キリトin太刀川隊   作:ZEROⅡ

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番外編3話目です。


キャリバー③

 

 

 

 

「ヤバイよお兄ちゃん、金色のほう、物理耐性が高すぎる」

 

 

俺の左側で、リーファが早口に囁いた。頷き返して何か言うよりも先に、その《金色のほう》が巨大なバトルアックスを振りかざした。

 

 

「衝撃波攻撃2秒前! 1、ゼロ!」

 

 

小さな体から精一杯の大声を上げるユイ。そのカウントに合わせて、前衛と中衛の6人が左右に分かれて大きく飛ぶ。その間を、力強く振り下ろされた斧の刃と、そこから発生した衝撃波が一直線に駆け抜け、彼方の壁に衝突して激しい轟音を響かせた。

 

 

氷の居城《スリュムヘイム》に突入してから、すでに20分が経過した。

《湖の女王ウルズ》が言っていたとおり、ダンジョン内は雑魚Mobどころか、フロアの中ボスも半分が不在で相当な手薄だった。しかしさすがに次層へ降りる階段手前の広場を守護するフロアボスはきっちり残っていた。

 

第一層の単眼巨人(サイクロプス)型ボスを何とか倒し、次いで駆け抜けた第二層のボス部屋で俺たちを待っていたのは、2体の《ミノタウロス》型の大型邪神だった。右が全身真っ黒、左が全身金ぴかで、武器は両方とも巨大なバトルアックス。しかも黒いほうは魔法耐性、金色のほうは物理耐性がそれぞれとんでもない高さに設定されている。

 

最初は黒牛を集中攻撃で殲滅し、この後に金色を攻めるという作戦を立てたのだが、この2匹の牛頭は意外なほどの絆で結ばれているらしく、黒牛のHPが減ると金牛が憎悪値(ヘイト)を無視して守りに入ってくる。その間に黒牛は後方で座禅を組んで瞑想し、HPを回復させてしまう。

なので黒牛が回復している間に金牛を集中攻撃で倒そうとしたのだが、あまりにも物理耐性が高くて前衛・中衛の攻撃ではろくにHPを削れない。

ならばと次に取った行動は、パーティ唯一の火力メイジであるカイトを主軸にして金牛を一気に削り倒すという作戦。だがこの牛2匹、連携行動も可能らしく、金牛を狙った魔法攻撃を黒牛が受け、黒牛を狙った物理攻撃を金牛が受けるという、まさしく阿吽の呼吸で対処されてしまった。結局、MPのガス欠を起こしたカイトは後方に下がることになり、それが回復するまで唯一の魔法攻撃の手段を失ってしまった。

 

それを悟ったのか、再び黒牛は後方で回復中。逆に俺たちは即死級の大技は避けても範囲攻撃のダメージだけでガリガリ削られてしまう。アスナ1人のヒールでは長時間支えきれないのは明白だ。

 

 

「キリト君、今のペースだと、あと150秒でMPが切れる!」

 

 

金牛が振り下ろした斧の刃を、交差させた剣で受け止める俺の後ろからアスナの叫びが聞こえた。耐久戦においてヒーラーのMPが切れれば、そのままパーティの壊滅に直結する。そうなればアルンの街まで《死に戻り》だ。またここまで来るとなると、相当な時間がかかる。

そんな俺の懸念を察したのか、後ろでリーファが右手に持ったメダリオンを見ながら言った。

 

 

「メダリオン、もう7割以上黒くなってる。《死に戻り》してる時間はなさそう」

 

 

《湖の女王ウルズ》から与えられたその巨大な宝石は、カット面の半分以上が黒く染まっていた。あの石が完全に黒く染まったその時こそ、地上の動物型邪神は狩り尽され、ウルズの力が完全に消滅した時。スリュム率いる《霜の巨人族》のアルヴヘイム侵攻が始まる合図だ。

それがもうすでに7割も黒に覆われている。リーファの言う通り、時間がない。

 

 

「わかった」

 

 

それを聞いて、俺は腹をくくった。

 

 

「みんな、こうなったらできることは1つだ! 隙は大きいが、魔法属性を持つソードスキルなら、金色にダメージを与えられるかもしれない!」

 

 

受け止めていた金牛の斧を弾き返しながら、俺は全員の耳に届くように叫ぶ。

 

 

「いちかばちか、金色を、ソードスキルの集中攻撃で倒し切るしかない!」

 

 

《ソードスキル》

それこそ、かつてのSAOをSAOたらしめていたゲームシステム。

今年5月のアップデートにより、ALOにもソードスキルが一部仕様を追加して導入された。その1つが《属性ダメージの追加》だ。現在の上級ソードスキルには、物理属性の他に、地水火風闇聖の魔法属性を備えている。ゆえに、物理耐性が高い金牛にもダメージを与えられる。

だが当然、リスクはある。連撃数の多いソードスキルはその分、発動後の硬直時間が長い。そこを狙われれば、HPケージは丸々削られる。横の範囲攻撃なら、前衛と中衛の即死は必至だ。

しかし仲間たちは、そのリスクを理解した上で、すぐさま頷いてくれた。

 

 

「うっしゃァ! その一言を待ってたぜキリの字!」

 

 

刀を構えたクラインを筆頭に、リーファは長剣を、リズがメイスを、シリカが短剣を、ユーマがナックルをそれぞれ構えた。それを確認した俺は、後方で待機しているカイトに向かって声を上げた。

 

 

「カイト!」

 

 

「わかってる、MPはもう回復した。サポートなら任せろ」

 

 

「よし! 一瞬でいい、カウントで奴の動きを止めてくれ!」

 

 

「OK、しっかり仕留めろよ!」

 

 

俺の指示に返事を返した直後、カイトは呪文の詠唱を開始する。同時に俺も、大声でカウントは叫ぶ。

 

 

「──2、1、今!」

 

 

「《バインド》!」

 

 

直後、金牛の足元から出現した水流で構築された複数のロープが、瞬く間に金牛の胴体と四肢を絡めとる。補助系魔法《バインド》。それによって魔法耐性の低い金牛は5秒間の《拘束》のデバフを付与され、動きを止めた。

 

 

「ゴー!」

 

 

俺の絶叫に合わせ──アスナとカイト以外の全員が、一斉に駆け出した。

 

 

「う……おおッ!」

 

 

口々に吼えながら、それぞれが習得している最大級のソードスキルを発動する。

 

クラインの炎を纏った刀が豪快に叩き込まれ、リーファの長剣が疾風と共に斬り裂き、シリカの水飛沫を伴う短剣が突き立てられ、リズの雷撃のごときメイスが炸裂し、ユーマの闇を帯びた拳が痛打する。更に後方から、シノンが放った氷の鏃を煌めかせた矢が貫く。

 

同時に俺も、オレンジのライト・エフェクトを纏った右手の剣を全力で撃ち込んだ。高速5連突きから斬り下ろし、斬り上げ、そして全力の上段切り。片手剣8連撃ソードスキル《ハウリング・オクターブ》。物理4割、炎6割の属性を持つこの技は相当な大技だ。当然、その後の硬直──スキルディレイも長い。

 

今の攻撃で、俺の目に映る金牛のHPバーはようやくイエローゾーンに入ったところで、倒すには至らなかった。カイトが施した《拘束》も解けている。

 

 

「キリト! くっ……硬直が……!」

 

 

他のみんなも、スキルディレイによって動けなくなっている。そして金牛は目の前にいる俺に狙いを定め、斧を振り被る。

 

 

「──ここだっ!」

 

 

そこで俺は、意識を右手から左手に切り替える。その瞬間、右手の剣からオレンジの光が消え、入れ替わりに左手の剣に水色の光が宿る。

 

 

「おおおおっ!」

 

 

咆哮と共に水平斬りに振った剣が、金牛の腹部の半分くらいまで埋まる。そのまま剣を思いっきり押し込んで刃を深く突き刺す。そのまま柄を押し上げ、梃子のように刃が跳ね上がって腹を垂直に切り裂いた。

3連重攻撃《サベージ・フルクラム》。物理5割、氷5割。そこでまた、左右の手の意識を切り替える。

 

 

「く……おッ!」

 

 

短い気勢を乗せて、再びオレンジの光を取り戻した右手の剣を振るう。バックモーションの少ない垂直切りから、上下のコンビネーション、そして全力の上段斬り。高速4連撃《バーチカル・スクエア》。金牛のHPがガンガン減少していく。

そしてそこに、スキルディレイが終了した仲間たちが二度目の集中攻撃を開始する。

 

 

「ぜぇりゃあッ!」

 

 

先陣を駆けるクラインの居合切りが胴を斬りつけ、一拍遅れて切り口から爆炎が迸る。

 

 

「たあああッ!」

 

 

そこへリーファの風を纏った長剣が連続で振るわれ、追い打ちをかける。

 

 

「やあああぁッ!」

 

 

さらにシリカが逆手に握った短剣で、水飛沫を散らしながら切りつける。

 

 

「せーのっ!」

 

 

続いてユーマの闇に染まった右拳が、アッパーの要領で金牛の顎を打ち抜く。

 

 

「ぬぇえええい!」

 

 

落下の勢いのまま、頭上目掛けて振り下ろされたリズの雷を帯びたメイスが、落雷のように叩き込まれる。

 

 

「ふっ……!」

 

 

後衛から前衛に飛び出したシノンが、ヤマネコのごとき俊敏な動きで金牛の体を駆けあがり、脳天から氷の矢をゼロ距離で撃ち込んだ。

 

 

「でりゃあぁぁぁあああ!」

 

 

最後に俺が、深紅のライト・エフェクトを帯びた左手の剣を構えて駆ける。ジェットエンジンのような振動音と共に俺の腕を超高速で撃ちだす。単発重攻撃《ヴォーパル・ストライク》。物理3割、炎3割、闇4割。

途轍もない衝撃音を轟かせ、剣が根元まで敵の下腹に貫通する。その直後、俺を含めた全員の体がスキルディレイによって硬直する。

そして金牛のHPゲージは一気に減少していき──残り僅か2パーセントのところで止まった。

 

 

俺たちの猛攻を耐え切った金牛はニヤリと笑い、大斧を振り上げる。回避行動を取ろうにも、その意志に反して体は動かない、動くことを許さない。高々と振り上げられた大斧は凶暴に輝きながら、一気に打ち下ろされる……

 

 

「い……やァァァッ!」

 

 

その時だった、鋭く響く気勢を伴って青い疾風が俺の横を駆け抜けたのは。右手に握られたレイピアが、目にも止まらぬ速度で突き込まれる。出が最速の高位細剣技《ニュートロン》。物理2割、聖8割。聖なる輝きを帯びたレイピアが、斧を振り上げた金牛の体を穿ち、僅かに残っていた命を削り取った。

 

その奥で、瞑想によりHPを全回復させた黒牛が立ち上がる。勝ち誇ったように笑いながら、斧を振りかざす。だがその直後──相棒である金牛の巨体が、四方にポリゴン片をまき散らすように飛散した。

 

…………え。

 

というような表情で眼を剥く黒牛に、硬直から解放された8人が一斉に眼を向ける。そして俺たちを代表してクラインが、黒牛に言い放つ。

 

 

「おーしテメェ。そこで──正座」

 

 

数秒後、黒牛は呆気なく爆散することとなった。

 

 

「やったー!」

 

 

全員が勝鬨のように声を上げる。それと同時に、クラインが俺のほうに詰め寄って来て叫んだ。

 

 

「それはそうと、オメェ何だよさっきのは!?」

 

 

その問いが先ほどの2本の片手剣による連続ソードスキルを差してるのは明らかだったが、いちいち仕組みを説明するのもめんどくさい。なので俺はその気持ちをそのまま顔に表して言った。

 

 

「……言わなきゃダメか?」

 

 

「ったりめえだ! 見たことねえぞあんなの!」

 

 

ズズイと詰め寄って指差してくるクラインの手を押し返しながら、俺は簡潔に説明する。

 

 

「システム外スキルだよ。《剣技連携(スキルコネクト)》」

 

 

「スキルコネクト?」

 

 

「この前のアップデートでソードスキルがALOに導入されたろ。でも、《二刀流》や《神聖剣》みたいなユニークスキルは実装されなかった」

 

 

「けどよぉ、オメェさっき両手で……」

 

 

「さっきのは《二刀流》じゃないよ。片手剣ソードスキルを、両手で交互に発動させたんだ。ディレイ無しで繋げられるのは、いいとこ3・4回だけどな」

 

 

おー、という声がリズやシリカ、ユーマやシノンの口から漏れる。すると不意にアスナが右のこめかみに指先を当てて唸り、カイトが右手を腰に添えて、左手で後頭部をガシガシと搔きながら難しい顔をする。

 

 

「う……なんか私今、すっごいデジャブったよ……」

 

 

「おれも……なーんかどっかで見たような……」

 

 

「気のせいだろ」

 

 

俺は肩を竦め、水妖精2人の背中をポンッと叩いてから、声を張った。

 

 

「さあ、のんびり話してる余裕はないぜ。リーファ、残り時間はどれくらいだ?」

 

 

「あ、うん……今のペースのままだと、1時間はあっても2時間はなさそう」

 

 

リーファが取り出したメダリオンは、傍から見てもわかるほどに黒に侵蝕されていた。

 

 

「そうか。──ユイ、このダンジョンは全四層構造だったよな?」

 

 

「はい。三層の面積は二層の7割程度、四層はほとんどボス部屋だけです」

 

 

「ラスボスの戦闘に30分はかかるとすると、あと30分でボス部屋までたどり着かないと……」

 

 

「こうなったら、巨人の王様だかなんだか知らないけど、どーんと当たって《砕く》だけよ!」

 

 

俺の背中をどーんと叩いて、リズベットがそう叫ぶと、他の面子も「おう!」と応じた。俺も口元に笑みを浮かべながら、強く頷いた。

 

 

「──よし、全員HPMP全快したな。そんじゃ、三層はさくさくっと片づけようぜ!」

 

 

「おおー!」

 

 

もう一度声を合わせて、俺たちは次のボス部屋目指して走り始めた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

それから第三層へと突入した俺たちは、地図データにアクセスするという奥の手を今回に限り解禁し、ユイの指示に従いながら、細く入り組んだ通路を全速力で駆け抜ける。所々で立ちはだかるギミックも、2回の中ボス戦もさっさと片付けた俺たちは、僅か18分で三層のフロアボスの部屋まで到達した。

 

そこで待ち受けていたのは、一層や二層のボスの2倍近い体躯を誇り、長い下半身の左右にムカデのような足を10本も生やした気色の悪い巨人だった。先の金牛に比べれば物理耐性はそれほどでもなかったが、その分攻撃力が尋常ではなかった。タゲを取り続けた俺とクラインは何度もHPが赤くなり、どっちかが死んだら壊滅確定という鬼畜な戦闘を9分間繰り広げた。

 

それでもユーマ、リズ、シリカ、シノン、そしてピナが頑張って巨人の足を切り落とし、動けなくなったところをソードスキルによる一斉攻撃で叩みかける。

 

 

「今だ! 仕留めろ、カイト!」

 

 

「仕留めてくださいだろ。おまえごとハチの巣にすんぞ」

 

 

そんな軽口を言い合いながら、すでに呪文の詠唱を終えていたカイトは、数多の光の矢を放つ。光系攻撃魔法《ライトニング・アロー》。最大ヒット数30もの聖属性の魔法が降り注ぎ、それがトドメとなってムカデ巨人は甲高い断末魔を上げて爆散していった。

 

 

「よし、後はラスボスだけだ!」

 

 

フロアボスが倒れたのを確認してすぐ、そう言って意気揚々とボス部屋の奥の部屋に流れ込んだ。

 

 

そしてそんな俺たちの眼に飛び込んで来たのは──判断に迷う、ある光景だった。

 

 

それは、壁際に作られた細長いツララの柵で覆われた檻だった。その奥に見える、1つの人影。巨人ではない。身長はだいたいアスナと同じくらいだろうか。

肌は雪のように白く、長く流れる髪は深いブラウン・ゴールド。失礼な言い方だが、このパーティの女性陣全員を凌ぐほどのスタイル。なよやかな両腕両脚には、氷の枷が嵌められている。

 

予想外の光景に足を止めた俺たちに気がついたのか、囚われている女性は俯かせていた顔を上げる。その顔立ちはこれ以上ないほどに整っており、このゲームでは珍しい西欧風の美貌に満ち溢れていた。

 

 

「お願い……。私を……ここから出して……」

 

 

女性から発せられた助けを求めるか細い声。それに釣られてフラフラと檻に吸い寄せられそうになっているクラインを、俺はバンダナの尻尾をがっしりと掴んで引き留める。

 

 

「罠だ」

「罠よ」

「罠だろ」

「罠だね」

 

 

俺とリズ、カイトとシノンが間髪入れずにそう言った。

 

 

「お、おう……罠、だよな。……罠、かな?」

 

 

往生際の悪い刀使いに呆れながら、俺は頭上のユイに「どうだ?」と尋ねる。

 

 

「NPCです。ウルズさんと同じく、言語エンジンモジュールに接続しています。──ですが、一点だけ違いが。この人は、HPゲージを持っています」

 

 

そう言われて気づく。俺の視界にも、確かに彼女のHPゲージが表示されていた。通常、クエストに登場するNPCのHPゲージは無効化されているものだ。HPを持っているということは、戦闘になるかもしれないということだ。

 

 

「罠だよ」

「罠ですね」

「罠だと思う」

「罠ですな」

 

 

アスナ、シリカ、リーファ、ユーマが同時に言う。

 

 

「もちろん罠じゃないかもしれないけど、今は寄り道してる余裕はないんだ。1秒でも早く、スリュムの所まで辿り着かないと」

 

 

「お……おう、うむ、まあ、そうだよな、うん」

 

 

早口に言った俺の言葉に、クラインは小刻みに頷き、氷の檻から視線を外した。そして奥に見える階段に向かって走り始める俺たち。その背後から再び聞こえる声。

 

 

「……お願い……誰か……」

 

 

正直助けてあげたい気持ちはある。もしこれが罠で、時間に余裕があったなら、ハマってみるのも一興だろう。だけど今はそんな無用のリスクを背負い込んでいる場合ではない。

そう思っていると、揃っていた足音の1つが乱れ、氷の床に擦れた。振り向くと、クラインが両手を握り締め、深く顔を俯かせて立ち止まっていた。彼は無精髭の生えた口元から押し出すように、言った。

 

 

「……罠だよな。罠だ、わかってる。──でも、罠でもよ。罠だとわかっていてもよ……それでもオリャぁ……どうしても、ここであの人を置いていけねェんだよ! たとえ……たとえそれでクエが失敗して……アルンが崩壊しちまっても……それがオレの生き様──武士道ってヤツなんだよォ!」

 

 

がばっと顔を上げて、力強くそう吼えるクライン。そんな彼の姿を見て、俺たちの胸に2つの感情が去来する。すなわち──

 

…………アホや。

 

と、

 

クラインさんかっけぇ!

 

 

と、いうものだ。どちらが上回っていたかと比べるのは、野暮というものだろう。

 

 

……なんてことを考えていたその時、突然、何の前触れもなく、ユーマが動き出した。

コツコツと氷の床を鳴らしながら、クラインの脇を通り過ぎ、無言で檻にいる女性に向かって歩いて行く。

 

まさか、今のクラインの力説に心を動かされて、彼女を助けるつもりなのか?──と思ったが、どうやらそういう訳ではないようで、檻の前で立ち止まったユーマは見下ろすようにして、じーっと女性の顔を見つめている。それに対して女性も、懇願するような表情でユーマを見上げている。

 

あまりに突然すぎる彼の行動に、俺たちが困惑で何も言えないでいると、不意にユーマが女性に対して口を開く。

 

 

「おまえは──おれたちの敵か?」

 

 

静かな口調で、そう訊ねた。それに対してNPCの女性は顔色を変えることなく、同じように静かに返した。

 

 

「いいえ。私はあなた方の敵ではありません」

 

 

少年と女性の真っ直ぐな視線が交差する。時間にすると僅か数秒だが、それ以上に長く感じた。やがてユーマのほうが「そっか」と納得したように頷いて、クラインに向かって言った。

 

 

「クライン先輩、この人ウソついてないから、助けても大丈夫だよ」

 

 

「え……お、おう……おお?」

 

 

いきなり話を振られたクラインは、ポカンとした顔で眼を白黒させて固まっている。俺は小さく溜息をつくと、そんな刀使いの背中を押してから言ってやった。

 

 

「ユーマがああ言ってるなら、たぶん大丈夫だ。思う存分助けて来い」

 

 

「お、おう、わかった! おっしゃァ、今いくぜー!」

 

 

了承を得たことであっという間にいつもの調子に戻り、囚われの女性のもとに走っていくクラインに軽く呆れていると、入れ違いでユーマが戻って来た。

 

 

「すまんね、キリト先輩、かってなことして」

 

 

「いいさ。どの道クラインが助けてただろうし、罠じゃないってわかっただけで十分だ」

 

 

謝罪するユーマに、俺はそう言葉を返す。するとそこに、シリカが戸惑ったような口調で割り込んだ。

 

 

「あ、あの、どういうことですか? どうして、あのNPCが罠じゃないってわかるんですか?」

 

 

シリカの問い掛けに同意するように他のメンバーも頷いている。あんな会話とも言えないやり取りで、罠の有無を判断なんてできる訳がない──普通なら。

俺は、「ああ」と短く声を漏らしてからそれに答えた。

 

 

「ユーマは《嘘を見抜く》能力があるんだよ」

 

 

俺がそう言うと、メンバーたちにどよめきが生まれた。その中で、リズベットが訝しげな顔をしながら言う。

 

 

「嘘を見抜く能力……そんなスキル、聞いたことないわよ」

 

 

「そりゃそうさ、これはシステム外スキルとか、そういう類いじゃない。現実(リアル)のユーマが元々持っている特技だからな。なんでも、プレイヤーだろうとNPCだろうと、相手がつく嘘が解るらしいんだ。なあ、ユーマ?」

 

 

「まーね」

 

 

俺が説明している横で、当の本人は三の目、3の口という緊張感のない表情を浮かべている。

 

 

「……アンタ何者よ?」

 

 

「タダ者です」

 

 

そんなユーマの態度に毒気を抜かれたのか、みんな苦笑する。

今は時間が限られているので、とりあえずこの話はまた後日という形でみんなにムリヤリ納得してもらった。と言っても、アスナとカイト、そしてシノンは、ユーマの《能力》の正体に勘づいているだろう。

 

 

ユーマの《嘘を見抜く》能力。それは《サイドエフェクト》と呼ばれる力だ。

高いトリオン能力を持つ人間が稀に持つ超感覚のこと。これは俺もごく最近知ったことなのだが、どうやら仮想世界の中でもサイドエフェクトは有効らしい。

ボーダー開発室の室長いわく、そもそもサイドエフェクトはトリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼして発現する《副作用》と言われている。多重電界によって脳そのものや五感に直接アクセスするアミュスフィアを介した完全(フル)ダイブなら、そういったことがあっても不思議ではないらしい。仮想世界にまで作用するとは、副作用とはよく言ったものだと思う。

 

 

……などと考えていると、何かが割れるような音が俺の耳に届いた。その音の発信源を見てみると、クラインの愛刀がツララの檻と四肢を束縛する鎖を粉砕していた。

檻から救出された女性は、力無く顔を上げて囁いた。

 

 

「……ありがとう、妖精の剣士様」

 

 

「立てるかい? 怪我ァねえか?」

 

 

しゃがみ込み、右手を差し出すクラインはすでに《入り込んで》いる。まあVRMMOのクエストで、ストーリーに没入することは悪いことではない。むしろプレイヤーとして正しい姿勢だろう。だからここでクラインに一歩引くような態度を取るのは間違っている。間違っているのだが……

 

 

「ええ……大丈夫です」

 

 

頷いて立ち上がった女性は、すぐによろけてしまう。その背中を一応紳士的な手つきで支え、クラインはさらに訊ねる。

 

 

「出口まではちょっと遠いけど、1人で帰れるかい、姉さん?」

 

 

「……………」

 

 

その問いに対し、女性は眼を伏せて沈黙した。

ユイが言っていた《言語エンジンモジュール》とは、簡単に言えば、プレイヤーとNPCの会話をかなり自然なものにするためのものだ。もちろん擬似的なものなので、プレイヤーの言語を認識できない場合が多々ある。その場合はプレイヤーが《正しい問いかけ》を模索しなければならない。

今のクラインの問いに彼女が答えないのもそういうことだろうと俺は思ったが、それに反してNPCの彼女はまるで意を決したように顔を上げて、言った。

 

 

「……私は、このまま城から逃げるわけにはいかないのです。巨人の王スリュムに盗まれた、一族の宝物を取り戻すまでは。どうか、私も一緒にスリュムの部屋に連れて行って頂けませんか?」

 

 

「お……う……むぅ……」

 

 

《武士道に生きる男》クラインも、今回ばかりは難色を示した。少し離れた所で見守る俺の隣で、アスナがそっと口を開く。

 

 

「なんか、キナくさい展開だね……」

 

 

「だなぁ……でも……」

 

 

「一応、あの人はウソは言ってないよ」

 

 

頷きながらチラリと向けた俺の視線を感じ取ったユーマが、そう答える。するとこちらを振り向いたクラインが情けない顔で言う。

 

 

「おい、キリの字よう……」

 

 

「……あーもー、解った、解ったって。ユーマもウソはついてないって言ってるし、最後までこの分岐(ルート)で行っても大丈夫だろ」

 

 

俺がそう答えると、クラインはニヤリと笑って女性に威勢よく宣言した。

 

 

「おっしゃ、引き受けたぜ姉さん! 袖すり合うも一蓮托生、一緒にスリュムのヤローをブッチめようぜ!」

 

 

「ありがとうございます、剣士様!」

 

 

女性がクラインの左腕に抱き着くと同時に、パーティリーダーである俺の目の前にNPCの加入を認めるかどうかのダイアログ窓が表示された。

 

 

「そですりあうも、いちれんたくしょう……日本にはむずかしい言葉があるな」

 

 

俺の隣では、そんなことを呟きながらユーマが首を傾げていた。とりあえず、覚えなくていい言葉ということはあとで教えておこう。

 

 

「ユイとユーマに妙なことわざ聞かせるなよなー」

 

 

文句を言いつつ、俺はイエスボタンを押した。すると、視界の左端に並ぶ仲間たちのHP/MPゲージの最後に、10人目のゲージが追加された。彼女の名前は【Freyja】となっていた。フレイヤと読むらしい。おそらくメイジ型だろ、ずいぶんとMPが高く設定されている。

そこでふと、俺はリーファの胸元に下がるメダリオンを一瞥した。もう9割以上が黒に染まりつつある。残り時間は見立てたとおり30分ほどだろう。

 

 

「ダンジョンの構造からして、あの階段を降りたら多分すぐラスボスの部屋だ。今までのボスより更に強いだろうけど、あとはもう小細工抜きでぶつかってみるしかない。序盤は、攻撃パターンを掴めるまで防御主体、反撃のタイミングは指示する。ボスのゲージが黄色くなるとこと赤くなるとこでパターンが変わるだろうから注意してくれ」

 

 

こくりと頷く仲間たちの顔を見渡し、俺は語気を強めて叫んだ。

 

 

「──ラストバトル、全開でぶっ飛ばそうぜ!」

 

 

「おー!」

 

 

このクエストが始まってから3度目の気合いに、俺の頭上のユイと、シリカの肩のピナ、そしてNPCのフレイヤまでもが加わって唱和した。

 

 

 

 

 

つづく




サイドエフェクトに関しては、作者の個人的見解です。ご了承ください。






↓作中でカイトが言っていた、見覚えのあるシーン。



─ボーダーのランク戦ブースにて─


米屋
「おい桐ヶ谷! なんだよさっきの必殺技みてーなの!?」

和人
「……言わなきゃダメか?」

米屋
「ったりめーだろ! あんな攻撃見たことねえよ!」

和人
「……SAO時代の技だよ。《ソードスキル》」


出水や米屋と出会って間もない頃の話です。
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