とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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必要悪/不必要善   22-1

 

 

 左肩甲骨、および、左部第二肋骨から第十二肋骨の背面側の骨折――否、切断。

 

 左肺裂傷。ほか臓器にも浅くない刃裂傷。

 

 失血過多。少なく見ても、常人が失血死するであろう二倍の損失。

 

 

 

 ……【処置中】とランプが灯るその扉の、すぐ脇。高級な白いティーカップを髣髴とさせる純白の修道衣を纏うインデックスが、ことの発端となった白いベールを抱えて座り込んでいた。

 身体を丸め、その両膝に顔をきつく押し当てて――扉からかすかに聞こえてくる生存を伝える機械音を、一度たりとも聞き逃すまいとしていた。

 

 

 やや離れた位置に、そんな彼女と扉を交互に見つめ、落ち着きなくソワソワと何度も居住まいを直している神裂。そしてその対面に、病院では流石に自粛しているステイルが火のついていないタバコを咥えて壁に寄りかかっていた。

 

 

 ――最悪の事態を想像し、それを否定するために路地を走っていたステイル……そんな彼に飛来してきたのは、長大な刀……七天七刀だった。

 聖人が投げたそれは長刀本来の重量も相まって立派すぎるほど凶器であり――とっさに回避できたのはきっと今年一番の幸運だろうとステイルは考えていた。

 

 

(しかし神裂も、人間だったということかな……)

 

 

 上記の通りの致命傷。浅く、今にも途切れてしまいそうな呼気。それを見たステイルは、即座に深音を手遅れだと判断した。その身体をゆすり声をかけるインデックスと、その血に汚れながらも、必死に血を止めようとしている神裂を止めようと歩み寄り――。

 

 

    「……今か、ら。言う病院に運んでいただ……けませんか?」

 

 

(……死に掛けてる人間の行動じゃないよあれは) 

 

 

 神裂は冷静な判断が出来ず、インデックスにいたっては軽く錯乱もしていた。何かを言えばしゃべるなと遮られ、動こうとしても押さえつけられる。

 深音に取ってなにより幸運だったのが、インデックスでも神裂でもなく、冷静であり、冷酷な判断をしていたステイルの存在だったのだから皮肉だろう。

 

 そして最低限の止血を済ませ、ステイルが深音を担ぎ――カエル顔の医者に手渡したのが……もう一時間ほど前になるだろうか。

 

 

「……しかしまさか。君がその剣を忘れるほど動揺するとはね」

「……言わないでください」

 

 

 半眼のステイルの視線を避けるように顔を背ける神裂。七天七刀を抱えて、バツの悪そうな彼女を見るのは稀かつ久しぶりだった。

 

 

 

「っ!?」

 

 ――それ(・・)に誰よりも真っ先に反応したのは、誰よりもそばにいたインデックスだった。

 処置中という赤いランプが消灯し――安堵するか涙を流すか、そのどちらかになるかの結果が終わったことを知らせている。

 

「カエル! ミオトは!?」

 

 それが、出てきたカエル医師の行く手を阻むように両手を広げたインデックスの第一声である。

 

 

「とうとうドストレートにそれを言っちゃったね? いや、まあいいんだけど。かなり危ない状態だったけど、問題ないよ。意識もしっかりしている――このままこの部屋を病室にするから……まぁ、話を聞かせてくれないかい? ……もちろん、そこの二人もね?」

 

 

 神裂が、強く刀を握り締め――穏やかなカエル医師の視線と、激しい怒りを向けてくるインデックスの視線に答える。

 

 

「そこの『それ』はかまわないが、アナタは無関係者だ。……無闇矢鱈に関わるな、と言いたいんだが?」

 

「僕は医者だ。患者に起きたことを知る義務がある――と答えるよ……それに、からっきし無関係というわけではないんだね? とはいっても『知っているだけ』だけど」

 

 

 睨む……否、そこまで剣呑な目つきではない。カエル医師は変わらず穏やかで、ステイルは真意を見ようという思惑があったのだが……ステイルが折れて、静かに頷いた。

 

 

 そのままカエル医師を筆頭に、消毒液のにおいが強く残る病室に二人(・・)が入っていく。

 

 

「……」

「す、ステイル! 入ります! 入りますから離してください!」

 

 

 加害者の後ろめたさ、とでも言うのだろう。病室の一歩手前で相当躊躇っていた神裂だが、ステイルに肩を掴まれてそのまま引きずり込まれた。

 

 その光景を見て苦笑を浮かべているカエル医師と、今だ敵意を示しながらもどこか思案顔のインデックス。

 そして、ベッドにありながらも既に上半身を起こし、髪を下ろした状態の深音が眼を瞬かせていた。

 

 

「さてと。まず何から聞いて――いや、ボクから話したほうがいいのかな? 君の容態とかいろいろとね」

 

 

 神裂が医師の言葉にかすかに、ビクリと反応する。

 そこでようやくステイルは疑問符を浮かべるようになる。聖人の彼女にして、魔術結社の、それも戦闘の部門に所属する身でもあるのだ。人を斬ったことなど初めてではないし、ステイルは知らないが、命を奪ったこともあるだろう。

 

 若くして、歴戦。それはステイルも同じことだが……そんな彼女が何故ここまで動揺しているのか、それが彼には分からなかった。

 

 

 もっとも、ステイルとて冷静ではあるが内心では深音の無事を「よかった」と感じてはいる。

 

 

 なにせ、深音はインデックスの危機を、文字通り自身を盾にして守ってくれた人物である。素人が魔術に不用意に関わったがための自業自得、と嘲笑を浮かべる反面、本気で感謝もしていた。

 ゆえに、疑問が尽きない。

 

 神裂の挙動不審さは、今のステイルとはあまりなにもかけ離れているようにしか思えなかったからだ。

 

 

「君が運び込まれたときは少なからずビックリしたよ? 今まで何をしなくとも重傷から快復していたからね。今までボクは医者らしいことはなにも出来なかったから……そういう意味ではボクの矜持的に嬉しいことだけど」

「……すみません」

 

 

 カエル医師の言葉が痛い。棘は一切ないのだが。

 

 

「それで、君の治癒能力が発動しなかった原因だけど――綺麗に斬れ過ぎていた(・・・・・)なんていう、普通ならあり得ない理由なんだね?」

 

 

 医師曰く、治す側にとっての切り傷は二種類あるという。単純に、綺麗かそうでないか、の二つだ。

 切り傷が綺麗、というのは切断された神経や皮膚の細胞の損傷が少なく、後遺症や傷跡を残さず短期間で治癒が可能なのだという。……二つ目は、要所の言葉を真逆にすればおおよそ伝わるだろう。治癒に時間がかかり、後遺症や傷跡が残るのだ。

 

 しかし、深音の背中に負った深い裂傷。これはこの二つのどちらにも当てはまることはない。

 余りの鋭さゆえか、それとも重なる偶然が生み出した事象か。深音の身体が、一切『斬られた』と反応することのないほどに、その傷は綺麗過ぎたのだ。骨も肉も、血管や臓器さえも。細胞が全く傷つくことがなかった故に、『傷を負った』という事実そのものを身体のほうが認識していないかった。

 

 

 傷がなければ、超絶な回復力も機能しない。

 神裂の凄まじい技巧と、深音のずば抜けた身体制御が相乗して悪い方向に向かった故の不幸といえなくもないだろう。

 

 

「やっと君にこれを言えるよ。『しばらくは安静にね?』……君が意識しているから治癒はし始めているけど、細胞に損傷がないから治りはいつもより遅いから、そのつもりでね?」

 

 

 釘を数本連打で打ち付けられ、深音は完全に反論を封じられてしまう。

 ……最後に、『それでも無理をするんだろうね』という意味を盛大に込めに込めたため息を一つこぼし、名医の診断報告は終わる。

 

 

 そして、主導権は宙に浮く。

 

 インデックスは変わらず神裂とステイルを睨み、深音のベッドを境界線に見立てて相対している。逃走しないのは、一重に深音の安全が確立できていないからだろう。

 その深音も、判断材料の少なさゆえに行動を起こすことが出来ない。――行動する必要がないことを、ステイルと、特に神裂から感じ取れたのでインデックスほど緊張も身構えもしていないが。

 

 神裂は……彼女を知るものが見ればアングリと口をあけて呆けるだろう。それくらい挙動不審、キョドっていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

 面倒なこと、と考えため息をつきつつ……宙に浮いた主導権を、ステイルが握ることにした。

 

 

「とりあえず、こんな意味不明な状況になってしまったのはなぜか……という前に、お互いの自己紹介でもしておこうか」

 

 懐からたばこを一本とりだし、医師が僅かに顔を顰めたのを確認して――先端を発火させる。マッチでもライターでもなく、他人から見ればかってに火が付いたとしか思えないだろう。

 

「僕はステイル=マグヌス……魔術に関してはインデックス(それ)から聞いているね。イギリス清教という組織に所属しているよ」

「お、同じく神裂 火織です! あ、えっと……このたびは本当に申し訳、いえ、ありがとう……でもなく……」

 

 本当にコイツどうしたんだ? という眼を神裂に向ける。

 

 ついで、その神裂に苦笑を向けている深音に眼を向けた。

 

 

 

「――ご存知とは思いますが(・・・・・・・・・・)、御坂 深音です。所属はしいて言えば……高校生? もしくは、常盤台に雇われている執事になります」

 

 

 インデックスは、相変わらず。

 神裂は二の句をどうにかして探そうと必死で。

 

 ……そんな自分の合方に、ため息をつくステイルを、唯一の被害者だろう深音が苦笑する……。

 

 

「殺伐とするかと思ったけど、なんだろうね? この肩透かしな空間は」

 

 

 

 カエル医師の的確な発言に――ステイルは一人、もう一度ため息をついた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……しまった」

 

 

 口について出てきたのは、後悔の声。声色からして相当悔しそうだが、しかし内容はとても軽そうである。

 

 

 コンビニの雑誌コーナー。分厚い週刊誌を開いた美琴の呟きだった。

 

「なんか忘れてるとおもったら先週立ち読みし忘れてた……!」

 

 内容が、しっかりきっかり一話分すっぽ抜けている。しかも、いくつかの物語は山場であったはずだ。――とたんに読む気が失せていく、がしかし、ここで読まなければさらにもう一話分、実質二話分の内容が抜けてしまうことになる。そうなると……。

 

 

「むぅ……」

 

 

 ……ただの立ち読みに、ここまで真剣に悩む女子中学生というのも珍しいだろう。

 

 

 

 ――ゲコゲコゲコゲコゲコ♪ ――ゲコゲコゲコゲコゲコ♪

 

 

「ひぃ!?」

 

 すぐ近くで雑誌を吟味していた女学生が大げさなまでに反応する。いやにリアルな両生類の鳴き声は、さも当然の用に美琴が取り出した携帯から流れており――。

 ……あからさまに安堵して、若干信じられないようなものを見る眼で、美琴を眺めていた。

 

 

「ん? リアルゲコ太……?」

 

 画面に表示されている内容を読めばそうなるだろう。彼女の中で、その呼び名で確定して……。

 

(あれ? でも待って――何で私の番号知ってるの? 私登録した覚え……)

 

 

 

 確定していて、その番号を登録した記憶が、無い。

 思い出そうとしても、酷いもやがかかったように思い出せない。自分は健康優良児、医者からダイレクトにかかってくる番号を登録する意味は無い。しかし、こんな名前で登録するのは、自分以外にはまずいない。

 

 だから、美琴自身が登録したはずなのだが……では、それがどれくらい前か、何時くらい? と考えている最中にも、カエルの合唱は続き――出たほうが早いのでは? という結論に至った。

 

 

「……もしもし?」

『ああ、やっとでてくれたね? ――本当はご両親にするんだけど、一番近くにいるのは君だからね? 君にも連絡くらいはしておこうと思ったんだよ』

 

 

 声も知っている。やたらと疑問符が語尾に付く、聞いていて落ち着ける声。顔も思い出せる。でも、『何か』を思い出せていない。

 

 

「えと……?」

『深音君がまぁた無茶をしてね? それも、今回は今までと違ってかなり怪我の度合いも大きくて治るのに時間が――……? もしもし?』

 

 

 

 

 みおと。

   ――誰? でも知っている。

 

 ミオト。

   言いなれている。それもとても。それほどまでに呼んでいる。いつも。

 

 

 深音。

   ――御坂 深音。……悔しいが、いやそうでも無いが。そばにいるだけで安心できる、義兄。

 

 

 

「……深音っ!?」

 

 

 

 記憶にかかっていた靄が、一気に晴れていく。そしてどうじに疑問が思考を埋め尽くしていく。

 

(私がアイツを忘れてた!? なんで!?) 

 

 

 隠されていたからだろう、一気に蘇ってきた深音に関する思い出。――医師の連絡先は何時だったか、予定より相当早く退院する深音が誤解しないようにと、深音に教えてもらったものだ。

 

 

「え、待って、怪我ってどういうことよ!?」

『……それが結構深くてね? ちょっとどころか結構危なかったんだけど……もう一通り治療も終わって――……? もしもし? 聞こえているかい? もしも――』

 

 

 雑誌を戻す時間。自動ドアまで駆ける時間、そのドアが開く時間。現在位置を確認して、病院までの道を再確認する時間――。

 その全てか、うっとおしいほどに邪魔だった。

 

 

(私が深音を忘れる!? なんの冗談よそれ!? 私がアイツを忘れるなんて絶対にあり得ない――まさか、能力者の攻撃……!?) 

 

 真っ先に考えつくのは、精神操作系の能力。常盤台のもう一人のレベル5(超能力者)……彼女の人を小ばかにしたような笑顔(美琴主観)が思い出されるが――首を振って否定。電磁波の守りがある美琴には効果はない。

 

 

「あっれぇ? 常盤台のお嬢様がこんな時間に、こんな場所出歩いてていいのかなぁ?」

 

 

 ニヤニヤした、いかにもないやらしい顔をぶら下げた男が二、三人。そんな連中がタイミングよく……大方、コンビニから出てくるところを待ち伏せていたのだろう。

 

 ――なんとも、不幸な二、三人ではないか。 

 

 

 結果として大切な人を忘れていたという自身への苛立ち。怪我をするほどの無茶をしたという深音に対する苛立ち。

 なぜか急げ!と叫んでいる感情から来る焦り。医師から僅かに聞けた『危ない』に対する焦り。

 

 

 ――僅かな僅かな、フラストレーションのはけ口に、自分むからなりに来たのだから。

 

 

 残ったのは、最後まで人数がはっきりすることの無かった、二、三人ほどの真っ黒な何かであった。

 

 

 

 

 

「深音!?」

「!? て、敵襲なんだよみおと!! 迎撃……あれ? 誰!?」

 

 

 扉を蹴り破ってきた美琴。椅子に座って船をこいで、ビックリして混乱している白い少女。

 

「み、美琴さん、ここは病院ですのでお静か……になりましたけど、えっと……?」

 

 そして、ベッドの上で上半身を起こし……胴体にこれでもかと包帯を巻きつけた深音がいた。

 

 

 顔を見る限りは大丈夫そう。しかし、表情で判断は出来ない。こと、こういう状況での深音のポーカーフェイスには何度かだまされている美琴だ。だからこそ、大げさなまでに包帯を巻かれた、身体にて判断する。

 

 

 手当てをしたのは、きっとカエル医師。無駄な治療はしないだろうから、それだけ大げさにしなければならないほどの怪我をした、ということだろう。

 

 

 

 

「いっつも……いっつもいっつもいっつも……!!」

 

 

 

 深音の顔が、苦笑のまま引きつるという器用な表情を作る。美琴の背に気炎が見えるようではないか。まあ、実際、バチバチと高電圧を容易に想像させる電撃が迸っているわけだが。

 

 

 

「無茶すんなって……言ってんでしょうがゴラァァァァアアアア!!!」

 

 

 寸でのところで『ここが病院だから』という理性が……ではなく、『深音に電撃は通用しない』という本能から、電撃を収める。

 

 

 そのまま、跳躍。空中で身体を横に、一転――二転。三転。回転を加え、遠心力を上乗せしていく。そして、見事なバランス感覚により右斜め四十五度から振り下ろされた踵は――正確に深音の首に吸い込まれ……

 

 

 

「させないんだよ!」

 

 

 外野と思われた少女に防がれた。

 交差した腕、細い腕に着弾し――美琴は一瞬焦り……気味の悪い衝撃に顔を顰める。

 

 

「なにこの短髪!? いきなり病室にやってきて怪我人に暴力とかあり得ないかも! そんな傍若無人、このインデックスさんが許さないんだよ!!」

 

「あんたこそ誰よ! っていうか今何したのよ!? あと短髪って言うな!!」

 

 

 

 お互いに噛み付きかねない勢いで対決する二人、取っ組み合いにもなりそうな騒動は――カエル医師がやってくるまで続いたそうな。

 

 

 




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