――さて、皆様には人生のなかで、これ以上はない! と断言できるほどの笑顔を浮かべたことがあるだろうか。
「うぇへ、うぇへへへ~♪」
……もし幸運にもまだであるならば、どうかその笑顔を浮かべる前にほんの僅かでいいので躊躇して頂きたい。
……閲覧禁止、とのモザイクを顔にかけられつつ、奇声を上げる花飾りの少女。その奇声が『笑い』からくるものなのだと理解するのに数秒掛った二人は、呆れと苦笑をそれぞれ浮かべていた。
「常盤台ーのお嬢様~♪ これで私もお嬢様~♪」
頭の花飾りからして初春だろう少女は、シャワールームにある姿見の前で何度もターンしてポーズを決めていた。その制服は先ほどヌレヌレのグチョグチョ……失礼、汚れてしまった柵川中学指定のセーラー服ではなく、常盤台中学のシャツにサマーセーター、丈の短いスカート……早い話が常盤台の制服である。
五分ほど色々とためし、最適なポーズを発見したのか、満足げな初春。
無事顔も公開できると判断されたのか、閲覧規制も解除されていた。
「んふふー。あ……でもあれですよね、御坂さんや白井さんだとこのスカート丈は(なぜか)納得できるんですけど……ちょっと短くないですか?」
モザイクが外された初春がスカートの端をかすかに、本当にかすかにつまむ。
学生のスカートで膝下・膝上など、『膝』を基準にすることが多いだろうが、太腿の中ほどまでしかない丈では膝基準とはいかない。
五分もいろいろポーズをとっておいて感想がそれか、と若干二人を呆れさせるが、それは確かにお嬢様なのに? と思わせる短さだ。
「あー、それね。なんでも普段から意識させて、『見えない』ように慎み深い行動を意識させるとかなんとか……」
「へー……そんな理由が。さすがお嬢様校、考えることが先を行ってます」
各言う美琴は脚を組み、スカートなんぞ知ったことかと言わんばかり。慎み深い行動など忘我の彼方にポイして久しい。
しかし当然見られてもいい、と言うわけではなく当然見られたくはない。というわけで短パンが必須アイテムなのだ。
「とはいっても、女子中学なので男性の視線なんて殆どないので本末転倒ですの――まあ、最近は深音さんが来るようになったので意識していると言えば意識してますわね。……それより、佐天さんと深音さんはどちらにいかれたんですの? お姉様のご意見通りにここに来て見ましたけど……」
「んー、アレだけ濡れてたからシャワー室かなーって思ったんだけど……」
『帰様の浴院』に駆け込んでも誰もおらず、とりあえず初春を着替えさせた二人。黒子がジャッジメントの活動などで中学や支部に予備として置いてある一着を着せていた。
「……まさか本当に大人の階段を「だからそういう話やめてってば!!」じょ、冗談ですって……あ、でも逆に佐天さんがってことも! 実はこの前学校で……」
再びの桃色妄想に、顔を赤くしつつも大声で否定する美琴。
慌てて否定した初春だが、佐天が教室でぶちかましたアダルティーなナレーション付き寝言を思い出し――
……そこで絶句した。
「『この前学校で』――……その続きを言う覚悟があるかなぁあ? うぃはるぅ?」
開け放たれた浴院の扉に、仁王立ちする佐天。髪は乾かしたのかサラサラと……上昇気流にでも流されたように上に向かってゆれていた。
……黒歴史時の教師(29歳独身女性)の様である。
「……えと、佐天さん? その格好は……?」
「っと! あ、これですか?」
美琴がフルフルと震える指で、佐天の首から下を指す。
上方に向かって揺れていた髪はすっと下がり、いつもの髪型に。……後ろ手に持っていたコードレスのドライヤーをどこぞへと投げた。
「佐天さんいけませんまだ髪が――……っていけません。ホントにいけません。そこの扉を閉めていただかないと私アンチスキルに連れてかれちゃいます」
扉の向こう、それもやや離れた位置から聞こえてきたのは深音の声。近づいてきたと思いきや急に離れたのか、やや聞こえ辛い。
「大丈夫ですよー深音さん、今私達しかいませんから。……いやー、最初深音さんに保健室連れて行ってもらったんですけど――」
話の内容は大変困った内容なのだが、当人はとても機嫌がいいらしい。ダークサイドの闇は何処へ置いてきたのだろうか。
「いや、まあ、それは分かったけど――なんで……」
もう一度、佐天を上から下まで。
「なんで、……執事服?」
柵川中学の制服は規格外の進化を遂げていた。
最近になって異様に見慣れたその装いは、見慣れた原因と全く同一のもの。唯一サイズという違いがあるが、それだけだ。
「ほら誰もいませんから大丈夫ですって!」
「……誰もいないからって女性専用の浴院に男が入ったらいけないんですよ……」
諦めたのだろうか、渋々、本当に渋々と深音が連行されてきた。せめてもの悪あがきか誠実さか、両目を固く閉じている。
「……深音? 説明お願い」
「はあ……えと、その前に先ほどは失礼しました。なぜかあの時の佐天さんを見ていると何と言いますか、やるせない……いえ、放って置けないというかお世話したいといいますか……」
自分でも先ほどの行動が奇行だと理解しているのか、頭をかきつつ謝罪する深音。しかし、その胸のうちを聞いてダメージを受けたのは他ならぬジャッジメントの二人。
『放って置けない』『お世話したい』
どこの保父さんだと言いたくなる感情起爆であるが、桃色妄想を繰り広げた二人とは比べるまでも無く立派であることに変わりは無い。
女子中学生にあるまじき姿を鏡越しに見せられた気分の二人だった。
そしてお世話されまくって機嫌の良い佐天。納得である。
「一応、最初はこの浴院を思いついたのですが……私は男ですし、佐天さんも他校で入りづらい上に着替えなども無かったので――それで、以前保健室に予備の制服や体操服があると聞いていましたのでそちらに向かったのですが……」
「体操服の予備は無くて常盤台の制服はその――スカート丈が、まあ……アタシにはちょっと冒険が過ぎるかなぁっと」
人のスカートはめくる(初春限定)癖に。などと初春が思ったとか思ってないとか。
チラリと横の深音を見たが、あいにくと天岩戸よろしく両目を閉じている深音には分からない。……乙女心は複雑である。
「それで……保険の先生からこれを渡されて「「待って」」……いや、言いたいことは大体分かりますけど」
深音と佐天が保健室に向かったのは分かる。着替えの有無云々、性別云々。
保健室に着替えが無かったのも分かる。運が悪かったと言える。
……佐天が常盤台の制服を拒否したのも、まあ、分からなくもない。
……常盤台寮監の同類が、まさか校舎内にも潜伏していたとは。
しかも、深音の着ている執事服と同じタイプということから、おそらく寮監と女医が繋がっていると考えたほうが妥当だろう。
「寮監がやたらと深音をここに来させると思ったら……こーいうつながりがあったわけね。――でも都合よすぎじゃない? 何で佐天さんに合うサイズがあるのよ?」
「それは――……美琴さん。……ちょっと、立ってもらっていいですか? それで佐天さんの横に……」
眼を閉じたまま。固く固く閉じたまま、告げる。
言われた意味が分からないまま、美琴は言われたとおり佐天の隣へ。佐天も困ったような、同情するかの様な笑顔わ浮かべている。
「……『御坂兄妹執事化計画』……だそうですよ、御坂さん」
美琴161cm。佐天160cm……並んだ身長差、おおよそ約1cm。
頑張ってください、という佐天の声が、どこか遠くに聞こえた。
***
「み、美琴さん、どうか気を確かに」
「……私もう保健室いかない。後殆ど二年ある常盤台生活を無傷無病で過ご……ってあれ、意外と簡単……?」
「夏季休校前の身体測定で必ず行くことになりますの」
校内にいることに危険を感じた美琴は、四人を引っ張るようにして魔境を脱出。佐天たちも着替えだ何だと慌しかったために、一息つこうと入った喫茶店に入ったのだ。
ちなみに、初春と佐天が学舎の園に来る前に繰り広げた合戦の原因となったお店であることは余談である。初春の前にケーキのお皿が二枚あることも、ご理解頂きたい。
「くそぅ……その日だけ休むってのもなんかあれだし……むぅ」
「ま、まだ保険医の先生の趣味がそうと決まったわけじゃないですよ! ほら、その……仲のいい兄妹を見るのが好きなだけだったり、ペアルックとか仲良しの象徴みたいで!」
「それで執事服?」
「……ですよねぇ」
すでに着せられてしまい、なにやら僅かに悦に浸った顔で見られた佐天。「あとは本番で――」とうっかり聞いてしまったことは、うっかり言い忘れることにした。
「……く」
そして、身体測定という言葉で、二枚のお皿を見る初春が僅かながらに頬を轢くつかせていたことに関しては、お察し願いたい。
「とりあえず……もろもろの事情で中学の案内は出来そうに無いから、学舎の園の案内で良い?」
提案ではあるが拒否権は実質ない。
苦笑しつつも、了承するべく頷こうとした二人を、ごく至近距離で鳴り響いた電子音が止めた。
「あ、ワタクシですの。――はいこちら白井……って固法先輩?」
『非番のところ悪いわね。何度初春さんにかけても出なくて――もしかしたらってかけてみたんだけど』
漏れて聞こえてきた、おそらくジャッジメントの先輩だろう。
初春も慌てて自身の携帯を確認するが、水に濡れてしまったのかショートして画面は暗いまま。
「近くどころか目の前にいますの。……なにか問題が?」
『――そんなところよ。少しでも人員が欲しくてね。非番のところ悪いんだけど今から来てくれる?』
「了解ですの。……お姉様、ということですのでちょっと行ってきますの。さ、行きますわよ初春!」
「ああ待ってせめて一口だけでm――」
黒子に手を引かれ、二人はそのままどこかへとテレポートし……去り際の未練を湛えた初春の顔を早々に忘れよう、と残された三人はなにも言わないまま了解し合った。
「――ん、と。じゃあまずは此処でお茶してから、この後どうするか考えよっか。もしかしたら黒子たちもそれまでに帰ってくるかもしれないし」
「そうですね……えと、その前に――」
佐天はチラリと深音を見る。最近よく見る仕草だなーと美琴は思いつつ、どこかソワソワとしだした佐天に首を傾げていた。
「ト――、じゃなくてお手洗――……そう! お花を摘みに行ってきます!!」
深音、男性を前に女性が『トイレに行く』などと堂々と言えるわけがなく、綺麗な言い回しで席を立つ佐天。
確かに、男性を意識した綺麗な言い回しだろう、深音もその言い回しの理由を知っているのか素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。
しかし――。
(でも佐天さん、それ、大声で言うことじゃないよ……)
店内の客全員に、漏れなく聞こえたであろう声量で告げることではない。
<おまけ>
「深音の豆知識講座、この場は本編に関わりは一切無いのでご安心ください」
「いや、深音? いきなりどうしたのアンタ」
「先ほど佐天さんが『お花を摘みに』とおっしゃっていましたが、さらに古い言い回しで『ごふじょう(ご不浄)に行く』という言葉があります。相当昔の言葉ですので、今言っても大半の方、特に若い方は殆ど分からないと思います」
「――えと、じゃあ何でアンタがそれを知ってるわけ?」
「決まってます。それを教えてくださった小萌先生が――あれ、なんでしょう急に悪寒が……」
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