とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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君ヲ思フ声   14-E

 

 

 

 

 それは、虫が知らせるもの。

 

 

 それは、直感に訴えかけてくるもの。

 

 

 ――それは、胸を騒がせるもの。

 

 

 

 『それ』を予感させる言葉を簡単に上げてみれば、三つも簡単に上がってしまうほどに――『それ』は歴史を重ねても、時代が変わっても、文化を隔てても。

 変わらず人に降りかかり、訪れる。

 

 

 ……嫌な予感。――そう、ただの、予感だ。

 

 確実なことは何一つなく、確証を裏付けるだけの要素も何一つなく。 

 

 だからこそ、その予感に対し人は必ず決断を迫られるのだ。

 即ち、相対するか――目を背けるかという二択を。

 

 相対し、万全に備えたところでそれが空回りで終わることもあるだろう。むしろ、空回りすることのほうが多い。

 だがまれに……ごくごくまれに、的中してしまうことがあるからこそ。人は『相対する』という選択肢を捨てきれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――金属を思い切り殴りつけたような異音が、大きく路上に響き渡る。

 

「うわっ!?」

「な、何だよ今の音……車でも事故った――ってわけじゃなさそうだな」

 

 大きな音だから聞き間違いではなく、自分にだけ聞こえたわけではないということは周りの人間の行動を見れば明らかである。しかし、金属で真っ先に思い浮かぶ車道を走る車は平然と走行を続け、音の余韻すらなくなった今、何の変哲もありはしない。

 

 どこかの学校の、名も知れない学生たちは困惑したように頭をかきながら、再び歩き出す。今日は花火大会なのだから、楽しむ時間が短くなるのは惜しいと思ったのだろう。

 

「……ま、いっか。それより早く行こうぜ。もう待ち合わせの時間過ぎてんだからよ」

「あ、ああ」

 

 

 ――彼らがもう少し注意深く、また時間に余裕があったなら……『天辺付近が大きく歪み、まだかすかに揺れている街灯』という異常に、気付くことが出来ただろう。 

 

 

 そして、その似たような音と現象は……彼らの進む方向で、わずか数秒の間に数十メートル置きに発生し……二人と同じように、幾人かの足を止めていた。

 

 

 

 

 そして――はるか後方に過ぎ去っていくざわめきに耳を貸すことなく、心臓から放たれる激痛にかまうことなく――

 

 ……その全力を、解き放つ。

 

 

 ――コレで何事もなかったのなら。ただ自分が無意味に無茶をしただけ。

 自分で自分を笑って終わる。いや、もうするな・二度とやるなと義妹に――美琴にそれはもう厳重に厳重に釘を刺されたことをやっているのだからから、きっと雷を伴った叱責が待っていることだろう。

 

 

 

 ――それだけで、済むのなら。

 

 その程度で済んでくれるのなら、と。

 

 

 深音は、かつての爆発事件の際に行った限界駆動の――さらに一段階上を超える。

 

 

 

 夜空を彩る大輪の花が、わずかに遅れて聞こえる爆音を響かせる。

 心臓から生じる痛みは時間とともに――否。『近づいていく』ごとに強さを増していく。胸部が破裂していないのが不思議なほどの激痛の中、ギリギリでつなぎ止めている意識の隅で――出店の光を確認する。

 

 

 彼女は無事なのか。彼女たちは安全なのか。

 それを確認したら、倒れよう。どこかのベンチを見つけて――そこまで考えて、美琴を見つけた。目視ではなく、常人ではありえない強さの生体電量を感知することで。

 

 

 そちらを見れば出店より離れた位置。ひっそりと隠れるようにある高台のような場所。

 

 

 

 そこに、見つけた。

 

 

(無事――だ……みんな無事……ですね)

 

 

 

 

 

 無邪気に花火に向かってなにやら叫んでいる佐天と初春を。

 

 花火の音に、一つ一つビクリと反応している春上を。

 

 色とりどりの光を、珍しく子供っぽい顔で見上げる固法を。

 

 ほかの四人を無視して、恋人を気取ろうとしている黒子を。

 

 

 そして、そんな黒子を牽制しながら、花火を見上げている美琴を。

 

 

 今日ここで花火大会を見にこようと約束した六人が、全員いる。

 

 

 良かったと、一安心と息をつこうとして……口から出たのはうめき声にしか聞こえない苦悶。――息を整えようと深呼吸しても、呼吸にさえ激痛が走り咳き込んで、それがまた激痛を生むという悪循環。

 

 

 

「ぐ、う……っ!」

 

 脈動とともに走る痛みは、やがて花火の音すらかき消すほどに膨れ上がり――自身でもなぜ保てるのかという意識の中で、追い討ちを掛けるような今日一番の――強い予感を感じた。

 

 

 

 嫌な嫌な……絶対に阻止しなければならない予感を。

 

 

 そして、痛みに耐えつつ顔を上げてみれば……美琴たちが必死に手すりにつかまっていた。

 

 これが、固法が伝えてくれた超局地的な振動現象なのだろうか。実際、出店の周りにいる見物客は、花火に気を取られているだけで何も感じてはいないだろう。

 視認出来るほどに揺れている高台の根元から、巨大な亀裂が六人の立つ場所へと走る。建築の知識がなくとも崩壊するだろうと思わせるほどの亀裂は、その範囲を広げていき――。

 

 

 そして、思わせたとおり……連続した花火の音にかき消されながら、高台はもろく……崩壊した。

 

 

「まず、い――……」

 

 周囲を見る――誰一人、気付いてはいない。つまり、いまここで――何かを出来るのは深音ただ一人ということである。

 

 

 空中にあってはすでに重力の鎖にとらわれ、落下し始めている六人を助けるという、無理難題。

 

 この身体はもはや満身創痍。何もしなくても走る激痛は、何かをすれば想像を絶するものとなろう。

 

 

 

 

   ―――それが、どうした?―――  

 

 

 助けられるか、否か。という問題ですら、彼の頭の中にはないらしい。

 

 

 だが兎にも角にも現場にいなければ、なにも出来はしない。しかし、呼吸の余裕もない深音は初動のための酸素を得るすべがなく……肺に辛うじて残留していた酸素で血を燃やし、足に備わる筋力すべてを爆発させた。

 ――おそらく酸欠だろう。視界が明滅する。酸欠以外の問題でそうなったなら、後で診てもらえばいいと切り捨てる。

 

 

 大地は砕け破片は隆起し、超人でも――もはや化け物という言葉でも表現しえない力が速度へと変換され――深音に膨大なGとして襲い掛かる。

 

 

 

 ……突如舞い上がった土砂から、高台の真下まで。砂煙をラインが一筋描かれる。それをやけに冷静に確認した美琴は……そのラインが途切れ――深音が現われたことに目を剥いた。

 

 また、無茶をしている。自分の身体を省みない、自滅行為の様な肉体の行使をまたしている。 

 

 

 ――美琴はその事実に憤りながらも……心のどこかで、『そうなってまで助けようとしてくれる』ことにほんのりと火が灯っているのは――またいつか語るとして。

 

 

「……深音っ、ごめんっ!」

 

 

 ――任せた。言葉にはない思いに対し、深音は残念ながら返すだけの余裕がない。だからこそ、任されましたと胸中で返す。

 

 一つ目の奇跡。六人全員が密集して揺れに耐えていたこと。これは二つ目につながる。

 

 二つ目の奇跡。落ちている現在、六人全員が横にバラけていないこと。落ちてくる時間に若干の差があること。これは三つ目につながる。

 

 そして最後の三つ目――これは、奇跡ではなく必然といえるだろう。今の今まで深音にかかっていた負荷はすべて脚であり……腕力はほとんど万全で使えること。そして胸の痛みは最早、感じることさえ出来なくなっているらしい。

 

 

「……後一分でいい。持ち堪えてください……!」

 

 

 崩れた場所から順番に―― 一番最初に落ちてきた固法を可能な限り高い場所で抱えるようにしてつかみ、全身を、特に上半身に存在するすべての関節をクッションにする。急激な減速で多少圧迫され苦しいだろうが、大半の衝撃は深音の腕や肩、背骨に負荷としてかかっているからこそ『その程度』なのだ。

 

 そのまま固法を真下に下ろし、『目前に迫る瓦礫郡』の対処に移る。

 

 小さいもので頭大、大きいものでは人間大の瓦礫は、落下速度を伴えば凶器でしかない。それが十数もほぼ同時に落ちてきているのだ。固法を抱えて離脱するのは容易いだろう。しかし、それでは瓦礫の向こうにいる佐天たちの救出は不可能となる。

 

 ――固法が衝撃に備えて閉じていた眼を開き、真っ先に確認したのは両腕のすべてを……掌、甲、肘などの使える部位すべてを用いて、瓦礫をはじき捌く深音の背中だった。

 

「ッ!!」

 

 すべての瓦礫を捌ききり、ついで二人同時に落ちてくる佐天と初春も固法と同様に、全身で落下の衝撃を完全に殺す。全身から他人にまで聞こえそうな軋みが聞こえるがその程度は些事。

 

 二人を固法の横に下ろし――これで三人。

 

 あと、三人。もう、三人――。

 

 

 

 黒子は、深音のやろうとしていることをいち早く理解し、安全を考慮しなくていい手近な、テレポートできるだけの瓦礫を手当たり次第にどこかへと飛ばしていく。しかし自身のテレポートができるほどの冷静な演算処理はまだ出来ないらしく……この状況では事故を誘発しかねないため悔しそうだ。

 

「あとをお願いします……!」

 

 その黒子も受け止め、自分の立つ足元へ。

 

 ……コレで四人。

 

「深音!!」

 

 春上を抱いている美琴がすぐそこまで来ているが、その上にある瓦礫群も同時に殺到している。

 ……おそらく崩壊の本命だろう。美琴と春上を受け止めてしまえば、全員が瓦礫に飲み込まれ、助からない。瓦礫を避けるならば……美琴たちをあきらめるならば、少なくとも自身と四人の少女の命は助かる――

 

 

 

 

「……すみません、先生。約束を――破ります……!」

 

 

 

 わずかな罪悪感……そして、その罪悪感すべてを飲み込むほどの決意に満ちた言葉は――誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ……『全力』とは何か。いまさらながらに、いまさら過ぎるほど、美琴はそれを考えていた。

 文字通り、全ての力だろう。と今までなら……花火に見蕩れていたその瞬間までなら、そう答えていただろう。全力疾走なら何度もある。全力投球も、たまにある。……全力闘争は、不問として。

 

 しかし、自分の今後を省みない。――今ここで未来を閉じてもいい。という、そんな覚悟を持っての、自分を破壊しながらの『全力』とは、どれほどのものなのだろうかと。

 

 

 

「――こっちもこっちで、重症なんだね? ……とはいっても、『これ』はボクの管轄外なんだけれど」

「っ!? 深音はっ!?」

 

 浴衣姿の少女が、白衣の初老男性の胸倉をつかむ。――いつぞやにあったような光景だが、今現在の光景においては全てが違った。

 

 その場にいる人数も、そして、その場に鎮座する暗鬱たる気配も。美琴がいなければ、彼女と同じような行動をとっていた数名も詰め寄っていた。

 

「無事なのよね!? だ、大丈夫なのよね!?」

「お、お姉様――落ち着いてくださいな」

「どう落ち着けってのよ!? だってあいつ! あんなになって、あんな……っ!」

「……ですから、それを知るためにも落ち着かなければなりませんの。それに、深音さんが心配でどうしようもないのはお姉様だけではありませんの……」

 

 医師の胸倉から手を離し、周りを見る。綺麗だ綺麗だと互いに褒めあった浴衣はだいぶ依れてみっともなく――明らかに柄としての彩色ではない『赤』が異様を描いていた。

 

 美琴は冷静になれないだろうと判断した固法は、幾重にも感情に封をして、全員の代表として前に立つ。

 

「……先生、深音君と春上さんは……大丈夫なんですか?」

「その前に、『彼の身体』のことは……?」

「大丈夫です。私も含めて全員その、――(NEXT)のことは知っています。深音君から直接聞いています」

 

 固法の答えに、カエル医師はそうか、とほんの一瞬だが優しい顔になり――すぐさま医師としての顔になった。

 

 

「結論から言えば、二人とも大丈夫なんだね? 女の子のほうは気を失っているだけだ。――深音君は相変わらず、驚異的な自然治癒能力で絶賛回復中だよ」

 

 

 大丈夫、という報告に胸を撫で下ろす全員。美琴は居ても立ってもいられないのか、その脇をすり抜けて深音がいるだろう病室に向かおうとして、その腕をカエル医師に止められた。

 

 

 

「話は最後まで聞いてほしい。 ……回復中であっても、瀕死の重傷だったんだ。もし君たちが彼の元に行って、もし万が一彼が起きて、もし奇跡的に身体を起こしでもするのなら――本当に取り返しが付かなくなるよ?」

「ひ、瀕死って……そんなにひどいんですか? 深音さん……?」

 

 佐天の……嘘だといってほしい、冗談だと笑ってほしいという懇願をにじませた声を、否定することは出来なかった。

 医師である自分は、医療に関することにおいて虚偽を許されないのだから。

 

 

「――彼だからこそ瀕死で済んだんだろうね。彼の驚異的な耐久力と自然治癒能力――それは大抵の重傷を処置なしで、極短時間で完治させるが――その分身体にかかる負担はとんでもないものがあるんだよ。……だからその直後である今、彼を無理矢理にでも休ませなければならない」

 

 有無を言わせない。ほとんど命令のような口調で言い切った医師の言葉に、それでも駆けつけたいと、そばに行きたいという思いを殺しきれない美琴。

 自分が任せてしまったからという罪悪感。――そして、一番最初に出会ったときの……生を疑問に感じるほどに弱った深音を見てしまったが故の不安が胸の中で渦巻き、大きくなっていた。

 

「……話は聞いているよ。……彼は、君たち六人を助けるために命を掛けた。それに対して言いたいこと、詰め寄りたいことはみんなあるだろう……でもまずは、全員の命が無事であることを喜んでほしいというのが医者としての意見だし、それに深音君自身の願いでもあると思うんだけどね?」

 

 じっと美琴を見つめる中で、彼女の気持ちが次第に落ち着いていくことに笑みを浮かべる。そして、春上が眼を覚ましたという看護師からの報告を五人に伝え――少し急かすように、六人を帰路へと付かせた。

 

 

 

 

「――あの子たちは、お帰りになられたので?」

 

 そして、タイミングを計るように……一重にこの医師の采配によるものだが。美琴たちと入れ違うようにカエル医師の前に立つ、女性。

 

 

「子供は帰る時間なんだね? ……それにあんな事故の直後だ。ゆっくり休むことが一番の薬だよ」

「……それは残念です。私の立場としてはいろいろとお話を伺いたかったのですが……本職の方がそうおっしゃるのであれば、今日はやめておきましょう」

 

 

 数名の部下だろう人間を引き連れた、日本人離れした容姿の女性。テレスティーナ=木原がそこにいた。

 その眼はまだ医師には向いておらず、病院の自動ドアを通った美琴たちに向けられている。……だからこそ、カエル医師の目がかすかに鋭くなったことに気付かなかったのだろうが。

 

 

「それで? 先進状況救助隊がこの病院になんの用なんだい? ……表に随分物々しい車両があるけれど、そんな重装備で押しかけてくるほどの事態はここでは起きていないと思うんだけどね……?」

 

 捉え様によっては邪険にしているカエル医師の言葉を受けても、テレスティーナの笑みは崩れることはない。

 ――邪険に対応されていると捉えてなお、である。

 

 

「事後処理ついでの確認、といったところですよ。……ええ。もう、終わりましたが」

 

 それでは――と。

 もうここに用はないと言わんばかりの足取りで、カエル医師の横を去っていく。

 

 

 

 何を確認しにきたのか、などの疑問は絶えず脳裏に浮かんでくるが、自分はただの医者。管轄が違う、とため息をひとつ。

 

 

 

「まあ……年長者としての助言はさせてもらうよ。怪我をする前の事前ケアも、医者の仕事だろうからね?」

 

 

 きっとどこかで聞いているだろう、古き友人にそう告げて。

 

 とりあえず、自分を省みない問題患者の下へ、お説教をしに行くのであった。

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

 一度書き上げてから納得がいかず、一から書き直したためやたら時間がかかってしまいました……。
 
 誤字脱字・ご指摘などございましたらお願いします。
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