すれ違いの可能性も中々に高いためGOサインは出し辛い。
「す、すいません、お待たせしましたー……」
深音出動のカウントダウンが始まるか、というときに、聞きなれた間延び声。のどこか困り風味。
「遅いですわよ初は……?」
当然詰問しようとした黒子は、そのまま言葉を失ってしまう。というより頬を引きつらせる。
御坂兄妹は眼をぱちくりさせて、二人の状態に驚いていた。
「どーしてお二人ともヌレヌレのグチョグチョですの……?」
「……アンタが言うととんでもなく卑猥なのは何故かしらね……っていうかどうしたの二人とも――さっきの雨の中走ってきたみたいな……」
「ええ走りましたよ……はは、馬鹿みたいですよね? 雨上がってるのに雨の中走ってきたオバカさんなんです。気にしないでください。ホント……」
某ストラップを手に入れそこなったかつての美琴をはるかに超える暗黒面に没入している佐天と、その佐天気遣ってるのか謝罪しているのかよく分からないが、とりあえず佐天がこうなったのは初春のせいだということはたしかだろう。
初春も濡れているが、佐天はもっと凄い。服を着たままどこかで泳いできたのかというレベルだ。髪はべっとりと顔に張り付き、制服は濡れてドロだらけ。
……この場で待っていたのが美琴と黒子だけならば、まだそこまでダメージは負わなかっただろう。
しかし異性として意識し――憧れが多く含まれているものの、恋心に近いものを感じている深音もいるのだ。
ドロドロびしょびしょな格好など、とてもではないが見せたくは無かった。
嫌われたなー、あ、でも深音さんだったら呆れるくらいで済ませてくれるかもなー、などとどんよりした空気を纏う佐天に初春はどう謝罪したものかとあたふたし、美琴と黒子もフォローの言葉を探した。
そして、以外なことに深音がフォローのために口を開いた。
「……美琴さん、何故でしょうか。今の佐天さんを見ていると動悸がとても激しくなってくるんですが……」
「「「へ?」」」
動悸が激しい。ようは心臓がより激しく脈打っているということなのだが……。フォローなどではない、この状況でとんでもないカミングアウトである。
すぶ濡れで弱りきった佐天を見てドキドキしている。つまり――
「みみみみ深音さん!? さすがにワタクシ達のお年頃の女の子にはそういうハードな要求は些か厳しいんですの!?」
「もももしかして普段優しそうなのは裏返しっ……はっ! 反動!? ふり幅なんですね!?」
「黒子も初春さんもちょっと落ち着いて!! 深音だから多分そっちのほうじゃなくてモット別の――!」
ワーワーギャーギャー。……女三人で姦しいとはよくいったものである。
当事者の佐天と深音を無視して、大体まだ早い、いや女の子は早熟、何事も経験、等々など。自分のことになったら絶対にいえないだろう言い合いをする。
「佐天さん」
「小汚い私になにか御用ですカーミオトサ――」
乙女トークとは思えない暴論を交し合う三人を無視し、深音は佐天に詰め寄る。眼は虚ろで声は平坦で、後もう一押しでダークサイドの底に到達してしまいそうだ。
「失礼します」
バサリ、と佐天の視界が一瞬、ダークサイドではない黒で覆われ、またすぐに晴れる。
そして、夏が近いとはいえずぶ濡れで感じていた嫌な冷たさが大分無くなり、ほんのりといい香りが――。
「ふぇ?」
気が付けば深音の上着は消え、また気が付けば佐天の体をすっぽりと覆い隠している。
そして失礼します、という言葉の延長線なのか、佐天の体を軽々と持ち上げて、常盤台の校舎の中へと走り去っていった。
……『持ち上げて』の方法ではあるが――佐天の耳が深音の心臓の音をダイレクトに聞き取れる位地にある、と言えばお分かりだろう。もしくは『全国夢見る女子連合』が絶賛推奨している抱え方でも可。
「「「…………」」」
走り去っていく二人を議論していた三人は呆然と見送り――。
「キャー! お姫様抱っこ――!?」
「まさか保健室ですの!? いえここは体育館の倉庫ですの!?」
「……アンタ等本当に中一よね?」
黒子は分かるにしも、初春のこの反応は何なのだろう。
やたらと濃い桃色の妄想を膨らませる二人に赤面しつつ、二人を引き摺っていく美琴。言われないと思いつかない自分は子供なのだろうか、と薄っすらと考えたそうな。
走り去った方向から、なんとなく深音の考えを察した美琴は、ほんのりと苦笑を浮かべた。
読了ありがとうございました。
誤字脱字、ご指摘などございましたらお願いします。
Q.すぶ濡れの子犬・子猫が悲しそうにうつむいています。貴方はどうしますか?
A.