港町ソウフラビの灯台にてレイザーに勝利し、"一坪の海岸線"を入手した後。ゴン達はツェズゲラ組、ゴレイヌ等と別れ、彼らが作ってくれた時間の中で怪我の回復、修業、ゲンスルー達を倒す手立てを考える事になった。
そんな彼らの傍らで、好きな相手にふられたエミリアの様子はといえば…………死んだダンゴムシのようだった。もしくは深海から陸の浜辺に打ち上げられて、そのまま腐った深海魚である。
しかしガッツだけはあるようで、ぐずぐずに濡れたティッシュのような様相ながらエミリアはすぐにゴレイヌを追いかけようと試みた。しかしその尻を蹴とばすように叱咤し、今はやめとけと説き伏せ諭したのはビスケット=クルーガー。人生の大先輩だ。
それに対してエミリアは最初こそ駄々をこねたものの、もともとが人生経験に乏しく子供っぽい彼女である。そんなエミリアが、がっつり57年もの経験値を有するビスケに口で勝てるはずもなく……とりあえずゴレイヌへの再アタックは、この件が終わった後にするということで納得する事となった。もちろんその納得には血涙を流さんばかりの我慢が含まれているのだが、ビスケが「このまま再挑戦しても改善点を直さなければ結果は同じだわさ。またフラれるのは嫌でしょ? その改善点を見つけてアドバイスしてあげるから、今は我慢なさい!」と更に言葉を重ねた事で、ようやく希望を見出したのか、腐った深海魚から市場に並ぶ死んだ魚類程度まで気力が回復し今に至る。
エミリアのあまりの落ち込み様にどう声をかければいいのか迷っていたゴンとキルアは、そのやりとりを見て「流石年の功……」と、ビスケの本来の年齢に相応しい経験値を垣間見、少しばかり尊敬の念を抱いたのは余談である。
…………ちなみにこの場にはヒソカも居るのだが、ふ抜けた上に酷く面倒くさくなっている今のエミリアに興味がないのか「自分は関係ない」とばかりにトランプタワーに興じていた。でこぼこした不安定な地面でトランプタワーを積み上げる技量は流石であるが、清々しいほどの無視っぷりである。
だというのにエミリアが多少持ち直したところで「あ、終わった?」と会話に混ざってくるあたり、ちゃっかりしている。全員から「この野郎」という視線で見られようが気にするふうでも無く、そんな彼に対してビスケもすでに猫をかぶるのを止めていた。
「そういえばエミリア。あんたの念、回復のやつだけど……まだ使える?」
そしてゴンとキルアの修業再開と相成ったところで、まずビスケがエミリアに問いかけた。現在多少回復させたとはいえ、キルアが両手に負っている怪我は重傷。修行するにしても、まずその回復が優先である。
もしこの場にエミリアが居なければゴン単体での修業がメインになっただろう。しかし先ほどゴンの額、ツェズゲラのわき腹、キルアの手と……完璧な回復とはいかないまでも、他者の体を癒せる能力者がこの場に居るのだ。出来るならキルアの回復をし、体格が近く同時期に念の習得をした二人で修業を続ける方が望ましい……というのがビスケの意見。
それに対してエミリアは少々考え込むと、自分のオーラが回復するまでのおおよその時間の見当をつけた。
「えーと……ちょっと厳しいです。あの能力は単純に私のオーラを消費して発動するんですけど、今はそのオーラがほぼすっからかんでして……。少なくとも全快までは一日くらい費やします」
それに対して呆れたのがキルアで、心配そうに眉根を寄せたのがゴンだ。
「お前さ、後先考えて能力使えよな。ほぼすっからかんとか聞いてねーぞ」
「エミリアさん……。傷を治してくれるのは嬉しいけど、それだとエミリアさんが危険だよね? あんまり無理はしないでほしいな」
「え、あ、その……ごめん……。試合であんなんだったから、ちょっとでも役にたてたらって思ったんだけど……」
少年二人の言葉に、心配してもらえる事は嬉しいながら「また空回ってしまったのだろうか……」といった様子で落ち込むエミリア。それを見たビスケは軽くため息をつくと、エミリアにデコピンをくらわせた。
「あだ!?」
「要は加減をしなさいってこと。実際、怪我の回復が出来る能力は有用だわさ。けど酷使しすぎて術者自身の防衛力が下がれば状況によっては悪手でしかない。恋愛でもそうだけど、あんた何事も全力すぎるのよ。改善点その1、ほどほどを覚える! いい?」
「は、はい……! 勉強になります!」
「うむ、よろしい。……全力すぎるのは考え物だけど、素直なのはいいところよ。頑張んなさい」
「ありがとうございます!」
早速新たな師弟関係が構築されているエミリアとビスケを見て、「あいつコミュ障のくせに順応力は高いよな」と妙な納得をしたのはキルアである。自分の母親といい、マフィアの娘といい、彼女が師と仰ぐ女性はそれぞれ別ベクトルに濃い。そしてそれが全て「女子力」という謎の力を求めてのものなのだから奇妙なものである。
一応エミリアが目指しているものは朧気ながら分かるのだが、それに関わる女性陣が例外なく特殊性を有しているため、最近キルアの中で「女子力」という力は得体が知れないものとなっていた。
ともあれ、今のところエミリアの有する回復手段が使えないとなれば方針は変わってくる。
「じゃあ、今日はゴンの修業を優先させましょうか。キルアは自分の出来る範囲で怪我の治療に専念、あとゲンスルーをハメる作戦を考えててちょうだい」
「押忍! よろしくお願いします!」
「りょーかい」
ゴンが元気よく返事をし、キルアが軽く了承する。
しかしそうなると、大人組が余るわけで。
「暇だし、僕もイロイロ教えてあげようか? 手取り足取り♥」
話の区切りがついたところで、まず口を開いたのはヒソカだ。
彼はエミリアのゲーム攻略を手伝った延長線上……ほぼ成り行きでこの場に居る。肝心のエミリアと戦う約束は、無茶な条件を提示され先送りにされているのが現状。そのためヒソカは今、暇だった。
レイザーとのドッジボール対決で少々の満足感は得たものの、直接の殺し合いを好むヒソカとしては物足りない。となれば持て余す暇を埋める手段として、目をかけている青い果実に自分の手で何かを教えるのもまた一興。……そう思ったのだが、その案は少年二人の全力の拒否をもって却下された。言葉に含みがありすぎるので、当たり前の結果である。
それに加え、特にゴンにとってヒソカはいずれ対等に戦いたいと思っている人物。教えを乞う相手ではない。
そして残念そうなヒソカを押しのけて、続いて言葉を発したのはエミリアだ。
「あの、クルーガー先輩。私に何か修行で手伝えることありますか?」
控えめに挙手をしたエミリアに、ビスケはしばし思案する。
実のところエミリアを引っ張ってきた理由は彼女の能力、ゲンスルーとの戦いやゴン達との関わり云々の建前を置いておいて、なんとなーく「駄目だこの子なんとかしないと」という謎の使命感染みた感情を抱いたから、というのが大きい。要は初対面からこれまでの空回りっぷりを見て放っておけなくなっただけなのだが、さてどうしようかと考えればもてあます。ついでに面倒を見てやると言ったはいいが、精神面はともかく能力者としてはおそらくそれなりに完成しているだろう相手。共に行動することになった今、どういった役を割り振るのが最良だろうか。
「そうねぇ……。やっぱり一番はキルアの治療をしてもらいたいけど、聞いた感じ他人の治療は得意そうじゃないし……」
「す、すみません……」
「謝る事無いわさ。あれ、自分の回復にあてるだけなら申し分ない感じでしょ?」
「あ、はい。自分の回復だったらオーラの消費も少ないし、回復の度合いもかなり違います」
「やっぱりね。だけどそれを他人に使うとなれば、オーラの性質を別物に変換して放出する必要が出てくる。それを強化系……よね? 強化系のあんたがあの精度で出来るのは、今までの修業の成果。誇っていい事よ。ただこっちの都合でちょっと期待しすぎちゃっただけだから、そこは気にしないでちょうだい」
そう言えば、エミリアは目に見えてほっとしたように息をつく。それを見て分かりやすい子だと思いつつ、ビスケはエミリアとその隣に居るヒソカを交互に見た。そわそわしているエミリアに対して、ゴンとキルアに修行の手伝いを拒否されたヒソカはどこか退屈そうだ。そして様子を窺うビスケに気が付いたのか、ヒソカは軽くため息をついてから口を開く。
「手伝いも断られた事だし、僕はちょっとはずしていいかな♦」
「え、ヒソカお前どっか行くの? 」
「あら、いいの? あんたゴン達の修業眺めにきたんでしょ」
「そのつもりだったけど、二人は嫌そうだしエミリアはこんな感じだしねぇ……♠」
「こんなって何よ……」
「自分で考えたら? とにかく、僕はちょっと羽を伸ばしてくるよ♦ グリードアイランドにはまだ居るつもりだから、何かあれば
羽をのばす。その言葉に、ビスケとキルアが「ああ、子守に疲れたんだな」と察した。その視線は何処か生暖かい。
エミリアはオーラが回復したら礼もかねてヒソカの指も治してやろうと思っていただけに不満そうだが、もともと気まぐれで付き合ってくれていたような相手だと思い直す。声をかければ応えてくれると言うのだし、ここは無理に引き留める必要もあるまい。
「わかった。でもちゃんと声かけたら応えなさいよ」
「はいはい♠」
そういうわけでヒソカは一時離脱。
ここからしばらくエミリア、ビスケ、ゴン、キルアは4人で行動する事となったのだった。
ゲンスルーとの戦いまで、(最長)あと三週間。
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ゴレイヌさんにさくっとフラれてしまった私。
あまりのあっけなさにこの一年は何だったのかと凄く落ち込んだ。だって私、この一年で本当に変わりたいと思ったし……変われたと思う。
全部ゴレイヌさんがきっかけで、全部ゴレイヌさんのためだった。
天空闘技場へ稼ぎに行く以外はほとんど外へ出ようとしなかった私が、自分の意志で外へ飛び出してハンター試験を受けた。これはゴレイヌさんに会った時に、自分で勝ち取った清く正しく誇れる身分証明書が欲しかったから。
ゴレイヌさんと結婚した時の事を考えたら、結婚式に呼べる友達が一人もいないことに気が付いた。のちに彼らも私にとってかけがえのない存在になるのだけど、ゴンさん達と友達になりたいと……人見知りというか、人と関わるのが嫌いだった私が思ったきっかけは、結婚式の参列者が欲しいからで。
試験を経て、自分の女子力と人間力の低さを自覚した。そしてそれを打開すべく、どっぷり浸っていたオタク趣味を全部捨ててリセットして、キキョウ先輩、クラピカ、我が師ネオン、ミトさんなどの協力の元、淑女力を、家事力を、ファッションセンスを磨いた。
ゴレイヌさんと幸せな家庭を築くべく、そして何より愛しいゴレイヌさんに被害が及ばないように長年の腐れ縁に決着をつけた。死にかけた上に500億くらい使ったけど、後悔はない。
全部、全部ゴレイヌさんのため。
私の勝手な、一方的な想いだとは分かってる。でも実際に会って好きという気持ちがあふれ出して……断られたとはいえ、私の気持ちを伝えることが出来た今。やっぱり諦めるなんて出来ない。
好き。ゴレイヌさんが、好き。
ゴレイヌさんを好きになる事で彩られた私の世界には、やっぱりゴレイヌさんが必要なのだ。
で、諦めきれないし本当は奥さんが居ないと分かった事でリトライする気満々なのはいい。いいが、今私とゴレイヌさんの距離は物理的に遠い。しかもそれを縮める事が出来ない現状に、私はひたすらストレスを溜め続けていた。
私がゴレイヌさんにフラれ(くっ……!)た後、キルアさんに眼鏡をとられ右往左往していた私を問答無用で引きずって行ったのはクルーガー先輩だった。
放してほしい、今すぐゴレイヌさんの元へ行かせてほしいと懇願したのだが……それについては「今ゴレイヌはツェズゲラたちと組んで大事な仕事中なわけよね。そこに浮かれた春色頭でほいほい行って、チームワークを乱したらどう思われるかしら? せめて今はやめときなさい。恋の駆け引きってのはね、意気込み以上にタイミングってのも重要なのよ。そこんとこよく考えて、自分が今どうするべきか決めるといいわさ」といった言葉をはじめとして、クルーガー先輩に滾々と諭されてしまった。正論過ぎてぐうの音も出ない……!
私としても気持ちでは納得できなくても、頭ではその意味を理解できた。だから暴れそうになる感情に無理やり理性で蓋をして、今はただ耐えている。
そして気分を切り替えてゴンさん達の修業の手伝いでも出来ればいいと考えたのだが、そこで何だかんだで居座ると思っていたヒソカがあっさりと離脱していった。あとで合流してくれる気はあるようだが、ゴンさんキルアさんの修業風景を見物する気だと思っていたので少々意外である。本当に気まぐれだなあいつ……。まあ今に始まった事じゃないか。
むしろここまでゲーム攻略を手伝ってくれただけいい奴だよな。ゴンさんとキルアさんにしてもヒソカにケツを眺められながら修行するのは居心地悪いだろうし、現状でのヒソカの一時離脱はむしろありがたい。
贅沢を言えば別行動中に
とにかく今はこの件が終わるまで修業を手伝いつつ、クルーガー先輩にご指導賜ろう! これまで頑張ってきたつもりだけど、フラれた事を省みるに今の私ではクルーガー先輩の言う通り再度告白してもまたふられるだけだ。だったら今はわずかな期間とはいえ、自分磨きに努めなければ。
ああ、ゴレイヌさんゴレイヌさん。やっぱり私はあなたを諦められません! だから次に会った時……今度こそ愛してもらえるように、女子力強化合宿頑張ろうと思います。だから待っていてくださいね。私、あなたに相応しくなるために頑張ります!
【ゴン、キルア、ビスケ:念修業および指導再開】
【エミリア:ビスケによる女子力強化合宿スタート】
【ヒソカ:暇つぶしに恋愛都市アイアイへ】
ゴレイヌさんが出てこなくなった途端筆が重くなって思いのほか難産だった件