さて、無事に合格出来たはいいが試験はまだ終わりではない。私は合格するまで自分のブロックの試合にのみ意識を向けていたが、実は1ブロックの試合と2ブロックの試合は交互に行われていた。なので現在私の他に合格者は4名。第一試合勝者ゴンさん、第二試合勝者クラピカ、第三試合勝者ハンゾー、第四試合勝者ヒソカがその内訳である。
残す試合もわずかとなり、第五試合(1ブロック内では三戦目)で私が勝利したので次は2ブロックの戦いで第六試合。ボドロ対レオリオの対戦だった。
しかしピエロとの戦いで消耗したボドロの怪我を理由にレオリオが試合の延期を求め、それが受理された。すぐに戦えば自分が有利だったろうに優しいよな……。
そのため1ブロックの戦いが先に行われることになったのだが、その試合は試合と呼べるものでは無かった。
鋲男ことギタラクルVSキルアさん。
その試合が始まってすぐギタラクルが自らの正体……キルアさんの兄、イルミ=ゾルディックとしての姿を明かしたことから試合はおかしな方向へ向かっていった。
奴はキルアさんにハンターは向かない、お前の天職は殺し屋であると言い、更に熱を持たない闇人形だとか喜ぶのは人の死にふれた時だけだとかそりゃあもうごちゃごちゃと面倒くさそうな事を能面みたいな無表情のままぺらぺら喋っていた。
それを否定し、自分にも欲しいもの、望むものがある。「ゴンと友達になりたい。もう人殺しなんてうんざりだ。普通にゴンと友達になって、普通に遊びたい」と主張したキルアさんに向かって無理だと否定した所で段々と苛立ちが溜まっている自分に気づく。そしてそんな私より一足先にキレたレオリオがもうゴンとお前は友達同士だと主張した後、鋲男が「ゴンを殺そう」と言ったところで私の起爆スイッチも押された。え、何お前私の友達の……私の友達のゴンさんを殺すって? 私の唯一の友達のゴンさんを? おいおい、これは私がお前をミンチにしても構わないぜってことだよな? 喧嘩売られてるってことでいいんだよな? ええ?
いや、ちょっとは我慢したけどな。ゴンさんを殺すと言いつつ結局は兄弟間の問題だから、外野が口出しするのもどうかと思ってしばらくはキルアさんの出方を見ようと見守ったけどな? 注意されない範囲で近づいて鋲男にメンチ切りながら。
でも鋲男がキルアさんにオーラを使って威圧し始めたところでプッツンきたわ。
「っざっけてんじゃねーぞテメェさっきから聞いてればごちゃごちゃうっせーんだよ!! ゴンさんとキルアさんは誰がどう見ても友達だしキルアさんみたいなクソ生意気なガキが熱を持たない闇人形とか無ぇわバーカ! つーかさっきから言葉のチョイスがキモイんだよバーカバーカ! あとゴンさんを殺す? おおやってみろや! その前に私を倒せたらな!! テメェあんまりナマ言ってるとキンタマ引きちぎって犬の餌にくれてやるぞボケぇ!!」
「エミリアお前スラスラ喋ったと思ったら口悪ィな!? しかもなんで俺の事は呼び捨てのくせにゴンとキルアだけさん付けなんだよ! でもいいぞ、もっと言ったれ言ったれ! なあキルア、そいつがどうしようが何があっても俺たちが止める! だからお前のやりたいようにしろ! その馬鹿兄貴をさっさとぶっ飛ばしちまえ!」
「なんか外野が煩いなぁ……」
ムカつくことに私とレオリオの言葉など歯牙にもかけない様子の鋲男。結局オーラの威圧に耐えられなかったのかキルアさんは負けを宣言してしまったけど、どうにも気が収まらなくてキルアさんに向かって更に何やら言っていた鋲男の胸倉掴んで引き寄せて頭突きしてからグーパン叩き込んでやったわ。お互いもう合格者だし問題ないよな? さっき鋲男がネテロ会長に合格してからこの場の全員殺しても失格にならないよねみたいな確認してたし私が殴ったところで別になんっっっにも問題ないよな?
「よくやったエミリア! なんだ、お前けっこうやるじゃねーか!」
「おお、スッキリしたぜ! 俺もそいつにはムカついてたからな!」
真っ先に私の行動に賞賛の声をかけてくれたのはレオリオとハンゾーだった。お、おう。そこまで手放しに褒められると気恥ずかしいけどちょっと気分いいな。もっと褒めても構わんぞ。
そして鋲男の向かい側にいたキルアさんはやや呆然とした顔でこちらを見ていた。私は思わず動いてしまったはいいがあまりにも憔悴した様子のキルアさんになんと声をかけていいか分からず、とりあえず最後までとっておいた残り一個のチョコロボくんを「甘いもんでも食って落ち着け」と言って押し付けておいた。……あとはクラピカとレオリオに任せよう。情けないけど、今の私に人を慰めたり励ますスキルは無いし。
ちなみに鋲男だが、頬を腫らしながらもしぶとく起き上がって「痛いなぁ……。いきなり酷くない? 君、すごく野蛮だよね。キルに近づかないでくれる? 馬鹿がうつるよ」とか言ってきた。あ? これでもオーラ込めて殴って無かっただけ手加減してやったんだぞ図々しい。クソッ、さっきキルアさんと戦った時のままだったからちゃんと纏してなかったんだよな。もっと怨念を込めて殴って試験が終わるまで気絶させておけばよかった。
それにしてもこいつ、初めは避けようとしてたのに途中不自然に足が止まったような……いや、気のせいか。
とりあえずその後ネテロ会長が「さて、では気を取り直して次の試合を始めようかの!」と仕切り直してくれたので続いてレオリオ対ボドロの試合に移行した。
結局キルアさんと鋲男の試合はそう時間がかからなかったのでボドロはあまり休めなかったようだが「私にも武道家として誇りがある。気持ちは嬉しいが、これ以上の情けは無用だ」と、もう少し時間を置いてくれと試験官に交渉しようとしていたレオリオに申し出たため二人の試合は割とすぐ始まった。
で、私は試合前にこっそり構えて超スタンバってた。
そして試合開始と同時にボドロの背後に躍り出て貫手で彼を殺そうとしたキルアさんをそのまま横から殴り飛ばした。おお、クリーンヒット。
いや、ここに来て場の流れを見てたら漫画の内容思い出したんだよな。この試合でキルアさん、ボドロを殺したことで失格になってゴンさんが起きる前に実家帰る流れだったなと。
武道家ボドロにはさっき的確なアドバイスをもらって世話になった。そしてゼビル島でもさっきの試合でも「もう人殺しはしたくない」とキルアさんも言ってたから、ここは知っててみすみす見逃しても馬鹿だし、じゃあ止めとくかと。
「ッッッ!! いってーな馬鹿!」
殴られたキルアさんはさっきまでの呆然自失としていた様子から打って変わっていつもの調子で文句を言ってきたが、馬鹿はこっちの台詞である。
「馬鹿はお前だお前! 兄弟そろって殴らせるような真似してんじゃねーよ!」
「ッ、それは……」
「失格になりたいんなら、さっさと出てけ」
「…………」
「は、え、何だ? 今いったい何が……」
「いや、私もよく分からんのだが……。どうも、助けられたらしい」
突然2名の乱入者に試合を邪魔されたレオリオとボドロは訳の分からなそうな顔になってたけど、今は無視だ。
「言っておくけど、今のでゼビル島での借りは返したからな。ゴンさんに胸張って友達だって言いたいならこれ以上くだらねぇ事すんなよ」
黙ったままのキルアさんにさらに言葉を続けたけど、結局彼はその後口を開くことなく会場を去ってしまった。いや、出てけって言ったの私だけどな。
事実上の試合放棄……つまり、キルアさんの不合格が決定した瞬間である。
ゴレイヌさんと仲良くなる彼とは胡麻擦ってでも仲良くなりたいとか思ってたのに、最後は殴って慣れない説教じみた事を言ってお別れとか……後味悪いな。たしかこの後ゴンさん達はキルアさんの家に彼を迎えに行くはずだし、クラピカさえ許してくれたら私もそれに同行してみようか。
まあ今後の事を考えるのはハンターライセンスの講習中でもいいか。
とりあえず、これでハンター試験の全試験は終了した。合格者は7名。
長いような短いような期間だったけど、この試験を経て私はやっとゴレイヌさんに会うための「清く正しい後ろ暗い所のないまっとうな身分証明」を手に入れた。
しかし課題が増えた今、ハンター試験は終わっても私の目標……ゴレイヌさんの嫁を目指す道のりはまだ始まったばかりである。
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「ヒソカの友達といいゴンといい、ゴリラみたいだよね」
暗殺一家ゾルディック家長男、イルミ=ゾルディックは最終試験でエミリアに殴られた頬と講習会でゴンに折られた腕を指してそう言った。それに対してヒソカは喉の奥から心底愉快そうに笑い声をこぼす。
「ククッ、ずいぶん派手にやられたね♥」
「笑い事じゃないよ。特に頬の方だけど、俺避けようとしたのにヒソカが邪魔したんだろ」
「だって、君が僕の獲物に手を出そうなんて言うからさ♦」
「それでもちょっと酷くない? 多分アイツ強化系だよ。久々に脳がぐらぐらきてる」
「…………君って本当に表情が変わらないから分からないよね♠」
「そう?」
「うん♦」
「そっか」
独特の空気感にホテルの人間が遠巻きにする中、そんな視線を気にもかけない奇術師と暗殺者は会話を続ける。
「そういえば、ヒソカはこれからどうするんだ?」
「僕かい? う~ん……。今回は色々収穫があったし、今は見つけた青い果実が熟すまでじっと待つつもりだよ♥」
「あのエミリアって女は? もう結構強いっぽいけど」
「ああ、彼女ね♦ ちょっと迷うところではあるんだけど、どうも天空闘技場の常連らしいから慌てなくてもまたすぐ会えるかなって♥」
「そういえば飛行船でトランプしてる時そんな話してたね」
「あの子200階に上がってこないらしいから、今まで知らなかったんだ♦ ふふっ、ただのパワー馬鹿だと思ったからちょっと好みに合わない気がしてたけど、君の弟との戦いを見るにそれだけじゃなさそうだし……。今から楽しみだなぁ♠」
「楽しそうだねヒソカ」
「ふふっ。先に目をつけていた果実もそろそろ狩るつもりだし、毎日飽きないよ♥」
ぞくぞくとした快感に悦に入るヒソカから能面顔のまま一歩ずつ離れたイルミは、とりあえず家出した弟を心配していた母親に報告するために電話を手にした。
「ああ、母さん? 多分キルがそのうち帰るよ。え? ああ、うん。ハンター試験に来てた。…………母さん、電話でその声やめて。耳がキンキンする。あ、そうそう。もしかして変なのがそっち行くかもしれないけど。……うん。そう、変なの。俺? 俺はこのまま仕事行くけど。……うん、わかった。じゃ、キルによろしくね」
イルミは電話を切ると、さて仕事だと意識を切り替える。
________こうしてそれぞれが様々な思惑を抱えたまま、第287期ハンター試験は終了した。
ヤッターハンター試験終わったー!
でもまだゴレイヌさんへの道のりは長いぜ……!ゴレイヌさん待ちの方には大変申し訳ない。