常盤台中学校。
第七学区の南西を占める五つのお嬢様校が集う<学舎の園>。その五校のうちの一校である。
入学の条件としてレベル3以上であることが前提とされる上に、授業内容もその辺の高校よりもずっと進んでいる、まさにエリート校なのだ。
壁に囲まれた学園都市の中で、もう一つの壁を設けて外との繋がりを制限し、当然ながらその空間は例外を除き完全なる男子禁制。その数少ない例外である用務員や教師も、年配の男性でしかない。年頃の男子達にとって、そこは夢のような空間といえるかも知れない。
……しかし逆を返せば、年頃の少女達に一切の出会いを与えない空間とも言えるわけである。
名家の子女が多いこともあり、父兄の大半には喜ばれてはいるが。
「おはようございます、お嬢様」
「は、はい! お、おはようございましゅ……あ!」
では、そんな学校に通う少女達の住まう女子寮に……
「こちらが本日の朝食になります。スープの器がお熱くなっておりますので、どうかお気をつけください」
「はいぃ……」
「御用がございましたらおよび下さい……では」
美形と称して障りない少年が執事として現れたら、一体どうなるであろうか。
……まあ、結果はすでにご覧頂いたとおりなのだが。
「今朝からコレで5人目ですのね……というより何ですのあの完璧執事は?」
「あー、そういや、黒子はジャッジメントの仕事で殆ど見て無かったっけ。……寮監があいつを一日拉致監禁して、一週間にも満たない経験が生んだ結果よ。……見なさいよ、あの寮監が必死ににやけ顔を隠そうとしてまー……」
常盤台中学校の二つある女子寮のうち、学舎の園外部にある寮。
規則正しい生活を送るお嬢様たちは、定刻通りに朝食を摂るべく食堂に集う。黒子、美琴ともに食事は終わり、登校までの時間をゆったりと過ごしていた。
そんな中、黒子は至って普通に食後の紅茶を楽しんでいるのだが、対面に座る美琴はどこか不機嫌そうにカラのカップを咥えてカチカチ鳴らしている。
(同じ苗字なのはいいわよ、私と殆ど変わらない名前だから韻もいいし。パパとママが喜んでるくらいだから家族ってのもまあ、そんな変な奴じゃないし別にいいんだけど……)
「何であいつが『兄』で私が『妹』なわけ……?」
しかし、そのイラつきも一週間のうちに再々々々・・・・燃焼モノで爆発力に乏しく、ご家庭にある簡易消火器すら使うかどうか、というレベルである。
「しょうがありませんわ。深音さんの年齢は医学的に15から17歳とのことですし、中学生のお姉様より年上ですもの。身長などの体型からもお姉様の弟には見えませんの」
そしてそれを発火の回数分鎮火させてきた黒子の対応も、慣れを超えて半ば事務化していた。それゆえに美琴も爆発力のないくすぶりを貯めていく悪循環である。
(ママなんて『何で私に名前決めさせなかったー!?』だもんなー……たまにメールで名前の候補が送られてくるし)
御坂家は非常にウェルカムな体制で深音を迎えたらしい。御坂両親と深音は一度として顔どころか声すら交わしていないのだが、『美琴が平気ならば問題ない』とのこと。
そして、美琴が『深音』という名前をつけたその翌日。常盤台寮監による常盤台執事育成計画がスタートし、そのまた翌日にはそれが終了した。
そしてそのまま実戦投入され、一週間。
……一体この場にいる誰が、いまそこで朗らかな笑みを浮かべ完璧なる作法を持って執事としてある少年が、十日前は生きた木乃伊でしかなかったと思いつこうか。立ち回りや言葉一つとっても熟練の執事そのものであり、実家で執事を雇っているお嬢様方にすら通用しているのである。
「黒子としては、いまだに常盤台……いえ、学舎の園そのものがこんなにもあっさり了承したことの方が驚きですわ。優秀な教師を若い男性だから、という理由で追い返したほどですのに……」
まず間違いなく、食堂の隅でニヤケるのを我慢している女傑が関与してるであろうと確信はあるが、悪戯に猛獣を逆撫でようとするほど黒子も美琴も命知らずではない。
「うぅ……ま、またお名前を聞きそびれてしまいました……もう一週間も経ったというのに……!」
「やややややりましたわ!! わ、ワタクシ先ほどお名前をお伺いしましたっ、字はどう書くのかは分かりませんが『ミサカ ミオト』様というらしいですっ」
「それは本当ですか!? ん?……ミサカ? それにそのお名前の響きからして御坂様の? ……言われてみれば御坂様の面影が」
(ねぇよ)
普段は静かな食堂なのだが、深音の近くを除いてヒソヒソと内緒話が耐えない。一瞬にして深音の名は広まり、時折美琴と深音を見比べて、妙に納得した顔で――何故か頬を赤らめる少女までいた。
「私とあいつの何処が似てるっていうのよ……」
「ま、まあまあお姉様。変な勘ぐりされないだけでも良しといたしましょう――さ、そろそろ時間ですの。学校へ向かうといたしましょ」
黒子の言葉を皮切りに、周囲の女生徒たちも時間を確認して慌てだす。まだ遅刻を想定する時間とは程遠いものの、常に余裕を持った行動を、といわれ続けているお嬢様ならではだ。
深音は足早に寮の玄関まで移動し、一人ひとりを見送る。
「皆様、どうか道中御気をつけていってらっしゃいませ――」
背筋を伸ばした斜め45度。しかも、年齢の近い男子の『いってらっしゃい』。異性との接点が少ないお嬢様たちは、一週間経った今でも慣れていないようで、ギクシャクと油切れの酷いブリキのようにぎこちない会釈をして退散していく。
全員が寮を出たのを確認し、姿が見えなくなるのを確認してから頭を上げる。
「……ふむ。完璧だな深音君。寮生も男性の目があるからか、羽目を外すことが少なくなったよ」
「いえ、明らかに余計な緊張を強いているようにしか思えませんが……?」
「その緊張がいい薬、ということさ。……それに、ここも相当だが、学舎の園では男性との接点がなさすぎる」
深音が『学舎の園』の関係施設、というより常盤台中学の学生寮で行動できる特例の理由。それは、男性への免疫を作ることである。大抵のことは園の中で済ますことが出来るものの、それでも外へ出なければならない状況というものもある。
特に常盤台などは休日でさえ制服の着用が義務付けられているため、一目で所属が分かってしまうのだ。高額の奨学金を得、かつ暴力沙汰とは無縁の彼女達は、能力レベルの差はあれどスキルアウトたちにとっては美味しい獲物でしかない。
事実、過去に幾度も学舎の園の女学生が襲われたという事件があるため、少しでも意識向上に繋がるならば、と各学校の幹部達を納得させたのだ。
……寮監が。
「さ、君もそろそろ時間……といいたいが。今日はこのまま常盤台中学のほうへ行ってくれ」
「……はい?」
深音は自身が世間知らずであると理解している。
悪く、本当に最悪の言葉で言ってしまえば、彼は生まれて間もない時期からある意味の引きこもりである。世間の常識など知らず、知識としてあるのは日常会話程度の語学力と、膨大な戦術データのみ。
ゆえに、高校で担任として名乗り上げてくれた小萌に頼んで、普段の学業とは別に一般常識の勉強もしている。たった一週間ではあるものの、睡眠時間をギリギリまで削った努力は相当なものだ。
だからこそ、女子中学に行け、という男子にはまず言わないだろう常識にも疑問を持つことが出来た。
「えと、なぜですか?」
「今日は普段の学業を全面休止して生徒の能力値を測定するシステムスキャンの日でね。君の高校では君の能力の詳細を図れないらしい。その点、常盤台中学は御坂(レベル5)もいるし、生徒全員がレベル3以上。計測にはもってこいということだ」
理に適い、筋も通っている。しかし、少し足を伸ばして他校の、共学校の測定器を使えばいいのでは、という言葉は――
「近場にあるのだからいちいち遠出する意味はないだろう」
という、実用性重視の言葉につぶされた。
「このまま……ということはこの格好で?」
「当然だ。私服や高校の制服では不審者扱いされかねない。というより、この寮と学舎の園にいるときは執事服だ」
キラリと光る眼鏡が、言葉にした以外の理由を物語っている。
そしてそれに追求することは危険である、と深音は悟った。
「……かしこまりました。それでは――私も常盤台中学へ。行ってまいります」
執事モードに入り、掌を胸に当てて恭しく一礼した後、深音は文字通り――姿を消した。
「ふむ。……やはり、私の眼に狂いは無かったか」
1人残った寮監は、鼻の奥に感じた鉄のにおいを、上を向いて押さえながら自身の業務に戻っていった。
……ちなみに、寮監の執事知識の根源が漫画などの空想からであったりする。一流の執事の必須スキルなど上げるあたり、相当な重症なのだ。
<おまけ>
「……困りました。道が分かりません」
案内板の前で途方にくれる執事がいる、という噂が流れたとか流れなかったとか……。
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