「どういうことよこれ!?」
「そういうことですそれ」
少々、お高い家賃を要求されるだろうマンションの一室。質素ながら統一感のある家具でコーディネイトされた室内は、目新しさや華々しさには欠けるものの、初めて訪れるものにも慣れ親しみやすさを感じさせ、落ち着きがあって大変過ごしやすいだろうと思わせる。
そう……思われるだろう空間で、獅子のごとく吼えた少女の心境は、正直筆舌しがたい。というよりも説明が難しい。
「いやー、深音さん。さすがにこれはないですって……」
「ですねー……」
しかし、難しいだろう心境にほぼ満場は一致しているのである。――といっても、四人しかいないうちの三人の満場だから合わせるのは容易だろうが。
深音の部屋に乗り込んだ美琴と初春、佐天の三人。……佐天がどこからか調達してきた『突撃』と書かれた――やたらと大きな杓文字(シャモジ)は無視することにした。
「クローゼット!」
「執事服オンリーであります隊長!」
「洋服箪笥!」
「ワイシャツとだ、男性用インナーだけであります隊長! ……あぅぅ、これが男の人の……」
黒と白だけの衣服郡をさらけ出す三人。一面に並べられた衣類は畳まれている状態ではあるものの机の上やら床の上にあるわけで……当然、後片付けをするのは深音になるだろう。
……慣れ親しみやすい部屋は、何処へいったのだろう。
「何で執事服しか持ってないのよアンタは!」
「執事ですから」
きっぱりさっぱり。
なにを当たり前のことを……とでも言うような態度の深音に、美琴の額付近から『ブチッ』という幻聴が聞こえた――気がした佐天と初春。
音がするほうの理由に納得できるため、弁護に回らず苦笑していたが。
「黒と白以外の色彩は!? 普通のTシャツとかは!? ゲコ太は!?」
「「それはいらないです」」
唯一の弁護、ゲコ太の否定。
……しかし、血が上っているのか美琴には届かなかった。
「アンタまさか休みの日も執事服なの!? パジャマは!?」
「美琴さん。とりあえず一回落ち着いてください。漏れてます。漏電してますから」
いつぞやのクレープ屋の様に、バチバチと周囲に流れる電流が深音によって誘導されていく。――電流の流れる様子を「わー」と暢気に眺めている二人だが、深音の誘導が無ければ彼女達に静電気程度とはいえ電撃が向かっていくのだが。
深呼吸とともに収まっていく電撃。
電撃が抑えられる程度には冷静になったのだろうが、美琴の謎の憤りは健在である。それも鎮めなければ、と深音は説明を開始。
「休みの日も外出する際は執事服ですね。寝るときはさすがに上着は脱ぎますが――あと部屋にいるときもラフ、というのでしょうか。そういう格好に成りますけど」
今現在が休日で室内にいるわけなのだが……常盤台寮にいるときのようにキッチリしているためだろう。「らふ?」と疑問符を浮かべる三人。
では――、と。上着を脱ぎ、タイを外し。ワイシャツの裾を出して胸元深くまでボタンを外――
「な、なにを突然脱ぎだしてんのよアンタはーッ!?」
佐天の持ってきていた突撃シャモジで深音の頭をぶん殴る、顔を真っ赤にした美琴。
振り方は野球のバットを振るように、と思ってもらえばいいだろう。当然ホームラン級のフルスイング。パコンなどと軽い音ではない。当然渾身の一撃、ズドンだ。
――風の抵抗か悪魔の悪戯か。『突撃』と書かれていた面ではなく――線。渾身の一撃を更に収束させた一撃であったため相当痛かったのだろう。たまらず額を押さえてうずくまる深音。
似たようなことが以前あったなー、などと考えている――そんな余裕は、なかった。
……苦悶の声を必死にこらえるので精一杯なのだ。そこは情けない、などと、どうか思わないであげていただきたい。
「――えと、御坂さん? なにもそこまですることは……」
……持ってこなきゃ良かったかなー、とネタを武器にされた佐天。
深音の現在の姿は、確かに多少ドキッとしてしまいそうな格好ではあるが、あからさまに露出をしているわけでもなければ、外出さえ考えなければ室内着としてなんらおかしい格好でもない。
……武力行使してまで止めることだろうか。と疑問を抱いてもしょうがないだろう。
「み、深音さーん、傷は浅いですよー?」
「傷、そもそも無いです。でもダメージが……久々に脳が揺れました」
はたかれた(という程度の衝撃ではないが)際に髪留めも外れてしまったのか、うなじ付近で結われていた髪は解かれ、肩甲骨の下辺りまで伸びた髪がサラサラと揺れている。
「……それにしても相変らず綺麗な髪で……ってあのときより何かサラサラ感が上がってるような……艶もレベルアップしてる……!? 御坂さん佐天さんお風呂場のチェックです!」
「え?」
「「おう!」」
「……え?」
三人は女の子であったようである。なにがなにやら分からない深音は、三人がどたばたと駆け込んでいった浴室のほうを呆然として見るしかなかった。
いまだ痛みを発する額を一瞬とはいえ忘れるほどに。
『トリートメント、リンスの類は発見できません! シャンプーも普通の、市販の奴です! ……これが深音さんの使ってる奴か! ってかお風呂広い!』
『シャンプーだけでなんてありえないでしょあれは!? 絶対秘密があるはずよ!』
『洗顔用品も確認できません! 普通の石鹸が一つあるだけです! ……あ、歯ブラシ私のと同じやつですねー』
『どうでもい……くないわよ!? アイツの肌スベスベなのよ? ただの石鹸だけ……だと!?』
「……プライバシー、ってなんでしょうかねー……」
見られて恥ずかしいものや疚しいものは何一つないと自信を持って言えるが、それでも居心地は悪い。苦味の強い苦笑で、美琴たちの並べたままの自分の服を片付ける。
そして、ありもしない秘密を探し続けた三人は、『深音は代謝が人よりいいのだ』と自分を納得させ――女として色々負けてしまったことに真っ白になった。
「……結局、皆さん何しに来たんでしょうか……」
深音の疑問に答えるものは、いない。
***
照明の落とされた会議室の中、数十人の学生と大人――アンチスキルとジャッジメントによる合同会議が執り行われていた。
『本日はお忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。皆様にお集まりいただいた用件は先にお伝えした通り、現在学園都市の広範囲で起きている爆発事件についてです』
司会を務めているアンチスキルの一人が、機材を操作し、画像が映し出される。
(ジュースの缶――ですの?)
(そう、みたいね。でもどうやったら『ああ』なるのかしら……)
177支部の代表としてきた固法と、半ば無理を言って同席した黒子。
映し出されたのは、缶。学園都市のいたるところに設置されている自販機から購入できる、何の変哲も無いジュースの空き缶だ。
……飲み口と底だけを残し、綺麗に抉り取られていなければ――ギリギリつながっていなければ、唯の切断された缶だっただろう。
『今ご覧頂いている映像。アルミ缶なのですが――これが、今回の連続爆破事件で使用されている爆弾です』
ザワッ、と僅かな時間ではあるが、居合わせた全員に動揺が伝播する。誰が沈めるでもなく静まったざわめきではあったが、各人疑問疑念を隠しきれていない。
誰かがボソリと、熱膨張による爆発、と呟きはしたが、すぐに同じ声で否定の呟きが聞こえた。
『……はい。今どなたかが仰っていただいた通り、中にある飲料が熱膨張で破裂した、というわけではありません。憶測ですが、これはアルミを基点に量子変速……重力子を加速させ周囲に放出による爆発と思われます』
画像が切り替わり、今度はクマのヌイグルミ『だったであろう』ものが写される。生地は破け、綿が無残にこぼれ、見た目は大変よろしくない。
『これは街路樹の下の茂みから発見されたものです。検分した結果、微細ではありますがアルミ片が確認されましたので、同件であると判断いたしました』
最初に写された空き缶よりも大きいそれを、僅かに残して吹き飛ばす。
……威力が上がっていると呟いたのは、固法であった。
その言葉をきっかけにしたように、次々と映し出されていく被害の画像。
黒いこげ跡が残る、どこかの壁。範囲計測で用いられた1メートルの物差しを越える範囲。
街角に置いてあるだろうゴミ箱は、上半分が消し飛んでいた。
どこかの商店なのだろう、商品の陳列されているはずの棚は無残に破壊され、規模・威力ともに格段に上昇しているのか目に見えて理解できた。
『いずれの爆発事件においても、微量のアルミが現場より発見されており、また目撃者の話では『ヌイグルミが内側に潰れたと思ったら爆発した』との証言があります。量子変速における爆発特徴と完全に一致するため、この全ての爆発において同じ手口の犯行であると、判断いたします』
画像が全て消える。
(『連続』爆破事件――能力を用いたとするなら同一犯による可能性が?)
(まず間違いないでしょうね……でも、最後の威力を見る限り、相当なレベルだと思うけど……)
『既に――軽傷ではありますが、ジャッジメント数名が負傷しております。幸いなことに一般生徒や一般人の被害は報告されていませんが……各支部のアンチスキル及びジャッジメントの皆様には十分な注意と犯人逮捕におけるご協力を願います』
おそらくは、能力とレベルで該当者がいたのだろう、と当たりをつける固法。しかし、その該当者が犯人ではなかったために、こうして各学区、各支部の代表を収集したのだ――と、正解を推理した。
『
『爆発の基点となるアルミがどんなものに混入されているか分かりません。不審物などには十分注意するよう、アンチスキルの皆様は生徒達に連絡を。ジャッジメント各位は紛失物や落し物として受け取ったものにも十分注意してください』
「ジャッジメント数名が被害に――一般の方々には被害なし、とのことでしたが」
「不幸中の幸い、とは言えないわ。ヌイグルミなんて子供が拾いそうなものを爆弾にするなんて……」
想像して、ぞっとする。それは固法や黒子だけでは無く、その場に居合わせた者全員の意見だった。
「来てもらってよかったわ。白井さん、貴女はこのまま支部に戻って所属してる全員に今の内容を連絡して。私はアンチスキルの人たちにもう少し話を聞いてみるから」
「了解ですの」
テレポートした黒子を見送り、自分も役目を果たすべく残って資料を纏めているアンチスキルの下へ。
詳しい情報を、と考えているのは固法だけではなかったようで、見知った顔や見知らぬ顔もいくつかある。
「ああ、固法っちも来てたじゃん?」
「黄泉川先生。……嫌な、事件ですね」
「軽傷だっていうけど、ジャッジメントでもう九人被害が出てるらしいじゃん…能力名はシンクロトロン、『量子変速』――爆発を起こせるレベルの生徒は一人しかいないらしいけど……」
黄泉川の顔が、渋面になる。自分の持っている資料をめくり、一人の女生徒の写真が掲載されたページで止まる。
「その子は半年前から原因不明の意識不明――病院側もその子が抜け出すなんてありえないっていってるし……一体どうなってるじゃんよ」
該当者がいるのに犯人の容疑者の候補にすら挙がらない。
それなりにアンチスキルとして勤めている黄泉川を持ってしても、こんな事件は初めてだという。スキルアウトが目に見えて悪さをするのではなく、誰に知れず、水面下で魔の手が伸ばされているのだから、一般の生徒など回避しようもない。
被害が拡大しないよう『注意』すること。
それしか出来ないことが、悔しいと言わんばかりに……黄泉川は資料を握りつぶした。
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