朝、私は一人でいつもの砂浜に行った。
今朝の波の音は静かだった。
私は何をするわけでもなく、ただ海を眺め続けた。
大好きな海。
でも、もっと大好きな人を私から奪ってしまった。
千歌「…かえしてよ。」
私の大好きな
千歌「かえしてよ。」
私にとって大切な
千歌「返してよ!」
曜ちゃんを返してよ。
何度か海に向かって叫んだ後、喉がカラカラになって耐えられなくなったから、家に帰ろうとすると、果南ちゃんが私を待っていた。
果南「…千歌。」
千歌「……どうしたの。」
果南「…千歌だけお見舞いに来なかったから。」
そうだよね。
みんなはちゃんと曜ちゃんに会ってきたのに、私はあれから曜ちゃんと会ってないんだ。
果南「来なかったからどうだってことはないよ。ただ、曜は寂しがってるかもしれないと思って。」
千歌「…うん。わかってる。」
果南「あと、2日だよ。」
果南ちゃんの言葉が私の胸に突き刺さった。
千歌「そんなわけない!曜ちゃんは起きてくれる!」
私の言葉に対して、果南ちゃんから向けられたのは哀れみの視線だった。
果南「…後悔する前に会ってきなよ。」
その一言だけ残して果南ちゃんはいなくなった。
身支度をして、曜ちゃんも好きだったみかんをカバンの中にいれた。
みかんパワーで曜ちゃんの目が覚めるかも…なんてバカな考えだけど、すがれるものにはすがっておきたい。
そして、バスに乗って私は一人だけで、昨日みんなで来た病院の中に入った。
看護師さんに聞いて、ひんやりした黒い廊下を進むと、そこに曜ちゃんのお部屋があった。
渡辺曜
部屋の前の表札は、曜ちゃんが出した退部願を思い出させるから、見たくなかった。
千歌「千歌だよ。入るね、曜ちゃん。」
中に入ると、廊下の薄暗さと打って変わって、陽射しが部屋中に広がっていて眩しかった。
千歌「……っ。」
そして、ベッドの上には呼吸器や心拍計に繋がれて、まったく動かない私の幼馴染がいた。
千歌「…曜ちゃん、会いに来たよ。」
本当だったら逃げ出したかった。
体育会系の元気な少女が、今はこうして静かに眠っている。そしてその原因は私なんだ。
千歌「…どうして無茶したの?」
答えてくれるはずがない曜ちゃんに私は問いかける。
千歌「あの日、曜ちゃんは何をしたかったの…?」
曜「……。」
もはや生きているのか死んでいるのかもわからないほどに曜ちゃんは動かない。
千歌「私は曜ちゃんの側にいるよ。
曜ちゃんがどこに行っても、私は曜ちゃんといるから。」
安心させたい、そう思って私は曜ちゃんに話しかける。
千歌「そう、決めたんだ。」
曜ちゃんの手を握ってあげると、微かに曜ちゃんの手が動いた気がした。
私が病院から帰って来る頃にはもう日が暮れはじめていた。
夕日の染まった海はみかん色に輝いていて、無性に飛び込みたい気持ちになる。
まだ残暑が続いているから、飛び込んでも多分平気。
よし。行こう。
千歌「え……」
波打ち際まで行くと、私は見覚えのある髪留めを見つけた。
千歌「これ…曜ちゃんの髪留め…」
キラリと夕日で輝いたクローバーの髪留めが、波が届かない位置に置いてあった。昨日の台風で、海にあったのが打ち上げられたにしては、大分遠い気がする……
よく見ると、そこには手形のような跡が残っていた。
千歌「……」スッ
気になった私は、その手形に手を合わせた。
梨子『曜ちゃん!!』
果南『曜!!』
いつの間にか梨子ちゃんと果南ちゃんが私のすぐ側にいた。周りは土砂降りで、風が今にも私たちを吹き飛ばしそうだった。
そして、私の右手には曜ちゃんの右手があった。
千歌「っ!曜ちゃんっ!!
しっかりして!」
曜『………ゃ……』
千歌「曜ちゃん?話せるの!?」
曜『…れ…………たい………』
千歌「…え」
震える曜ちゃんの手には、クローバーの髪留めが握られていた。
千歌「うそ…。
まさか、海に行った理由って…」
曜『……った……』
そのまま曜ちゃんはうごかなくなって、周りはさっきの砂浜に戻っていた。
千歌「どうしてなの…」
私の右手はクローバーの髪留めを握っていた。
千歌「どうして、こんな物のために曜ちゃんは……」
曜「千歌ちゃん?」
千歌「え。」
曜「どうしたの?何か嫌なことがあった?」
私の目の前には理解できないことが起きていた。
千歌「よーちゃんなの?」
曜「そうだよ。んー?どうも様子がおかしいけど、私が何かした?」
さっきと一緒で、私の夢なのかもしれない。そう思うと怖くて、私は曜ちゃんがいるということを感じたかった。
千歌「よぉ…ちゃん……」ギュッ
曜「…ちかちゃん。」
抱きついた曜ちゃんはとてもあったかくて、不安だった私の心を落ち着かせてくれた。
曜「今日は甘えん坊な千歌ちゃんだね。」ナデナデ
千歌「…あったかい。曜ちゃんはとてもあったかいんだ。」
曜「千歌ちゃんもあったかいよ。」
こうして会話できるだけでも、どれだけ幸せなことなんだろう。
ただ、私はこの曜ちゃんが私の幻想だということに気づいていた。
だから余計に悲しかった。
千歌「…行かないでよ。」
曜「うん?」
千歌「…私を置いて行かないで。」
曜「え?」
困った顔をした曜ちゃんが、私のことを見つめていた。
千歌「…曜ちゃんがいなくなったら、私は……生きていけないよ……」
涙が混じった掠れるような声で私が訴えると、曜ちゃんは大きく目を開いて、そして顔を歪ませた。
曜「また、私は千歌ちゃんを傷つけたんだ。」
千歌「また…?」
曜「…ははは。嫌になっちゃうね。
千歌ちゃんのこと大好きなのに、私は千歌ちゃんを傷つけることしかできないよ。」
卑屈になった曜ちゃんの顔は、無理やりに引きつり笑いをしていた。
その顔は私の胸を苦しくさせる。
曜「ねえ、もしさ。私と千歌ちゃんが友達じゃなかったら、千歌ちゃんが辛い思いをすることもなかったのかな…」
千歌「……そうかもしれない。」
一瞬の静寂。その後に
曜「その髪飾り、大切な友達ができたら渡してあげてね。」
千歌「え…」
すっかり暗くなってしまった砂浜に私は一人、うずくまっていた。
なんで優しくしてあげられなかったんだろう。
心の中で泣いていた曜ちゃんを、私はどうして見捨てるようなことをしたんだろう。
曜ちゃんだけが辛いわけじゃないって。梨子ちゃんやみんなを傷つけるなんて酷いって。
私だって泣きたいんだって、そう思ってズルイってどこかで思っていたんだ。
今考えたら、曜ちゃんに部活を辞めさせたり、絶交したりするのはただのイジワルだった。言い方も酷かった。
千歌「気づくのが…遅いんだよ……」
ごめんね。
後悔してるの。