家に帰ってきた私は、梨子ちゃんに言われたことを頭の中で考えていた。
梨子『曜ちゃんは千歌ちゃんが大好きだからだよ。側にいたい。ただ、側にいて千歌ちゃんの笑ってる顔が見たいって、そう思ってたはずだよ。
それほど千歌ちゃんが好きだったんだよ。』
曜ちゃん……
果南「千歌。」
千歌「か、果南ちゃん!?」
突然部屋の中に現れた果南ちゃんに驚いた私は、後ろに倒れこんだ。
千歌「いたたた………!」
私はさっきのことを思い出して、身震いをした。
ここまで追いかけてきたってことは、相当怒ってる。
千歌「……ごめんなさい。」
果南「私に謝ってどうするの?それに、もうそこまで怒ってないよ。」
千歌「でも……」
私がしょげていると果南ちゃんがハグをしてきてくれた。
果南「…辛かったのはわかるよ。千歌の気持ちはよくわかるんだ。でもね、わかるからこそ許せなかった。」
果南ちゃんの言葉が私に重く突き刺さる。鞠莉ちゃんとのことがあったから、果南ちゃんも同じような思いをしているんだよね。
果南「でも、それ以上に不甲斐ない自分が許せなかった。
それを千歌に八つ当たりみたいにして、最低な幼なじみだよ……」
千歌「果南ちゃん…」
果南ちゃんは泣いていた。普段泣くことがあまりない果南ちゃんが泣いてる。
なら、曜ちゃんだって………
果南「これさ、千歌に買ってきたんだ。」
千歌「え……」
果南ちゃんが手に持っていたのは、私が諦めて買わなかった水色のイルカのぬいぐるみだった。
千歌「な、なんで……」
果南「この子が寂しいって言ってた気がしたから。あの後お店に行って、まだ居たら買おうって思ってたんだ。」
果南ちゃんがぬいぐるみに対して、そこまで思い入れをするなんて思わなかった。
果南「そうしたら健気に待ってたんだよ。千歌が手に取って、欲しいって言ってたこの子が。」
パッと見ただけじゃわからなかった。
あの子とまったく一緒だったなんて。
千歌「なんで一緒ってわかったの?」
果南「それはここだよ。」
私は果南ちゃんの指さしたところを見た。
千歌「模様?」
果南「多分、若干ほつれてたんじゃないかな?それで、目の横のところにクローバーみたいな跡がついてるんだよ。」
クローバー
言われてみればそう見えるかも。
果南「そういえばさ、曜って千歌から貰ったクローバーの髪留めを大切にしてなかったっけ?」
それは……
果南「なんか偶然だね。」
千歌「…それは捨てたんだ。」
果南「捨てた?何を……」
千歌「クローバーの髪留め。」
果南「なっ!?」
今にも食ってかかりそうになった果南ちゃんに私はもう一言付け加えた。
千歌「曜ちゃんがだよ。」
果南ちゃんは驚いていた。果南ちゃんにとって、あの髪留めが曜ちゃんの大切なものであったということは当然だったんだろう。
でも、それもこの前までの話。
果南「曜にとって、あれは千歌との絆の証だって…そう言ってたのに。」
千歌「私がね、返してって言ったんだよ。」
果南「どうして。」
千歌「あの髪留めがあるから、昔にした約束を引きずってるんだと思ったの。」
果南「昔にした約束って、どんな約束なの?」
千歌「…曜ちゃんが私の前では絶対に泣かないって約束したんだ。」
それから曜ちゃんは私の前で弱音を吐くことが少なくなって、泣くことはなくなった。
曜ちゃんが本当に辛いときも笑って誤魔化そうとして、本当に苦しくても私に「辛い」って言わなくなった。
果南「…千歌はそれが嫌だったの?」
千歌「私と一緒だったら笑ってくれるって思ってた。
でも本当は違うんだよ。
苦しい、辛いって気持ちに蓋をして、私が不安にならないように無理して笑ってるだけ。」
小さい頃にサーカスでピエロが出て来たときをふと思い出した。笑いながら凄技をしているピエロを私が喜んでいると、しま姉がピエロは本当は泣いていると教えてくれたことがあった。
「顔では笑っているけど心は泣いているのよ」って。
よく見てみるとニコニコ笑いながら芸をするピエロの顔には、涙のメイクがされていた。
その瞬間に私は笑えなくなってしまったということまで思い出して、ハッとした。
曜ちゃんは私のピエロだったの?
ニコニコしながら凄いことをやってのけて、失敗しても辛いとか苦しいとか絶対に言わない。
助けて欲しいときにそっと寄り添ってくれて、でも助けを借りようとはしないでいつの間にか何でもやってしまっている。
果南「千歌。」
千歌「果南ちゃん、わかったよ。」
果南「……。何がわかったの?」
千歌「私にとって曜ちゃんは都合の良いピエロだったんだよ。」
果南「…何を言ってるのかわかってるの?」
千歌「そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ……」
よう『わたしね、ちかちゃんといっしょにいるとうれしいんだ!』
千歌「私が…曜ちゃんをあそこまで傷つけた理由がないんだよ…」
果南「…千歌は傷つけたことに理由なんて求めるの?ちょっとのすれ違いで起きてしまったことなのに。」
千歌「すれ違い…」
果南「私が考える限りでは二人の想いがすれ違っただけだと思うんだ。」
果南ちゃんは目を伏せながら静かに話した。閉じている目で私と曜ちゃんの心を見透かしている。
果南「そのすれ違いは話し合わないとわからないよ。いつも一緒にいた親友であってもさ。」
千歌「果南ちゃんは私がまだ曜ちゃんと一緒にいた方が良いと思っているの?」
果南「少なからず曜のことを考えてあげるなら、ね。」
千歌「……。」
曜ちゃんは私にとって本当に都合のいい存在でしかなかったの…?
本当にピエロだったの…?
果南「雨が止んだら、曜に会って仲直りするんだよ。もし無理そうなら私も仲立ちするからさ。」
答えが出てこない自問自答を繰り返している私を見兼ねて、果南ちゃんは優しい言葉をかけてくれた。
果南「それじゃあ私はもう帰るよ。」
押し黙ってしまった私の頭を撫でながら、果南ちゃんは立ち上がって部屋から出て行こうとした。
千歌「果南ちゃん!」
果南「?」くるっ
千歌「私、仲直りできる…かな……」
情けない声で情けないような質問を果南ちゃんにすると、フフッという声とともに
果南「千歌なら大丈夫。」
あったかい笑顔が返ってきた。
曜ちゃんはピエロなんかじゃない。
私は笑っている曜ちゃんを見たいとずっと考えすぎていたんだ。
全部受け止める。
怒ったり泣いたりしている曜ちゃんも全部含めて、私の一番大切な親友なんだ。
曜『千歌ちゃん!!』
そう思ったら、こちらに向かって太陽のような笑顔をむけてくれる曜ちゃんが目に浮かんだ。