千歌「…やろうよ。」
梨子「…!」
果南「千歌!」
千歌「…それと」
ダイヤ「なんですか?それは。」
ダイヤさんが千歌さんの持っていた封筒を手に取った。
そして少しの間も経たない間に、ダイヤさんの顔は強張っていた。
ダイヤ「…どういうつもりですか。」
ダイヤさんの言葉を皮切りに、私はその紙を覗き込んだ。
善子「な、なぁっ!?」
私は仰天…愕然…
どの言葉で表せばいいかわからない気持ちになった。
ルビィ「ど、どういうこと…?」
一緒に覗き込んだルビィと花丸も唖然としている。
それはそうだ。
だって、その封筒に書いてあった文字は
退部願
ダイヤ「あなた。さっき、やろう。とおっしゃいましたよね?」
千歌「うん。」
意味がわからない!
善子「じゃあ、これは何なのよ!?」
千歌「私のじゃないよ。」
花丸「え……」
ま、まさか…
流れからは察することができる。
あの退部届……
梨子「曜ちゃんの…なの…?」
ルビィ「うそ……」
ルビィがダイヤさんの持っていた封筒を裏返すと、そこには
渡辺曜
と書き記されていた。
果南「ち…か…。」
ダイヤ「千歌さん…!」
私が信じられなかったのはこの後だった。
千歌「曜ちゃん、辞めちゃった」
な、ななっ!?なんなの…そのあっさりとした事後報告!
善子「ちょ、ちょっと!」
花丸「そんな言い方あんまりずら!」
思わず私と花丸が抗議しようとした時だった。
果南「ちかぁぁぁっ!!」
善子「!?」
ルビィ「ピギィッ!?」
鞠莉「果南!落ち着きなさい!!」
果南さんがここまで怒るところを見たことがない…
いや、鞠莉に怒ったときもあったけど…。その時より凄まじい。
果南「なんで、なんで受け取ったの!?なんで止めなかったの!?
曜だよ!?誰よりも千歌の側にいてくれた曜なんだよ!?」
鞠莉「果南!」
ダイヤ「果南さん!冷静に!」
荒れ狂う果南さんを鞠莉とダイヤさんで押さえつけるのがギリギリだった。
果南「どうして!?
よりによって、どうして曜を一番傷つけることをしたの!?」
梨子「しょうがなかったんです!」
黙る千歌さんを庇うように梨子が答えた。
梨子「千歌ちゃんだって辛かったんです。今までずっと一緒にいた友達とお別れしたいって、千歌ちゃんが思うはずないじゃないですか……。
こうしている今だって、曜ちゃんは千歌ちゃんの大親友に変わりは
「絶交した。」
梨子「え……。」
千歌「私は曜ちゃんと絶交した。」
千歌さんの言葉によって、曜さんがこの前に作ったあの雰囲気が蘇った。
千歌「もうね、曜ちゃんを見たくないんだ…」
あんまりだ。
ここまで苦しんでいたのは誰のためだって思ってるの!?曜さんが報われなさすぎる!
善子「言いたくなかったけどね……」
言ってやるわよ、ずっと思ってたこと。もう我慢の限界よ…!
善子「あんたのせいよ!?
曜さんがあんなこと言ったのは!!」
千歌「!」
善子「曜さんはずっと一人で悩んでたのよ!」
花丸「もうやめて!」
花丸が涙目にして私を制止しようとした。でも、千歌さんには言わないと、伝えないとダメなのよ!
善子「それなのに…そんな曜さんを突き放すようなことをしたら、曜さんがどうなるのかわかってるの!?」
千歌さんは私の言葉に明らかに反応していた。
ただ、今まで我慢していた何かがプツッという音をたてて切れたのか、いきなり泣き叫ぶように話し出した。
千歌「わかってる!わかってるんだよ!!」
ようやく千歌さんが口を開いた。
千歌「わかってるよ…。
そんなことは私だってわかるよ…。
でも、もう嫌だったんだよ。私を助けようと、側にいようとすると曜ちゃんは必ず傷ついちゃう。
嫌だ!私は嫌だよ!」
そこまで言い切ると、千歌さんは目に溜めていた涙を流した。
千歌「あんな顔をした曜ちゃんを見るのが……辛かったんだよ……」ポロポロ
これは……重症。
曜さんとのすれ違いが引き起こしてしまう取り返しのつかない二人のこじれ。
なんて声をかければ良いのかわからない。
鞠莉「果南は私と縁を切ろうとしたこともあったわ。」
すると、何かを悟ったような顔をした鞠莉が、千歌さんを諭そうとしている。
鞠莉「それもお互いに気持ちをぶつけなかったせいよ?
くだらないと言われたら、それまでのこと。」
千歌さんは聞いてくれているかわからない。それでも鞠莉は話し続けた。
鞠莉「でも、そのすれ違いで私と果南はとても悲しい想いをした!
今までの人生で一番悲しいことよ。」
ダイヤ「鞠莉さん……」
鞠莉「このまま曜と疎遠になってしまっていいの?
私は良くないと思う。だって絶対に後悔する!
なぜ、曜と一緒にいなかったのかって。そのまま一生の心の傷になるわ!」
千歌さんと曜さんは長い間、ずっと友達だった。
私にはそういう友達が居たことがないから、本当の意味ではわからないけど、かけがえのない友達を互いの気持ちのすれ違いで拗らせてしまったら、きっと……
千歌「……。」
梨子「千歌ちゃん。」
梨子の優しい声が千歌さんにかけられた。
梨子「曜ちゃんが一緒にいてくれた理由はわかる?」
千歌「私が心配だったから。私一人じゃ何もできないからって…」
その言葉を聞いて、梨子は微笑んだ。
梨子「その気持ちも少しはあったかもしれない。でもね?曜ちゃんが千歌ちゃんといた本当の理由は違うよ。」
千歌「じゃあ、なに?」
私はこの会話の中でわかった。梨子は千歌さんの心を動かすことができる。
曜さんはこういうところから少しずつ劣等感を抱いていたのかもしれない。
梨子「曜ちゃんは千歌ちゃんが大好きだからだよ。側にいたい。ただ、側にいて千歌ちゃんの笑ってる顔が見たいって、そう思ってたはずだよ。」
千歌「私は…いやだよ。」
千歌さんがポツリと言った。
千歌「そんな理由で、あんなに苦しまなきゃいけないの?」
梨子「それほど千歌ちゃんが好きだったんだよ。」
これは多分、千歌さんに刺さったわね。
千歌「……ごめんね。私が勝手なことばっかりして。」
果南「千歌。」
千歌「…今日は少し落ち着いて考えたいから帰るね。」
そう言うと千歌さんは部室から出て行った。
ルビィ「千歌ちゃん…。」
項垂れながら部室を出た千歌さんを見て、私のしてしまったことを改めて振り替えった。
善子「……千歌さんのこと、追いつめた?」
梨子「善子ちゃんの言い分もわかるよ。千歌ちゃんもわかるって言ってたよね。」
ダイヤ「しかし、千歌さんにできた心の穴はとても大きいものでしたわ。」
盲点だった。
曜さんと同じように千歌さんもここまでダメージを受けているとは思わなかった。
果南「千歌は私がなんとかする。」
鞠莉「果南!」
果南「大丈夫。もう暴れたりしないから。」
落ち着いた果南さんの瞳を見て、鞠莉は「お願い。」と一言だけ言った。
果南さんが部室を出た後に、外では雨が降り始めた。
ルビィ「雨、降ってきちゃったね…」
ダイヤ「…もうすぐ台風が来ますわ。早く帰った方がよろしいかと。」
花丸「…でも、話し合いができてないずら。」
善子「…こんな状態で続けられると思うわけ?」
部室に訪れる沈黙。
鞠莉「今日は帰りましょう。」
雨。
この世に良くないものを連れてくる液体。
止まない雨はないという言葉を聞いたことがある。
それでも
一度削ってしまった跡を修復するのには何年もかかるし、直らない場合もある。
お願いだから、Aqoursの絆をこれ以上削らないで……