終わりなき飛翔   作:コーリング

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後半に加筆しました。
次回は新しい話を投稿します。


第4話 違和 加筆

右から剣が迫る。それを走って避ける。そう、こんなときには逆方向に行けばいい……

ガラテアは、剣を振りかざす相手の動きを横目で追いながら、右腕を持ち上げる。

 

キィン!

 

2つの剣がぶつかり、耳障りな音が室内に響く。

シェリーが耳を押さえて後ろに後退した。その隙をついてガラテアは剣を斜めに構え、右肩から左胸に力ずくで叩きつける。

苦悶の声をあげてシェリーが床に崩れ落ち、ガラテアは慌てて膝をついた。

 

背後から見物していた黒服がやってきて、2人を冷たく見下ろす。

 

「お前らはいつになったら1分以上戦闘が持続する?」

 

「……」

 

ただの嫌みだ。返答せずとも問題はない。無視して仰向けに倒れたシェリーの手から剣を引き剥がす。

 

「動けるならそいつを引きずって端に行け。他のやつらの訓練の邪魔だ」

 

ゴミを見るような目で吐き捨て、黒服は足早に他の訓練生のところに行ってしまった。

ガラテアはシェリーの右手首を掴むと力なく背中に担ぎ上げる。

今日はお互いにもう動けないだろう。

 

 

自室につくとガラテアはシェリーを寝台に寝かせ、自分も自分の寝台に倒れ込んだ。

小さな窓から夕日が差し、柔らかい光をシーツに投げている。ひんやりとした風が熱を持った肌に気持ちいい。

不意に風が強くなり、ガラテアの銀に光る髪をばさばさとはたいた。

 

こんな髪など見たくない。腕に力をいれ、寝台の上に上半身を起こす。

向こう側ではシェリーがぐったりとしている。その自分より一回り小さな体を見つめ、ガラテアはそっと唇を噛んだ。

 

シェリー。少し前、彼女は澄んだ茶色の瞳を持つ、ただの平凡な少女だった。しかしその生活は一変する。

彼女が住む村を妖魔が襲った。元々小さな村だったこともあり、あっという間に村人は死に絶えてしまう。唯一生き残ったシェリーも北の地ピエタまで売られた後組織に買われ、訓練生となった。

 

涙混じりのシェリーの話を聞き、ガラテアは考えこんだ。

罪なき人はなんと無力なことだろう。ガラテアの父親もシェリーの村人も、妖魔という脅威に対抗する術を持たず、ある日突然人としての生を終える。思えばそれが気に入らない。

この世を変えたい。それには力がいる。そのためにも、組織から目をつけられないようにしなくてはいけないのに。

 

「……今何時?」

 

隣からぬっと声がしてガラテアの意識は現実に引き戻される。首を回すとシェリーがすぐそばに座っていた。

日はとうに沈んだようだ。月が雲に飲み込まれ、灯りのない室内は一段と暗くなる。

 

「わからない。夜、でしょ」

 

首を振って立ち上がり、ガラテアは扉に向かった。鉄格子のような扉の隙間から忙しく動く幾人もの黒服の姿が見える。

訓練生を指導する彼らも、裏では更に上の立場の黒服からの命令には逆らえないようだ。

時折怒声が飛ぶのを見ると、既に訓練生は寝静まっている時間なのだろう。

 

「もうみんな寝てる時間。それより……シェリーがなんで私の寝床に?」

 

足を忍ばせて奥に戻る。寝台に腰を下ろすとシェリーが待ちわびたようにガラテアに抱きついた。

 

「ちょっ、何?」

 

「起きたら暗くて、怖かったからガラテアのところに来た」

 

でもそしたら、ガラテアが難しい顔して固まってるんだもん。

怯えた口調でガラテアの腹に顔を埋めるシェリー。巻き付いた腕が胴に食い込むが、我慢してガラテアはシェリーの背を撫でた。

 

「大丈夫。怖くないよ」

 

今はとにかくシェリーと信頼関係を築かなくてはいけない。

組織の体制上、一番多く練習相手になるのはシェリーなのだから、シェリーには強くなってもらわないと。

 

やや腹黒いことを考えながら、ガラテアはシェリーの背中をもう一度撫でた。

 

 

 

 

「ほら行くよ、シェリー」

 

「待ってーー」

 

「待たなーい」

 

努めて明るく振る舞い2人で通路を走る。向かう先は訓練場だ。

ガラテアが先に中に飛び込み、遅れてシェリーが息を切らせながらも続く。

剣を取り互いに向かい合う。黒服が音もなく横に立った。

 

「弱すぎる。いい加減に1分くらい持たせられるようになれ」

 

言われなくても。そんなことができるのなら初めからやっている。

ガラテアは仏頂面を隠し、剣をゆっくりと持ち上げた。

 

 

右足を踏み出す。一気に距離を詰め、右腕を大きく前方に振り回す。刃が届く寸前、シェリーが僅かに上半身をそらしてそれを避けた。

遠心力を使って左足に重心をかける。突き出された剣に回転して応じる。

 

13、14、15秒……

 

左右から飛んでくる剣先を、時に回避し時には打ち合う。

真剣な目つきのシェリーが剣を中央に出した。思わず腰が引け、ガラテアは後ろに体勢を崩す。それが隙となった。

 

まずい。動けない。

 

真正面から頭上に剣が落ちてくる。剣を持った腕は体の下。刃を防ぐすべはない。負けるーー

その時ガラテアは信じられないものを見た。

 

 

自分の頭上に落ちていた剣の軌道が突然、不自然に曲がった。

予想外の出来事に目を見開くガラテアの前で、剣を振り上げたままシェリーが横に倒れて行く。

剣が地面にぶつかる音でガラテアは我に返り、がら空きの胴に剣を叩きつけた。

 

シェリーのふくらはぎからは血が滲みだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

焚き火がぱちぱちと音を立てて燃えあがる。暖かな炎に手をかざし、フィオラは安堵の息をついた。

 

「生き返りますね〜〜。体がほぐれる」

 

夜の肌を突き刺すような寒さに晒された全身が、熱を感じて蘇る。他の戦士たちも暖の気配を嗅ぎつけ、芯まで冷えた体を温めようと火の回りに集まってきた。

 

「相変わらず大げさだな、フィオラ」

 

炎を銀の髪に反射させ、メラニーが苦笑する。

メラニーは、初めての覚醒者狩りで一緒になった戦士だ。2人の接点は今の所それだけだったが、すでにフィオラの身の上は彼女によく知られていた。

 

回復が早い防御型であること。年の離れた姉がいること。

前者は覚醒者狩りですぐにバレた。別にフィオラとしては防御型という性質に含む所はない。だが回復の速度が異常に速かったらしいのだ。

そしてメラニー同様に同行したハンネに一度疑惑の目を向けられて以来、フィオラは妖気の扱いに一層自信がなくなった。

 

そのハンネはメラニーの更に横で目を閉じているが、フィオラとの会話は一度もない。正直いって居心地が悪い。

 

「……本当に気持ちいいですよ。わたしたちは戦士ですが、風邪をひかないだけで寒さ自体は感じるんですから」

 

後者はフィオラが自白した。その時まで戦士の姉妹も一定数いると思っていたので、聞かれたまま姉の存在を語った。だが、それは結果としてその場にいた全員に疑問を残しただけだった。

 

「言われなくてもわかってるさ。そうじゃなくて、大げさなのは2年前から変わりない、ってことだ」

 

「そうでしたっけ」

 

「ああ」

 

フィオラの隣に腰を下ろし、メラニーも火に手をかざす。小柄な背中を壁に預け、そのまま仰向けに寝転がると戦士は岩壁を見上げた。

天井から小さな水滴が空を裂いて落ちてくる。束の間、橙の光を反射させ、滴は炎に突っ込んで音を立てた。

 

「ところでお前、親愛なるお姉さんとはうまくいってるのか?」

 

「姉……ですか。前回話した通り、相変わらず姉は塩対応ですよ」

 

「そうか。まあいいじゃないか、運良く血が繋がった肉親がこの世にいるのだから」

 

「そうですね。おまけに強い。そんな姉を持ててわたしは幸運だと思います」

 

感慨深く呟くと、口をあんぐり開けてメラニーがフィオラを見つめた。

 

「何を言ってるんだお前。戦士になった時点で、全員運から見放されているだろうが。不幸の極みだよ」

 

「そっちこそ何いってるんですかメラニーさん。幸運か不幸かどっちなんですか」

 

「基本的には不幸だが、不幸中の幸いってやつだ」

 

今度はフィオラが呆れる番。竜巻よろしく感慨などどこぞにふっとんだ。間抜けな顔をした少女にメラニーはにんまり笑う。

思えばこの人は、陽気な印象が強かった。口調は固いのに、口自体はいくらでも回る。

七転八倒しながらやっと態勢を立て直し、フィオラは返答への糾弾を開始した。

 

「それはおかしいと思います!」

 

「ほう、どこが?」

 

面白くてたまらないというように、にやにや左右に首を振るメラニー。

 

「幸運と不幸の規模が違うじゃないですか。でもそんなこと、話している時には全然わかりませんよ!」

 

「間違ったことは言っていないぞ?」

 

「……」

 

確かに言っていることは合っている。引っかかりはするがそれを自分では説明できず、フィオラは力なく頭を垂れた。

わたしは一体何をしに来たんだ。確か覚醒者討伐だった。化け物相手ならともかく仲間に、しかも剣でなく言葉で負けてどうするのか。

 

 

 

一時静寂が洞窟内に満ちる。だが、それはすぐに儚く破られた。

洞窟という環境のせいだろうか、平時よりよく響く金属音。洞内の湿りを含んだ風に翻るマントの音。

そして何より、その身から放たれる強大な妖気。戦士特有の妖気に肌が泡立つようだ。

間もなく彼女の姿を認め、フィオラは尻を蹴飛ばされた少年のように立ち上がった。

 

「お帰りなさい、イレーネさん」

 

イレーネは足を止めず、ただ銀の瞳をフィオラに動かした。

 

ナンバー2イレーネ。彼女の評判は現戦士全員に知られている。

目には捉えられず残像ができるほどの剣速を誇る"高速剣"を使いこなす戦士。

団体戦にも高い能力を持ち、覚醒者討伐では常にリーダーとして戦士たちを指揮する。

現ナンバー1テレサに次ぐ実力を持ち、テレサの陰に隠れがちではあるが非常に有能である。

 

歴代のナンバー1と遜色ない、いや、テレサがいなければナンバー1の座は決まりだった、などと戦士たちの間で謳われた天才が、自分のすぐ目の前に立っている。

ただ立っているだけなのに、まだ相手は剣を抜いてすらいないのに、肌が泡立つこの強大な妖気は何だ。同じく1桁上位ナンバーのノエルとは天と地ほどの差があるのだ。

姉に勝ちたい。そのためには強くならなくてはいけない。だが、この時……

 

フィオラは、一瞬一時も欠いたことのないその切望を、砕きそうになった。

 

 

 

 

話が終わるとすぐにフィオラは外へ飛び出した。おかしなことに、そうしないと自分が消えてしまいそうだった。

しばらくして立ち止まり、近くの岩に飛び乗って腰を下ろす。

夜空は空気が澄んでいて、月が青白く輝いてみえる。病弱な光を受け、隠し場所から取り出した人形の髪がきらりと光った。

 

「ガラテア、どうすればいいと思う?」

 

人形は答えない。青い目がフィオラの顔を映しだす。

 

「何でこんな気持ちになるの?教えてよ」

 

鮮血のように赤い唇は閉じられたままだ。

開かれるはずはないのにそれを眺めていると、目から暖かいものが頬を伝って流れ落ちた。

 

「おかしいな。何で泣いてるんだろ、わたし……」

 

「おいフィオラ、どこに行ったーー?」

 

メラニーの呼び声が後ろから聞こえ、フィオラはびくんと大きく体を震わせた。

やばい。そう本能が告げ、正直な体が涙を拭って叫び返す。

 

「ここにいますよーー!」

 

間もなくかさかさという草を踏みしめる音がしてメラニーがやってくる。

 

「本当、お前って素直なやつだよなぁ」

 

「どの辺がですか?」

 

「正直に自分の位置を教えるところがだよ。1人になりたいなら黙っていればいいんだ」

 

まあ、妖気を隠していないからどの道バレバレだけどな。

 

メラニーの次の言葉は耳を通り過ぎる。

 

「ひ、1人になりたいって何でわかったんですか?」

 

「ただの勘だ。誰でも一度はあることだからな、気にするな。……で、何だ、その人形は?」

 

「メラニーさんが他の人に言いふらしたりしないなら話します」

 

フィオラはふくれっ面で答えた。耳も顔も真っ赤だったが、メラニーはそれについて何も触れなかった。

 

「言わないさ。それに、言いたくないなら話さなくていい。個人情報だからな」

 

「え……」

 

予想外の展開に目を丸くするフィオラ。その頭をメラニーはゆっくりと撫でる。

 

「お前ってやっぱり素直なやつだ。何を考えているかがすぐにわかる」

 

「メラニーさんは素直じゃないんですか?」

 

メラニーの撫でる手が止まった。まるで戸惑うように指先が銀の髪をつまんでは放す。

 

「……さあな」

 

戦士の姿は月の逆光に照らされて暗かった。

 

 

そのまま無言で立ち去ろうと岩を降りたメラニーは、数歩歩いてフィオラをゆっくりと振り返る。

岩の上の少女は人形を胸に押し当て俯いていた。

 

「そうだ、言い忘れていた」

 

「お前、さっき妖気が大きくなってたぞ。気をつけとけ」

 

メラニーは独り言を言うと、前を向いて今度はさっさと歩いて行った。

 

 

 

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