キリトin太刀川隊   作:ZEROⅡ

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番外編第2話です。

カイトとユーマを絡ませるのは結構難しい。

たぶん今日中にもう1話いけます。


キャリバー②

 

 

 

 

「うわぁ……いったい何段あるの、これ」

 

 

直系2メートルほどのトンネルの床に造られた下り階段を駆け抜けながら、リズベットがうんざりしたようにそう囁いた。

 

 

「うーん、新アインクラッドの迷宮区タワーまるまる1個分はあったかなー」

 

 

先頭に立って降りるリーファが答えると、カイトとクライン、リズとシリカが同時にうへぇと声を漏らした。俺はつい苦笑し、この階段の有り難さを力説する。

 

 

「あのなぁ、通常ルートならヨツンヘイムまで2時間はかかるとこを、ここを降りれば5分だぞ!」

 

 

「ふむ、なるほど。秘密の近道というわけですな」

 

 

そう納得したユーマの言葉を聞いて、俺は満足気に頷きながら言葉を続けた。

 

 

「その通り! 文句を言わずに1段1段感謝の意を込めながら降りたまえ、諸君」

 

 

「あんたが造ったわけじゃないでしょ」

 

 

俺の前を走っているシノンがボソッと一言。彼女の相変わらずのクールな突っ込みにはボーダーでも定評があり、あの佐鳥に嬉し涙を流させたほどだ。そんな有り難い突っ込みを入れてくれたことに感謝の心を抱くべきだろう。

 

 

「御指摘ありがとう」

 

 

「フギャア!!」

 

 

礼を言って、彼女の水色の尻尾を感謝の意を込めながらギュッと握った。その瞬間、シノンは物凄い悲鳴を上げて飛び上がった。

 

 

「このっ! このっ!」

 

 

顔を真っ赤にしてくるりと振り向き、後ろ走りで器用に階段を降りながら俺のを顔を引っ搔こうと両手を振り回すのを、ひょいひょいと避ける。

 

 

「アンタ、次やったら鼻の穴に火矢ブッコムからね!」

 

 

フン! と勢いよく振り向いたシノンの先で、他の女性陣が完璧に同期した動きでやれやれと首を振った。後ろでクラインが「怖れを知らねェなおめぇ」と感心したように唸り、その隣のカイトは「ユズさんにもそれやってぶっ飛ばされたの忘れたのか?」と呆れたようにぼやいていた。

 

 

「ふむ……なあ、その尻尾って触られると痛いのか?」

 

 

「え? えーっと……」

 

 

すると、そんな俺たちの一連の様子を眺めていたユーマが、気になったのか同じ猫妖精族(ケットシー)のシリカにそう尋ねていた。いきなり話を振られたシリカは一瞬だけ言いよどみ、苦笑しながらその問いに答えた。

 

 

「痛くはないんだけど……いきなり強く握られたりすると、すっごくヘンな感じはするかなぁ……」

 

 

「ふーん……ほいっ」

 

 

それを聞いたユーマは、チラリとシリカの尻尾に視線を送った次の瞬間、何を思ったのか先ほど俺がシノンにしたように、ぎゅむっと強くそれを握った。

 

 

「フミャア!!」

 

 

直後、シリカは可愛らしい悲鳴と共に飛び上がる。すぐにユーマの手から尻尾をひったくると、それを庇うように抱えながら、真っ赤になった顔でユーマを睨んだ。

 

 

「ユーマ君!? 何で握ったの!!?」

 

 

「すまんねシリカ。こうきしんには勝てなかったぜ」

 

 

「理由になってない!?」

 

 

事の犯人は三の目を輝かせて謎のドヤ顔を浮かべながらそう供述しており、反省の色はない。だがその好奇心はよく分かると、俺は密かに同意した。

未だに抗議の声を上げているシリカだが、当のユーマは「たしかなまんぞく」と勝手に自己完結しながら、その抗議を右から左に聞き流していた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

それから予定通り5分ほどで、パーティはアルヴヘイムの地殻を貫く階段トンネルを走破し、行く手に仄白い光が見えてきた。

同時に、仮想の空気が一段と冷たさを増した。数秒後、俺たちはついに地殻から飛び出して、視界にヨツンヘイムの全景が広がった。太い木の根に刻まれた階段はそのまま空中を伸び続けていて、15メートルほどで消滅している。

 

 

「うっ……わあ……!!」

 

 

「すごい……」

 

 

「おおっ……キオンみたいだ」

 

 

ヨツンヘイムを初めて目にするシリカとシノンとユーマの3人が声を上げる。

目の前に広がるのは、雪と氷と常夜で覆われた美しくも残酷な極寒の世界だ。その世界を氷の天蓋から何本も突き出す巨大な水晶の柱が、地上から導く光で照らしている。その真下に存在するのは、あらゆる光を飲み込むような底無しの大穴。《ボイド》だ。

 

視線を正面に移すと、地上のアルヴヘイムに屹立する世界樹の根に抱え込まれるようにして、薄青い逆ピラミッド型のそれが、天蓋から鋭く突き出している。それこそが俺たちの目的地である《空中ダンジョン》だ。

 

一通りの状況確認を終えると、まずアスナが右手をかざして滑らかにスペルワードを唱える。全員の体を一瞬薄青い光が包み込んだ。すると、先ほどまでの肌寒さがウソのようになくなった。

 

 

「おっけ。凍結耐性の支援魔法をかけたよ」

 

 

アスナの声を受け、リーファが頷くと、右手の指を唇に当てて高く指笛を吹いた。僅か数秒すると、くおぉぉぉー……ん、というような鳴き声が風の音に混じって聞こえてきた。眼を凝らしてみると、ボイドの暗闇から白い影が上昇してくる。

 

 

「トンキーさーーーーん!」

 

 

アスナの肩からユイが精一杯の声で呼びかけると、象水母邪神のトンキーはもう一度くおーんと鳴いた。こちらへと向かって急上昇すると、たちまち俺たちの眼前までやって来たトンキーを見て、クラインが「うおぉ……」と唸りながら後退る。その姿に苦笑しながら俺は言った。

 

 

「へーきへーき、こいつこう見えて草食だから」

 

 

「でも、こないだ地上から持ってきたお魚あげたら、一口でぺろっと食べたよ」

 

 

「……へ、へぇ」

 

 

クラインがもう一歩下がる。するとトンキーは、象のように長い鼻を伸ばし、ふさふさと毛の生えた先っぽで、クラインの逆立った髪をわしっと撫でた。

 

 

「うびょるほ!?」

 

 

「ほら、背中に乗れっつってるよ」

 

 

「そ……そう言ってもよぉ、オレ、アメ車と空飛ぶ象には乗るなっつうのが爺ちゃんの遺言でよぉ……」

 

 

「こないだダイシーカフェで、爺ちゃんの手作りっつって干し柿くれただろ! お裾分けしたボーダーの連中にも好評だったから、またください!」

 

 

ヘタれる刀使いの背中を、俺は容赦なく押すと、クラインはおっかなびっくりしながらトンキーの平らな背中に移動した。

次に、相変わらずのくそ度胸のシノンと動物好きのシリカが乗り込み、リズベットが「よっこらしょ!」と乙女らしからぬ掛け声で続く。ユーマはすでにトンキーの背中に腰を据えており、「おお、これはなかなか……」と興味深そうに呟きながら背中の毛を撫でている。続けてアスナとリーファとカイトがぴょんっと飛び乗り、最後に俺もトンキーの背中に飛び移った。

 

 

「よぉーし、トンキー、ダンジョンの入り口までお願い!」

 

 

首のすぐ後ろに座ったリーファが叫ぶと、長い鼻を持ち上げてもう一鳴きし、トンキーは8枚の翼をゆっくりと羽ばたかせた。

 

 

飛行型邪神《トンキー》に乗ってヨツンヘイムの空を翔ける。白銀の雪と氷に覆われた地上を見渡していると、トンキーの背から真下を覗き込んでいるリズベットが言った。

 

 

「……ねえ、これ、落っこちたらどうなるのかな?」

 

 

言われてみればそうだ。ヨツンヘイムでは原則的にどの種族の妖精も飛行不可能。高所落下ダメージも普通に適用される。ここから落ちた結果など、考えるまでもないだろう。もしかしたら何らかのセーフティが存在するのかもしれないが、進んで試す気にはならない。

みんな似たような危惧を抱いているようで、気持ち良さそうにしているのは《スピード・ホリック》のリーファと、彼女の頭上に移動したユイ、そして好奇心旺盛なユーマと、そのユーマのもさもさ頭に座しているピナだけだ。

リズの問いに答えたのはアスナだった。何故か俺の方を見てニッコリと笑って言う。

 

 

「きっとそこにいる、昔アインクラッドの外周の柱から次の層に上ろうとして落っこちた人が、いつか実験してくれるわよ」

 

 

「そりゃいいな。いつかと言わず、今実験してこいよ剣バカ」

 

 

「…………高いとこから落ちるなら、ネコ科動物のほうが向いてるんじゃないかな。あと押すなよ魔法バカ」

 

 

俺は蹴り落とそうとしてくるメイジの右足を、左手で掴んで押し返しながら、代案を進言する。途端、ネコ科2人がぶんぶんと首を振って拒否した。それはそうだ。こんな高いとこから飛び降りるなんて、アクション派狙撃手(スナイパー)の荒船さんでもしないだろう。……たぶん。

 

 

そんなやり取りをしていた時だった──いきなりトンキーが8枚の翼を鋭角にたたみ、急速なダイブへと突入したのは。

 

 

「うわああああああ!?」

 

 

という男3人の太い絶叫。

 

 

「きゃあああああ!!」

 

 

という女性陣の高い悲鳴。

 

 

「おおおー……」

 

 

という三の目3の口の少年。

 

 

「やっほーーーーう!」

 

 

と、リーファ。

 

 

必死に背に生えた毛を掴み、襲ってくる風圧に耐える。ほぼ垂直となった体勢で、遥か下方の地面がみるみる近づいてくるのが分かる。トンキーが目指しているのは巨大な大穴《ボイド》の南の縁あたりらしいことを視認した直後、急激な減速によって俺たちは邪神の背中にべたっと張り付いた。

再び緩やかな飛行に戻ったらしいトンキーの背で俺たちがぐったりしていると、リーファが鋭い声を上げた。

 

 

「お、お兄ちゃん、あれ見て!!」

 

 

言われるがまま、俺たちは8人は一斉にリーファが差した方角を凝視した。

それと同時に、大規模攻撃スペルのものと思われる眩いフラッシュ・エフェクトと、遅れてやってきた凄まじい重低音サウンドが薄闇の中で炸裂した。

トンキーが、くるるぅぅーん、と悲しげに鳴く。その理由は、目の前に広がる光景だ。

 

トンキーに似た大型のモンスターが、30人以上はいると思われる異種族混成の大規模レイドパーティに攻撃されていた。それだけならば《邪神狩りパーティ》と言える。しかし俺たちが驚いたのは、そのパーティの中には明らかに異形の者が混ざっていたからだった。見間違えようもない、出会った時のトンキーを殺そうとしていた4本腕の人型邪神だ。

人型邪神が粗雑な剣を象水母に叩き込み、倒れたところをプレイヤーたちが一斉に攻撃している。

 

 

「あれは……どうなってるの? あの人型邪神を誰かがテイムしたの?」

 

 

アスナが囁くように口にした疑問に、シリカが首を振って答える。

 

 

「そんな、ありえません! 邪神級モンスターのテイム成功率は、猫妖精族(ケットシー)のマスターテイマーが専用装備でフルブーストしても0パーセントです!」

 

 

「ってことは、あれは《便乗》してんのか? 人型邪神が象水母邪神を攻撃して、そこに追い打ちをかけてよ……」

 

 

「でも、そんなに都合よく憎悪値(ヘイト)を管理できるものかしら?」

 

 

カイトが唸るように口にした言葉に、シノンが眉を寄せながらも冷静にコメントする。

そしてどうにも状況がつかめずに困惑している俺たちの眼下で、とうとう象水母邪神が地響きを上げて倒れる。そこにとどめの邪神とプレイヤーの一斉攻撃が襲い掛かり──

 

 

「ひゅるるるぅぅぅ……」

 

 

象水母は断末魔の悲鳴を上げながら、その巨体をポリゴン片へと四散させていった。くおうぅぅぅ……と、トンキーが悲しげな声を出す。その声にリーファが肩を震わせ、頭上のユイも顔を俯かせた。

そんな2人の様子に俺たちは何の言葉も言えないまま、眼下のレイドパーティに視線を向けることしかできなかった。だがその時、さらに驚愕の光景が飛び込んできた。

象水母邪神を倒した人型邪神と数十人のプレイヤーたちが、新たなターゲットを求めて、共に移動を始めたのだ。

 

 

「なんで人型邪神と戦闘にならないんだ!?」

 

 

そう声を上げた俺の隣で、アスナが何かに気付いたように顔を上げた。

 

 

「あっ……見て、あっち!」

 

 

アスナが指差したのは、遠く見える丘の上だった。そこでも、先ほどのようにレイドパーティと人型邪神が協力して、他の邪神を狩っている光景が広がっていた。

 

 

「こりゃァ……ここでいったい何が起きてンだよ……」

 

 

呆然としたクラインの声に、リズベットが呟いた。

 

 

「もしかして、さっき上でアスナが言ってた、ヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系のクエスト……って、このことじゃないの? 人型邪神と協力して、動物型邪神を殲滅する……みたいな……」

 

 

それを聞いて俺たちを息を呑んだ。

おそらく、リズベットの言う通りだろう。クエスト進行中ならば、特定のモンスターと共闘状態になることは珍しくない。だが、そのクエストの報酬が《聖剣エクスキャリバー》というのはどう考えてもおかしい。本来ならあの人型邪神は、あの剣が封印されている空中ダンジョンにいる。つまり剣を手に入れるために倒さなければいけない存在なのに……

そこまで考えたその時、俺は後ろに何かの存在を感じて振り返った。両隣にいたカイトとクラインも感じたのか、同じように後ろを振り向く。するとそこには、光の粒子が音もなく漂い、凝縮し──ひとつの人影を作り出していた。

 

ローブふうの長い衣装に、背中から足元まで流れるように波打つ金髪。優雅かつ超然とした美貌を持つ、女性だった。

 

その女性を見た瞬間、振り返った俺とクラインは、反射的に言葉を発してしまった。

 

 

「でっ…………」

「………けえ!」

 

 

女性に対しては失礼な言葉だが、無理もない。女性の身の丈はどう見積もっても3メートルはある。幸い、俺とクラインの言葉に気分を害した様子はなく、静謐な表情のまま口を開いた。

 

 

「私は《湖の女王》ウルズ」

 

 

巨大な美女は、荘重なエフェクトを帯びた声で、続けて俺たちに呼びかけた。

 

 

「我が眷属と絆を結びし妖精たちよ。そなたらに、私と2人の妹から請願があります。どうかこの国を、《霜の巨人族》の攻撃から救ってほしい」

 

 

話を聞きながら、俺はこの女性に対して疑問を覚える。彼女はシステム的にどんな存在なのか? 無害なイベントNPCなのか、攻撃的クエストMobの罠なのか、もしくは人間のGMが動かしているアバターなのか、それが判別できない。

すると、俺の左肩に移動したユイが耳元で囁くように言った。

 

 

「パパ、あの人はNPCです。でも、少し妙です。通常のNPCのように、固定応答ルーチンによって喋っているのではないようです。コアプログラムに近い言語エンジン・モジュールに接続しています」

 

 

「……つまり、AI化されてるってことか?」

 

 

「そうです、パパ」

 

 

ユイの言葉を頭の隅で考えながら、俺は《湖の女王ウルズ》の言葉に耳を傾けた。

 

 

女王ウルズの話はこうだ。

この《ヨツンヘイム》は《アルヴヘイム》と同じように、世界樹の恩恵を受けて美しい水と緑に覆われた世界だった。しかしヨツンヘイムのさらに下層に存在する氷の国《ニブルヘイム》の支配者、霜の巨人族の王《スリュム》が、《全ての鉄と木を断つ剣》エクスキャリバーを世界の中心である《ウルズの泉》に投げ入れ、世界樹の根を断ち切ってしまった。その瞬間、ヨツンヘイムは世界樹の恩恵を失った。

 

スリュムとその配下の《霜の巨人族》はニブルヘイムから大挙して攻め込み、ウルズたち《丘の巨人族》を捕えて幽閉し、《ウルズの泉》だった大氷塊に居城《スリュムヘイム》を築いてヨツンヘイムをを支配したらしい。

 

女王ウルズとその2人の妹は逃げ延びたが、かつての力を失った。だが霜の巨人族は止まらず、今度はその眷属たちをも皆殺しにしようとしている。そうすれば女王の力は完全に消滅し──スリュムヘイムの上層を、アルヴヘイムまで浮き上がらせることができるらしい。もちろんそんなことになれば、この上にあるアルンの街は崩壊を免れないだろう。

 

 

「な……なにィ! ンなことしたら、アルンの街がぶっ壊れちまうだろうが!」

 

 

クラインが憤慨したように叫ぶ。ユイいわく、固定プログラムではなくちょっとしたAIだという女王ウルズはその言葉に頷き、言った。

 

 

「王スリュムの目的は、そなたらアルヴヘイムもまた氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢にまで攻め上がることなのです。そこに実るという《黄金の林檎》を手に入れるために」

 

 

ウルズは視線を地上に向けると、悲しげな顔で続けた。

 

 

「我が眷属たちをなかなか滅ぼせないことに苛立ったスリュムと霜巨人の将軍たちは、ついにそなたたち妖精の力をも利用し始めました。エクスキャリバーを報酬に与えると誘い掛け、眷属を狩り尽させようとしているのです。しかし、スリュムがかの剣を余人に与えることなど有り得ません。スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われる時、再びイグドラシルの恩寵はこの地に戻り、あの城は溶け落ちてしまうのですから」

 

 

「あぁ!? じゃあエクスキャリバーが報酬ってのはウソなのかよ!? んな詐欺みてーなクエストありか!?」

 

 

カイトの驚嘆の声に、女王は頷いて言った。

 

 

「恐らくスリュムは、見た目はエクスキャリバーとそっくりな《偽剣カリバーン》を与えるつもりでしょう」

 

 

「ふむ、なかなか狡賢い王様だな」

 

 

ユーマが若干感心したように呟く。ウルズはもう一度頷いて、深く息を吐く。

 

 

「その狡さこそがスリュムのもっとも強力な武器なのです。しかし彼は、我が眷属を滅ぼすのを焦るあまり、ひとつの過ちを犯しました。配下の巨人のほとんどを、巧言によって集めた妖精の戦士たちに強力させるため、スリュムヘイムから地上に降ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど薄くなっています」

 

 

ここに来て、俺はようやくこのクエスト──《女王の請願》の行く末を悟った。

湖の女王ウルズは、その大きな腕をまっすぐ上空の《スリュムヘイム》に差し伸べ、静かに言った。

 

 

「妖精たちよ、スリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを《要の台座》より引き抜いてください」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……なんだか、凄いことになってきたね……」

 

 

《湖の女王ウルズ》が金色に光る粒子となって消滅し、今度は緩やかな上昇を始めたトンキーの背中で、まずアスナがそう呟いた。

 

 

「これって普通のクエスト……なのよね? でもその割には、話が大がかりすぎるっていうか……」

 

 

「どう考えたって普通じゃねーだろ。このクエストが失敗したら、今度は地上が霜巨人に支配されちまうんなんざ、大型イベントクエストでもない限り有り得ねぇよ」

 

 

「……だよな」

 

 

続いてシノンの呟くような声とカイトの唸るような言葉に、俺は腕組みをしながら頷く。

 

 

「それに、運営側がアップデートや予告もなくそこまでするとは思えない。もしこれが《街をボスが襲撃イベント》なら、最低でも1週間前には予告があるはずだ」

 

 

うんうん、と全員が首を縦に振る。すると、俺の左肩に乗っていたユイが飛び立ち、中央でホバリングしながら皆に聞こえるように言葉を発した。

 

 

「あの、これはあくまで推測なのですが……この《アルヴヘイム・オンライン》は、他の《ザ・シード》規格VRMMOとは大きく異なる点が1つあります。それは、ゲームを動かしている《カーディナル・システム》が機能縮小版ではなく、旧《ソードアート・オンライン》に使われていたフルスペック版の複製だということです」

 

 

確かにその通りだ。このALOはそもそも、1人の男が旧SAOプレイヤーの一部を自らの違法研究の実験台とするために、オリジナルのSAOサーバーを丸ごとコピーして作り上げたものだ。当然、この世界を動かしている自律コントロール・システム《カーディナル》も、SAOのそれと同等のスペックを持っているということになる。

 

 

「本来のカーディナル・システムには《クエスト自動生成機能》があります。ネットワークを介して、世界各地の伝説や伝承を収集し、それらの固有名詞やストーリーパターンを利用・翻案してクエストを無限にジェネレートし続けるのです」

 

 

「へえ、そんな仕組みになってたのか、クエストって。じゃあこのクエストも、そのカーディナルってシステムが作ったもんってことか?」

 

 

カイトが感嘆したように唸りながら問い掛ける。ユイはそれに頷いて、難しい顔で話を続けた。

 

 

「先ほどのNPCの挙動からして、その可能性が高いです。だとすれば、ストーリーの展開いかんでは、行き着くところまで行ってしまうことは有り得ます。……私がアーカイブしているデータによれば、当該クエスト及びALOそのものの原型となっている北欧神話には、いわゆる《最終戦争》も含まれているのです。ヨツンヘイムやニブルヘイムから霜の巨人族が侵攻してくるだけでなく、更にその下層にある《ムスペルヘイム》という灼熱の世界から炎の巨人族までもが現れ、世界樹を全て焼き尽くす……という……」

 

 

「………《神々の黄昏(ラグナロク)》」

 

 

神話や昔話が好きで、この手の話に詳しいリーファがぽつりと言った。

 

 

「そんな……いくらなんでも、ゲームシステムがマップを丸ごと崩壊させるようなことできるはずが……!」

 

 

もっともな話だが、ユイは首を左右に振って否定した。

 

 

「……オリジナルのカーディナル・システムには、ワールドマップを全て破壊し尽くす権限があるのです。なぜなら、旧カーディナルの最後の任務は、浮遊城アインクラッドを崩壊させることだったのですから」

 

 

「……………」

 

 

俺たちは呆然と黙り込む。次に口を開いたのは、今までじっと話を聞いていたシノンだった。

 

 

「──もし、仮にその《ラグナロク》が本当に起きても、バックアップデータからサーバーを巻き戻すことは可能じゃないの?」

 

 

その問いに、ユイは再び首を横に振った。

 

 

「……カーディナルの自動バックアップ機能を利用していた場合は、巻き戻せるのはプレイヤーデータだけで、フィールドは含まれません」

 

 

「……………」

 

 

またも全員が暗い顔で黙り込んでしまう。

 

 

 

「……なあ、みんな何をそんなに考えてるんだ?」

 

 

 

そんな中で──3の口を尖らせてきょとんとした顔のユーマが発した、そんな疑問の言葉が静かに響いた。

 

 

「アンタねぇ、ちゃんと話聞いてたの? このままじゃALO全体が大変なことになるかもしれないのよ!」

 

 

リズベットが叱るようにそう言い放つが、ユーマは首を傾げながら言葉を返す。

 

 

「聞いてたぞ。かーでぃなるとか、らぐなろくとか、話がよくわからんかったからだまってたけど」

 

 

それを聞いて、リズベットは「こいつもしかしてバカなんじゃないか?」と言いたげな顔をしていた。

無理もないよな、と俺は思う。ユーマはつい最近まで信号などの交通ルールについても知らなかったのだから、北欧神話やシステム関連の話について行けなくても当然だろう。ユーマの生い立ちを考えれば仕方ないとも言える。

 

 

などと考えていると、ユーマは一点の曇りもない赤い瞳で真っ直ぐと俺たちを見ながら、静かに言った。

 

 

「よくわからんかったけど……おれたちがこのクエストをクリアしないと、地上(うえ)の街が大変なことになるってことだろ? だったらもう、やることは決まってるだろ」

 

 

その言葉に、俺たちはハッと顔を上げた。

確かにそうだ。俺たちがこのクエストに失敗すれば、あの巨大な氷のピラミッドが地上まで浮き上がる。そうなったらアルンの街は大騒ぎどころではなくなるだろう。最悪の場合、本当に《ラグナロク》が起きて、アルヴヘイムが焦土と化してしまうかもしれない。年末の、日曜の、午前中というこの時間帯では運営も機能していない。

つまり、それを止められるのは……このクエストを受けた俺たちだけ。その俺たちで、やるしかない。考えてみれば簡単な話だ。

 

 

「……そうだよな、ユーマの言う通りだ。それに元々、今日集まったのは、あの城に殴り込んで《エクスキャリバー》をゲットするためだったんだからな。護りが薄いっていうなら願ったりだ」

 

 

俺は頷き、ウインドウを開くと、装備フィギュアを短く操作した。

背中に背負ったロングソードと交差して、先日に新アインクラッド15層ボスからドロップした剣が出現する。

久々に2本の剣を背負った俺を見て、クラインはニヤリと笑いながら腰に差した刀を鞘から引き抜いて、高々と掲げて叫ぶ。

 

 

「オッシャ! 今年最後の大クエストだ! ばしーんとキメて、明日のMMOトゥモローの一面載ったろうぜ!」

 

 

それに合わせて、全員が武器を掲げて「おおー!」と唱和する。足許のトンキーも翼を動かして「くるるーん!」と鳴いた。

その鳴き声に被せるように、俺はユーマに向かってぽつりと呟いた。

 

 

「ありがとな、ユーマ」

 

 

「? キリト先輩、なんか言ったか?」

 

 

「気にすんな」

 

 

きょとんとしているユーマの頭を右手でわしゃわしゃと撫でながら、俺は前を向く。すでに氷のピラミッドは目と鼻の先だ。

上昇速度を上げたトンキーは、たちまちピラミッドを横切り、上部の入り口にその巨体を横付けした。最後に氷のテラスに飛び移ったリーファが、トンキーの大きな耳を撫でながら言った。

 

 

「待っててね、トンキー。絶対、あなたの国を取り戻してあげるからね!」

 

 

振り向き、腰から愛用の長剣を抜く。同じように武器を手に取る俺たちの前方には、氷の扉が立ち塞がっている。

いつもならそこで最初のガーディアンと一戦を交えなければならないが、今はウルズの言葉通りそのガーディアンは存在しないので、すぐに扉が開かれた。前衛に俺とクラインとリーファ、中衛にユーマとリズとシリカ、後衛にアスナとカイトとシノンというフォーメーションを素早く組む。

 

 

そして俺たちは──巨城《スリュムヘイム》へと突入したのだった。

 

 

 

 

 

つづく

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