〜曜がみんなの前で泣いた次の日〜
千歌「果南ちゃん、お待たせ。」
果南「全然待ってないって。さあ行こうか。」
今日の練習はOFFになった。
なにやらみんなは曜のことについて話し合うらしい。昨日の夜にダイヤとマルが話してそういう結論になったみたいだ。
二人ともいい子だと自信をもって言える。ただ、一つの物事に執着する節が見えるから、ちゃんと見てあげないといけない。
というよりもAqoursにはそういう子が多すぎる。
そういうことに自制がかけられるのは、曜だけかもね。
その曜も今は……
そして一番の問題は隣にいる千歌。
千歌はいわゆる挫折を経験した子だ。
理由は千歌自身が気づいていないけど、いつも近くにいた曜だ。
どんなときも一緒だった曜と自分を比べた時に自分は一歩引こう、ここは諦めようと線引きしてしまっている。
これって自制をかけれているかに見えるけど、実はかけれていない。
一歩引かせることによって、本当に見なくちゃいけないことから目を背けている。
今回の件、曜のことについても目を背けてしまう気がする。それは誰かが向き合わせてあげなければいけないことなんじゃないかと思う。
それは先輩であり幼馴染である私の役目だ。
果南「どこに行きたいかなん?」
果南「街中に出てきたいなんて意外だなあ。」
千歌「沼津には高校になってから遊ぶようになってね?でも果南ちゃんとは高校に上がってからあまり遊んでなかったし。」
果南「へえ、千歌のことだから部屋でゴロゴロするって言われると思ってたよ。」
千歌「それはそれで……良いね!」
果南「まあ、折角こっち来たんだし何かしよう。」
千歌「うん!」
今日初めて千歌らしい笑顔を見た気がする。まずは第一関門突破かな。
果南「千歌も大概だね。」
千歌「好きなんだもの。しょうがない!」
まず私と千歌はアイドルショップに来ていた。ここのお店はダイヤに連れ回されてよく来ていたから、私にとっては馴染み深い。
千歌「わぁ。この子かわいいっ!ほら、ポージングとかばっちりでしょ?」
果南「んー。私はどっちかっていうとこの子の方がいいかな…。」
千歌「ほう。確かにこの子もスタイル抜群ですな。」
果南「というか、私はあんまり他のスクールアイドルについては知らないよ?」
千歌「まあまあ。そう言わずに少しだけお付き合いくだせえ。」
果南「江戸っ子…」
千歌「あ、μ'sの棚だ!」
μ'sのロゴを見た瞬間に駆け足になる千歌。お店の中で走るのはご遠慮ください…って言われても知らないよ?
千歌「ほらほら!これだよ!」
果南「何が?」
千歌「μ'sの最初のライブ!ここに書いてあるよ。」
果南「僕らのLIVE君とのLIFE。へえ、最初の曲は学校で撮影したんだね。」
千歌「正式には9人として揃った最初のライブらしいんだけどね。」
果南「らしいってことは誰かから聞いたの?」
千歌「ダイヤさん。」
果南「ああ…納得したよ。」
合宿でみんなにμ'sのうんちくを語ろうとしたダイヤのことだ。千歌の持ってる情報の多くがダイヤから仕入れたものな気がする。
果南「じゃあ今度さ、私たちも学校で撮影してみる?」
千歌「いいね!じゃあ新しい曲を作らなきゃだ!ちゃんと考えなきゃだね。」
果南「ダンスの振りつけは私とダイヤが考えようかな。」
千歌「衣装は曜ちゃ……んじゃない人に任せてみてもいいかも。」
この前のこともあるし、さすがにすぐに曜に任せようとはならないよね。
でも、これは思ったより重症なのかもしれない。顔を伏せながら喋る千歌を見ながら、私はそう考えていた。
果南「それもみんなと相談しながら決めよう。」
千歌「うん……。」
果南「ほら、違うお店も見て行こう。」
千歌「そうだね。そうしたら、どこに行こっか?」
果南「女の子らしく洋服か雑貨屋さんとか?」
千歌「いかにも私たちらしくないね。」
果南「じゃあ歌詞作りに役立つし、図書館にでも行く?」
千歌「それなら雑貨屋さん行く……」
本を読むのを千歌が嫌がったので(私も本当は嫌だけど)、どこ行くわけでもなく、私たちは沼津の街を徘徊し続けた。
千歌「…あ。これってこの前のライブの衣装のやつだ。」
果南「本当だ。曜とルビィはここで小道具を買ったんだね。」
千歌「センスいいなぁ二人とも。」
果南「そうだね。私だったらこんなに色々ある中からパッと決められないね。」
しばらくして駅から少し歩いたアーケードの中にあるお店の前で千歌が立ち止まった。
果南「せっかくだし、入っていかない?」
千歌「そうだね。」
中はアクセサリーや小物が色々取り揃えてある様子で、ルビィが喜びそうな内装だった。
果南「Aqoursメンバーでこういうところにいつも来そうな子っていないよね。」
千歌「確かにそうだね〜。」
果南「特に私たちには縁が遠いお店だね。」
千歌「……意外とそうでもないんだよね。」
果南「そうなの?千歌はここに来るんだ。」
千歌「…曜ちゃんとたまに来てた。」
果南「へぇ…。曜がね…」
曜はスポーツ少女って感じで、ボーイッシュな雰囲気だけど、料理できたり裁縫したりで、女の子してるんだよね。私も少しは見習うべきか…
千歌「こ、これ…!」
千歌の目線の先にはカラフルなイルカのぬいぐるみが置いてあった。色によって表情が違くて面白い。
果南「これが、どうしたの?」
千歌「ほ、ほしいっ!」
始まった。千歌のおねだりタイム。
果南「今月はお小遣いもそこそこピンチなんだけど?」
千歌「う、ぐ…。ほ、ほしい…」
買ってあげるかは別として、一応聞いてあげるか。
果南「…どの子が欲しいの?」
千歌「この子たち!」
まーた、なんで3個も……
果南「ぬいぐるみって、一つでも結構するんだよね……」
千歌「だ、だよね…。
ワガママ言ってごめんね。」
改めて千歌が欲しがっていたイルカを見る。
オレンジにピンクに青
オレンジの子は一番シンプルな作りのやつだ。目とか尾びれとか、とにかくシンプル。でも可愛い。ぬいぐるみ特有のふわふわさとか、まさに正統派ってやつかな。
ピンクの子はイメージとしてシュッとしてる。普通はキリッとしてる人形とかぬいぐるみって、可愛くないんだけど…
なんだろ?守りたくなる可愛さ、がどこかから感じる。
青の子は……可愛い。
正直、出来は一番良い。惹きつけられる感じがすごいする。愛嬌もあるし形もいい。棚に並べられている在庫の数からも人気だってことがわかった。
千歌「果南ちゃん…?」
900円……
まあ、今まで遊んであげられなかったこともあるし奮発するか。
果南「2個までならいいよ。」
千歌「え!」
果南「2個までなら、買ってあげるよ。」
千歌「か、果南ちゃん…!」
果南「まあ、千歌も最近頑張ってたしね。ご褒美も兼ねてかな。」
千歌「ありがとう!」
さて、だいぶ遠回しだけど、千歌の気持ちを教えてもらおうかな。
果南「それで、どの子にするの?」
千歌「あ、うん…そうだね……」
多分、千歌のことだ。きっと私に質問してくる。
千歌「オススメするとしたら、果南ちゃんはどの子にする…?」
ほらね。
果南「私?千歌が選んであげないと、その子は嬉しくないんじゃないの?」
千歌「で、でも…」
果南「なら、オレンジの子は買ったら?みかんっぽい色してるし、どこか千歌に似てるし。」
千歌「私に似てる?」
果南「雰囲気かな?私からはその子は千歌に見えるよ。」
私がそう言うと、千歌はオレンジのイルカをマジマジと見てから
「この子にする。」
と言った。
ここまでは咄嗟に考えたにしては計画通り。
あまり計画を立てずに生きてきた私にしては上出来だ。
あとは……
果南「あと一つ。どっちの子にする?」
私が知りたいのはここだ。
千歌「……。」
私はこの時の千歌の顔を見て確信する。
千歌は私の試練に気づいてる。
さっきのオレンジの子が千歌に似ているという私の言葉がヒントになったのかもしれない。
ピンクは梨子ちゃん、青は曜に似ている。感覚的なところで、どちらに似ている子を選ぶのか。それが私の空っぽな頭の中で浮かべた策。
そしてそのことに千歌は気づいている。
少しの思考時間があってから、千歌から答えが出た。
千歌「私はピンクを選ぶよ。」
梨子ちゃん……か……
果南「わかった。そうしたらオレンジとピンクのやつを買ってくるよ。」
千歌「これ…い……だよね…」
ん?
果南「千歌?」
私は千歌が梨子ちゃんを選んだことに対する驚きで、最後に千歌が呟いた言葉を聞き取れなかった。
諦めと悲しみが入り混じった顔をした千歌の瞳に映っていたのは、先ほどとは違ってどこか寂しい微笑みをしている青色のイルカだった。
千歌「……いい子が見つかるといいね。」