とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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盛夏祭 ( という名の )   13-1

 

 

 ……心地よいまどろみの中、ゆっくりと浮上してくる自分の意識を認識する。

 

 夢を見ていたような気がするが、内容は思い出せず――もしかしたら見なかったかもしれない、などと益のないことを考えて――そんなことを思考している自分自身に、ほんのりと苦笑を浮かべる。

 

 窓を開けて外を見ても、まだ薄暗い。

 

 巨大な都市はまだ眠っているのだというように静まり返り……自分だけが別の世界に来てしまったような――寂しさにも似た感覚を覚える。

 しかし逆に、ゆっくりと白んでくる東の空と、刻一刻と移ろい、色彩を変えていく都市には、瞬きの芸術へ向ける純粋な感動があった。

 

 

 

 そんな朝の空気を全身で吸い込み――深音は意識を切り替える。

 

 

 

 部屋へと戻り、まずはコーヒードリッパーを準備。そして、トーストをトースターに差し込む。フライパンを火にかけ、温まったところで油を引いて卵を投入。――今日は目玉焼きのようだ。

 

 弱火にして蓋をし、そこで洗面所に向かう。歯と顔を洗うだけで手早く済ませ、二分とかからずにフライパンへ戻ってトースターから飛び出てきたトーストに目玉焼きを乗せる。

 

 その頃にはドリッパーの下においたカップから香ばしい香りが漂ってきて――朝食の完成である。

 

 

 食事は淡々と、コーヒーは僅かに楽しみながら摂り、携帯端末からニュースをざっと流し見る。……今日も暑くなるらしい。

 

 

 

 

「さて……と」

 

 

 黒のワイシャツを脱ぎ、黒のジーンズも脱ぎ――着慣れた黒白の衣服に袖を通す。少し長くなってきた髪を、そろそろ切ろうかと考えつつ結いなおし、タイを結ぶ。

 

 

 起床してから23分45秒。

 時刻は、早朝3時25分前。寮監から渡された懐中時計は、正確に時を刻んでいる。

 

 

「すこし、ゆっくりいけるでしょうか……」

 

 

 そして、深音は玄関へ向い――……そこから、革靴だけを取り、部屋の中へと戻る。

 そのまま部屋を突っ切ってベランダへと出て、そこで……靴を履いた。

 

 

 

 そして何の躊躇いも戸惑いもなく……8階の高さから、宙へと身を躍らせる。

 

 

 ベランダで手すりに踏み出した一歩はかなりの加速力を生みだし、その足が大地に着くまで、真下に向かって落ちることはなかった。

 降り立ったときにも音すらしない――それはもはや重量と重力、そして高度を完全に無視しているとしか思えなかった。

 

 そして、衝撃という概念がそもそもないかのように、まだかろうじて残っていた速度に、踏み出した加速を上乗せして駆け出していく。

 

 

 細い路地を見つけて飛び込み、蹴って上に上がるという行為だけでその屋上まで到達。そのまま屋上伝いに、朝の街を駆け抜けていく。

 

 大きな通りを挟んでいようとも減速せずに飛び出し、空中に滞空している最中にアクロバットな動きを魅せつつ着地。そしてまた駆け出す。

 進む方向こそ変わっていないが、進む方法は次々と変化していく。体操の技としてあるものから、なんだその動きはと度肝を抜かれるものまで。

 

 

 

 ――それを行っている深音はその言葉を知らないが、それはフリーランニングと呼ばれるものだった。

 

 道とはいえない場所を、自身の身体能力のみ使い、道へと変えて駆け抜ける一種のスポーツなのだが――深音のそれは当然人間としての規格を大きく逸している。短編映像として公開すれば、CGだ3Dだといわれ――それでも、その完成度の高さに拍手を送られるだろう。

 

 長い階段を一息で跳び下り、空中で四度の伸脚宙返りを決める。荒業神業を連発し続けるのだが歓声はなく、眠っている街がただ静か見守っているだけ。

 そして決めた本人も『とんでもないこと』をやってのけた自覚はないようで、着地した瞬間にはすでに駆け出していた。

 

 

 

 ……そしてふと、寄り道をする。

 

 

 思い出のある公園を駆け抜ける。あそこのベンチに座ってクレープを食べて、すぐ後に銀行強盗があった。……冷たいものを食べると頭痛がするのだと初めて知ったのもここだ。

 

 

 もう改修が終わった建物の屋上を駆ける。……いまだにゲコ太のTシャツには袖を通していない。

 

 

 ……たまにお世話になる病院の前は、一度しっかりと立ち止まって一礼し、再び駆け出す。

 

 

 ……超辛のカレージュースは、いまだにあるらしい。激辛で有名な料理店で食事を食べてもそこまで辛くないように思えるのはあれのせいだろうきっと。

 

 

 迷子の少女は、今でもたまに迷子になるらしい。ジャッジメント・アンチスキル経由で、たまに連絡がくる。なんでも『ヒツジのお兄ちゃん……』とだけ告げるらしい。

 

 

 

 ――なんでもない日常の一日、そして――記憶に鮮明に残る思い出たち。苦笑してしまうようなものや、笑顔で目を閉じて思い出したいもの。空を見上げたくなるものや、とても少ないが、拳を握り締めてしまうものまで。

 

 コレだけの記憶があり、ほんの三ヶ月である。 

 

 

 『退屈しない街』……いつか聞いた言葉に、大いに納得しよう。

 

 

 そして、今日――。

 

 

 

「――……おかしいですね、寄り道した上にゆっくりきたつもりなんですが……私も気が逸っている、ということですかね」

 

 

 

 

 

 盛夏祭。

 

 恐らく、鮮明に残るだろう思い出の一ページになるだろう一日が、始まる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 鋭角な眼鏡を外し、整然と並ぶ一同を眺める。ふむ、と一息つき、マイクなど使わず、声を響かせた。

 

 

「諸君……私は盛夏祭が好きだ。諸君、私は盛夏祭が好きだ。諸君。私は盛夏祭が大好きだ。

 展示品が好きだ。オークションが好きだ。体験コーナーが好きだ。バイキング食べ放題が好きだ。

 廊下で、部屋で、大広間で、中庭で。

 

 この寮で行われるありとあらゆる盛夏祭行動が大好きだ。

 整然と並んだ寮生の一斉歓迎が来客を呆然とさせるのが好きだ。

 空高く晴れ上がった空にかの看板が映えている時など心がおどる。

                

 世間一般の少女が寮生たちのお嬢様っぷりに驚嘆するのが好きだ。

 その道のプロが寮生の展示品に圧倒的な差をつけられて膝を屈しているのを見た時など胸がすくような気持ちだった。

 

 なれない言葉遣いでワタワタしている寮生を見て呆れた。

 ちゃんと言えたというだけで感動してる諸君にある意味での感動すら覚える」

 

 

 

       ――中略――

 

 

 

「前日まで懸命に準備して、当日にガランとしているのは……とてもとても悲しいものだ。

 逆にとてつもない数の来客に翻弄されて何も出来なくなるのは、屈辱の極みだ。

 

 ……諸君。私は、盛夏祭を――完璧かつ完全な盛夏祭を、望んでいる。

 諸君、栄えある常盤台寮生諸君。君達は、一体何を望んでいる?

 

 更なる盛夏祭を望むか?

 イスに座ってただ呆然と過ぎ去るだけの盛夏祭を望むか?

 

 それとも、大歓声の中名残惜しまれるように! 幕を下ろす盛夏祭を望むか!?」

 

 

 

『盛夏祭! 盛夏祭! 盛夏祭!』

 

 

 

「――よろしい ならば盛夏祭だ。

 我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ。

 だが学業・就労の合間を縫い、一月もの間堪え続けてきた我々にただの盛夏祭ではもはや足りない!!

 大盛夏祭を!! 一心不乱の大盛夏祭を!!

 

 諸君らはわずかに一個中隊……100人に満たぬ学生徒に過ぎない。だが諸君はいずれは世界に名を馳せる存在だと私は確信している!

 

 諸君らを『ただの世間知らずのお嬢さま』と嘲る連中を叩き起こそう。

 襟首を掴んで引き摺り連れ、眼を開けさせ思い出させよう!

 

 諸君らが学園都市の五指に入る名門の生徒であることを!!

 連中に諸君らの有能さ知らしめてやれ!! ……さあ、征くぞ 諸君!!!」

 

 

 はい! という約70名の返答を受け、先頭を歩んでいく少s――ではなく寮監。

 

 

 

 ……そしてその行進の最後尾。付いていきたくないというオーラを全身から発する数名が、非常にゆっくりとした足取りで後に続く。

 

 

 

「……深音ー、私、頭痛くなってきたー」

「奇遇ですねー、私もです。……今日はお休みしましょうか、大事を取って」

 

 SOUND&HARPこと御坂兄妹を筆頭に黒子が続き、苦味の強い苦笑を浮かべた湾内、泡浮が続く。

 

「――なんですの? あの寮監の意気込みというか勢いというか……去年もああいう感じだったんですの?」

 

 一年生である黒子たちは当然、深音も知っているはずがなく。

 唯一前回を知っている美琴に聞いた黒子だが、彼女は力なく首を振る。

 

「去年はそもそもあんな演説なんかなかったわよ。……っていうかあの演説に他の子達が付いていけるのかすごい疑問なんだけど」

 

 

 彼女達を除く生徒の演説に対する呼応。それは息の乱れすらなく――まるでその演説が恒例の様に思えるほどだった。

 

 一年生までしっかり呼応していたのは凄まじい疑問であるが……。

 

 

「去年とは違って、何か気合が入ることがある、ということでしょうか……?」

 

 

 去年と違う点、ということで―― 一同はその人を見る。

 

 

「…………ほ、本当に、今日は大事を取って休みませんか?」

 

 

 

 本日、深音を除く全員に役目がある。

 

 逆を言えば、『今日何をやるのか一切わからない』のが、彼だけなのだ。やることがないのなら、と暇を貰おうとしたら却下されたので……確実絶対100%、何かをさせられるのだろう。

 危険はないだろうが、多分ろくなことではないだろう。そう確信を抱かせるだけの前例が寮監にはあった。

 そして、その気合が寮生にも感染……伝染しているということは――。

 

 

「――おかしいです。今朝ここに来たときは楽しい思い出が増えると思えたのに……」

 

 少し深めのため息を吐く深音。

 この人巻き込まれ体質だなぁ、と若干肩を落として進む深音を眺める四人は、苦笑するしかなかった。

 

 

「っていうか私も人のことどうこう言えないわ……」

「まあ、お姉様の場合は何をするのかが分かっているだけ若干マシな気がしますけど。それに、寮生の満場一致で決まったことですから」

「……私より『そういうこと』にふさわしい人なんていっぱいいるじゃない……まあ、決まった以上はやるけど……はぁ」

 

 二人して肩を落とし。同じような雰囲気を背中で語る。……なんとも、仲の良い兄妹ではないか。

 

「……深音ー、今からアンタん家に逃げない? 寮から離れれば一日くらいなんとか……」

「寮監さんから逃げられるとは思えません。……覚悟を決めましょう。私は、決めました……!」

 

 

 ……今から、生還の望みのない戦場に赴くような戦士の覚悟は、些か行き過ぎだと――全く思えないのだから、寮監は怖いのである。

 

 

 

 そして噂をすれば影――気合十分気迫満填の寮監が、盛夏祭のパンフレットだろうか冊子をダンボールで運んでくる。

 

 

「御坂、それに湾内・泡浮もいるな。お前達三人は他の寮生と一緒に玄関付近でパンフレット配りだ。御坂は分かるだろうが、自分たちの招待した来賓が来たときはそっちの案内に回ってもいい」

 

 

 ――血走った眼が、頼れる寮監の発言を台無しにしているのがお分かりだろう。

 

 

「深音君のやるべきことはパンフレットに書かれてある。君の役割は時間ごとに変わるから、しっかり目を通しておいてくれ――特に男子禁制の女子寮で働くキミは父兄の方々に、少なくとも好感をもたれなければならない。くれぐれも、お客様に粗相の無いように」

 

「――かしこまりました、細心の注意を払うようにいたします」

 

 しかし、言っていることは当然かつ大切なこと。深音もそれを理解し、執事としての自分で答える。

 

 ではな、とダンボールを美琴たちに渡し、足早に次の業務へと戻る寮監。

 

 

 深音は完全に執事モードに切り替えたのか、即座にダンボールを開いて一冊取り出し、『自分の役割』を確認しようとする。隣にいた美琴も内容を見ようとしたのだが、ページをめくるスピードが速すぎてギリギリタイトルのような見出しがいくつか確認できただけである。

 

 そしてほんの10ページにも満たない冊子はほぼ一瞬で最後のページまで開かれ……そのページを見た体勢のまま、深音は静止する。

 

 

 高速で動いていた視線は止まり、どこか遠くを……いや、ストレートに言おう。その眼は虚ろだった。

 見づらいと美琴が冊子を取るのだが無反応。

 

 

 そんな深音を見て、一体何が書かれているのだと四人は冊子を覗き込み――……。

 

 

 ……五人の時は、完全に止まったのである。

 

 

 

 

 

《 おまけ 》

 

 

 

「あら、寮監様のポケットからなにか……なにやらびっしりと――『名演説その47』……?」

 

「ほう、他人の物を勝手に読むとはいただけないなァ……そしてェ、それを見られたなら……お前をそのまま行かせるわけには行かないなァ……!?」

 

「ヒィッ!?」

 

 

 ……そんな鬼と哀れな女学生がいたりいなかったり……?

 

 




読了ありがとうございました。

 寮監様の改変が留まりません。留めるつもりがありません。

 誤字脱字・ご指摘などございましたらお願いいたします。
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