「さあ、
案内されて連れて来られた場所は、横一列に並んだ狙撃スペースに、その奥に広がった凹凸が激しい荒野のような広場だった。
ボーダーの
ひとしきり部屋を見回した後、今度は今の自分の姿を確認しながら、心の中で小さく呟く。
──トリオン体、だったかしら? 体感しても信じられないわね、これが人工的に造られた体だなんて。
不意に自分の目元に手をやる。いつもならセルフレームのメガネが指に当たるが、今はそのメガネは存在しない。代わりに服装はC級隊員共通の白い訓練服になっている。トリオン体に換装して身体能力が向上している影響か、心なしか体が軽い。感覚的に言えば、ALOの中にいるように感じる。
詩乃がボーダーに入ることになった切っ掛けは行きつけの喫茶店、《ダイシー・カフェ》の店長エギルからの薦めだ。話を聞くと、彼の友人がボーダーで働いており、その友人が近頃ボーダー入隊する新人
そこでエギルは『身近に
詩乃はVRMMOの1つ《ガンゲイル・オンライン》通称GGOを《シノン》という名でプレイしている。その実力はGGO内でもトップクラスで、
そこへさらに同時期に入隊予定だった友達、明日奈に『一緒に入ろう!』と強く後押しされて、そのままなし崩しに入隊することになった。
もちろん最初は乗り気ではなかった詩乃だったが……
──ま、あいつも居るのなら、悪くないかもね。
と、かつて自分を救ってくれた少年のことを思い浮かべながら、入隊を受け入れた。
そんなことを考えていると、今回の入隊指導の責任者である赤いジャージ風の隊服に身を包み、両脇に振り分けた髪と細めの目が特徴の《嵐山隊》所属の少年──
「キミたちにはここでまず、訓練の流れと
30人近い隊員が入隊したにも関わらず、
「よし! じゃあ正隊員にも手伝ってもらいながら、
そう言うと佐鳥は実際に使用する狙撃銃をC級隊員全員に見せながら説明を始めた。その説明によると、
《イーグレット》──射程距離を重視した標準型。弾速も性能も高く、威力もある万能タイプ。ボーダーの
《ライトニング》──軽量級の弾速重視。威力は低いが目標に当てやすく、速射性能も高い。手数で勝負するタイプと言える。
《アイビス》──重量級の威力重視。一撃の威力は高いが、弾速が遅く当てにくい。大型トリオン兵との戦闘で使用されるケースが多い。
「まぁ百聞は一見に如かずってことで、誰かに試し撃ちしてもらおうかな。じゃあ……そこの女の子!」
私? と、佐鳥に指を差された詩乃は目を丸くした。だが呼ばれて答えない訳にもいかないので、すぐに集団より1歩前に出て佐鳥に向き直る。
「それじゃあ実際に撃ってもらおうか。どれでも好きな銃を選んでよ」
佐鳥の声を聞きながら、詩乃は目の前の机に並ぶ3種の狙撃銃に目をやった。
好きな銃……そう言われた時点で、詩乃の中ではどれを使うかは決めていた。最初の説明の時から、すでに気になっていた銃があったのだ。
「……これを」
詩乃がそっと手に取ったのは《アイビス》。黒い金属が鈍い光を放つそれを手にした瞬間、ズシリとした重みが詩乃の手に伝わった。それでいて、初めて触ったのに妙に手に馴染む感覚。
それと同時に、詩乃は確信した。やはりこのアイビスは、GGOで愛用していた
アイビスを手にした瞬間、詩乃はドクンっと心臓が跳ね上がるような感覚を覚える。その刹那、詩乃にとってトラウマと言える記憶が脳裏にフラッシュバックする。呼吸が荒くなり、耳鳴りに襲われ、手が震え始める。しかし詩乃はそれをぐっと抑え込む。
──大丈夫……私はもう、大丈夫。
自分に言い聞かせるように心の中でそう繰り返すと、さっきまでの不快感がすうっと引いていくのを感じた。
そして2、3回ほど深呼吸をしてから狙撃位置に立って、備え付けられたバイポッドで銃身を固定。覗き込んだスコープの視界には、およそ200Mほど離れた場所に位置する大型の標的。おそらくアイビスの特性に合わせて、大型
だがその時、緊張していると思ったのだろう佐鳥が、陽気な口調で詩乃に声をかけた。
「緊張しなくてもいいよ~。ボーダーの
「──うるさい」
自分でも驚くくらい冷たい声が出た。
佐鳥なりの気遣いだと理解はしているが、つい煩わしくなってそう言ってしまった。ポカンとする佐鳥と他2人の正隊員とC級隊員たち。場がシンッと凍りついたように静まり返ってしまったが、詩乃は冷静にあとで謝罪しようと心に決めながら、再び狙いを定めることに集中する。
照準線の十字をターゲットに描かれた円の中央と一致させる。ふうっと軽く息を吐きだす。動かした人差し指を、そっと引き金にそえる。準備は整った。詩乃は息を溜めてから、静かに引き金を引いた。
その瞬間、爆発にも似た咆哮が響き渡る。
普通なら後退しそうなほどの反動が詩乃の体を襲うはずだが、トリオン体の恩恵なのか思ったより衝撃が少ない。
アイビスの銃口から放たれた弾丸はレーザーのごとく真っ直ぐに突進していき、照準線で狙った通りターゲットの中央に着弾した。直後、炸裂した弾丸はターゲットの中央を深く抉るように粉砕した。
大型
命中を確認した詩乃はふう、と息をつきながらスコープから顔を上げる。未だに周囲が静まり返る中、持ち上げたアイビスを元の机の上に戻して、正面から佐鳥を見る。そしてそっと、彼に頭を下げる。
「ありがとうございました。それと、さっきは失礼な態度を取ってしまってごめんなさい」
詩乃からの謝罪に、呆気に取られた佐鳥だが、すぐに慌てた様子で口調で答える。
「え、あ、いや、こちらこそ!」
何故か逆に謝られてしまった。
その様子に詩乃はフッと笑いを浮かべると、そのまま体の向きを変えて、訓練生の集団の中に戻って行った。
「あー、えーっと……そ、それじゃあ次は正隊員の指示に従って、各自訓練を始めようか!」
気を取り直すように佐鳥から告げられたその言葉に、ようやく止まっていた時が動き出したかのように言われた行動に移り始める訓練生たち。その原因の一端となった詩乃も、素知らぬ顔で指示通りの行動を始めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「すまない、少しいいだろうか?」
「はい?」
訓練生たちが各自で狙撃訓練をはじめ、その中に混じって詩乃は黙々とイーグレットとライトニングを交互に試し撃ちしながら撃った感触などを確認していると、横から声をかけられたので手を止めてそちらへと視線を移す。
目を向けた先にいたのは、長身で肩口まで伸びた黒髪の男性。先ほどまで佐鳥の隣にいたので、正隊員の
詩乃を警戒させないように微笑を浮かべながら、男性は口を開く。
「俺は東。一応、B級部隊の隊長をしてる。よろしく」
「朝田詩乃、です」
釣られるように詩乃も自分の名前を告げる。
男性──
「さっきの狙撃は見事だったよ。アイビスは
「ありがとうございます」
口調は素っ気ないが、狙撃の腕を褒められたのは素直に嬉しいのか、詩乃は口元に笑みを浮かべた。
「きみの狙撃する際の構えや佇まいは、熟練の
「いえ、ネットとかで構え方とかを調べて、あとはそれを自分のやりやすいように変えただけです」
「なるほど、自己流か。ということは、サバイバルゲームか何かの経験が?」
そう問い掛けた東の言葉は当たらずとも遠からずだった。詩乃がやっていたのは確かにゲームだが、サバイバルゲームとは一線を画す本格的な銃の世界なのだから。
「そう、ですね。VRMMOのゲームで少し……」
「MMO……?」
詩乃の返答に何か思い当たることがあるのか、東は右手を顎に当てながら視線を上に泳がせて考える仕草を見せる。だがそれも一瞬で、すぐに思い出したように、ああ、と呟くと再び視線を詩乃に合わせた。
「そうか、アンドリューの言っていた凄腕の
アンドリューという名に、詩乃は一瞬だけ疑問符を浮かべるが、すぐに自分をボーダーに薦めた喫茶店の店主、エギルの本名だったことを思い出す。自分を含めた全員が彼をエギルと呼んでいる為、いつの間にか彼の本名を忘れてしまっていたので、詩乃はエギルに対して心の中で謝罪しながら東との会話に戻った。
「じゃあ、エギルさんの友人って……」
「エギル? ああ、アンドリューのことか。そうだな、アンドリューとは長い付き合いになるな」
懐かしそうに目を細める東。片や純日本人、片やアフリカ系アメリカ人。一体この2人にどんな接点があったんだろうと気にはなったが、さすがに今それを聞く気にはならなかったため、詩乃は胸の奥で留めておいた。
「酒の席で愚痴ついでに言ってみただけだったんだが、まさか本当に紹介してくれるとはな。もし何かわからないことや、質問があればなんでも聞いてくれ。おまえには期待してるからな、朝田」
そう言いながら詩乃のわしゃわしゃと撫でると、東は他の新人の指導へと戻って行った。そんな彼の背中を呆然と宥めながら、詩乃は撫でられた頭にそっと手を置いた。
──期待してるなんて、初めて言われたかも。
この時、詩乃は初めてボーダーに入ってよかったかもしれないと思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ、これで
あれからしばらくして、
現場監督の佐鳥が解散宣言をすると、C級隊員たちはゾロゾロと訓練場をあとにしていく。その中で詩乃は訓練場から出ずに、壁際に備え付けられているベンチに1人腰を下ろした。
「ふぅ……」
少し疲れた……と、言葉には出さずに心の内で呟く。と言ってもトリオン体では実際に疲労を感じることはないので、この場合は精神的にと言った方が正しいかもしれない。だけどそのおかげでボーダーの狙撃銃のクセや扱い方のコツは大体把握できた。
あとは──
「シノン」
そこまで考えたところで、男の声が聞こえた。このボーダーで詩乃のことをプレイヤーネームで呼ぶ男は1人しかいない。
声が聞こえた方に視線を向けると、予想通りの人物がいた。
「キリト」
「やあ、お疲れ。ほら」
そう言って桐ヶ谷和人/キリトは、詩乃に向かって何かを放り投げる。反射的にキャッチすると、手にひんやりとした冷たさが伝わってくる。どうやら缶ジュースのようで、ラベルを見るとスポーツドリンクのようだ。
「ありがと」
お礼を言ってから、プルタブに手をかけて引く。カシュっという音と共に飲み口が開かれると、詩乃はそのままドリンクを飲み始める。こくこくと飲み進める度に喉に心地よい潤いが伝わってくるのを感じながら、詩乃は半分近く残した状態で缶から唇を離す。
「……不思議ね、生身じゃなくても味はちゃんと感じるんだ」
「ああ、よくできてるだろトリオン体って。味もしっかり感じることが出来る上に、生身以上に消化率がよくて、ほぼ100%の栄養が本体に還元されるからな」
「へえ」
キリトも缶コーヒーを飲みながら、詩乃の隣に腰かける。
「ただし、いまいち満腹感が得られないから、食べ過ぎて生身がどんどん太ってしまう可能性が──うぐっ」
「女の子相手にそんな話しないの。相変わらずデリカシーないわね」
キリトの脇腹に軽いパンチを叩き込む。もちろんキリトもトリオン体で痛みはないが、衝撃はしっかりと伝わっているので、僅かに顔を歪めながら「あはは」と苦笑している。
「それにしても驚いたよ。アスナだけじゃなくて、シノンまでボーダーに入隊してたなんて」
「エギルさんに薦められたのよ。あんまり乗り気じゃなかったけど、アスナにも後押しされたから。それに……」
あなたもいるから……なんて言えるハズがなく、詩乃は言葉を濁した。頬に僅かな熱を感じるのでおそらく顔が若干赤くなっているだろうが、キリトは頭に「?」を浮かべて首を傾げているから気づいていないだろう。今だけはこの男の鈍感ぐあいに感謝しながら、詩乃はわざとらしく咳をして話題を切り替えた。
「本当はリズとシリカも一緒に入隊するつもりだったんだけど、2人は入隊試験で落とされちゃったのよね」
「ああ、アスナから聞いたよ。2人ともすごい悔しがってたって。スグの奴も入隊試験で落とされて、かなり落ち込んでたからなぁ」
トリオン量が足りなかったんだろうな、と残念そうに呟くキリト。気心知れた彼女たちが入隊できなかったのは残念だが、こればかりは仕方がない。
……あの3人が悔しがってた本当の理由は、また別だろうけど。
内心でそんなことを呟きながら、詩乃が再び缶ジュースに口をつけて喉を潤おしていると、キリトが表情を曇らせながら、詩乃の様子を伺うように聞いてくる。
「そういえば、さ。シノンはもう大丈夫なのか?」
「なにがよ?」
「ほら、その、銃を撃つ事に……」
そこまで聞くと、キリトが何を心配しているのか理解した。キリトは詩乃の過去のことや、そのトラウマによる苦しみを知っているので当然と言えば当然。
そんなキリトを安心させようと、詩乃は薄く微笑む。
「大丈夫よ。訓練の時から何度も撃ってるけど、もう前みたいな発作は起きてないわ」
あの遠藤との一件以来、銃に対する発作は少なくなった。訓練の時も最初こそ不快感に襲われたものの、それも自分の意志で抑え込むことが出来た。
自分の抱える罪と向き合って、前に進むことを決めたその日から、間違いなく詩乃の世界は変わった。苦行としか思っていなかった高校生活も、今ではそんなに悪くないものと感じている。その切っ掛けをくれたのは、他でもないキリト。だから──
「──あんたのおかげよ」
「え?」
「あっ」
思っていたことをつい口に出してしまい、しまったと内心で動揺する。
「な、なんでもないわ! とにかくもう大丈夫だから!」
「あ、ああ、そうか。ならよかった」
頬を朱に染めた詩乃が早口で捲し立てると、キリトは戸惑いながらも納得する。それからまたしばらく沈黙が続いていると……
「桐ヶ谷」
詩乃にとって聞き覚えの無い男の声が聞こえた。
キリトの名を呼んでいることから彼の知り合いだろうか、と考えている間に、キリトがその声に応える。
「荒船さん」
キリトの視線を追うように、詩乃も荒船と呼ばれた人物に目を向ける。
黒生地に白のラインが引かれたジャージ型の隊服に身を包み、目深に被ったつば付きの帽子からは、茶色の髪と紫色の鋭い瞳を覗かせている男だ。
よく見るとさっきまで佐鳥や東と共に入隊指導をしていた正隊員の人だ、と思っていると、荒船はニッと意地の悪そうな笑みを浮かべながらキリトに対して言った。
「珍しい奴がいると思ったら、なんだよ、彼女と逢引き中か?」
「かっ……!」
その言葉に反応したのは、キリトではなく詩乃だった。。
彼女と逢引き中……その彼女とは言わずとも詩乃のことだろう。それを理解した詩乃は思わず声を上ずった上げてしまう。詩乃は先ほどよりも強い熱が頬に集まっているのを感じながら、荒船という男に対して声を上げようとすると……
「あはは、違いますよ。シノンはただの友達です」
即座に顔の熱が引いていくのを感じた。
特に悪気の無いキリトの言葉に無性にイラっとしたのだ。言っている事は間違ってはいない。間違ってはいないが、詩乃にとっては面白くなかった。
そんな詩乃の反応を見て荒船は色々察したのか、呆れたような視線をキリトに向けていた。
しかしどうやらキリトはその視線を『早く紹介しろ』という風に受け取ったのか、ベンチから立ち上がって詩乃と荒船の間に割って入る。
「紹介するよシノン、この人はB級《荒船隊》隊長で、アクション派
「……
帽子のつばを摘まみながら小さく頭を下げる荒船。《アクション派
「で、荒船さん。こっちは今期入隊したC級の中でもっとも有望な
「ちょ、ちょっとやめてよ」
思わぬ紹介の仕方をされて小声で抗議するが、キリトはいたずらっ子のように笑うだけだった。しかしその紹介を受けた荒船は、肯定的な笑みを浮かべた。
「いや、アイビスでのあの狙撃は見事だったぜ。東さんも褒めてたしな。今期入隊の
「あ、ありがとうございます」
気恥ずかしくてつい俯いてしまう。先ほどの東といい、荒船といい、今日はやけに褒められる日だ。
「朝田はもうどこの部隊に入るのか決まってるのか?」
「部隊……ですか」
そう問われて、詩乃は少し考える。
入隊前の説明会で、部隊に関することはある程度聞いている。
B級に上がって正隊員になれば、部隊に所属することができる。他の正隊員と組んで新しい部隊を結成するのも、既存の部隊に入れてもらうのも、もちろん部隊に所属せずに
詩乃は少し思案してから、荒船の質問に対して答える。
「ごめんなさい、今日入隊したばっかりだから、部隊については全然……」
「ま、普通そうだよな。じゃあもしBに上がった時もまだ決まってなかったら、ウチの部隊にくるか?」
「そう、ですね。考えておきます」
「おう。もし入る気になったら言ってくれ。歓迎するぜ」
詩乃の出した答えはいわゆる社交辞令のようなものだが、それでも荒船は微笑を浮かべて頷くと、クルリと踵を翻して2人に背中を向ける。
「じゃあ、俺はもう行くぜ。桐ヶ谷、またランク戦で相手しろよ」
「いいですけど、剣の腕は鈍ってないですよね?」
「ぬかせ。ぶった切ってやるよ」
そう言いながら荒船はキリトに対して好戦的に笑いながら、片手を軽く振って訓練室をあとにして行った。そして荒船の姿が見えなくなってから、キリトがポツリと言葉を漏らす。
「シノンが荒船さんの部隊に入ったら、結構面倒なチームになりそうだな」
「どういう意味よ?」
その言葉が耳に入った詩乃はジト目でキリトを睨み、キリトは困ったように目尻を下げた顔で苦笑する。
「荒船さんの部隊は全員が
「あら、いつだったか私の撃った弾を斬って防いだ剣士様の言葉とは思えないわね」
「あんなの視線で弾道が読めるくらい至近距離じゃないと成立しないって。そもそもあんなの滅多にやらないし」
「ふーん」
──できない、とは言わないのね。
なんてことを思っていると、キリトが思い出したように話題を変える。
「あ、そうだ、部隊と言えば……このあとアスナと合流してウチの隊の作戦室に行く事になってるんだけど、シノンも来るか?」
「作戦室?」
「そう、俺たち《太刀川隊》のな」
太刀川隊……A級部隊の中で1位の座に君臨する部隊で、キリトが所属しているチームだと詩乃は記憶している。あのキリトが籍を置いていて、尚且つA級1位部隊の作戦室に行くと聞いては、興味がないと言えば嘘になる。
「いいの?」
「ああ。部隊のみんなにアスナやシノンを紹介したいし」
「そう。なら、お邪魔させてもらおうかしら」
「OK。じゃあ行こうか。今なら、アスナはC級のランク戦のブースにいるだろうし」
そう言って歩き出すキリトの背中を、詩乃は残っていた缶ジュースを綺麗に飲み干してから追いかけたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから
ここは文字通り、C級隊員がランク戦を行うための部屋だ。ロビーには対戦模様を観覧できる大型スクリーンとソファが完備されていて、101~400までの対戦ブースがある。
C級のランク戦は基本的に1対1の個人戦。勝った方が負けた方から
C級の訓練生たちは、ここで日々切磋琢磨してB級への昇格を目指している。
因みにこのC級のランク戦ブースを使用できるのは訓練生だけじゃない。B級以上の正隊員同士の
「へぇ、ここで隊員同士で対戦できるのね」
「ああ。といっても、
「えっと、アスナは……対戦中だな」
アスナの姿を探してふとスクリーンを見ると、ちょうどアスナが対戦している映像が映っていた。相手はアステロイドを使っている
華麗なステップを織り交ぜたその動きに惑わされている間に接近を許し、高速で弧月の切っ先を次々と突き入れられる。《斬る》のではなく《突く》ことに特化しているゆえに、一撃のダメージは大きくないが、その凄まじい手数によって相手に手も足も出させない。あっという間に相手のトリオン体を破壊して、
「速ぇ……」
「あの女、これで何人抜きだ?」
「もう10人は余裕でいってるよな」
「カッコイイ……」
「綺麗……」
部屋のあちこちからC級隊員たちの感嘆の声が聞こえてくる。俺の隣にいるシノンも、アスナの戦闘に釘付けになって「すごっ……」と感想を漏らしている。
どうやらボーダーにおいても、かつて《閃光》と謳われた高速の剣技は健在みたいだな。いつも近くで見ていた俺ですらその剣舞のごとき流麗さに見惚れてしまった。
あの頃に比べたら若干剣速は劣るが、この調子ならB級に昇格するのもあっという間だろう。
「──────っ!!?」
なんてことを思っていたその時……突然俺の体に、ゾクリとした悪寒が走った。まるで飢えた獣に目を付けられたような殺気にも似た感覚が、俺の体を貫く。
しかし決して嫌な感じはせず、敵意も感じない。あるのは純粋で真っ直ぐな《闘争心》のみ。
コツコツと、周囲の喧騒に紛れて聞こえてくる荒々しい足音。背後から届いてくるその音は、間違いなく俺の方に近づいて来ていた。
それを感じ取った瞬間に、俺は悟ってしまった──
「よぉキリ、遊ぼうぜ」
──厄介な人に見つかってしまった……と。
つづく