私は無駄に広いベッドの上で項垂れていた。その私の周りには今日の日付の新聞、今日の日付が表示される時計、今日の日付が書かれた日めくりカレンダー、今日の日付を告げるテレビ画面。
…………何度確認しようと、今日は2000年1月1日だった。
ウボォーギンとの戦いの後、一回目が覚めたのは覚えている。その時にたしかクラピカにウボォーギンとマチの遺体の埋葬をお願いして、後から文句言われたら面倒くさいからさっさと済ませようとゾルディック家に依頼完遂による報酬の支払いをしたんだ。
ちなみに私がゾルディック家に払った金額は518億4000万。旅団員全員の抹殺が完了したため当初予定していた予算を大幅に上回ったが、それでも私の貯金額はまだ500億以上残っている。我ながらよく貯め込んだものだ。
いや、それは今いいんだよ。
肝心なのはその後流石にしんどくてまた眠ったら、次に起きた時に時間が飛びまくってたってことだよ!! なんだよ何で四か月も経ってるの!? 普通に元気に目覚めたから日付確認するまで気づかんかったわ!!
点滴は打ってもらってたみたいだけど、普通四か月も眠ってたらもうちょっと衰弱してるもんじゃないのか。筋肉も全く衰えてなかっ…………ああ、これは補整下着の効果か。何だか長い夢を見ていた気がするから、寝相の要領で寝ている間に自分に能力をかけ直したっぽい。基本的に寝る時は流石に補整下着の効果をはずすけど、たまにあるんだよな。
…………あ、夢の内容だんだん思い出してきた。何故か死んだクソガキ共+αが出てきて散々文句言われたんだ。クッソ腹立つ。お前ら文句言える立場か。今までの自分らの所業を思い出せクソが。……ウボォーギンだけは文句は言ってなかったけど。でも大笑いしながら眺めてたな。何故か高級そうな酒瓶片手に。あと何故かマチがプリン食べてた。
そしてその夢の内容を思うと、体はとっくに回復しているくせに四か月も寝っぱなしだったのは奴らの呪いなんじゃないかって気がしてきた。
だって……だって! やっと奴らの処理が終わってゴレイヌさんに会いに行けると思ったのに!! 出遅れるどころかグリードアイランドを落札も出来ていなければ、バッテラ氏に雇っても貰っていないこの現状!! 呪い以外の何だと!!
あ、あいつら……! きっと死んでからも私の現状を見て指さして笑っているに違いない。忌々しい奴らめ。
とりあえず嘆いていても仕方ないので、必死でベッドに拳を打ち付けるのを堪えて(借り物のベッドを壊すわけにはいかない)から私は現状把握に努める事にした。
目覚めたのは妙に広くてホテルのように綺麗な個室の病室で、ナースコールで呼んだ看護師さんに聞いたところネオンさんの父であるライト=ノストラードが娘の恩人だからとこの病院と病室を手配してくれたとのことだった。そのため私が目覚めた事に関する連絡はまずノストラードファミリーに行ったようで、すぐさまネオンさんが電話をかけてきてくれた。わざわざネオンさん自ら直接連絡をくれるなど、我が師の情を感じ胸が熱い。
聞けばネオンさんは今実家に居るとのこと。
どうやらオークションには無事に参加できたようで、助けた事に対するお礼を言われた後はひたすらオークションと競り落としたお宝について語っていた。しかし帰ってから以前より仕事が増えて忙しいと話す様子は非常に不満そうで、「仕事増えたし、パパが前以上に外に出してくれなくなったの」と、ご立腹だった。……まあ娘がA級賞金首に狙われたとあればそれも当然か。むしろその盗賊が死んだとはいえ、オークション期間実家に連れ戻さなかっただけ懐が広いと言える。
ネオンさんはそんな愚痴をこぼしつつ、一方で「とにかく、エミリアの目が覚めたみたいでよかったわ! 心配したんだからね? 私、オークションの後一週間くらいヨークシンに留まってたのにエミリアったら全然目を覚まさないんだもの。……ねえ、今度うちに来てよ。オークションで競り落としたコレクション見せてあげる♪」とも言ってくれて、コレクションの内容はともかくそれがとても嬉しかった。うん、ゴレイヌさんとの結婚式(予定)には是非とも招待しよう。師匠枠か友人枠で迷うが。
そしてネオンさんに今度必ず訪ねると約束し少々の雑談を交えて会話を終えた後、次に連絡をくれたのはクラピカだった。どうやらネオンさんが私との通話が終わった後、クラピカに私が目覚めた事を伝えてくれたらしい。
聞けばクラピカはネオンさんの護衛チームのリーダーに昇格したようだ。人体収集家であるネオンさんのつては緋の眼を探すのに必須だろうし、このまま良好な関係を築きつつ出世してもらいたいものだ。……内心複雑ではあるだろうけど。さっきのコレクション自慢には緋の眼の内容も含まれていたし。
で、クラピカに私が寝ている間の出来事をだいたい聞くことが出来た。
私が毒と怪我の影響で目覚めない中、ヨークシンでのオークションは旅団の襲撃というハプニングも無く順調に行われたようだ。そしてゴンさん達は当初の目的通りグリードアイランドを競り落とすべく金策に奔走したものの、結局最低落札価格を稼ぐのもままならず、ゴンさんの提案でグリードアイランドを所有するバッテラ氏に直接交渉してゲームに参加させてほしいと申し出たらしい。でもって色々あって合格し、現在はグリードアイランドを攻略中……と。
うん。分かってはいたけどめっちゃ出遅れてる……!
ちなみにゲーマーとして同じくグリードアイランドに興味を持っていたミルキであるが、なんと旅団の件の後すぐに実家に帰ったらしい。帰る前に「ここにいると毒される」とぼやいていたとはクラピカ談。……あれだけグリードアイランドに執着していたのにどういった心境の変化かは知らないが、帰るのはいいとしてキキョウ先輩に私の件で何か言われていないだろうか。一応旅団討伐ではあいつもかなり役立ってくれたし、世話になった。だから少し心配ではある。……そのうち連絡してみるか。
で、そんなミルキと入れ替わるように、なんとカルト坊ちゃんがヨークシンに残ろうとしたっぽい。なんでも旅団討伐の際、尾行が終わった後は待機を命じられたらしくそれが非常に不満だったようだ。
カルト坊ちゃんは有能だし将来有望でもある。でもゾルディック家としては今のカルト坊ちゃんに旅団を相手に出来る実力は無いと判断したからこそ、待機を命じたんだろうけど……つい最近まで自分より劣っていると思っていた元豚次兄が戦闘に参加したのに「何で自分は戦ってはいけないのか」って感じに納得出来なかったみたいだな。ナチュラルに下の弟達に下に見られてた元豚がちょっと憐れではある。どんまい。
だから半年でミルキを鍛えた私の実績を持ち出し「今度は自分が鍛えてもらう」と言って、ククルーマウンテンに帰る時にここに残ると駄々をこねたらしい。……でもカルト坊ちゃんのことだから、それは半分以上口実だろうな。おそらく本命としてはキルアの元に残り、彼を家に連れ戻そうと画策していたに違いない。あの子重度のブラコンだから。
だけど鍛えてもらうにしても私が意識不明という事で、結局は実家に連れ戻されたんだとか。……たしかあの子、漫画だと幻影旅団に入団してたよな? なんか、気づけば近くに居そうで怖い。カルト坊ちゃん、しとやかな見た目に反してかなりアグレッシブなんだよな。流石はキキョウ先輩のお子さんといったところか。
そしてレオリオは故郷に帰り医大の勉強。クラピカは継続してノストラードファミリー所属。これが一応、四か月以内のみんなの動向である。
それぞれ意識を取り戻さない私を心配してくれたようだが、身体そのものは回復しているし、あとは目を覚ますのを待つしかないという現状だったためそれぞれの目的に向けて歩き出したようだ。私としても自分のせいで彼らの歩みを止めてしまうのは申し訳ないので、そうしてくれてありがたい。……私のせいでグリードアイランドに参加し損ねたとかなったらゴンさん達に申し訳なさすぎるしな。そもそも私は自分もグリードアイランドに目的があるとまだ彼らに伝えていなかったため、待っていて欲しかったと思うのはあまりにも身勝手だろう。
そういえば看護師さんがちょっと前……というか一昨日くらいに、銀髪の少年がこれを置いていきましたよと窓辺に飾ってあった花を指し示しながら微笑ましそうに教えてくれた。……キルアさん、来てくれたのか。って、そういや新年ってことはもうすぐハンター試験か! 多分会場に向かう前に顔出してくれたんだろうな。
なんか、凄く嬉しいのに申し訳ない気分だ。
でもって私であるが、この先どうしたものか。
グリードアイランド内に居るゴンさんには連絡が出来ないし、キルアさんは多分試験中だろうから連絡するのも憚られる。っていうか、まず二人には旅団の事を黙って済ませようとしていたことに対して謝罪しないとだから、出来れば直接会って話したい。クラピカにも「早めに謝っておいた方がいいぞ」と言われてしまったし…………。
出来る事なら、今すぐグリードアイランドに行きたい。でも現物も無ければバッテラ氏に連絡するツテもないんだよな……。もしツテがあったとしても、ハンターライセンスを持っているだけじゃ多分参加を認められない。選考会があったように、実力を見せて認めてもらわねばならないのだ。だけど実力を見てもらおうにも、すぐにその場を用意してもらえるかといえばそうじゃないだろう。せめて私にハンターとしての実績でもあれば違ったんだろうけど……。新米が自分のためだけにすぐ試験の場を用意しろと言っても、門前払いが関の山だ。
参加者であるキルアさんにハンター試験が終わったあと紹介してもらうという手もあるが、色々心配かけたっぽいのにいきなりそれをお願いするのは図々しくてちょっと出来そうに無い。……困った。
いや、でも…………でも!! 色々かなぐり捨ててでもやっぱりゴレイヌさんに会いたいゴレイヌさんに会いたいゴレイヌさんに会いたい!! 私この半年で今までにないくらい頑張ったよね? まだ色々足りないところがあるのは分かってるけど、もう我慢出来ない! 我慢するの嫌だ!! 今すぐゴレイヌさんに会いたい! 毎日の日課であるゴレイヌさんの写真にちゅーするのじゃもう物足りない! 生身のゴレイヌさんに会って、好きですって言いたい!! そして好きになってもらいたい!! 抱きしめてもらいたい!! 抱きしめたい!!!! 妄想じゃなくて生身のゴレイヌさんのぬくもりを知りたいし香りを嗅ぎたい!!
ゴレイヌさんゴレイヌさんゴレイヌさん! 私はあなたに恋してるんです愛してるんです好きなんです! 今すぐあなたに会いたいです!!
うわああああ! もう、本当に何で私四か月も寝こけてたの!! 起きてれば今頃グリードアイランドで愛しいゴレイヌさんと出会えてたのに!!
私は頭を抱えてベッドの上で寝転がったままじたばた動いて嘆き、悶え、考えた。
やはり最有力候補の案はキルアさんに協力を要請するというものだったが、他の方法があれば出来ればそちらを選びたい。ただでさえ迷惑と心配かけたのに、これ以上お世話になるのは……ゴレイヌさんに会いたい気持ちがいくら大きくても気が引けた。こうして改めて考えてみると、初めはゴレイヌさんと仲良くなる人物だから、ゴレイヌさんとの結婚式(予定)の参列者になってもらいたいからという理由で友好を結ぼうとしたのに、いつのまにか彼らの存在は私の中で随分と大きなものになっていたようだ。
ともあれ理想としては何らかの方法を見つけ単独でグリードアイランドに行き、そちらでゴンさんキルアさんに再会してまず開口一番に謝る。謝って謝って謝り倒し、パーティーに加えてもらう。そしてゴレイヌさんに会う! これだ。これこそ理想だ。でもそうなると、やっぱりグリードアイランドにどうやって行くかが問題になってくるわけで……。
……困った。本当に困った。
私が悩んでいると、担当だという医者が検診に来た。四か月眠りっぱなしだったにも関わらずぴんぴんしている私を見て「何でそんなに元気なんですか……」と怯え……呆れていたが、昏睡状態だった患者が目覚めて元気になったんだから祝福してくれてもいいと思う。まあそれはいいとして、とにかくすぐに退院出来るように手続きを頼んだ。一応色々検査をするからすぐには無理だと言われたけど、そこはハンターライセンスを黄門様の印籠のごとく振りかざして強行した。といっても検査を無視するってわけじゃなく、早めに済ませてくれとお願いしただけなんだけども。……体に何かしらの不調がある状態でゴレイヌさんの前に出たくないし。
そして医者が検査の用意をするからと部屋を去った後だった。再び病室のドアが開いたが、そこに居たのは医者ではなく不本意ながらよく見知った人物。
「や♥」
入って来たのは真っ赤な薔薇の花束をかかえたスーツ姿のヒソカだった。え、何これ悪夢の続き? なんで目覚めて一番に会いに来る相手がこいつなんだよ。……でもピエロスタイルで来なかったことは褒めてやろう。無駄にイケメン風なのが癪に障るが、奇妙奇天烈な人間が見舞いに来たら来られた私がまず恥ずかしいからな。ちょっと恥ずかしいが見舞いの品を持ってきたところも感心できる。
「君が目を覚ましたって聞いてね♦ はい、お見舞い♠」
「……ありがと」
とりあえず花に罪はないので受け取った。……正直花束をもらうなんて生まれて初めてだったから、ちょっと嬉しかったのは内緒である。
しかし相手はヒソカである。普通に見舞いに来たなどと思うものか。
「で、何。クロロとの戦いが不完全燃焼で終わったから、次は私と戦いたいとでも?」
「話が早くて助かるよ♥ ……あ、妹がお世話になったね♦ 二人で話したいから、ちょっと下がってくれるかな?」
私はヒソカが部屋の入口に居た、おそらくはこいつを案内して来たであろう看護師に向かって言った聞き捨てならない一言に耳を疑った。
「おい待て何だ妹って」
「君が目が覚めたら真っ先に連絡がもらえるように、身内だって説明しておいたんだ♥ ちなみに腹違いで生き別れで最近やっと再会したって設定♠」
「殺すぞ」
何てこと言いやがる。というか、病院側はそれ信じたのか。嘘だろ。ものの見事に騙されてノストラードファミリーと同時くらいに連絡してんじゃねーよ! 顔の作りが全く違うだろうが! ムカつくけど顔の良いこいつと私では似ても似つかな……腹違いとかいうふざけた設定はそのためか。無駄に芸が細かい。何してんだこいつ。暇つぶしにしても質が悪いわ!
しかしいちいち突っ込んでいる時間も無駄だし、とりあえず流すことにする。妙な誤解は後で解けばいいだけだ。
「……そういえば、お前ずっとヨークシンにいたの?」
「いや、流石にずっとじゃないよ♠ 今日はたまたま買い物に来てたんだ♦」
「ふーん」
「聞いておいてその反応は失礼じゃない? 買い物って言ったけど、君の様子を見に来るついでだし♠️ ……結構まめに通ってたんだよ? 君がいつ目を覚ますかなって、待ちながらね♦」
まさかこいつに失礼と言われるとか。屈辱である。
それにしても暇だなコイツ。いくらクロロとの戦いに横槍が入ったからって、途中までは満足できる戦いだったんだろう。わざわざ昏睡状態の相手の目覚めをちょくちょく様子見に来て待つとか暇か。暇だな。
…………うん? そういえば、こいつって……。
「ところで、元気そうだね♥ 僕の目的も分かってるみたいだし、どうかな? このあと♠️」
言うなり、病室の中をヒソカの殺気が満たした。しかし私としてはたった今思いついたアイデアを脳内で煮詰めるのに忙しい。
何も反応しない私にふいにヒソカが手を伸ばしてきたが、私はそれを叩き落とすと勢いよく顔を上げてヒソカを見た。
「お前今暇だよな」
「え、今の話聞いてた?
「よし暇な」
「だから話を聞いてたかい?」
不機嫌そうに眉根を寄せるヒソカだったが、ちゃんと話は聞いている。
「わかった。お前にも世話になったし、後でいくらでも相手してやる。勝つのは私だけどな。死んでも文句言うなよ」
「それはお互い様♥ でも、申し出を受けてくれて嬉しいよ♦ 隣であんな戦いを見せつけられたもんだから、ずっと闘いたかったんだ♥」
ヒソカが気持ち悪いオーラと殺気を更に高めてねっとりとした薄気味悪い笑みを浮かべるが、残念だがすぐにこいつの要望に応えてやるわけじゃない。何事もタダでは無いのだ。
「けどその代わり、ちょっとゲームに付き合ってもらうわよ」
「ゲーム?」
「そう。ちょっと待ってなさい」
私はすぐさまネオンさんに電話をかけ、彼女の父であるライト=ノストラードに繋いでもらう。そしてネオンさんを助けた礼をくれと図々しく要求した。その内容であるが、当然今のところ全く必要としていない金銭ではない。私が求めたのは、バッテラ氏に関わる誰かへの連絡手段だ。
そして私はつながった電話の先にこう告げた。
「天空闘技場のフロアマスターヒソカが、グリードアイランド攻略に協力したいと申し出ている。取り急ぎバッテラ氏にご連絡を」