??「……ちゃ……。」
う……ん?
??「…ぉちゃ……。」
なんだろう?
そう考えてる瞬間だった。
ギュムッ!
曜「ふぐっ!」
身体を起こした瞬間に、背後から強烈な勢いで抱きつかれた。
千歌「よぉちゃん!!」
曜「ち、ちかちゃん!?……っ。」
千歌ちゃんの制服のリボンの色が黄色いことにすぐに気づいた私は焦りを取り戻して、"私の"ちかちゃんに向き合った。
曜「こんなところにまで会いに来てくれたんだね。」
千歌「とーっぜん!だって、私はよーちゃんと一緒って約束したもん。」
曜「そっかぁ。ありがとうね……」
私はちかちゃんの頭を撫でながら言った。
曜「……"私の思い出"の千歌ちゃん。」
私の言葉とともに目の前にいた千歌ちゃんは消えた。
そうだ。あの子は現実の千歌ちゃんから目を逸らしたくて私が生んでしまった幻。私の欲求を映し出していた千歌ちゃんだ。
千歌ちゃんが本当の意味で輝くことを望んだことで、今の私には見えなくなって当然だった。
(千歌ちゃんには胸の中でキラキラしてるものを見つけてほしい。それに、きっと……。)
それにしても、ここはどこなんだろう。
風が気持ちよくて、ポカポカしてて、私の大好きな海の匂いも少しする。
気になって寝ていた場所から歩き始めて少しすると海が見えてきて私は幸せな気持ちになる。今日の海はのんびりとしてて穏やかだった。
私は本当に海だ。私の気持ちとシンクロしているように波が砂浜に満ち引きを繰り返していた。
海を眺めながら歩き続けると、眼前にはいつものヒマワリ畑が広がっていた。
太陽だと焦げる。月や星になると儚い。輝くものは全部手を伸ばしても届かないものばかり。その中でも、この眩しく輝く向日葵は、私にも手の届くところにいたキラキラしたものだった。
千歌ちゃんは向日葵。キラキラしてて、光に向かってまっすぐ伸びて、純粋な輝きを持った美しい花。荒れ狂う波を起こしたり、奥まで見ると真っ暗闇が広がる私とは遠くかけ離れた存在。それなのに、すぐ手を伸ばせば届く距離にいる不思議な存在。
曜「千歌ちゃん。」
私が愛しげに向日葵に触ると、「えへへ。」と向日葵が笑ってくれてる気がして、思わず頬が緩む。
曜「ずっと憧れてたよ。」
そんな風に呟きながら、私は1つ1つの花を丁寧に撫でる。すると突然、一輪の向日葵がしおれた。途端に次々と向日葵が枯れていく。私は慌てて手を離すけど、しおれていく勢いが止まらない。「待って」と叫ぶ声も届かない。
ふと気がつくと、私の頰をつたっている何かがあることがわかった。
私は泣いていた。
そのまま枯れ続けていく向日葵の波を止められず、とうとう最後の一輪になるまで見届けるしかなかった。私が何とかしようとすると余計に萎れていく。私の涙が触れたところからどんどん首を下げていく。こんなのどうしようもないじゃないか……。
昔に聞いた噂だけど、海岸沿いにはお花はあまり咲かないらしい。理由は海の飛沫に含まれる塩分が、お花の水分摂取を邪魔してしまうらしいからだそう。今の私の涙はさしずめ海の潮なんだろう。
あぁあ。やっぱりそうだ。
手が届きそうで届かない。
もし届いてしまったら、壊してしまう。
この関係はきっと海と向日葵だけじゃない。
海(私)と向日葵(千歌ちゃん)は一緒にはいられない。
私は最後の一輪を枯らせないために、涙を拭いて笑顔で伝えた。
曜「さようなら。」
大好きな向日葵畑に背を向けて歩く。この先には海がある。最後に残っていた大きな向日葵は守れたのか気になったものの、私は振り返らなかった。私が振り向けば、その瞬間に私の涙で向日葵を枯らしてしまうから。
??「曜ちゃん。」
曜「は、はいっ!」
歩いていたところにいきなり名前を呼ばれて、思わず返事をした。私の声が暗闇の中でわんわんと響く。
??「心の声って、怖いね。」
曜「こ、心の声って言われても…。」
姿の見えない声の主は戸惑う私を尻目に話を続けた。
??「わかってる。」
その声は悲哀に満ちた声だった。
??「取り繕ってるのはバレバレなのよ。」
そして、ボワンボワンとハウリングしてるような声と共に、段々と聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
善子「これ、いらないし気味が悪いから捨てていいわよね?」
ルビィ「ル、ルビィも曜ちゃんみたいに怖がられるようになったら嫌だなぁ……。」
花丸「マルにこんな本を送るなんて、ダンスが苦手なことへの当てつけなのかな。」
ダイヤ「最後の最後まで勝手な人でしたわ。もうお相手は御免です。」
鞠莉「浦女は……もう……廃校になったわ。」
果南「千歌にはもう近づかせない。こんなに何度も傷つけておいて、帰ってきたら許さないから!」
梨子「……こんなに傷つけられて、嘘をつかれて、絶対に恨むから…!絶対に許さないからっ!!」
千歌「これがAqoursのみんなの気持ち。
もう一度言うよ?私はAqoursが大好き。
…忘れてないよ、私のこと嫌いなんだよね?
なら、早くいなくなってよっ!」
心の声って、そういうことか。
みんなの声ってことね……。
うん。
わかってたよ。
わかってた。
わかってる。
わかってるんだ……。
…………。
曜「大丈夫、私は消えるから。安心してよ。」
神さま、早く地獄でも何でもいいから、とにかく千歌ちゃんたちから遠く離れたところに連れて行ってください。
曜「そうしたら、少しは喜んでくれるよね。」
嫌いな子がいなくなってくれたって……。
曜「もう、わたしには……っ。」
??「……やっぱり壊れてた。」
曜「壊れてはいないよ。改めて楽しみなことが見つかったって、そう思う。」
??「もう、やめよう……曜ちゃん。」
曜「……やめない。」
??「ねえ、気づいてる?
これは曜ちゃんの心の声なんだよ。」
曜「なにを言ってるの?」
私には理解できなかった。私の心の声なのにみんなが出てくるなんておかしい。
??「今、曜ちゃんが見ていたのは、曜ちゃんが推察してるみんなの声に過ぎないの。」
曜「え…。」
??「だから、本当の私たちの気持ちをちゃんと聞かせてあげる。」
その声と共に私は光に包まれる。
さっきの真っ暗闇と違って、キラキラと光ってる世界。
そこにはみんながいた。
でも、みんな下を向いている。
何で下を向いてるのかは、みんなの様子を見た瞬間に何となくわかった気がした。
千歌「ねえ、曜ちゃん。ダメ、だったよ。」
(……審査が通らなかったんだね。)
果南「私たちはやれることをした。
やれるだけやってこの結果なら、曜もきっと納得すると思う。」
鞠莉「そうよ?だからスマイル♪曜にやりきったって顔を見せてあげなきゃ。」
(みんな……。)
ルビィ「エヘヘ……エヘッ…ッ」
笑おうと顔を緩ませたルビィちゃんだったけど、目からは涙が溢れてしまっていた。
花丸「…ルビィちゃん。」
善子「な、泣くんじゃないわよ!」
花丸「そう言っても…ルビィちゃんは」
善子「笑いなさいよっ!とにかく笑うのよっ!!」
ルビィ「……!善子ちゃん……」
善子「クックックッ……やりきったわよっ!フフフ…ッ。」
善子ちゃんも涙を無理やりねじ込もうと、笑っていた。
でも、ポロポロと出てくる涙は止まらないどころか、余計に溢れ出てしまっていた。
ダイヤ「……。」
鞠莉「ダイヤ、暗い顔しないの。」
ダイヤ「わかってはいます。ですが…。」
鞠莉「果南だって我慢してる。泣きたい気持ちを閉じ込めてね。だから、せめて私たちは笑っていよ?ね?」
ダイヤ「なにを言っているんですか。本当に一番泣きたいのはあなたでしょう?」
鞠莉「…あんまりイジワルを言わないで。私も必死なんだから。」
ダイヤ「鞠莉さん……。」
(気丈に振る舞えそうな2人が……。)
千歌「よーちゃん。」
(ちかちゃん……。)
千歌「ごめんね?曜ちゃんが残してくれたものを何とか形にしたかったのに…。
もう見えないよ。見えないんだよ。
どうすればいいのか……わからない。」
みんなの暗い表情を見ていることしかできない自分に嫌気がさした。
梨子「ねえ、もどかしくない?」
気がつくと私の視界にはただの暗闇がまた広がっていた。さっきと違うのは、黒の世界に1人だけホウッと浮かび上がる少女の後ろ姿があること。
曜「もどかしいよ、とっても。」
梨子「それでも、帰ってきてくれないの?」
曜「うん。」
梨子「どうして。」
曜「……無理だよ。」
どんなに頑張ったとしてもみんなを傷つけるってことは、誰よりも自分が一番知ってる。だからみんなの前からいなくなるのが最善の方法なんだ。
梨子「私だっているよ。」
振り向いた梨子ちゃんの顔を見て私はハッとした。梨子ちゃんの微笑みは心の底に溜まっていた泥を徐々に吐き出させてくれる感じがする。
梨子「私じゃダメかな?私だったら2人を助けることができると思うの。」
曜「梨子ちゃんが大変になるだけだよ。」
梨子ちゃんはクスッと笑って、手を広げた。
梨子「それでも居てほしいって思ってるの。」
私は電池が切れたようにフラフラとしながら歩き、梨子ちゃんの優しさに満ちた手の中に顔を埋めた。
曜「また、一緒にいても…いいの…?」
梨子「Aqoursのみんなも待ってるよ。」
恥ずかしいとか情けないとか関係なかった。今はその優しさに甘えて思いっきり泣くと心に決めた。わんわんと泣き叫ぶ度に心の闇が晴れていく。待ってくれている大切な人がいることに胸がいっぱいになって、今までの虚無に熱が広がっていく感覚は忘れていた感情を呼び起こしてくれる。いつのまにか私から流れ出る涙は透き通った綺麗なものになっていた。
私は今まで何度も突き放してきた親友の繊細な体を、今度こそは逃すまいとギュッと掴んだ。「ちょっと痛いかも。」なんて言いながら、優しく私の髪を撫でてくれた梨子ちゃんの手のひらはとても温かった。
曜「待っててね。」
またみんなを悲しませるかもしれない。
でも、それより今はみんなを笑わせたい。
いつも笑顔にしてくれたあの憧れの花のように。