御坂 深音に依頼された内容は一つである。しかし彼の役目は、なぜか二つあった。
まず、子供たちを暴走状態に陥らせようとする信号からその一身を盾とし、子供たちを守ること。これが一つ目の役目である。
カエル医師が算出されたデータから予想するには、それにより襲い掛かるだろう痛みは『少なくみても』常人ではショック死するであろう痛みのおよそ数倍。使用できる中でもっとも強力な鎮痛剤を点滴しているが、抑えきれるものではないだろうとのこと。
さらに本人の要望により、万が一痛みで暴れたりしないよう彼が名指した筋弛緩剤が投与されている。
『痛みに耐えられなくなったら子供たちから離れる』という手段を、自ら閉ざしたのだ。
……これは一重に、彼の精神力の強さが成せることだろう。
――そして、二つ目の役目。
それは、深い――いや、深すぎる眠りにつくことだ。
夢すら見ない深い眠りの波長を、電極を介してリアルタイムで子供たちへと伝え、覚醒による暴走能力者への変化すら抑えるというもの。
これは深音がレベル4の電撃使いであり、美琴をも上回る精密操作力を持っているということもあるが、なにより深音自身の性格だと二人は語っている。
彼の人を安心させる雰囲気と、なんとしてでも守ろうとする根幹意識が『眠りながらの能力使用』という難題を無意識のうちに成功させている――らしい。
「…………」
自己犠牲の精神。
それは口で言うには容易く、行動に起こすとなれば難く――貫くとなれば、至難ともなろう。それを揺らがず貫いている彼は賞賛こそされ、非難を受ける謂れはない。
――ない、はずなのだが。
「――……はぁ、ったく」
月が沈み、日が昇り。
もうそろそろお昼ごはんを何にしようか、と悩む時間帯になってもなお、美琴の憤りは静まらない。むしろ、ぶつけるべき相手にぶつけることもできず、イライラは蓄積されていった。
(あ、あのー、白井さん? なんか御坂さん、めっさ機嫌悪いんですけど……なにやったんですか一体? 早いとこ謝ってくださいよ、話が前に進まないんで)
(わ、ワタクシは無実ですの! 弁護士を呼んでくださいな! っていうか佐天さん、貴方春上さんの件で昨日の夕方からワタクシと一緒にいたではありませんか……)
昨日の夕方から今まで。春上の無実を証明しようとした初春についていった黒子と佐天。なにやら進展があったのかだろうか、三人の目の下には薄っすらとではあるが隈があり、眠れないほどの何かがあったのだろう。
「はぁ――ほら。御坂さん。『報告し合おう』って呼びかけたのは貴女でしょ? ……それとも、深音君になにかあった?」
「ちが「そっ!? そうなんですか御坂さん!?」「初春っ! タクシー呼んで! あ、ここからなら白井さんのテレポートのほうが!」って、お、落ち着いてよ二人とも! 大丈夫、大丈夫だから!!」
落ち着いてなど居られるか、とばかりに美琴に詰め寄る佐天と初春を何とか抑え――
そこでやっと、周りを見る『余裕』ができた。
固法がなんらかの資料を片手に座り……黒子と初春、佐天が集っている。春上がクリスティーナの管轄する研究施設に滞在しているとのことで不在だ。
……自分が言い出して集ってもらった四人を見て――しっかりしろとばかりに自身の頬を強めにたたく。
全員が例外なく目の下に隈を作り……寝る間も惜しんで頑張っているんだと自分に言い聞かせた。
「固法先輩もそうやって爆弾を投下しないでくださいな……まず、お姉様。第一の確認ですが、深音さんは無事――ということでよろしいんですの?」
初春や佐天をたしなめつつ、しっかり深音の心配をしているのだろう。最重要だといわんばかりに黒子は真剣に美琴を見ていた。
「大丈夫よ……とりあえずは、ね。でもあの馬鹿、眠りながら無茶してるわよ。早く終わらせないと……!」
とりあえずがつく大丈夫――その表現に固法と黒子は表情を険しくし、無事であるということに初春と佐天は安堵のため息をついた。
「ではまずワタクシ達からの報告させてもらいますの。固法先輩が言っていた春上さんの事件との関係ですが――テレスティーナさんに行っていただいた検査で、今回の件に『関われる』ということが分かりましたの」
関われる。
関わっていた、ではない。過去形でも現在形でもないその言葉は――彼女が白――潔白であることを暗に証明していた。
「――詳しく説明してもらえるかしら」
「はい。おおよそはテレスティーナさんの言っていた推測のままですの。
……ポルターガイストの際に発生したRSPK症候群の特殊な力場が、春上さんの精神感応の受信の強度を大幅に上方修正することが分かったんですの。擬似的にRSPK力場を作るという機器を用いての計測でしたので――まず間違いないかと」
無関係――とまではいかないが、いうなれば的の外側も外側。春上以外にも捜せば数名は彼女と同じ状況の生徒がいるかも知れないらしい。
事件の鍵を握る、という固法の読みは外れた。ということだろう。
「で、黒子。関われる、っていうのはどういうことなの?」
「あ、それは私が説明します。……実は春上さん、お友達を探しているそうなんです――で、そのポルターガイストの時に声が、テレパスを通じて声が聞こえるらしくって。たぶん、そのお友達が今回のポルターガイストの基点になっている可能性がかなり高いみたいです」
(じゃ、じゃあ、あの子たちの中に……?)
佐天と黒子はすでにその結論を聞いているため、別行動をとっていた二人と違いその表情に変化は少ない。
力強い、自信にあふれた笑顔だ。
「テレスティーナさんのお話だと、春上さんの能力を解析逆探知してそのお友達の場所を探すか……それができなくてもポルターガイストの大まかな予測ができるようになるそうです」
春上の潔白どころではない。解決の糸口か対処の方法――春上は、そのどちらかを示せる重要人物になったわけだ。
解決に向かう方向に春上が『関われる』。春上本人も友人を見つけ出せる、という可能性があるため積極的に協力する姿勢だという。
「MARの皆さんはすでに解決と対処、両方の調査を始めているそうですの――ワタクシ達からは、以上になります」
専門家が手がかりをつかみ、解決へ向けて動き出している。そう時間をおかずに解決するだろうと三人――少なくとも、初春と佐天はそう思っているのだろう。
「そっちはだいぶ進展があったみたいね……じゃあ、次は私でいいかしら――私は木山先生について調べてみたんだけど――なんだか、医療関係で仮釈放されてるみたいなの」
「医療、ですの?」
かつて、レベルアッパーの使用者が意識不明になった際、大脳生理学者である木山に調査依頼が出た――最も、彼女自身がその犯人だったのだが――ことがある。それと似たようなものだろうと黒子は考えた。
事件との関係を思案する黒子と、それ以上の足取りはまったく辿れなかったと苦やしがっている固法。初春と佐天は九割方解決した気でいるようで、専門家が早期解決してくれるのを待てばいいと、今まで張り詰めていた糸を僅かに緩めている。
そんな中、美琴だけが冷や汗を流していた。
黒子たちの報告と、固法の報告。春上の友達という誰かと、木山 春生。
――つい数時間前に会っているのだ。その両方に。
「(――えーっと、これは……言ったほうが良い、のかな?)あ、あの、固法先輩! っていうか皆になんだけど」
美琴の報告で最後になる、この報告会。
「えっと、その……私、実はそのどっちにも会ってるのよ。春上さんの友達も、その……木山先生にも」
それは、この数日で一番の爆弾発言であり……固法でさえ、数秒の思考停止を余儀なくされた。
探していた木山が見つかった。それも、ポルターガイストの基点となる春上の友人と一緒に。
止まりかけた固法の頭は、二つのピースを手に入れたことで再び高速に回り始める。
「――説明してくれるわね?」
――固法を筆頭に、四人全員に詰め寄られた美琴に、拒否権はない。
***
『あの子達を助けるために君の力を貸してほしい』
自身がつい先日口にした言葉を、木山 春生は高速タイピングにより淀みなく計算式を打ち続けながらふと思い出していた。
子供たちがあの狂気の科学者、木原 幻生の……否。学園都市の実験台にされたあの日から、木山は一人だった。
……一人で、戦っていた。
科学者である。しかし、この子達の教師でもある。今の自分は何か、と問われれば『教師だ』と間違いなく彼女は答えるだろう。
あの実験以降すぐに教職を辞し、科学者として研究を続けているため正式な教師とはとてもいえないが。
さまざまな仮説を立てて、可能性を積み上げて……それでも明確な解決策に至らない。それも何度も何度も繰り返し――最後の手段として、木山は先の事件を起こした。
(……今にして思えば、なんだか滑稽だな)
焦っていた、と指摘されれば反論はできないだろう。子供たちを一刻も早くその眠りから救いたくて、思い悩む学生たちを利用しようと、いや、利用したのだ。
それは同じく学生たちの手によって阻止されたのだが――今は、阻止してくれたことに感謝していた。
そして、名前は知っていた名医によりわけも分からず仮釈放され――教え子たちと再会し、真実を知らされた。
実験の内容がそもそも違う、という事実を知ったときの衝撃は……とてもではないが筆舌できるものではなかった。根底が違うのだから、どんな仮説も可能性も回答に至るわけがない。
自分の数年の努力が水疱に帰したことを嘆くよりも、無為に子供たちの数年を棒に振ってしまったことを悔やんだ。そして、それを伝えてくれた名医に感謝して――再び、木山は戦場に立つ。
根底は定まった。自分の数年の努力は結果無駄となったが、経験は生かせる。事実、今まで可能性の欠片もなかった研究成果の中に、ほぼ確実といっていい可能性をもつ一案が作り出せたのだから。
残念ながらその一案は必要不可欠な因子を入手できなかったために保留となったが――そこから派生する代案はいくらでも作れるのだ。彼女の頭脳は止まることはない。
しかし、問題が起きた……いや、問題があった、というほうが正しいだろうか。
ポルターガイスト。RSPK症候群の同時多発。
子供たちは目覚めようとしている。しかし、目覚めてしまえば学園都市は崩壊する。その上、子供たちを利用とする輩も居ることが判明した。
起きようとしても、そうでなくても、学園都市の危機というわけである。
この子達をこんな目に合わせたのは、この学園都市だ――その報いだと、木山は微かにも思わなかった。
確かに、上層部や統括理事に何も思わないわけではない。子供たちを利用しようとする者も、学園都市の科学者の誰かだろう。
しかし、百数十万人の学生たちには何の罪もなく――それ以上に、目覚めたこの子達に、無用な『罪』の意識を持ってほしくないのだ。
……ただ目覚めさせるだけでは、だめなのだ。
あの笑顔も、守らなければならないのだから。
(しかしまさか、彼と組むことになるとはね……)
ではどうするか――という問題を、解決し、現在進行形で時間を稼いでくれている少年。
先日のことだけに、鮮明に思い出せる。――思い出して、苦笑をこぼしてしまった。
『分かりました。私は、何をすればいいんですか?』
何とか協力を取り付けようと口下手ながら言葉を探した木山がしばし呆然としても、仕方がないといえば仕方ないのだろう。
即断にして即決。条件反射にも近い了承。
なぜか木山のほうが戸惑ってしまい、その協力を鈍らせるような不利益の話を考え付く限りしたつもりだが、決意は揺らがず。
「一人ではない、ということがこんなにも心強いとはね……まったく」
1が3になっただけ。しかし増えた2が、とんでもないのだ。片や、学園都市――世界屈指の名医『冥土返し』の異名を持つ医師。
そして片や……執事。
「――いかん、疲れているのか?」
不思議な少年だとは思う。レベル4の電撃使いとは聞いているが、それだけではないだろうと木山は考えていた。そしてそれは正しく、医師から聞いた『NEXT』という、学園都市の暗部が行っただろう実験の被害者――そのただ一人の生き残り。
子供たちと同じ、学園都市の被害者。
むしろ子供たちよりも長く、そして辛く過酷な世界を生き抜いてきたのだろう。それでも彼は笑い、今こうして自分に協力し、子供たちを守っている。
木山の目指す理想の、まさに先駆者ではないか。
(なるほど……この不思議な安心感は、彼か)
絶えず動かしていた手を止め、隔離された壁の向こうを木山は見る。
救うべき教え子たちはもちろん、こんな自分を信頼し、眠り続ける少年がいる。
「ん……?」
そこで、気付いた。
乱雑にものが置かれたデスクの隅に、自分が淹れた記憶のないコーヒーが一杯。淹れて忘れていた、ということはたまにあるが、ソーサーの上に砂糖やらミルクを置くような上品なやり方を木山はしない。
淹れた人物は一人しかおらず、集中しすぎて気付きもしなかった自分に苦笑しているその人が容易に想像できた。
すでにカップそのものが冷め切って久しいコーヒーを、一気にあおる。苦いが、なぜか嬉しい。
「私には、もったいない人たちだな――まったく」
自分にできることは、精一杯その信頼にこたえるだけだ。そう決心し、再びキーボードへ手を伸ばし――
この部屋の、扉が開いた。
ここに入ってくるのであれば、協力者であるあの医師か、彼の妹だろうと思い振り返り――。
見知らぬ女と、知っている少女たち。そしてその他大勢がそこに居る。
……少女の一人は――どこか、うつむいているようにも見えた。
読了ありがとうございました。
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