髪と瞳、そして肌の色はオーソドックスな日本人そのもの。
こっちに来てから一度も髪を切っていないせいか、最近もみあげ付近の髪が鎖骨まで届くようになりました。
身長は一七〇センチ中盤くらいで、体重は今現在不明。顔立ち? はっ、悪いとは思いたくないが、よかったら前世で苦労はしなかっただろうね。
俺の目付きは本当に悪いらしい。三白眼のせいでもあると自覚しているし、それでよく怖がられることもあったからね。
カズマが槍を持った俺を見て殺さないでくださいなんて言ったのも、そのあたりが原因だろう。
本当、初見であんなに優しくしてくれたクリスは天使か女神だ。目の前に居る駄女神様に、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいである。
「ねぇ、ダイナさん? 私ぃー、お金がなくてですね……ほら、あなたとは転生させたってよしみもあるし、工事現場ではあなたが上司だし、冒険者として私は後輩にあたるわけじゃない? ちょっとカッコいいところ見てみたいなー、なんて」
時刻は昼。場所はギルド。目の前には自分では色っぽく誘惑しているとでも思っているのだろう、水の駄女神アクアが俺にくねくねとしながら猫なで声でねだって来ていた。
「……おい、カズマ。あっちで飯食おう」
「ああ、気が合うな。俺もそう思ってたところだ」
そんなコイツのことを無視してカズマにそう言えば、同じことを考えていたようで彼と一緒に立ち上がる。
すると、机を跨いで俺の方へと抱きついて来て、
「良いじゃん良いじゃん! 私は女神なのよ、アークプリーストなのよ!? お布施だと思って! 確かにちょっと、昨日宴会で調子に乗ってお金使いすぎちゃったわけだけど! 今日帰って来たときに報酬で返すから! アークプリーストがお腹が減って力を出せない、なんて状況になんてしたくないでしょ!?」
ギャンギャンと喚き始めた。
確かに、プリーストの上級職であるアークプリーストがそんなことで力を発揮出来ない、なんて状況にはしたくはない。
アークプリーストはあらゆる回復魔法と支援魔法を使いこなし、前衛に出ても問題ない程の強さを誇る万能職だ。
その職に就ける奴なんてのは本当にひと握りで、冒険者の間ではいわゆる『レア職』とも言われるほど珍しい。
アークプリーストは確かに頼りになるだろうし、昼飯を奢って欲しい理由がまともで、真っ当に頼んで来たのならば俺もやぶさかでもなかっただろう。
だが、この女神はダメだ。元々良い心象を持っていなかったが、ここに来て更にどうしようもないと確信してしまった。
おそらく、カズマはこの女神の性格を知っているのだろう。だからこそ、あそこまで歯に衣着せぬ言葉での口論になっているのかもしれない。
てか、この女神もうクエストを達成して報酬を受け取る前提で話してやがる。
「あのな……確かに俺は今日、お前たちとパーティを組んでクエストに出る。だが、そこまで面倒を見る義理まであるか?」
「ダイナの言う通りだぞ、アクア。おんぶにだっこなんて状況にするつもりか? ただでさえ、俺たちの評判はギルドであまり良くないんだぞ……」
「ひどい! ケチ! 女神をいじめてそんなに楽しいの!?」
俺とカズマによる口撃にショックを受けたアクアが、涙目になって机の上に項垂れる。
カズマが言う通り、二人の評判はギルドの中ではあまり良くないらしい。それは、ウェイトレスやここで食事をしている他の冒険者の近寄りたくないという雰囲気から、何となく察することが出来た。
カズマ曰く、冒険者登録をする際にアクアがやらかしたらしい。
一体何をすればここまで露骨に避けられるのかわからないが……それほどのことをしたのだろう。
てか、いつまで泣き続けるつもりだこの女神は。
仕方ない、流石にいつまでもこうさせているわけにもいかないか。
「……はぁ、わかったよ。すいませーん! 日替わり定食三つください!」
「見なさいカズマ。あんたみたいなヒキニートにはわからないでしょうが、ダイナは私のことをちゃんと思ってくれているみたいよ! あ、ダイナさん、アクシズ教とか興味ないかしら?」
「ない。あと少し黙っててくれ」
今泣いたカラスがもう笑う。
こいつ分の定食の注文、取り消してやろうか。
「すまん、ダイナ。あとでちゃんと払わせるから」
「良いよ、今回はついでにカズマの分も俺が払うから気にすんな」
「いや、だけど」
「お前も、その剣買ったんだから残金少ないだろ? 先輩からの奢りってことで諦めろ」
俺はカズマの腰に刷いている剣を見ながら言う。
ギルドに来る前、俺が装備している槍を買った鍛冶屋に向かった。
そこでカズマが武器を見繕い、働いて貯めたお金で剣を買ったのである。
ちなみに、アクアは『プリーストって言ったら素手よ、素手! メイスもいいけど、素手でモンスターを屠る武闘派美人僧侶ってよくない?』とアホな事を口走っていたので無装備である。
後日、カズマから聞いた話だが……彼女はアークプリーストのスキルを全て取った上でなお余るスキルポイントの持ち主で、宴会芸や様々なスキルを持っているのだとか。
さて、武器や防具だが決して安い買い物ではない。量産する工場があるわけもなく、全てがハンドメイドであるが故に最低でも万を超える額になりやすい。
俺も、今の装備に結構な額を使っている。槍は本当に格安で、その内別のものに買い換えるつもりだが……防具はしばらくは変える予定がない。
それだけに、ちょっとこだわっているのでその分値段も違う。
それに加えて、メンテナンス費用も地味に嵩張るのだ。
万全な状態で安全なクエストを。
これが今、俺にとって第一に掲げていることであるから必要な出費とは言え、痛いものは痛いのである。
「わかった。んじゃ、今回は先輩の顔を立てるってことで」
懐具合を考えた結果、どうやら俺に奢らせてくれるようだ。
まぁ、断られたら断られたらで良かったんだが、せっかく異世界で出会えた日本人同士、仲良くしたいと思うのは本心である。
クリスとダクネス、それにウィズさんに続く友人の誕生だ。それも男友達。普通に嬉しい。
「え、何。あんたそういう趣味なの? だったら尚更アクシズ教に」
「うるせえ、黙ってろ」
「カズマさ~ん!? 私のこと睨んだ、睨んだよこの人ぉ!!」
変な思考をするお前が悪い。
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ジャイアントトードについて、おさらいをしよう。
あいつらは牛を超える巨大な体を持ち、長い舌を伸ばして山羊などの家畜を一飲みにしてしまうようなモンスターだ。
見た目が個体によって色とりどりのカエルであるが、決して侮ってはいけない。
弾性のある肉質であり、料理すると歯ごたえがあって中々美味しい――が、今は必要ない知識だな。
最大の特徴として物理攻撃が効きにくいという強味と、捕食中は動けないという弱点を持っている。
あと、金属を消化出来ないから
さて、以上を踏まえて現状を見てみよう。
「アクアァァァアッ! 食われてんじゃねぇぇぇええええ!」
大惨事である。いや、状況は違うが過去の俺がそこに居た。
順を追って説明すれば、カズマがジャイアントトードから逃げ回る中、アクアは離れた場所から眺めているだけだった。
そして何やら助けて欲しければ自分を崇めろと、長々と悠長にカズマへ言っている間にジャイアントトードが標的を変更。
アクアはそれに気づかず、高説を垂れている途中で頭からパクリとやられたわけである。
俺はそれを少し離れた場所で、自分が倒したカエルの腹に座りながら眺めていた。
うん、傍から見てる分には結構面白いかもしれない。俺は今やっと、あの時のクリスの気持ちがわかった気がした。
悲鳴半分、雄叫び半分と言った叫び声をあげたカズマが、アクアを飲み込む途中で動けないカエルに剣をガンガン振り下ろす。
俺の時はこういう状況にはあまりならないが、ああやって必死にカエルへ攻撃する姿にどことなく最初の頃を思い出す。
まぁ、それもかなり前の話ではあるのだが……それでもちょっと懐かしくなった。
「っと、助け終わったか」
仰向けに倒れるカエルの姿が見えたので、俺は自分が倒した死体を担ぎカズマたちの所へと向かう。
到着した頃には、カズマによって助け出されたカエル粘液でぬるぬるのネバネバになったアクアが、蹲ってすすり泣いていた。
「ううっ……ぐずっ……あ、ありがど……、がずま、あ、ありがどうねえ……っ! うわああああああああああんっ…………!」
泣きじゃくるアクアがカズマに縋り付き、感謝の言葉を掛ける。
カズマは彼女を、引きつった顔で引き剥がす。うん、生臭いのはわかるけどちょっと可哀想だと思ってしまった。
俺は運んできた死体を彼が倒したカエルに積み重ねて、声を掛ける。
「お疲れさん。どうだい、やっと一匹倒せた感想は」
「思ってたのと全然違う」
「そりゃそうだ」
カズマが吐き捨てるように言った、不満を全て注ぎ込んだ気持ちのこもった返答。
それを聞いて、俺は悪いとは思いながら小さく笑ってしまった。
俺も最初、そう思っていたからだ。
「アニメやゲームの主人公はすごいよな。カエルって言っても、デカイだけで威圧感があるだろ? それが土煙あげて迫ってくる恐怖も、食われるかもしれない危機感も、命を賭けてるって感じたと思う」
「所詮、フィクションならではだってことだな。全然割に合わないと思ったよ。日本に帰りたい」
「こたえてるみたいだね」
そりゃあ、基本命の危機もなく、天敵もおらず安全と法律に守られた日本で暮らしていた一般ピープルにしてみれば、当たり前の感想だ。
カズマは冒険者としての潜在能力が無く、ステータス的な取り柄と言えば少し高い知能と並外れた幸運らしい。
それで下級職にすらなれず、最弱職とも呼ばれる狭い意味での『冒険者』という職にしかなれなかったそうだ。
「ダイナは良いよな。下級職とは言え、ちゃんとした職に就けてるわけだし。こいつから貰った
「まぁね。そのおかげで、何とか今まで生き延びられていると言っても過言じゃない」
「はぁ、俺も頭に来てコイツを選ばず、我慢してちゃんとしたもの選んでたらこんな苦労しなくて済んだんじゃないかな……」
深く溜め息を吐いて、未だ泣きじゃくっているアクアを見下ろすカズマ。
カズマの選んだ特典ってまさか、この女神なのか?
ま、まぁ……どういう経緯があったにしろ、過去のことは過去である。今は未来のことを考えてもらわなければ。
「さて、今日はもう無理せず引き上げることもできるよ。クエスト内容は三日で五匹だし、カズマが着いて来てくれるなら俺が全部やっても良いし」
「……それも手かなぁ。なんか、寄生しているみたいで心苦しいけど」
「気にするな、今回は俺のわがままも多分に含んでいるしな。一匹くらいなら何とか倒せたんだから、カズマも慣れれば勝てるようになるって。そうすれば、すぐレベルアップするだろうさ」
「だと良いけど……はぁ」
雑魚モンスターがいないおかげでアクセルの周辺が平和なのは良いけれど、冒険者にとっては修行場がないのに等しい状態だ。
結果、現状貼られている討伐系依頼で一番弱いモンスターがジャイアントトードになってしまっている。
カエルどもに明確な弱点があるとしても、装備も金もろくにない状態の駆け出しがどうなるかなんて想像に難くない。
クリスにはこれくらいどうにか出来なければ、と言われたが俺はそこまでスパルタにはなれないようだ。
そんな風に今後のことについて話し合っていると、不意に女神の泣く声が途絶える。
アクアの方に視線を向けると、彼女がゆっくりと力なく立ち上がるのが見えた。
「……私はもう、穢されてしまったわ」
突然何言ってんだこいつ。
カズマもえっ、と言わんばかりのポカンとした表情でアクアを見ている。
そんな俺たちをよそに、アクアは大仰なジェスチャー付きで訴えてくる。
「今の穢された私をアクシズ教徒が見たら、信仰心なんてダダ下がりよ! これでカエル相手に引き下がったなんて知れたら、美しくも麗しいアクア様の名が廃るわ!」
……もう一度言おう。何言ってんだこいつ。
百歩譲って、女神というだけに美人であることは認めよう。確かに、見てくれは美しくも麗しいのかもしれない。
だが、土木作業をしている時のアクアは……汗まみれになりながら喜んでおっさんたち以上の荷物を運んでいたし、宴会が行なわれれば豪快にジョッキをあおっていたと記憶している。
そんな姿に女神を見るような奴が、果たして居るのだろうか。
隣に居るカズマも俺と同じようなことを考えているのだろう、アクアを見る目が死んでいた。
「うぉぉぉおおおおおっ!!」
「あ、おい待てっ! アクア!!」
語り終えたあと、キッと表情を真剣なものに変化させたアクアが雄叫びをあげて走り出した。
カズマの制止も聞かず、彼女が向かう先にはいつの間にか出現していた一匹のカエルが居る。
「まずい! 追うぞ!」
「わかった!」
先ほどのやり取りで聞いた限り、カズマは嫌がるかもしれないと思ったが素直に聞いてくれた。
どうやら、一応
いや、もしかしたら目の前で死なれるのが嫌なだけなのかもしれないが……それでも根は悪い奴ではないのかもしれないと、俺はそう思った。
「神の力、思い知れ! 私の前に立ち塞がったこと、そして神に牙を剥いたこと! 地獄で後悔しながら懺悔なさい!! ゴッドブロォォオッ!!」
俺とカズマが追いかける中、技名らしい何かを叫んだアクアの右拳が神々しい輝きに包まれる。
そして何やら女神の怒りやら悲しみが必殺でどうたらと説明ゼリフを吐き出した。
相手は死ぬらしい。エターナフォースなんたらじゃないんだから。
しかし、あの走る速度といい土木作業をしていた時の力強さ、さすがは女神である。ステータスはかなり高いらしい。
「おい、ダイナ! あれなら!」
「ダメだ! 忘れたのかカズマ、道中で教えただろ!」
だが、アクアのステータスがいくら高かろうと今は意味がない。
そう、アクアが使っている技の名はゴッドブロー。ブローである。右の拳を振り抜こうとしているのである。格闘技なのである。
「……カエルって、よく見たら可愛いと思うのいっ!?」
「アクアァァァァァアアッ!!」
「あんたって女神はぁぁぁあああッ!!」
ジャイアントトードに打撃は効きにくい。つまりは、そういうことだ。
頭からパックリと二度目の捕食をされたアクアの姿を見て、カズマと俺が雄叫びをあげる。
疲れる。この女神が居ると、すげー疲れる!
その後、カズマがトドメを刺す形で無事にカエルを倒すことが出来た。
助けられて泣きじゃくるアクアと疲れから呆然とするカズマに、俺は残った仕事はまた明日やろうと切り出した。
疲れきった二人と、これ以上あのカエルの居る場所に居るのは危険だと判断したからだ。
今日は俺が奢るから。だから、な? 元気出せ? 明日も一緒に頑張ろうな? 現場には俺から伝えておくから。
夕暮れに染まる街道を、三体のジャイアントトードの死体を引き摺る俺たちは歩く。
冒険者って、本当に大変だと……改めて心からそう思う日だった。