クフッ。クフフフフ♪
――思ったことを、思いのまま言葉にする。
――人によっては簡単だ、と言い切る人もいるかもしれない。思ったことをそのまま言うだけなのだから、確かに簡単だといえるだろう。
しかし逆に、それを難しいという人も、必ずいる。
言葉で飾り、遠回りをし、虚偽も上乗せて。それが必ずしも悪いということでなく――処世術と呼ばれ、人はそれを『大人になっていく』のだとも言う。
「……深音」
それでも、子供のままでいいと。
言葉で飾ることなく、遠回りもせず、虚偽で塗り固めることも無く。心のままを、伝えよう。
「アンタ、水着着てみない?」
「……はい?」
……唐突に告げられたその言葉に、常盤台執事……御坂深音は数瞬の思考停止に見舞われ、理解することも出来ずに、問いに問いで返すのは失礼と知りつつも問い返した。
夏日も強い屋外のテーブル。サンドイッチを手にした美琴。アイスティーの御代わりを入れにきた深音。唐突に何を言い出すのだろうという顔の黒子。
「……おねーさま? とりあえず、とりあえず一応お伺いしますけど。今ワタクシ達はどうやって深音さんの過去を佐天さんや固法先輩にお伝えするかー、ということを話し合っていたと思われるのですけど、そこまではよろしいですの?」
なにやら諦めを多分に含んだ黒子の半眼。
そして、なにやらジリジリと後退しだした深音。彼の脳裏に過ぎるのは、天下の往来で脱がされたあの記憶。
「ち、ちが!? ほら、昨日の湾内さんたちの話よ!!」
美琴も二人の対応を見てなにかまずいと判断したのか、慌てて説明を始める。
――
「水着の……モデル?」
滅多に耳にしない――否、聞いたとしても自分を対象にして聞いたことなどない美琴は、思わずオウム返しでその言葉を繰り返した。
「は、はい。毎年水泳部の備品などのスポンサーになっていただいている企業の方からお願いされているらしいのですが……今年は先輩方が大会で急がしいので――参加できるのが私たち二人だけになってしまったんです」
困り顔の湾内・泡浮の言葉にそういえば、と話題になっていた水泳部の活躍を思い出す美琴。詳しく聞けば、ほかの一年生は大会の応援や出場などで借り出され、何とか泡浮・湾内の二人の余裕を作った、らしい。
「ですが、私達二人では流石に少ないので、こうして皆さんにお願いして回っているのですが……」
クラスの全員に当り、お嬢様らしく「肌を晒すのは……」と断られ。それ以外でも友好のある生徒に聞いてみても全員に断られ――
そして唯一ジャッジメントの活動で捕まらなかった最後の級友である黒子と、常盤台のエースとしても有名な美琴の下に来たのだという。
「……お、お姉様の水着……ッ際どいものであんなことやこんなことを……」
「あ、ゴメン。ちょっと待っててねー」
着弾・極。
「ふぅ。でも……水着、ね。やっぱり人前でっていうのはちょっと、抵抗がねー……」
美琴のその返事に、ですよね……と肩を落す二人。聞けば撮影日も明日なのだという。
計画性がない、ともいえるだろうが。撮影自体は聞かされていても撮影『日時』を一昨日聞いて、慌てて動き出したのだという二人を責められるはずも無く……。
二人の気落ちっぷりに美琴もどうしたものか、と思案し――湾内の手に持っているパンフレットを見つけた。
「湾内さん、そのパンフって水着の?」
「え、あ、はい。今期の新作やイチオシの水着の一覧です。色々な種類があるので、人数が多いほうがいいのですけれど――」
広告用のものではなく、完全な資料用。モデルが着ているものではなく、『どのようなタイプでどのような柄があるか』ということを確認するためだけの味気ないものである。
へー、とぺらぺらめくり、頭部に巨大なコブをこさえた黒子も隣りから覗き込む。そして、おしゃれが大好きな女の子。さらに流行に敏感な中学生である二人は――
「いや普通に考えてこっちでしょ!? 可愛いじゃない!」
「お姉様はまたそのようなパステルなお子様ものをお選びになって――もっと常盤台のエースとして大胆にならなくてはいけませんの!」
――数秒後には白熱した論戦を繰り広げていた。
バチバチと、美琴の電撃ではない火花が両者の間に散っている幻覚を見せるほどに激化した討論に、頼んだ側の二人は介入する手立てすらなく。
「……おーけー、黒子。アンタにはいつか絶対に分からせようと思ってたところだし――湾内さん泡浮さん! 水着モデル、やるわ!」
望むところですの、と意気込む黒子も参加の意志を示している。そして再び論戦が再開され――二人の疑問交じりの感謝の言葉は聞こえなかったそうな――。
――
「ってことがあったのよ……」
しかもそれが、昨日の話。つまり、話題の水着撮影とやらは本日の予定。それを朝食後に言われても、というのが深音の率直な感想である。
女性の水着モデルに男の私を? というより佐天さんたちは? などなどの疑問はとっくに浮かんでいる。浮かんでいるが、きっと何とか通そうとするのだろうと諦めた。
「あの、美琴さん。自分でいうのはとてもおかしいと思うのですが、内容が内容だけに合間での説明はどうかと思うのですが――」
「うっ……そりゃそうだけどさ……内容が内容だし。重た過ぎるじゃない……」
人体実験云々は、美琴や黒子でさえ気が滅入ってしまうだろう話だ。それを今まで荒事とは無縁の生活をおくっていた佐天に聞かせるのは、とも思ってしまう。
美琴の案は、楽しげな日常の中で少しずつ伝えていく、というもの――なのだろう。きっと。
「深音さんとしては、何一つ隠さず打ち明けたい、ということですが……」
「出来るなら、隠したくは無い――ですね。約束もしてしまいましたし」
深音も深音で譲れない。すべてを隠さず、真剣に。今まで意図はしていなかったにせよ、結果としては佐天に隠してしまっていたのだという意識があった。
むぅ、と少女二人が唸り悩む中――深音は、『コレ』は自分で解決すべきことだと考えていた。
二人の優しさは嬉しい。気遣いも、あり難い。しかし自分で考えて、自分の言葉で伝えなくてはと決意もしていた。
「美琴さん、黒子さん。そろそろ先ほど言っていた水着モデル、のお時間では? それに――この件は、やはり私自身で考えようと思います」
……深音の真剣な顔と言葉に、二人は黙るしかない。
「――ま、アンタのことだから、佐天さんを泣かせたり傷つけたりはしない、か」
二人は女の子ではあるが、言葉としてならば知っている。
『男にはやらなければいけないときがある』――使いどころも使い方も少々怪しいが、美琴と黒子がほぼ同じく考えたことだ。
「それじゃ、その話は追々するとして――確かにそろそろ時間だし。行くわよ、黒子、深音」
「え?」
「え?」
「え?」
――どちらにせよ、美琴のなかでは深音の同行は決定事項だったらしい。
***
少し前――。数日ほど遡るのだが、その時言われた言葉を佐天は思い出していた。
『私の素性を伝えたくありませんでした。嫌われたくありませんでした。……初春さんたちは成り行きで知ることになりましたが、佐天さんに伝えていいかどうか、ずっと悩んでいました――ですが、この一件の全てが終わったら、お話します』
意識を失う直前に言われたその言葉に、どれだけ彼女は救われただろう。
嫌われてもしょうがない。むしろ嫌われて当然だと考えていた佐天に差し伸べられた、救いの手であった。
初春に聞けば、深音はその間にも凄まじい速度で走り、意識を失って倒れた佐天を抱きとめたのだという。
(うふ、うへへへ……)
「佐天さーん? もう何度目かになるか分からないですけどお顔がとんでもなく卑猥ですよー?」
初春が隣りで幾度目かの注意をするが、初春とはまた別の意味で頭がお花畑の佐天に届くことはない。ニヘー、デレーと言った擬音が付きそうな笑みを絶えず浮かべて周囲を引かせていた。
(すっごい真剣な声だったなぁ、深音さん――それに、初春たちは成り行きで私だけ自分の意志で伝えるって、つまり私は特別ってことで……嫌われたくないってことはつまり逆の感情で思われてて――)
「クフッ。クフフフフ♪」
「……さ、さぁて、そろそろ御坂さんたちとの待ち合わせの時間ですねー急がないとー!」
手遅れ、末期と感じた初春は他人のフリをして先を急ごうとするが、シャツの肩付近を掴まれて逃走を阻止される。完全な無意識の行動に、逃げられないのだと諦めるしかない初春だった――、
――がしかし、ならば、と奥の手を即座に考えた。
「――そんな顔のまま深音さんたちに合うと、ドン引きされちゃいますよー?」
『深音』 『ドン引き』
その単語に、ちょっと怖いほどにビクンと反応した佐天は、自分が掴んでいた初春の服を掴みなおし――というより初春の両肩をがっしりと掴む。
だらしの無い顔は一応しなくなったが――焦っていると言おうか鬼気迫っていると言おうか。先ほどとは別の意味で近寄りがたい表情である。
「初春、アタシ髪大丈夫?」
「……はい?」
紙? ああ、髪ですね。と唐突過ぎる身嗜みの確認を求めた佐天に、初春はとりあえず髪型――いつもの髪型となんら変わりの無いそれを見て、とりあえず頷いておく。
「じゃあ服は?」
服、と言われてついで佐天の服装を眺める。
女の子らしく、夏らしく。正直先ほどまでのだらしない顔さえなければ確実に何人かにはナンパされていてもおかしくは無いだろう。
つまりそれだけ可愛いので、この問いにもコクコクと頷いておく。
「よし、合戦準備は整ってる! 行くよ初春ぅ!」
「と、とりあえず、深呼吸ですよ深呼吸ー。――落ち着きました? 落ち着きましたね? 落ち着いてくださいね?」
いざ行かん! と駆け出そうとした佐天の肩を掴み返す。
即座に考えた奥の手ほど信用できないものは無い。しかし、何とか初春の指示通り、吸って吐いてを繰り返す佐天に、初春は先ほどのまでのニヤケ顔の写真を突きつけた。
「ブッフォッ!? 初春なんてもん見せん……ってこれアタシじゃん!?」
「つい数分前の佐天さんですよ……浮かれ過ぎですよホント……」
やっと、本当にやっと正気に戻ってくれたことに安堵しつつ、疲れたように肩を落す。
後ろ指差されること数回。親子連れに「ママあの人ー」「見ちゃダメよ!」と恒例な感じをされること数回。その時の記憶がない佐天とは違い、生々しいダメージを初春は負っていた。
「――うし、落ち着いた、もう大丈夫」
「お願いしますねホントに……っていうか今日水着のモデルで行くんですよ? 深音さんが来るわけ無いじゃないですか……」
「え?」
「え?」
――不思議なことなのか、それとも仲良きことなのか。
ある五人全員が、ほぼ全く同時に同じ行動を取っていた。絆とは、かくも不思議なものである。
《 おまけ 》
「――カメラの確保はまだなのですか!?」
「だめですわ! 湾内さんたちがおっしゃっていた企業が分かりません!」
「なんとしてでも撮らなくては!!」
――常盤台某寮生たちが、鬼を冠される女傑の手にかかるまで、あと数秒のことである……。
読了ありがとうございました。
なれないバトル直後でなにやら不安定な感じが否めません――。
誤字脱字・ご指摘などございましたらお願いします。