曜ちゃんと一緒にいる。
ただそれだけで良かったんだ。
いや、それが良かったんだ。
曜ちゃんが見せてくれた太陽のような眩しい笑顔がもう思い出せない。
思い出せるのは、泣きながらみんなに怒鳴る姿と悲しい表情をしたまま目を閉じて横になっている姿。
なんで……なの……
千歌「ようちゃんのこと……大好きなのに…………」
今日のうちに目を覚まさなければ、曜ちゃんが目を覚ますことはない。
曜ちゃんの病室ではAqoursのみんなが泣きながら、目を開けてほしいと曜ちゃんに話しかけていた。
私はというと、泣きたくても涙が枯れてしまって泣けなかった。
それに曜ちゃんはもう目を覚ましてくれないってことも私はわかっていたから。
最低だ。
そんな風に考えるなんて私は最低だ。
私は誰にも話さずに病室から出て、海岸に向かった。
あそこに行けば曜ちゃんに会える。そんな気がしたから。
海に着いた後も放心状態の私は、何をするわけでもなく海を見ていた。繰り返し、リズムを崩さずに波を寄せては返してをする。それが私に語りかけている気がした。
『どうしたの?』
とても悲しいことがあったんだ。
『とても悲しいこと?』
そう。とても悲しいこと。
『それは嫌だったね。こっちにおいで。』
うん。
私は波が立っている場所まで歩いた。
『ほら、嫌なことは私に相談して?』
何でも聞いてくれるの?
『何でもいいよ。』
あのね。私、ずっと嫌なことがあったの。
『いやなこと?』
それはね、私の大好きな人の邪魔をすること。
『大好きな人の?』
私にはカッコよくて、頼りになって、周りの人に優しい、そんなヒーローのような友達がいるんだ。
『ヒーローかあ。』
でも、そのヒーローはみんなのことばかり気にして、自分のことをいつも最後に考えてた。
『本当に…そうなのかな……』
そうだよ。
『私はそんなことないと思うよ。』
千歌「なにが……なにがわかるの!?
曜ちゃんはいつも私のことばっかり優先して、大変なことがあっても一人で抱え込もうとしてた!」
曜「違うよ。」
千歌「え……。」
私の目の前には曜ちゃんが立っていた。
曜「千歌ちゃん。」
千歌「よーちゃん……?」
曜「私はずるかったんだ。ずっと千歌ちゃんのヒーローのふりをしてた。」
千歌「なにを言ってるの。曜ちゃんは私にとっては眩しかったよ。」
曜「…それに私は一人で抱え込もうとしてなんかいないよ。」
千歌「それも嘘だよ。」
曜「ねえ、気づいてる?」
千歌「なにを?」
曜「一人で抱え込もうとしているのは千歌ちゃんだよ。」
曜ちゃんはさっきから何を言ってるの。私が一人で抱え込もうとしてる?どこが?梨子ちゃんや曜ちゃんを巻き込んで、みんなを悲しませてるのに、そのどこが一人で抱え込もうとしてるっていうの?
曜「もう千歌ちゃんには私以上に大切な友達がいっぱいいるはずだよ。」
千歌「いないよ!」
曜「…私はね、千歌ちゃんが諦めそうになったら、支えてあげるのが私の役目だと思ってる。でも、千歌ちゃんはもうスクールアイドルを諦めたりなんてしないよね?」
千歌「それは…しない…」
曜「なら、私の役目は終わったの。」
やめてよ。
そんな言い方しないで。
千歌「曜ちゃんは私の道具じゃない!」
曜「なに言ってるの、千歌ちゃん。」
次の曜ちゃんの一言が私の背筋を一気に凍らせた。
曜「今まで何もしてくれなかったのに、まさか友達だったなんて言わないよね?」
曜ちゃんの顔がどんどん歪んでいく。
曜「千歌ちゃんのやりたいことには賛成してくれて、衣装を作って、チーム内の雰囲気を良くするために笑って、ダンスのやり方も教えてくれて、ずっと側にいてくれる。
そして必要じゃ無くなったら捨てればいい。」
やめて……
曜「すごい便利だよ!私って!
私はヒーローじゃない。私は千歌ちゃんの便利な道具だよ!!」
千歌「そんなこと思ってないよ!!
思ってない……おもってない……」
曜「だからさ。」
曜ちゃんの顔からはいつのまにか歪みが消えて、瞳は優しく私を見つめていた。
曜「私のこと、捨てて。」
千歌「いやだぁぁぁぁっ!!」
千歌「あぁぁぁっ!!
違うっ!違うっ!違うっ!!
曜ちゃんは…曜ちゃんは……」
私の大好きな友達なんだよ!!
待ってて。今、会いにいくから。
私はどんどんと海に向かって進んでいった。だってそこには曜ちゃんがいるから。
千歌「もし見失っても、また見つける。私には曜ちゃんしか居ないんだよ!!」
ついに海面に顔が出なくなって、息が苦しくなった。そこまで行っても曜ちゃんはいない。
だから進まなきゃ。だって曜ちゃんが待ってる。
曜『ねえ、千歌ちゃん。』
海の中で曜ちゃんの声が響く。
曜『もう、やめる?』
心配そうに見つめる曜ちゃんが私の前に現れた。
千歌「やめない!
私は曜ちゃんと、ずっと一緒にいたい!!」
手を伸ばせば届く距離まで来た。これでようやっと……
曜「本当にありがとう。」
海の中でもわかるほどの涙でクシャクシャになった泣き顔で曜ちゃんは私を迎えてくれた。私は曜ちゃんに思いきり抱きつく。
千歌「もう見失ったりしないよ。
本当にこれで、ずっと一緒だね。」ギュ
顔を私の胸に埋める曜ちゃんは、震え続けていて、時々嗚咽を漏らしていた。
千歌「大丈夫だよ。もう、一人じゃない。」
曜「千歌ちゃん…。」
千歌「なあに?」
曜「ごめんね……」
その曜ちゃんの声が聞こえるか聞こえないかってところで、いきなり貧血みたいにふらっとなった。
そのとき私の側からあったかい何かが離れていく感触がした。
それは曜ちゃんの熱なのか、私の意識が段々と薄れているからなのかは私にはわからなかった。