ヨークシンに幻影旅団が集結したのが8月31日。フェイタンが裏切り者である可能性が高いヒソカを殺しに向かい、戻らなかったのも31日。
そしてオークション期間のヨークシンで初仕事となる地下競売襲撃は、9月1日午後九時を予定していた。
クロロ=ルシルフルは仕事の前にネオン=ノストラードの予知の念能力を盗む事を計画していたが、いざ死を暗示させる予言の週を越えてから行動を起こそうとすればネオン=ノストラードには厄介な"目"が増えていた。それはネオンを護衛するために、ノストラードファミリーが新しく雇った念能力者たちの事ではない。もっと外側から、その護衛達を更に囲うように何者かがネオン=ノストラードを見ているのだ。
誰かが居る事は分かる。しかしその正体を正確に把握できないことから、かなりの手練れであることが窺えた。少なくとも目に見えるノストラードの護衛よりも厄介なものが少女を守っていることは確かだろう。
(いや、守るというより監視だな。彼女自身を始め、近づくもの全てに観察の目が向けられている)
少なくとも観察者が2人居ることは分かる。しかし、おそらくその2名以上の実力の保持者が1人は確実に存在するだろう。
クロロのような観察眼に優れた者にネオン=ノストラードに二重の守りがついていることを悟らせつつも、その者自身の存在については一切こちらに情報を与えてはくれない。
居るのに居ない。そんな矛盾した存在感を感じさせる者は、十分警戒に値する。
大事な仕事前だ。予言の能力は欲しいが、あまり藪蛇になっても面倒である。
ただでさえヒソカがゾルディック家を雇っている可能性があるのだ。リスクを減らすために百発百中の予言はかなり欲しいが、欲するあまり更なる面倒事を抱き込むのでは意味がない。ヒソカに関してはゾルディック家を雇っているかどうかに関わらず、フェイタンの件があるので近いうちに始末するだろう。死体こそ見つかっていないが、フェイタンがヒソカに殺されたことをクロロはほぼ確信している。が、あの男の実力を思えばこそ、仕事の片手間に始末するには面倒くさい。更に本当にゾルディックを雇っていたら奴を殺す前に暗殺一家が立ちふさがる可能性もあるので更に面倒くさい。とにもかくにも面倒極まりないのだ。
しかしそこまで考えて、クロロは苦笑をこぼす。
「いかんな。後手後手にまわっている」
どうも占いの一件以来、奇妙な不快感がついて回っている。まるで何者かに見透かされているような……そんな気分だ。杞憂ならばそれでよいが、これに関しては勘の良さで一目置かれるマチも同意見らしいのであまり楽観視出来ない。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……か」
某国の有名な故事をそらんじると、クロロは今度はどこか楽しそうに笑みを浮かべた。
もし何者かによって踊らされているならばそれでもいいだろう。蜘蛛は動き続ける……何があろうとも、全ての手足が死に絶えるまで。何者かに喰われるのなら、その腹を喰い破るまでのこと。
リスクを重視しすぎて身動きが取れなくなるなど馬鹿らしい事この上ない。
ネオン=ノストラードを監視の目の外側から窺って少し。チャンスがやってくる。
なんとネオン自身が第一の守りである護衛をまいて一人で行動し始めたのだ。しかも都合のいいことに何故かクロロが昔からよく知る人物と接触したときている。監視者の目をかいくぐるにはネオンではなく、その知人に声をかけるところから始めれば幾分か警戒は薄くなるだろう。そして近づいてしまえば、あとはこっちのものだ。
むしろこのチャンスが訪れる前に布石は打っているため、本当はクロロ自身が出向く必要は無い。しかし興味があるのだ。観察者と本当に居るかも分からない蜘蛛を喰らおうと画策する何ものかの存在に。そしてネオンが接触した、こんな場所に居る事そのものが不思議な旧知の女に。
だからクロロは目の前の女を驚かせるための意図も込めて、人好きのする笑顔で声をかけたのだ。
「あれ、エミリアじゃないか。久しぶり! そっちの子たちは友達?」
そこはすでに虎穴の中。
しかし蜘蛛の頭を務める男の心には、わずかな波紋すらたっていなかった。
++++++++++
幸せ気分を害されたのは非常に不愉快だが、私は爽やかな笑みを浮かべるクロロを見て眉間に皺をよせつつも「チャンスだ」と思い直した。
ゴンさん……じゃなかった。ゴン達(やっぱりまだ違和感がある)と一緒に居る時に接触されたのはあまりいいタイミングとは言えないが、こいつはまんまとたらされた釣り針に引っかかったのである。馬鹿め!
おそらく監視を続けるミルキからヒソカとイルミ、ゼノじいさん、シルバの旦那に連絡がいっているだろうし、ここにはもうすぐネオン様を迎えにクラピカもやってくる。この鉄壁の布陣……くくくっ、フェイタンの次の脱落者はこいつか! 最高じゃないか!!
でもゴンさ……ゴンやキルアからはなんとか引き離さなければ。彼らにはこのヨークシンで旅団に一切関わってほしくないのだ。
多分それに関してはミルキを除くゾルディック家としても同意見だろう。大事な跡取りに旅団みたいなクソどもを近づけたくはあるまい。…………こう考えるとネオン様をキルアさ……キルア達と一緒に居る私のもとに誘導したのはミルキの独断だろうな。いや、ちゃんと聞いてないから予想だけど。あいつがキルアさ……キルアに配慮するような事無いだろうし。あとで家族に怒られるかもしれないけど。
とにかく、ハゲを移動させよう。そこが貴様の墓場だハゲ!!
「えーと、エミリアさんの知り合い?」
「ああ、そうだよ。それにしても驚いたな! 昔から俺たち以外に知り合いらしい知り合いなんていなかったのに、君たちとはずいぶん仲が良さそうだ」
そこでぴくっと反応したのはキルアさ……キルアだ。素直にクロロに問いかけるゴンさ……ゴンと違い、少々考えるそぶりをみせるとチラッと私を見た。彼が何に気が付いたのか嫌な予感がするものの、その前に私にはひとつ言いたいことがある。
「ごめん、やっぱりしばらくゴンさんとキルアさんって呼んでいい? なんかいまいち慣れなかった」
「まだ何回も呼んでないのにいきなりだな!? いや、いいけど。それより知り合いだろ? 何ガン無視してんだよ。あいつ超こっち見てくるんだけど」
「ああ、そのハゲは無視していいから。そしてネオンさんはそのまま私の後ろに居てちょうだい」
ネオンさんはぽやぽやっとしていそうでいて実は頭の回転が速いし記憶力もいい。だからこそクロロが現れた時、以前私が警告した男の特徴と奴を一致させたのだろう。さりげなく私の後ろにまわって様子を窺っていた。
そしてこそっと「おいおい、随分顔のいい奴だけどまさかこいつがお前の好きな相手か?」と耳打ちしてくるレオリオは冗談はやめてもらおうか。可能な限り力強く否定しておいた。ゴレイヌさんとこのハゲなど比べるべくもない。こいつが好きな相手だと勘違いされるのは酷い屈辱だ。
「酷いな。俺、別にハゲてないのに」
「その髪質は将来的に約束されたハゲだから」
「不吉な事言わないでくれよ。……ところで、そっちの子ってもしかしてネオン=ノストラード?」
名前を呼ばれてネオンさんがぴくっと反応する。そしてレオリオとは反対の方からこそっと耳打ちしてきた。
「ねえ、前にエミリアが気を付けろって言ってたのってあの人でしょ? もしかして私のストーカー?」
「その認識でだいたい合ってる。あと奴は女性の足を舐めまわして悦に浸る変態だから絶対に近づかないで」
「今酷い言い掛かりというか濡れ衣をかぶせられる言葉が聞こえたんだが」
「チッ、無駄に耳がいいな」
「あのな……。明らかに聞こえるように言ってただろ。言っておくが今のは誤解! 四人とも彼女の言葉を真に受けないでくれ。俺は単なる君のいちファンだよ。クロロ=ルシルフルって名前に覚えはない?」
私の発言に一気にクロロに軽蔑の視線が突き刺さったが、奴の弁明の言葉にネオンさんが少々考えるそぶりをみせる。
「…………。あ! もしかして先月占いの仕事を依頼してきた人? 変わった名前だから覚えてるわ」
「そうそう! 覚えててもらえて嬉しいよ。それにしても君の占い凄いね。色々当たっててびっくりした」
野郎、予想はしてたけどやっぱりネオンさんに占ってもらっていたか。
そしてクロロの発言に興味を持ったのはゴンさんで、好奇心のままに彼はネオンさんに問いかける。
「へえ! ネオンさんって占い師なんだね。そんなに当たるの?」
「うん! 百発百中なんだって。偉い人にもよく頼まれるよ~」
「百発百中!? マジかよ。うさん臭いけど、もし本当ならお前の親父さんが外に出したがらない理由も分かるな。そんなスゲー能力あったら狙われるぜ」
「例えば盗賊とかに」
キルアさんの発言に一瞬だけ空気が張り詰めた。クロロは微塵も動揺せずに笑っているが、周囲の空気に一瞬殺気が混じった。……居る。これはクロロ以外にも何人か居る。
(かまかけやがった!)
キルアさん、多分クロロの実力か殺人者の気配に本能的に感づいてる部分があるのだろう。そこに以前話した私が旅団と知り合いであるという情報を照らし合わせ、相手が誰であるか推察。興味本位でかまをかけた、と。
勘がいいのは素晴らしいが、気づいた事実をやすやすとつつくのはやめろ!!
しかしキルアさんは何食わぬ顔で会話を続ける。
「ま、そんなに凄い奴ならファンが居てもおかしくないか。じゃあさ、せっかくだし俺たちも占ってくれよ。面白そうだし」
「いいよー! お姉さんにまっかせなさい。きっと見直しちゃうんだから」
「どうだか」
「もう、生意気ね」
「じゃあむこうのサ店入ろうぜ。ほら、行くぞネオン! ゴン!」
「わ!? き、キルア!?」
「ちょっと! いきなりひっぱらないでってばー!」
「おいおい、ガキは元気だな! 待て待て! 俺も占ってくれよネオンちゃ~ん!」
しかし彼が次にとった行動に、私はすぐに手のひら返しをした。
なんとキルアさんはごく自然な動作でネオンさん、ゴンさんの手を引いて人気の多い喫茶店に向かって走っていったのだ! 更にレオリオもその後を追い、すぐにそれを追いかけようとしたハゲは私が奴の首に腕をかけて引き留め路地裏に引きずり込んだ。この間約十秒。もしかしたらもっと短い時間だったかもしれない。
そして路地裏で私はクロロのすぐ横にある壁にドンっと手をついて睨みつけた。
「何の用かしら」
「ククッ、ずいぶん大事みたいだな。お前にそんな相手が出来るとは意外だ」
薄暗い場所で相対したクロロの表情はすでに好青年じみたものではなく、感情の読めない張り付けたような笑顔で私を見る。
そして奴はこう続けた。
「ヒソカと組んでるのはお前か?」
その問いに私は答えない。黙ってこのままこいつをここに留めていれば、こいつを殺すための戦力はすぐに集まるのだ。おそらく今の言葉も勘によるかまかけの一種だろうし、馬鹿らしい言葉遊びにつきあって心を乱す必要は無い。こいつはもうすぐ言葉を発さない屍になり果てるのだから。
キルアさんたちはおそらくミルキ、カルト坊ちゃん、マハじいさんが陰ながら保護するだろう。仮に他の団員が彼らを確保しようと動いたところで、あのゾルディック家の家長であるマハじいさんが居る時点で安全は保障されるはずだ。
つまり……どうあっても詰んでいるのは私ではなくこいつの方だ!
一瞬焦ったが私の優位性が揺らぐ事は無い。
「どうでもいいが、沈黙は肯定というのは定番の決まり文句だぞ。最高の仕事を前に最悪に面倒なタイミングで仕掛けてくるあたりは、今までの仕打ちに対しての意趣返しと受け取ればいいのか?」
「うるさいわよ。よく分からない事をぺらぺらと喋るのやめてくれる? っていうか、気安く声かけてくるんじゃないわよ。私はただ友達と観光してただけなんだから邪魔しないで」
「友達! へえ、お前に友達か! 最も縁遠い言葉だと思っていたが、世の中奇特な奴がいるものだ。というかエミリアお前、人見知りのくせによく会話が成り立つようになったな。少しだが驚いたぞ」
「うっせー黙れ!」
こ、この野郎! 人の神経を逆なですることをよくもまあペラペラと!
「それにしても、その友達の一人がネオン=ノストラードだとは驚きだ。大事にしまわれた箱入り娘のはずだが、どこで知り合ったんだ?」
ムカつくことにこいつはお喋りを中断するつもりは無いようだ。私としては蜘蛛抹殺チームが集結するまでのいい時間稼ぎなので問題ないが、単純にムカツクのはどうすればいいんだ。もういっそのことヒソカにくれてやる前に私がこいつの抹殺を……この距離なら間違いなく拳を叩き込めるだろうし、きまればこの裏路地の壁には潰れたトマトをテーマにした現代アート的なものが出来上がる。ヨークシンの街をアーティスティックに演出する手伝いができるなんて光栄だ。よしやろう今すぐやろう。
「待て待て、エミリア。そいつを受け止めてやれるのは俺だけだぜ?」
しかし補整下着の効果を解除し全力で練を重ね硬をした私の拳は、放たれる前に背後から伸びてきた丸太のように太い腕に止められる。次いで羽交い絞めにされ、高く持ち上げられた。
「は・な・せ!!」
「その雌ゴリラ放しちゃ駄目だよウボォー」
「おう」
裏路地に現れたのはウボォーギンとシャルナークだった。やっぱり他にも団員がいたか。
私が本気で抵抗し始めると、ウボォーギンは黙って殴られながらもクロロから離れた位置まで私を連れて行ってから解放した。
「首尾は?」
「まあまあかな。じゃ、帰ろっか」
「ああ。興味深い事も知れたしな。聞いて驚け。エミリアに友達が出来たぞ」
「あはははは! もう4月1日は過ぎてるよ団長! 笑える冗談やめてよね」
「殺す」
「お! なんだゴンたちも一緒か」
「おいお前余計なことすんなよゴンさん達に」
少なくとも童顔筋肉は今この場で殺す。っていうか全員殺す。帰るだと? 生きてここから帰れるとでも思ったか馬鹿め!! なんの首尾がまあまあなのか知らんが、お前らはここでゲームオーバーだよバーカバーカ!!
しかし私が次に何か言う前に、何故か私の視界は一瞬前からがらりと変わっていた。
「は?」
そこは今いた裏路地ではなく、路地に入る前の大通りである。さっきキルアさん達が入っていった喫茶店も見える場所だ。
「…………やられた!」
すぐに裏路地に戻ったが、そこには奴らの影も形も残っていなかった。そういえばクロロの奴、どういった能力か分からないけど漫画で人一人を移動させる念を持ってたな。もしかしてそれか?
逃げられたことは非常に悔しいが、しかしそこは一度奴を視界に捕捉しただろうミルキとカルトぼっちゃんの存在がある。多分どちらかが奴らを追跡しているはずだ。
しかしそう安心してゴンさん達と合流すべく喫茶店に入った私を待っていたのは、こんな現実だった。
「え、ネオンさん? さっき迎えの人が来て帰っちゃったよ。ダルツォルネさんっていう、ネオンさんの護衛の人だって」
「あいつすっげーダダこねてたけど、ちゃっかりオークションに自分を参加させるって条件飲ませてご機嫌で帰ってったぜ。お前に一緒に行こうって誘っときながら薄情だよなー。結局占いもしてもらってないし。…………それより、さっきの危険なオトオモダチはどうしたわけ?」
「く~! もっと仲良くなりたかったぜネオンちゃん! でもマフィアのご令嬢かー……」
急いでトイレに駆け込みケータイを取り出しクラピカに連絡した私は愕然とした。
『ダルツォルネ? 彼ならボスを迎えに行く面子にはいないぞ。なんでもノストラード氏に別の用事を…………待て。彼がどうした?』
「もしかしたらカスに操作されたかもしれない。さっきネオンさんを迎えに来て一緒に帰ったって……」
『何だと!?』
「おい、場所を変えるぞ」
電話をかける私の肩に手を置いて声をかけてきたのは、いつの間にか喫茶店内に入ったらしいミルキだった。ちょ、おまここ女子トイレ……あれ、よく見たら男性用だった。焦って入る場所を間違えたのはどうやら私の方らしい。ま、まあ今はそんな事どうでもいいんだよ!
「奴らの居場所は?」
「問題無いぜ。こいつに追わせてるからな」
そう言ったミルキが指の先にとまらせたのは、何処にでもいるような小さな蚊だった。
「お前が相手するっていう大男も居たろ? 一緒に行くぞ。俺の能力範囲を越えたら追えなくなるから急げよ」
「カルト坊ちゃんは?」
「あいつはマハじいちゃんと別方向から追ってる。奴ら二手に分かれたんだ」
「そう」
急な展開だが、結果としては悪くない。当初の予定通り、ネオンさんという釣り針にやつらはまんまと引っかかったわけだ。
現在9月1日正午。……ヨークシンのオークションは、まだ始まったばかりである。