とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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 停滞は、ない。

 むしろ、減速すらなく――目にも留まらぬとは、まさにいまの彼女のことだろう。静かに、しかし正確に。超高速の記録を更新し続ける。

 

 しかしその後姿を見ても、そんな大げさな言葉で飾るようなことをやっているようには、とてもではないが見えないだろう。――小柄な少女、それで十分に言い表せる背中だ。

 

 

「――いや、初春? アンタ、タイピング速度に更に磨きがかかってない?」

守護神(ゴールキーパー)の通り名は伊達じゃないってことね。――最強のブロッカーは最強のハッカーにもなれる。それがジャッジメントって……笑えないわ」

 

 

 学生の持つ、そこそこの性能しかない携帯端末が……まさか、国家セキュリティ並みのプロテクトが施されている衛星カメラの保管データにハッキングをかけているとは誰も思うまい。

 

 初春は端末の狭い画面上にところ狭しと浮かぶウィンドウ全てを把握し、情報を統括する。

 

「もう、少し――っ! ……やった! この数時間分の過去ログありました!」

「これで春上さんたちがどこに連れてかれたか分かるわね! それで、場所は!?」

 

 車外、窓の向こうから逆さまに覗き込んでくる美琴を筆頭に、画面を食い入るようにみつめる。ちなみに、車内にいるのが木山、初春、佐天、固法の四人。車の上に美琴と黒子、そして深音が乗っている。

 

 映し出されている映像は、流石にやや画像が荒いものの、大型車両を追跡するには十分だった。

 

 

 

「アイツが前を塞いでた車を押しのけて来たのがこの時で――その後から、よね?」

「アレが一番ヒヤッとしましたけどね――木山先生の車テクと御坂さんのレールガンが無かったらって思うとそれこそ、ぞっとしますけど……」

 

 

 

(……この衛星カメラ。やけに正確に追いかけてる気がするんだけど……気のせいかしら)

 

 

 真上から他人事のように見てはいるが、さっきまでの自分達であるという事実になんとも不思議な気分になるが――今はそれどころではないので置いておくとしよう。

 

 テレスティーナと、美琴たちのほとんど一方的な攻防の後、光る何かが放たれたと同時に、真横から乱入してくる影――まあ、深音なのだが――それが同じような光を放ち、相殺。

 

 

 それを見た美琴は一旦顔を起こして、片膝を付いている深音を見る。

 

 

「……アンタ、空飛んできたの?」

「? そうですよ? あと美琴さん、危ないです」

 

 

 あまりに軽い返答だった。いろいろと物申したい衝動に駆られたが、それどころではないのでこれも置いておくことにしよう。

 

 そして深音が来てからカメラは興味を失ったかのように、深音達を画面からフレームアウトさせる。カメラは高速道路の進行方向の、先へ、先へと進んでいき――相当離れた所で、目的の車両を捕らえた。

 

「……どんどん都市部から離れてますよね、これ」

「というより廃墟郡に向かってるわね……廃棄された研究所くらいしか使えそうな施設は無いはずだけど」

 

 固法は記憶を漁り、何かしらの事件の拠点にされた建物や、アンチスキルの作った資料にあった要注意建物をいくつかの候補に挙げている。

 

 しばらく走行を続けていた車両は、ある出口に吸い込まれるように向かっていき、そのまま今ではほとんど使われることの無くなった一般道へ移る。

 

「降りました! ……えっと、今の場所がここだから――木山先生! 二番目の出口です!」

「了解した! つかまれ、飛ばすぞっ!」

 

 最後のもうひと踏ん張り。あまり調子のいいとは言えないエンジン音とタイヤの摩擦の音が、今ひとたびの唸りを響かせた。

 一つ目の出口を早々に通り過ぎ、初春の指示した二つ目も、速度ゆえにすぐに見えてくる。

 

 

「ここを通ったのが20分前――あんまり余裕は無いわね……」

 

 

 レベル6。神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの――そんな理解の範疇を越えまくっている研究・実験が、どれだけの工程や時間をかけるものなのか、皆目検討が付かない。

 膨大なプロセスと時間を要するのか、それとも、意識不明の子供達と春上の存在があればボタンひとつで可能なのか。

 ――後者であれば最悪だ。そんな最悪を創造してしまった美琴は知らず手を握り、テレスティーナを退けて緩んでいた心をもう一度引き締めた。

 

 

「――ところで、深音。あんた、その……身体は大丈夫なわけ?」

 

 

 最悪の状況、というものを考えたとき。一緒に思い浮かんだのは、後ろで膝を付いている深音のことだった。美琴の隣にいる黒子も、顔を前に向けたまま意識を向けている。

 

 よく考えなくとも、深音の身体はさまざまな薬による強制的な眠りから覚めたばかりであり、かつカエル医師に尋常ではない負担と言わせるものに耐えてきたのだ。

 その上でよく考えてみれば、先ほどの人型機動兵器での超変態機動である。

 

 

「――実を言うと、相当やばいですね……」

 

 

 苦笑気味に、そう呟いた。

 やっぱり、と美琴は唇を噛む。深音がはっきりと弱音を打ち明けたことにびっくりしながら。打ち明けてくれたことに、場違いな高揚を感じながら。

 

 その言葉は下――車内の木山たちにも聞こえており、特に木山は誰よりもそのことに責任を感じ、ハンドルを強く握り――

 

 

 

 

 

 

「こんなに『空腹』を感じたのは、あの施設を出て以来です……」

 

 

 

 

 

 

 

「……空、腹?」

 

 

 

 

 ――風を切る音、走るタイヤとエンジン音。それだけの空間。

 

 真面目な声だ。真面目な顔だ。 ――だからこそ余計に際立ったのだろう。

 

 

 

「く、ふっ、空腹ってアンタはーっ!!」

「深音さんもですか? 実は私も……」

「はは、まあ、深音君は何日か実質抜いてるわけだしね。――これが終わったら焼肉でも行く?」

「ゴチになりますの、固法先輩」

「深音さん『に』あーん、か。深音さん『が』あーん、か……うっわ悩む」

 

 

 空気が、解されていく。張り詰めたものから、気負いの無い、日常に限りなく近いものへ。

 彼が意外と健啖家であることもあるのだろうが、それはほんのきっかけに過ぎないだろう。

 

 そんな中一人――木山だけは、やはりハンドルをきつく握っていた。

 

 

(弱音すら、君は言わないのか――)

 

 

 空腹、というのも嘘ではないだろう。子供達の防護壁になるために眠り続けていたため、ろくな食事はしていない。その上、幾度かの激痛に耐えるために相当なエネルギーを消費しているのだから、その飢餓感は想像も出来ないだろう。

 

 しかし、それだけではないはずなのだ。

 

 それ以上に、深音に使われていた薬。そして、いまだ癒えきったと断言できない花火大会での傷――。

 薬は、カエル医師が数分間もその使用を躊躇い、その危険性を三度告げ三度とも頷かれ、細心の注意を払って投薬量を計算するほど。傷は……表面上こそ何も無いだろうが内臓や全身の筋肉に、本来では歩くこともままならないダメージが残っているだろうとのこと。

 

 

 本来なら車から降ろして、アンチスキルにでも回収させて病院へ直行させなければいけないのだが――そんな状態でも、名実ともにこの中の誰よりも戦力になる深音に、木山は頼らざるを得なかった。

 

 だからこそ、一刻も早く終わらせるために。

 

 

 

 ――エンジンをさらに、唸らせた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ――意識が途切れる前の最後に見た光景を、春上 衿衣はしっかりと、それはしっかりと覚えていた。

 何年も前に別れ、そして、何年間も探し続けてきた親友。その少女が、目の前にいたのだ。早々忘れはしないだろう。

 

 お互いの顔を見た最後のあの日より、髪はだいぶ伸びて、身体も自身と同じ様に成長しているが、しかしそれでも、彼女だと。枝先 絆理だとすぐに分かった。

 

 

 しかし、再開に喜べたのはほんの数秒のこと。

 彼女は、眠っていた。声をかけても、瞼はピクリとも動かなかった。

 まさかと思い、その頬に手を触れ――しっかりと温もりがあることに少しだけ安堵した。

 

 どうなっているのか、どういうことなのか――それを聞こうとして、その部屋の異常に気付く。いくつもの仕切られたカーテンの隙間から、彼女と同じ位の年齢の少年少女が、同じように眠り続けている。

 

  それを含めて、自分を案内してきた女性に事情を聞こうとして――口元を何か布のようなもので塞がれて――そこから、記憶が無い。

 

 

 

 そして、現状。

 オレンジ色が視界いっぱいに広がり、春上はそこに寝かされていた。頑丈なアクリルで覆われているようで――身体を起こそうとして頭部を思いっきり強打して確認させられた。

 

 

(ここは、どこ――なの?)

 

 

 まず、知らない場所。という結論だけはすぐにでた。

 MARのどこかの施設――とは、あまり考えられない。アクリル自体がオレンジ色のため周辺の色は全く分からないが、天井がやたらと高い上に広い。壁や天井もボロボロだ。

 

 そして、視線を上から横に向ければ、だいぶ離れたところに十数人の研究者が、なにやら慌しく作業に没頭している。

 

「全然聞こえないの……」

 

 防音――いや、遮音という表現が正しいだろう。研究者達の声も聞こえないが、春上の声も向こうには聞こえないらしい。

 研究員達は鬼気迫る、といえばいいのだろうか。互いに怒鳴りあう(春上には聞こえないが)ように指示を出し合い、いろいろな機材をどこかに運び込んでいる。

 ……インテリ系のメガネが多いため、やたらと苦戦しているようだ。

 

 

 現状の確認は以上。

 まず何をするにも、ここに閉じ込められている状態では何も出来ない――のだが。

 MARの施設で検査を受けていた最中であったため、春上は検査服のまま。携帯電話なんて便利なものがあるわけもなく、誰かしらに助けを求めることは出来ない。消去法で自力での脱出しかないのである。

 

 故に、どう開くのかすら分からないオレンジアクリルを何とかするしかないのだが。

 手を付いて、押して。上下左右にスライドさせようとして。

 押してだめなら引いて――という言葉通りに引こうとして……どうやって? と愕然とする。

 

 

 ――意外と、普段どおりの春上であった。

 

 

(どうしよう……?)

 

 自力での脱出は難しく、かといって、外で作業している研究者達は自分をここに連れてきた張本人である可能性が高く、助けてくれるとはまず思えない。

 友人の絆理も心配になってきて、数分ほどうんうん唸っていた。

 

 

 そして、外で作業していた研究者達が先ほど以上に慌しく――というよりも、なにやら慌てている。数人が息を切らして走ってきて作業途中の研究者達に何かを伝えたかと思えば、それを聞いたものたちは次々に紙媒体の資料や機材をぶちまけている。

 

 そして、手を大きく振りわし――聞こえなくても、その口が『急げ』と叫んでいるのがわかった。

 全員がいなくなり、この部屋に通じる扉を、さらに大きな、分厚い扉が塞ぎ――。

 

 

 

 そして、春上は本当に、一人ポツンと取り残されてしまった。

 幸いにもこのアクリル――カプセルはちゃんと空気を循環させているタイプらしく、窒息などというすぐ目の前の危機はないようだが。

 

 

 

 

「初春さん達が気付いてくれる、だけど……」

 

 ――『待っているだけの自分』はもう止めていた。出来ることを、精一杯を

 美琴のように強い電撃を放てるわけでも、黒子のようにテレポートで抜け出すことも出来ない。映画や漫画みたいに、叩いて壊せるだけの力もない。

 それでも、諦める理由にはならない。それを、教えてくれた友達がいる。

 

 

 指が痛くなるほどに機械とアクリルの間に力をこめて。内側から空けられるスイッチなどが無いか懸命に探し――少しはしたないが、足でアクリルを押し上げてようと顔を真っ赤にしたが、びくともしない。

 

 

 少し休憩――と身体を休めようとして。

 

 

 

 カプセルが、揺れた。というよりも、この施設全体が揺れていた。

 

 

 

「な、なに――?」

 

 

 継続的、ではない、断続的なその揺れ。遮音されているにも関わらず、それを越えて聞こえてくる、鈍い音。何かを叩いているような、壊しているような音。

 

 

 扉に目を向けたのは、おそらく偶然だろうが――その扉が、分厚い扉が『膨らんでいた』。

 揺れるたびにその膨張は大きくなり、両開きの扉は必然的にその中央に歪みが出来る。

 

 

 その歪みを――現われた手が、こじ開けた。

 見覚えがある、最近知り合った、少し年上のお兄さん。

 

 

「深音、さん?」

(怪我はもういいのかな? あ、執事服じゃないの……)

 

 ――ツッコムところソコではない、というご意見はごもっともだろうが、どうか抑えていただきたい。

 

 こじ開けた深音の後ろには、こじ開けられた分厚い扉――もう隔壁だろう――と深音を交互に見る美琴たちがいる。

 手をぷらぷらと振っている深音――何をしたのか、どうやったのか、は……お察し願いたい。

 

 

 すぐに全員が我に帰り、春上に駆け寄り――木山はその奥、手すりの向こうから眠っている子供達を見つけて安堵のため息をついてる。

 

 

「――――!」

「初春さん……」

 

 

 声は聞こえない。しかし、涙目で安心している初春を見れば、それだけ心配をかけたのだと心が痛む。

 

 

 感謝の言葉を告げようとして、

 

 

 アクリルに邪魔されていることに気付いて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一気に血の気が引いた。

 

 

 

 深音がこじ開けた、その扉の向こう。毒々しい紫色の何かが、決して温かいとはいえない光を向けている。

 精神感応であるからだろうか、あの光から感じられる悪意が、紫の何かから伝わってくる殺意が――全身を硬直させる。

 

 

「う、初春さん! 後ろなの!!」

 

 声は、届かない。ぎこちなくしか動かない身体でアクリルを必死に叩くが、初春たちは苦笑して『待っててください』と口を動かすだけ――。

 

 固法と黒子は、どうやったら開くのか操作盤に向かっている。美琴と佐天は、互いに終わったと顔を見合わせている。木山は、子供達のところに降りる階段か昇降機を探していて――。

 

 

 ……深音だけが、春上の異常に気付けた。

 安堵ではない、焦り。そして、その視線の先。

 

 

 

 

 ――深音が全力で振り返るのと、その砲撃が放たれたのは――無情にも、同時だった。

 

 

 




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