ゴレイヌさんに会いに行こう!   作:丸焼きどらごん

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Gorilla29,くじら島の空の下

 天空闘技場を去った私たちは、キルアさんの提案でゴンさんの故郷……くじら島に向かうことになった。

 快晴の中、帆に目いっぱい風を受けて進む船。ゴンさんとキルアさんは船の見張り台まで上って気持ちよさそうに遠くを見ながら何やら話しているが、そんなお子様二人とは裏腹に甲板に無様に転がる棒っきれのような男が一人。

 

「くそ……ッ。何で船なんだ。飛行船で行けばいいだろう……!」

「ダッセ」

「うるせぇブス……うぷっ」

 

 悪態をつく声にも覇気は無く、真っ青な顔で口元をおさえてゲロ袋を引き寄せたのはミルキである。こいつ生まれてこの方船に乗ったことが無かったらしく、今回初めて己の弱点を自覚したようだ。キルアさんが「引きこもってるからだよバーカ」とせせら笑ってたけど、この様では反論も出来まい。天下の暗殺一家次男が船酔いとは実に無様である。

 これじゃあもしミルキがハンター試験を受けようにも、ゴンさんに聞いた序盤の嵐の船の時点でリタイアだな。うわだっせぇ。念能力者ってアドバンテージがありながら試験前にリタイアとかウケる。

 

 ……とまあ、船酔いをしつつも当たり前のようにくじら島へ向かう船に同船している元豚であるが、こいつの同行に関してはキルアさんが「どうせお袋とかに色々報告するだろ! こいつが一緒とかぜってー嫌だから」と難色を示した。

 元豚に関しては私がキキョウ先輩に鍛え上げる事を任されているため、一時的にとはいえ元豚の責任は私にある。一応天空闘技場で随分鍛えてやったし、そろそろ追い返してもいいんじゃないか? そう思ったりもしたけど、これに関してはミルキ自身が「まだ強くなれてない」と帰還を拒否。なので私が奴の連絡機器を必要な時以外預かることを条件に、わざわざキルアさんに頭を下げて頼み込んだのだ。

 

 キルアさんは物凄く渋ったけど、ミルキに内緒で奴がククルーマウンテンから放り出された経緯を(キキョウ先輩の思惑は伏せて)説明すると「ああ……」と、納得しながらもちょっと同情したような顔で兄を見ていた。で、更に見かねたゴンさんが「ミルキさんも一緒に行こうよ! 3人も友達を紹介出来たら、きっとミトさん喜ぶし!」と言ったのが決め手でミルキ同行が許されたのだ。

 ミルキは「俺はお前らの友達じゃない!」と憤慨してたけど、大天使ゴンさんのご厚意を無下にするような発言には私が責任をもって制裁として適度に加減した腹パンを叩き込んでおいた。ちなみになぜ適度に加減したかと言えば、船酔いする貧弱っぷりを見たら本気で殴ったら内臓飛び出る気がしたからだ。

 まったく、おまけ(私)のおまけでついて行かせてもらう分際で何生意気言ってんだカス殺すぞ。ゴンさんに義理とはいえ友達と言ってもらえた栄誉を否定するとはなんたる愚行だ。この先お前の事を友達と言ってくれる奴とか多分もう一生居ないだろうに。

 

 

 

 で、色々あったがくじら島へはゴンさん、キルアさん、私、ミルキで行くことになった。

 

 そして長いような短いような時間を経て船はくじら島に到着し、船から降りた私はくじら島の長閑な空気に何故かほっとした。

 ……今までごみごみした場所や、置き去りにされた秘境みたいな極端に自然のある場所にしか行った事無かったけど……くじら島の雰囲気は初めて訪れた場所のはずなのに何処となく落ち着く。時間も他の場所よりゆっくり流れているような印象だ。

 そして半年ぶりの帰郷になるゴンさんは、懐かしそうに島を見回していた。

 

「ミトさん元気かなぁ……」

「悪いなゴン。うちの兄貴までついてきちまって」

「ううん、気にしないで! 人数多い方が賑やかで楽しいよ! ……でも、ミルキさん大丈夫?」

「あ~……」

 

 二人が何とも言えない表情で後ろに居た私を振り返る。そして私の肩には米俵のように担がれた真っ青な顔をした元豚。

 ……こいつ、結局くじら島に着いた頃には立ち上がる事もままならなくなっていて、仕方が無いから私が担いで船から降ろしそのまま運搬してやっているのだ。今日からの訓練には三半規管を強化する物を加えよう。後でいい方法が無いか電脳ページめくらなきゃ。

 

 そしてしばらく歩き、見えてきた一軒家。その近くには洗濯物を干す女性の姿があり、ゴンさんが「ミトさーん!」と呼びかけると女性はパッと振り返った。

 

 

 

「ゴン!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー! 帰ってくるなら先に教えてよ! 何も用意してないわよ!」

「いいよテキトーで」

「何言ってるの! せっかくお友達が来てるのに」

「いえ、おかまいなく」

 

 ぱたぱたと動き回り料理の用意をしながらゴンさんに文句を言うミトさんに、私と同じくそんなに一般世間慣れしていないはずなのにそつなく答えるキルアさん流石。ほとんど家に籠もりきりで育っておいて何故あんなに社交性があるんだ羨ましい。

 わ、私も何か言わなければ!

 

「あの、何か手伝います」

「そんな、気を使わなくていいのよ。お客様なんだしゆっくり座ってて! あ、そういえばお土産ありがとうね。あんなにたくさん重かったでしょう」

「い、いえ。お気になさらず。つまらないものですが、よければ召し上がってください」

「つまらないなんて、そんな事無いわよ。島じゃ手に入らないような珍しいものばかりだもの。嬉しいわ」

「よ、喜んでもらえたなら嬉しいです」

 

 ハキハキと話すミトさんについ照れて淑女教育の甲斐なくもごもごと返すと、彼女は挙動不審な私に変な顔もせずニッコリ笑ってくれた。大天使の育ての親はやはり大天使だったか……!

 手土産を5時間かけて悩みぬいて選んでよかった。おかげで天空闘技場付近で買った洋服などの荷物は全部持ってこれなかったが、急きょ連絡した不動産屋アルバンスに適当にヨークシンで宿をとってそこに送っておけと指示しておいたから問題ない。金はもちろん私が出すけど、こういう手配はあいつに任せると楽だな。アルバンスも何かあれば申し付けてくれと言っていたし、今後も何かあったら利用しよう。

 

 

 そしてご飯を作る間にお風呂に入ってしまえというミトさんの指示が出たので、私はゴンさんにお風呂場へと案内された。最初はゴンさんの実家だし、少年二人が先に入ればいいと遠慮したのだけど「女の人を後回しにしたらミトさんに怒られちゃうよ。潮風で髪とかべたついて気持ち悪いでしょ? 俺たちは後でいいから、エミリアさん先にお風呂入りなよ」とゴンさんに笑顔で言われてしまったのでありがたく先にお風呂に入らせて頂いた。……これを聞いて改めて思ったけど、ミトさんの教育がいいから今のゴンさんが在るんだろうな。

 母とは偉大である。

 

 で、軽く汗を流させてもらった私は、ゴンさん達がお風呂に入っている間暇……というか、手持無沙汰なのでやっぱりミトさんのお手伝いをさせてもらう事にした。天空闘技場で特訓しただけあって、手際がいいと褒められて物凄く嬉しかった。

 

 

 

 ちなみにミルキだが、奴はゴンさんの家についてもグロッキーだったので今はゴンさんの部屋のベッドで寝かせてもらっている。どうやらミトさんはゴンさんが留守の間も欠かさず部屋の掃除をして布団も干したりしていたようで、すぐにお客様を寝かせられる部屋がそこしかないからと申し訳なさそうに言っていた。でも私はそれを聞いて、ゴンさんの帰りを待っていたミトさんの優しさを感じて心が温かくなった。多分キルアさんも同じ気持ちだろう。(キキョウ先輩には申し訳ないが)まともな母親や、母親自体居ない私たちにとってミトさんという存在は眩しい。

 

 そしてゴンさん、キルアさんがお風呂から上がったところで丁度出来上がりテーブルに並ぶ家庭料理。私も少し手伝ったけど、短時間でこれだけ色々用意できる手際は流石と言わざるを得ない。良妻を目指すためには是非とも身につけたいスキルである。

 ミトさんのおばあさん、つまりゴンさんの曾おばあさんも交えて私たちはハンター試験や天空闘技場の事などを話題に食卓を囲んだ。感情豊かに出会った人々、見て来た光景を語るゴンさんに丁度良くキルアさんがツッコミや合いの手を入れるので話題はそうそう尽きることはない。気づけば私も自然と笑っていて、何だかこうして普通の家庭の団欒の中に居る自分が嘘みたいで不思議な気分だった。

 

 …………ゴレイヌさんに愛を告げて受け入れてもらえて、お嫁さんになれたらこんな家庭を一緒に作っていけたらいいな。きっと楽しい。

 そんな未来がつかめるように、色々頑張ろう。

 

 

 途中白い顔で水を求めて起きてきたミルキも、ミトさんに振る舞ってもらったスープを飲んで少し元気が出たようだ。世話焼きのミトさんが具合の悪いミルキを色々気にかけたが、あらかじめ「ゴンさんのご家族に失礼があったら鼻フックな」と釘を刺しておいたので奴も不愛想ながら「……どうも」とだけ礼を言っていた。まあ、ミルキにしては上出来だろう。キルアさんは「あいつに礼なんて言えたのか……」と驚いていたが。

 

 

 

 

 食事の後ゴンさんとキルアさんは森に行くことにしたようで、まだ本調子が戻らず寝込んだミルキを置いて私もそれについていくことにした。

 

 ゴンさんの恩人のカイトの話やキツネグマのコンの話を聞くのは楽しくて、話に出てきたコンがゴンさんのために獲ってくれたらしい魚をたき火で焼いて美味しくいただいた。……何だろう。天空闘技場では散々神経をすり減らした分、くじら島に来てから急激に癒されている気がする。なんというパワースポット。ゴレイヌさんと結婚した暁にはこの島に住もうかと、結構真剣に考えた。

 

 そしてそのまま魚を焼いて食べた川辺で雑談しながら過ごし、燃えるような夕焼けを見た後は今まで見たことが無いような満天の星空がくじら島の上空を埋め尽くした。これには素直に感動し、ゴンさんとキルアさんが話す傍らで私は寝そべりながらポカンと口を開けてそれを見上げていた。

 

 

 

 思えばゴレイヌさんの事を思い出して彼に会いたくて会いたくて飛び出して、ハンター試験を受けてから今まで色々なことがあったな。これまで20数年生きてきたけど、ここ半年はその中でも一番内容が濃い期間だった。こうして色鮮やかに日々が過ぎていくと、今までどれだけ自分が無味乾燥に時間を過ごしてきたのかよく分かる。

 

 まだ会ってもいない、愛しい愛するゴレイヌさん。あなたは私を知らないだろうけど、あなたがきっかけで私は色んなものを手にいれました。

 

 

_____ ああ、会いたい。会いたい会いたい会いたい。会って、この半年で詰め込んだ私の全てを捧げたい。そして受け止めてもらいたい。

 

 

 ヨークシンを無事終えることが出来れば、いよいよグリードアイランドだ。ゴレイヌさんに会いに行く日は近い。

 

 ゴレイヌさんに早く会いたいけれど、同時に果たして今の自分で彼に釣り合うのだろうかという不安は未だぬぐえない。会いたい。不安。でも会いたい、会ってこの愛を伝えたい。……そんな狂おしい感情が、思わず涙となってあふれ出す。

 会話に花を咲かせるゴンさんとキルアさんに気づかれないうちに、私は乱暴にその涙をぬぐった。…………どうも、綺麗すぎる星空にセンチメンタルになっていたらしい。

 

 そして情緒不安定な気分を落ちつかせるために、私は少年二人の会話に耳を傾けた。

 

 これからの予定の話の後、やりたいことが無いからゴンさんが羨ましいと言うキルアさん。そんなキルアさんに「オレ、キルアといると楽しいよ」と言って、これからも一緒に居て、色んな所へ行って色んなものを見ようとゴンさんは提案する。ゴンさんはお父さんを探す旅。キルアさんはやりたいことを探す旅、だそうだ。

 

「きっと楽しいよ!」

「……そだな。悪くないな」

 

 互いに初めての同い年の友達。そんな少年二人の絆が、今まで人との関わりを拒絶してきた私にはとても眩しい。

 しかしそんな風に私がこっそり羨ましがっていると、ふいに寝転がっていた私に話が向けられた。

 

「そういやエミリアはこれからどうすんの? 好きな奴に会いに行くために女子力磨くとか言ってるけど、満足いくまで磨き上げるまでどんだけかかるんだよ」

「ひぁ、え、あ、わ、私!?」

「ぷっ、何声ひっくり返してるんだよ。あとどもりすぎ。成長しねぇよなーお前」

「う、煩い! 今のはちょっとビックリしただけよ!」

 

 か、完全に空気と化してたのにいきなり話しかけられたらビビるだろうが! 思わず飛び起きたわ!

 

「それで、エミリアさんはあとどれくらい一緒に居られるの? よかったらエミリアさんも一緒に旅しようよ!」

「え……。い、いいの?」

「? うん。オレ、エミリアさんとも一緒に居て楽しいし」

「本当!?」

 

 な、なんだって!? 基本気の利いた話も出来ずちょろちょろ後をついて行かせてもらっていた人間力雑魚の私と居て、楽しいと思ってくれていただと!?

 

「ど、どこらへんが!? どこらへんが楽しい!?」

 

 つい必死になって尋ねると、ゴンさんは若干私の勢いに身をのけぞらせながらも答えてくれた。

 

「え!? えーと……。う~ん、こう言ったら失礼かもしれないけど、見てて飽きない所、とか?」

「」

「ああ。こいつ色々滑稽で笑えるよな」

「」

「キルア、そんな言い方したら駄目だよ! あ、でも凄く強いのに見ててちょっと心配になる時はあるかな。毒キノコ食べようとしたり」

「え、マジ?」

「うん。実はゼビル島で……」

「あ、ゼビル島といえばこいつ眼鏡ヒソカに盗られて半べそだったんだぜ!」

「え、ヒソカに?」

「」

 

 言葉にならないこの気持ちどうすればいいんだろう。子供二人に見ていて飽きないだの心配だの滑稽だの言われる私っていったい……!

 

 

 

 

 耐えきれなくなって再び地面に仰向けに倒れ込んだ私は、そのまま身を丸くして不貞腐れた。

 

 …………もっと頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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