「ウボォー、これは試合だよ。試合なんだ。だからマジギレ禁止のルールには当てはまらない……はず。ぞんぶんにやっちまいな!」
「おう! 言われるまでもねぇぜ!」
「ウボォーさん頑張ってね!」
「ま、せいぜいヒソカと戦う時の参考にさせてもらえよゴン」
張りのある声でウボォーギンに喝を入れるピンク髪の美少女や声援を送るゴンさん、斜に構えつつ試合が楽しみなのかそわそわしているキルアさんを見て、私はふっと遠くを見る。
_________ なんだこの状況
ウボォーギンが闘技場でやりたいこと……すなわちヒソカをぶっとばすのが目的だと言うと、これに食いついたのは同じくヒソカに一発拳を叩き込みたいゴンさんである。そもそもゴンさんはハンター試験での借りを返すために強くなろうとこの天空闘技場に来たんだしな。
ゴンさんは天空闘技場を勝ち進みキルアさんと共に当初の目的であった200階まで到達するも、そこでヒソカに再会。200階にはまだ早いと追い返されてから、心源流の師範代であるウイングに念を目覚めさせてもらい修得を開始。200階に無事登録出来たものの、初戦コマ使いギドに敗れ全治四か月の怪我及び二か月間の念の使用を禁止される。そして現在は怪我は治ったものの念禁止中の一か月目……と、お預けを喰らっている状況なのだ。そんな時にヒソカと対戦する(予定の)相手が現れたもんだから、うずうずして仕方ないらしい。
ちなみに以上全部私がクラピカの修業のため留守にしていた間の出来事でさっきまとめて聞いたんだけど、ゴンさんが念の攻撃をかわすために"絶"で戦って生身で念攻撃を受けたと聞いた時は肝が冷えた。ああ、そういえばそんなシーンあったな……!
ミルキは呆れていたが、ウボォーギンの奴はそれを聞いてますますゴンさんが気に入ったようだ。「いい度胸してんなお前! 最高だぜ!」と言ってゴンさんの頭をわしわしと撫でていた。
おいだからあんまり仲良くなるなよ!
念を禁止されているゴンさんを念使いと見抜いたウボォーの野生じみた嗅覚はさておき、とにかく現在ゴンさんは念修業が禁止。
念能力者の試合を見る事も禁止と来ている。そんなゴンさんがヒソカと自分の試合を見たがっていると知ると、ウボォーギンは「じゃあゆっくり勝ち上がって、一か月後にヒソカの野郎と試合組めるように調節してやるよ!」とか言い始めた。おい待てじゃあお前一か月天空闘技場に滞在するって事かよ。勘弁してくれ早く帰れよ!
しかしウボォーギンを追い返したいながら、「ホント!? やった、ありがとうウボォーギンさん!」と喜ぶゴンさんを見たらそれもやり辛くなってしまった。仲良さそうなウボォーギン、ゴンさん、キルアさんを見ていると、これだけ仲良くなった相手が蜘蛛でしかも9月には殺す予定だとは非常に言いづらい。
9月の幻影旅団暗殺についてはゴンさんキルアさんには伝えず裏で処理するとして、ここはウボォーギンの正体は黙っておいた方がいいだろうな……歯がゆい。ゴンさんゴンさん。キルアさんキルアさん。一見そいついい兄貴分ぶってるけど騙されないで。殺人をスポーツ感覚で出来ちゃう犯罪者だから……!
まあ、そういうわけで納得出来ないもののウボォーギンは一か月天空闘技場に滞在することになった。
当然のごとく200階まで駆け上がるのはあっという間だったが、私が「ゴンさん達の前で人殺すなよ」と釘を刺しておいたのでかなり面倒くさそうにしていた。約束を守らないと戦わない……そう私に言われて聞くあたり素直なのは認めるが、いつもこれくらいすんなりいうこと聞いてくれると楽なんだけどな。今回は個人的にゴンさん達を気に入ったからという理由も大きいんだろうけど、普段なら戦いたければ私が戦いたくなくても自己中に「やろうぜ!」と飛びかかってくる野蛮人だ。約束なんてしたところで無いようなもんだし、本当に鬱陶しい。
ちなみにミルキも修行を兼ねて天空闘技場に放り込んだが、流石に200階クラスより下の相手に後れをとることはなくこちらもとんとん拍子で勝ち上がってきた。ウボォーギンと試合でぶつかった時は即降参して戦いを避けてたけどな。まあ、賢明な判断だろう。
一応200階まで上がったけど、結局「こんな風に時間潰してるよりお前と修行してた方が身になる」とか言って天空闘技場への挑戦は途中で辞退。……あんな事を言いつつ、本当はウボォーギンやピエロとぶつかるのが嫌だったんだろうな。特にピエロ。
200階に登録しに行った時、ケツのあたりをねっとり見られて寒気がしたと言っていたし。
ところで、実はウボォーギンの他にもう一人余計なお客様が増えた。
その人物は現在私との修行で無様な姿を晒した元豚のケツを引っ叩いている。
「あんた、腰が引けてるよ。情けないね」
「う、煩ぇ!」
「は?」
「すみませんでした」
「ミルキお前、私の時と違って素直だなおい」
釈然としない思いで指摘するが不機嫌そうな顔でそっぽを向かれた。野郎……。
「まったく。ウボォーも一か月なんて待たずにさっさとヒソカの野郎をぶっ飛ばせばいいのに。待ってる間暇で仕方ないよ」
「だからって私のとこに入り浸らなくてもいいでしょ」
そう文句を言いつつも、彼女の暇ついでに裁縫の手ほどきを受けてる身としてはあまり強くも出れない。……彼女ことマチは、私が淹れた紅茶に口をつけると眉根を寄せる。
「渋い。やり直し」
「ぐ……!」
厳しい一言に言葉につまるも、言い返せないのでその分のストレスは元豚の訓練に向ける。……本当なんだろうこの状況。
何故マチが天空闘技場に居るのかといえば、9月の仕事についてピエロに伝言を伝えるために来たらしい。どうにもすれ違いがあったらしく「ウボォーが来てるならあたしが伝えなくてもよかったじゃないか……」とぼやいていたけれど、どちらにしろマチ相手じゃなきゃピエロも会わなかっただろうからそこは諦めた方がいいと思う。あいつ200階に上がって試合を熱烈に希望するウボォーギンを「好みじゃないんだけどなぁ♠」と言ってまったく相手にしなかったからな。奴がウボォーギンにぶっ飛ばされる様を見て「ざまぁ見ろバーカ!!」と指をさして笑いたい私が試合をセッティングするために交渉しなければ試合を組んでいたかも怪しい。
けどピエロ野郎はちょっと前にカストロという兄ちゃんとの戦いで両腕千切れてたから、どちらにしろ仕事としてマチは呼ばれていたんだろうけど。
マチはピエロに伝言を伝えるとすぐに天空闘技場を立ち去ろうとしたようだが、でかい図体で闘技場内を闊歩していたウボォーギンに気づいて声をかけた。そしてウボォーギンVSヒソカを知ると、私と同じことを思ったのか試合があるまで自分もここに残ると言い出したのだ。
気持ちは分かるけど旅団員とゴンさんキルアさんをあまり近づけたくない私としては勘弁してほしい。
「うわっ、茶に文句つけるとか小姑みてぇ」
「何だって?」
「まあまあ。キルアもマチさんも落ち着いて。ほら、こっちのお菓子美味しいよ」
…………居るんだよなぁ……。ゴンさんもキルアさんも、今同じ部屋に居るんだよなぁ……。
「これエミリアさんが作ったの? とっても美味しいよ! 俺、これ好きだなぁ」
「ありがとうゴンさん……」
「ちょっとパサついてるけどな」
「そうだね。あともうちょっと甘さ控えめの方が良くないかい」
変化系のネコ科2名が仲悪いのか気が合うのかよく分からない。さっきまでにらみ合ってた癖に文句をつけるタイミングが一緒とか何なんだよ。
「俺は食えればいいけどな! エミリア、おかわり」
「てめぇは帰れ」
訓練する元豚、私に裁縫の手ほどきをするマチ、自分たちの修業の後に休憩がてら訪れているゴンさんキルアさんはともかくウボォーギンてめぇはここに居ていい理由は無いんだよさっさと帰れ。食べていいとか一言も言ってないのに苦労して作ったパウンドケーキをソーセージみてぇに鷲掴みでまるまる一本食いやがって!! 私がそれを作るためにどれだけ苦労したか……!
今現在私に最も近い感情を抱えているのはウボォーギンとマチの正体を知るミルキだろう。そして奴は私が思っているのとまったく同じことを口にした。
「なんだこの状況……」
一か月が過ぎ、いよいよウボォーギンVSヒソカの試合の日となった時は柄にもなく二人で手を取り合って喜んでしまった。互いに後で思い返して「気色悪いことした」と唾を吐いたが。
さて、一か月耐えたぞ。あのいけ好かないピエロ野郎がぶちのめされるのが実に楽しみである。
闘技場という狭い空間でパワータイプを真正面から相手にする苦痛を存分に味わうがいいわ!!