高坂穂乃果の廃校回避RTA【完結】   作:鍵のすけ

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高坂穂乃果は動き出す

 小さな一室で記者と対談する女子高生がいた。明るい色をした髪をサイドテールにしている見るからに活発な印象を与える美少女である。

 粘り強い交渉と綿密な日程調整の末に成し遂げることが出来た今日の取材。筆を走らせる手が止まらなかった記者は事前に申請しておいた質問事項をあらかた聞き終え、そして最後に“簡単な質問なら……”と思い、彼女へこう尋ねた。

 

 ――何が貴方を、そうさせたのでしょうか?

 

 ほんの少しの間を置き、彼女は花を咲かせたような笑顔でこう答えた。

 

 

 ――こうすれば一番早くなるかなと思ったので!

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 この物語における()()()とは高坂穂乃果、園田海未、南ことり、この三名がカメラに映るところからである。

 桜の花びらが舞う校舎の前、センターの高坂穂乃果がその澄んだ声で視聴者を釘付けにするところからスクールアイドルグループ『μ's』の伝説が始まる――!

 

 

「目指せ最速廃校回避! どうせまた歌うシーンあるからここは飛ばすよ!」

 

 

 ――のが本来なのだが、それはそれでこれはこれ。

 眼を閉じていた海未、ことりを置き去りに歌いもせず走り、階段から飛び降りる。ここで穂乃果は事前に練習していたモノローグをやや早口で語り切り、場面は全校集会へと移った。

 

「この音ノ木坂学院は廃校になります」

 

 廃校の“は”の辺りから穂乃果は海未とことりを引きずり全校集会を後にする。“音ノ木坂学院は”の辺りで抜け出したかったのだが、そこを言い切るまでが悔しいかな強制イベント。イライラしつつ穂乃果は廊下の掲示板の前に立ち、明日になると張り紙が張り出される箇所で夜を明かした。

 そして再び発生するモノローグ読み上げイベント。穂乃果はさくらんぼのヘタを何度も何度も舌で転がすことによって鍛え上げたその滑舌で流暢かつ迅速に喋り切るやいなや、隣で眠っていた海未とことりを叩き起こし、張り紙へと視線を向けさせた。

 

「嘘……!」

 

 瞬間、穂乃果は自ら意識をカットした。次に喋るのはことりであるが、自分が喋った時点で意識を飛ばせるのは事前に調査済みである。

 

「穂乃果ちゃ~ん!」

「この子、自分で自分の首筋に手刀を入れるだなんて……」

 

 何はともあれ、そこは心優しい親友二人。オープニングが流れている間に優しく保健室へ運び込み、穂乃果をベッドに寝かしつけ、教室へと戻っていく。

 

「目覚めたよ!」

 

 時間にして約一分三十秒。この時間はイライラポイントなのだが、そこはどうしても避けられないポイントなので気にしない。

 保健室を飛び出し、全力疾走。超有名アスリートの走行フォームを研究しつくした効率的な走りで、廊下を駆け、大事な友人三人組であるヒデコ・フミコ・ミカを軽く無視し辿り着いたのは教室だ。

 

「海未ちゃん! ことりちゃん! 中庭に行ってお弁当食べるよ!」

「ほ、穂乃果ちゃん!? 大丈夫なの!?」

「そうですよ穂乃果! それに廃校は――」

「廃校だよね! だから中庭に行くよ!」

「話を聞きなさい!!」

 

 ドン引きする海未とことりを引っ張り、目指すは中庭。海未が現状の整理を提案してきてくれたので、丁寧に断り、穂乃果は逆に廃校についての概要をぺちゃくちゃと語り出す。その鬼気迫る表情と語る内容が大体合っていたのでただただ頷くことしか出来なかった海未は、目の前にいる彼女は本当に自分の親友なのかと疑いの眼差しを向けてしまったのは秘密である。

 

「今の一年生は後輩がずっといないことになるのですね……」

「ファイトだね。あ、そろそろ生徒会長と副会長来るから海未ちゃんとことりちゃん立つ準備しておいてね」

「ど、どうして分かるの穂乃果ちゃん……?」

 

 黙してカウントすること二分後、草を踏みしめる音が聞こえた。

 

「ねえ――」

「ちょっと良いですよ!」

「ひゃっ!」

 

 突如立ち上がることほのうみに戸惑いの表情を隠しきれず、妙な声を上げることになってしまったのはこの音ノ木坂学院生徒会長である絢瀬絵里、後ろでくすりと笑うは副会長の東條希。どちらも、序盤の壁であると同時に時間短縮の鍵を握る超重要人物である。

 次に来る会話に向け、穂乃果は事前に打ち合わせをしておいたことりへ軽く目をやった。

 

「……こほん。南さん――」

「わ、わわ私も今日知りました! 何も! 知りません!」

「え、ええっ!?」

 

 賢くて可愛いと評判の生徒会長も流石に聞こうと思っていた会話に対する解を返されては目を丸くし、後ずさるしかなかった。だが自分にもプライドと面子はある。中庭でこちらの様子を伺っている他の生徒達の前で醜態を晒すにはいかなかった。

 

「……そう。いきなりごめんなさい。ありがとう」

「よし、海未ちゃんことりちゃん! 授業行くよ! 失礼します生徒会長に副会長!」

 

 二人を担いで教室へと走り出す穂乃果の後ろ姿を見送りながら、絵里は隣にいる希へつい聞いてしまった。

 

「……私、あの子達に喧嘩でも売られていたのかしら」

「って言うには少々違う気もするんやけどなぁ」

 

 それから穂乃果は授業が終わると直ぐに帰宅し、雪穂からUTX学院のパンフレットを見せてもらい、その場で反復横飛び五往復、逆エビ反りからのハンドクラップを三セット行い、その日は就寝した。

 これが確実に明日へ繋がっていくのだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「来たよ! UTX学院!」

 

 すぐさま穂乃果は辺りを舐め回すように散策し始めたので、確信は持っていたがそれでも出会うまではドキドキものだ。これが恋なのかと少々物思いに耽っていると、UTX学院の校舎外に備えられている大型モニターを眺めている少女を見つけた。

 

「ああ『A-RISE』はやっぱり良いわねぇ……」

 

 そう満足げに感想を漏らすちまっこい黒髪ツインテールの不審者またの名を矢澤にこ。このアイドルオタクと、ついでに彼女の隣でモニターを見上げている小泉花陽と星空凛と出会うのは本来ならばもう少し後の時間になるのだがそこは高坂穂乃果。抜かりはない。

 昨日行った反復横飛びと逆エビ反りからのハンドクラップで既に乱数調整は実行済み。実は三人が同時に現れる確率というのは非常に低い。中でも狙った日に三人が現れる時間というのは三パターンしかない。今回穂乃果は最も調整が一手間だが最速の時間帯に現れるパターンを採用した。

 さりげなくにこの横を陣取り、声を掛ける。

 

「あの」

「何? 今忙し――」

「スクールアイドルですねあの人達は」

「んなこと分かってるわよ! いきなり何よあんた!?」

「あ、ちょっと失礼します」

 

 既にフラグを満たした穂乃果は手早くにこと自分の身長を手で測り、鼻で笑い、すぐさま逃走する。

 

「じゃ!」

「止まれぇぇ!! あんた今にこと自分のどこを比べたのよぉ!? こら! 止まりなさぁぁぁい!!」

 

 にこが全力で追いかけるもホップ、ステップ、ジャンプで加速度的に距離を離す高坂穂乃果に置いつくなどまず不可能な訳で。

 日頃から赤い帽子とお髭がダンディーなおじさまが登場するゲームをプレイしている穂乃果にとってはこの程度の動きなど朝飯前である。連続走り幅跳びで一気に学校へ到着した穂乃果はすぐに教室へと向かった。

 

「海未ちゃん! ことりちゃん! スクールアイドルやろう! スクールアイドルってのはね」

 

 すぐさま穂乃果はノートパソコンを置き、昨夜作成しておいたスクールアイドルについてのプレゼン動画を流し、魅力を熱弁する。

 

「まあまあまあ海未ちゃん。いきなり居なくならないでよ~」

「なっ……!? 殺していた私の気配に気づくなんて……!!」

 

 教室を出ようとした瞬間を狙い、海未を羽交い締めにしながらそう穂乃果はにこやかな笑みを浮かべた。どうせ言うセリフは同じである。ならば最速を狙うのが当然であろう。

 

「ほ、穂乃果ちゃんってこんなにすごかった……かなぁ?」

 

 ことりが酷く引いた目で見ていたことは分かり切っていたが、ここで目を合わせてはきっと自分にとって拭い難いトラウマが産まれるのは確実であった。故に、穂乃果はその頬に一筋の水滴を伝わらせるだけに留めておいた。

 『アイドルは無し』と海未からのお言葉を頂戴するや否や、穂乃果は次のポイントに向かうことにした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「良し時間だ」

 

 一年生の教室があるフロアのロッカー、ここが一番音楽室に近い。今回のターゲットであるピアノが得意な美少女、西木野真姫はいつも音楽室でピアノを弾くのだが、ただ特攻するだけでは気味悪がられて音楽室に近寄ってくれない可能性がある。

 なるべく隠れられて、尚且つ音楽室へ急行できるポイントは唯一このロッカーだけなのだ。いきなりロッカーの扉が開けられて、見ず知らずの一年生達が驚いているが、そこに構ってやれる時間はない。

 

「いた!」

 

 歌っていた。音楽室でピアノを弾きながら西木野真姫は楽しそうに歌っていた。しかしここですぐに突入するのはNG。彼女の機嫌をそれほど損ねず、かつ最速のタイミングはサビに入ってすぐ。

 

「うえぇぇ!?」

 

 超一流クラシック演奏楽団顔負けのボリューミーなハンドクラップで真姫の意表を突くなり入室。そしてすかさず一言。

 

「可愛いね! 何だか昔からピアノ大好きな人の演奏だった気がするね! あと可愛い!」

「ちょ! ちょちょ、ちょっと!? 何言ってんのよ!?」

「スクールアイドルやろ!? ねえやろ!? ちょっとだけで良いから! ちょっとだけで良いから!」

「何それ、意味分かんない!」

「大丈夫! そのうち意味分かる日が来るから! じゃ!」

「あっ! 待ちなさいよ! ねえ! 待ちなさいよ!」

 

 順調にフラグを立てていく穂乃果が次に向かう場所は校舎裏であった。ここへ到着するまでに時間を短縮する隙があることを知っていたので穂乃果は早速廊下の窓を開け、飛び降りた。

 

「よっ!」

 

 一言気合を発すれば窓の縁に五指を掛け、勢いを殺し。

 

「ほっ!」

 

 更に一言気合を入れれば己が培った功夫で着地の衝撃を和らげた。真の乙女の姿が、そこにはあった。

 しかしこんなことはあくまで一発芸。時間短縮を可能にするために習得した移動術だ。大した感慨はない。むしろ、重要なのはここからである。

 

「ほいほいほいほいほいほいほい!!!」

 

 わざとらしいダンスの練習をおっぱじめる穂乃果。やってる最中も気配を探ることは欠かせない。

 あえて転ぶこと数回。ついに海未とことりがやってきた。つい文句を言いそうになったが、そこは頑張って飲み込んだ。

 

「一人でやっても意味がありませんよ。やるなら――」

「三人でやらないとだよね! もー分かってるよー! さあことりちゃん海未ちゃん! 行こうか! 生徒会室へ!」

「穂乃果!? ちょ! 何ですかその言い方は!? ちょ! 穂乃果ー!!!」

 

 既に書き終えていた部活動申請書が懐にあるのを確認しつつ辿り着いた生徒会室。耳を澄ませると、絵里と希が仕事の話をしているようだ。

 

 ――先手必勝。

 

 ここで少しでも向こうのペースにさせてしまっては今からやることの効果が半減する。だからこそ穂乃果は扉を開け放つ瞬間を天下分け目の決戦と据えた。

 

「失礼します! そしてこれは申請でぇぇぇぇす!!!」

「えりちかっ!?」

 

 開放一番、穂乃果は丸めた部活動申請書を絵里の顔面へぶつけ、そそくさと生徒会室を後にした。

 

「どうせ認められないんですよねぇ!? あと二人、頑張りまぁぁす!!」

「ちょっとそこに座りなさい高坂穂乃果ァァァァァ!!!」

 

 あらかじめ設定しておいた隠れ場所に行かなければ今頃は屋上で吊るされていただろう。そんな紙一重のやり取りを交わしつつ、穂乃果と海未、そしてことりは一先ず帰宅するため、校舎の前までやってきた。

 

「海未ちゃん」

「は、はい?」

「ちょっと『どうすれば?』って言ってもらえる?」

「は?」

「お願い! 早く! 時間無いから!」

「ど、『どうすれば』……」

 

 完璧のタイミングである。これで穂乃果を遮るものは何もなかった。

 紡ぎ出すは始まりの歌。ここからまた約一分三十秒のイライラタイムが始まる。だがそれは同時に穂乃果の思考リラックスタイムと同義。

 出だしは好調。今のところは可能な限りの時間短縮に成功していると言って良いだろう。しかしまだまだだ。いわばこれはプロローグ。高坂穂乃果にとっての、廃校回避タイムアタックはここからが始まりなのである。

 頑張れ高坂穂乃果! 君の音ノ木坂学院最速回避タイムアタックは、ここから始まるのだ!!!

 

 

~高坂穂乃果の廃校回避RTA 完~




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