終わりなき飛翔   作:コーリング

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表記を少し変えてみました。


第5話 不可能

 

 

全く、素直なやつだ。

メラニーはまた繰り返す。漏れた吐息が夜空の冷気で白く曇る。

 

「どうしてた、あいつ」

「暗くてよく分からなかった」

 

気になるのか?と問いを投げかけると、少し上方にあるハンネの横顔が僅かに目を細めた。

 

「2年の間に変わったな、と思っただけだ。前よりもさらに危うくなった気がする」

「死にたがりの件か?」

 

覚醒者に脊椎を砕かれた後、痛みに泣きながらも当然のように死を受け入れたフィオラ。

当時の彼女の年齢とメラニー自身の過去を振り返ると、絶対にありえない光景だ。

"思い切りがいい"などという言葉では表せない。あれは"死にたがり"と評するべきだ。

 

「ああ。以前は頭が死にたがっていて本能が生きようとしていたが、頭の状態が悪化したように見える」

「心の支えの一角でも壊れたんだろうな。繊細な奴だ」

「それだけならいいが、問題はあいつの体質だ。あいつは回復力が異常に高い」

 

メラニーはしばらく押し黙り、やがて茶化すように聞いた。

 

「それで?怖いのか、覚醒されるのが?」

「限界を超えるのがお前であったとしても否定はしないよ。ただ、防御型の回復力の高さはそのまま妖気の大きさに直結する。本人がそれを上手くいかせずにいるからあのナンバーなだけだと考えると、不気味に思えてくる。

表には出さないようにしているが……」

「漏れまくりだ。フィオラは萎縮しっぱなしなのを見ただろう」

「本当は心配するべきだとわかっていても警戒が先にくるタチなんでな」

 

頭がいいとは時に不幸なことではないだろうか。仲間を疑わざるを得ないのも、仲間の危険性を認識できてしまうのも。

そして、自分に都合のいい言い訳が思いついてしまうことも。

 

「でも本人に責任はないだろ」

「じゃあお前は、本人のせいではないと言って妖魔を擁護するのか?お前は優しいからな、考えられなくもない」

「極論だな。もし私が妖魔を援護すると言ったらどうする?」

「お前も警戒リストに加わるだけだ。もっとも、お前はそんな事を言わないと信じたいけれどな」

 

聡明の突破口は信頼にしかない。

 

「あいつは素直だ。そしてその分繊細だ。だから物事の善悪をちゃんとわかっている。幾ら何でもいきなり覚醒したりしないだろう」

 

そこで1区切り置き、メラニーは親友に微笑む。

 

「一応、明日はどちらかがフィオラのサポートに回ろう。あいつだって疑われ続けるのは嫌だろうしな」

 

 

 

 

そんな会話が交わされてから半日後、一行は洞窟の中にいた。

 

「広いですね」

 

フィオラは辺りを見回して言った。薄暗い岩壁と闇に紛れた対岸の距離は遠く、叫んでもこだまはぼんやりと縮む。

そしてフィオラたちの前方には2つの卵型の断面をした暗い穴の口が開けている。

組織からはここにいるはずだと言われているが、覚醒者の妖気はまるで感じない。

 

周りの状況を鑑み、イレーネは即決を下した。

 

「2手に別れよう。私とハンネは左側、メラニーとフィオラは右側だ。どちらかに覚醒者が出現したら、もう片方は援護に行く。

安全を考えて、もし何もなかったら1度この広間に戻れ。いいな」

「はい」

 

頷き合い、それぞれの穴へと入って行く。狭いのは最初だけのようで、穴を抜けるといくつもの階層構造になっているのがわかった。

 

「それにしても大きいですね。昨日寝た洞窟より深くて空気が湿ってます」

「ああ。慣れない環境のせいで妖気が読みずらい。お互い気をつけよう」

「そうですね」

 

すぐ前を進むメラニーのマントすら暗くてよく見えない。メラニーから漂う妖気がなければとうに迷子になっていたところだ。

前方の妖気を意識で掴んでいると、足元が頼りなく滑り落ちそうになった。

 

「そう言えばお前、妖気読むの得意か?」

「いえ。1番苦手な分野です」

「どのくらいまで絞れる?」

「大体この辺に何体いるな〜くらいです」

 

安全のために手を繋いでいたメラニーの手から力が抜けた。

 

「……お前、本当にナンバー1桁か?」

「組織の認識ではそのようです。だから、どうしたらナンバーに見合う強さになれるかが目下の悩みです」

「お前は既に強いよ。ただ妖気の使い方がド下手なだけだ」

 

また道が狭くなる。2人の頭すれすれに天井がある。

 

「なあフィオラ。お前、大丈夫か?」

「何のことです?」

「昨夜の件だ」

「もう大丈夫です。大したことじゃありません」

「無理すんな。やり過ぎると死ぬぞ」

「わたしの再生能力はとても高いです。大丈夫ですよ」

 

「……」

 

「……危ない!」

 

 

 

 

「触手が……。岩がもう覚醒者の舌だなんて、気付きませんでした」

 

全然大丈夫じゃないですね。人ごとのように呟き、フィオラは抜刀する。

 

「おい、ここは狭い。戦士より大きい覚醒者は思う存分戦えないはずだ」

「ええ……」

 

ただし、それはフィオラも同じだ。初めての覚醒者討伐で決め手になった技は回復と、跳躍だ。

高く飛びそのエネルギーで覚醒者の硬い鱗を叩き割った記憶があるが、今回それは使えない。

舌が戦士の体より大きい時点で、回復と瞬間移動だけで対応するには無理がありそうな。

 

「上半身が出たぞ。気をつけろ」

「くっ」

 

瞬間移動で飛び交う触手をかわす。都合よく避けているように見えるだろうが、通路が狭いせいでこちらも本気を出せない。

大体、やりすぎればメラニーにぶつかる。

 

一方そんな特殊技能を持たないメラニーは剣を盾がわりに斜めに構え、触手を引きちぎる。

こんな場所でそれこそ狙いに寸分違わない位置に剣を振れる自信などないので、フィオラはただ逃げ惑うだけだった。

触手が鮮血とともに飛び、痛みを感じたのか覚醒者が暴れる。みしりみしりと床が軋む。

 

「メラニーさん、床が崩れます!」

 

床が大きくたわんだ瞬間、2人は天井に飛び上がった。

 

覚醒者は何と3層をぶち抜いて大穴を開けてしまった。

下は流れの速い川だ。取り付いた弾みか鍾乳石が2、3本折れて落下し、たちまち川の濁流に消えた。

 

「ダメだこりゃ。地形的に不利すぎる。幾ら半妖でも重力には逆らえない」

「援護を待ちますか。イレーネさんなら高速剣でこの辺をぶち抜いてくれますかね」

「まあ出来ないことはないだろうな。ナンバー2が来るまで私たちは触手を凌ぎつつ隠れるとするか」

 

高速剣のイレーネ。どうしてあそこまで強くなれるのだろう。

生まれ持った才能か。訓練の内容か、時間か。それとも……

それとも、何だと言うのだ。

 

「フィオラ、危ない!」

 

刹那、閃光と共に胸の前を舌が抉った。同時にメラニーがぶつかってきて2人とも一層下に落下するように飛び込む。

……あと数センチずれていたら心臓を貫かれて即死だった。

その時、地面でうめき声が聞こえ、フィオラは事態の深刻さを悟った。

 

「メラニーさん!足が……」

「悪い。ちょっと1人で耐えてくれ。このくらいなら攻撃型でも治せる」

「はい。取り敢えず大穴からこちら側に入ってくるやつを阻止します」

 

メラニーがすっぱり切れた足首を妖気解放して治すのをちらと見、フィオラは覚悟を決めた。

ある程度自分が傷つくのは諦めよう。とにかく触手を中に入れなければいいんだ。

 

「っつ」

 

触手をなぎ払った腕に新たな触手が襲いかかる。一本、また一本。

触手が筋肉に食い込み、腕をどうにか後退させて引き抜く。腕はたちまち血を吹く凸凹した肉と化し、妖気を金眼寸前までに抑えながら修復を急ぐ。

 

「大丈夫か、無理はするなよ。いざとなったら私だって戦える!」

「平気です!いいからメラニーさんは早く治療して下さい」

 

平気なわけがない。腕は原形を崩し始め、血の滝が流れ、おまけに妖気解放中だ。

だが完全に斬られたメラニーの方が苦痛は酷いはずだ。そう考えて辛うじて悲鳴を堪える。

脈が速い。足元は赤い水たまりが刻一刻と拡大する。目の前が白くなる。

 

あれ、わたし、死ぬのかな。

 

近くで爆発音のような音がして砂塵が舞うのを最後に、フィオラの意識は消えた。

 

 

 

「メラニー、フィオラ、いるか!」

 

ハンネの声が聞こえてきて、メラニーは金の眼を緩ませた。左手で足首を支え、自由な右手で砂塵を払う。

イレーネが剣を一閃させるのが見え、あれが高速剣か、と納得する。

覚醒者の口が細切れに空を舞い、体から分離された触手が目の前に飛んできた。

 

 

 

 

 

「あれ……」

 

「起きたぞ」

 

「本当、再生能力様様だな」

 

ハンネの吐き捨てるような声。

 

「あの……メラニーさんは」

「息をしていない。それどころか原型も留めていない。出血多量と痛みによるショック死だろう」

「そんな……」

 

絶句するフィオラに追い討ちをかけるように、イレーネは状況を説明し始めた。

 

「お前が意識を失った後、触手が我々の方に飛んできた。お前を守ろうとメラニーは剣をとって触手を払った。直後、床が落盤し、お前たち2人はその下敷きになった。そして防御型のお前だけ戻ってきた」

「イレーネが巨大な覚醒者を木っ端微塵にした後すぐに救出したが、メラニーは間に合わなかった。

戦士が笑わせる。床に挟まれて死亡だ」

「そのくせ守ったお前は死にたがり?いいか、メラニーに不本意な死を与えたのはお前なんだぞ」

 

ハンネの声はどこまでも冷徹で、これが普段温和と言われるハンネか、と疑いたくもなるほどだ。

そして、そのハンネをここまで追い詰めたのはフィオラ自身なのだ。

 

わたしはあの時死ぬかもと思った。死んでもいいと思った。

でも、実際死んだのは、死にたくなかっただろうメラニーだった。

 

彼女の犠牲によって今の命があると言うのなら、わたしの命はもはやわたしのものではない。

 

 

 

見知った顔の黒服がフィオラに近づく。大方次の任務を告げに来たのだろう。丁度いい。自分を改める機会だ。

去り際にイレーネがフィオラの耳元に囁いた。

 

「……お前は生きたいのか?」

 

人間としてか、妖魔としてか。それにふさわしい解答をナンバー9の戦士は持っていなかった。

 

 

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