終わりなき飛翔   作:コーリング

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過ぎてしまいましたがメリークリスマス。そして新年がもうすぐやってきます。
読者の皆様が来年も良い年を過ごせますように。


第6話 精算

今朝、妙な夢を見た。わたしが人間になる夢。

人間のわたしはとても楽しそうで、これも人間の友達と外を走り回っていた。

目には光があり、口元にには笑いがある。とても暖かで、とても幸せそうな……

 

「……黒服さん。次の依頼は、どこですか」

 

「ここから南西の村だ。半日くらいで着く」

 

フィオラがもたれかかる木の背後から夕日に溶け込むように黒服が現れる。

 

「そうですか」

 

先ほど倒した妖魔の血がまだ剣にこびりついている。だが別に構わない。わたしはとにかく妖魔に剣を向けていたいのだから。

 

やや右に沈みゆく太陽を目の端に捉え、逃げるようにフィオラは夕闇へと姿を消した。

 

 

 

夜中に民家をぶち破って妖魔を斬り、村長らしき男を叩き起こして村を出ると大きな満月が夜空に昇っていた。

 

「『満月の日は、狼と妖魔に注意しろ』とはよく言ったものです」

 

戦士も半人半妖だ。言い方を変えれば半分は妖魔だ。今夜は心なしか妖気の調子がいい。

満月に妖魔がパワーアップするという伝説は聞いたことがあったが、狼はない。

後でガラテアにでも聞いておこうか、と考えかけてフィオラは首を振った。

 

「そんなこと、許されない。いや、わたしが許さない」

 

何週間もたった今でもメラニーの最期はすぐに脳裏に蘇る。

即死だった。遺言さえなかった。あの戦士はフィオラを庇って死んだ。……ナンバーが上のわたしを。

 

何がナンバー1桁だ。フィオラは持ったままの剣を震えながら握りしめる。

元々自分にそんな実力はないとわかっていながらなぜ、あの時黒服の話を断固として拒否しなかった。

なぜ、ナンバー9に見合うだけの実力をつけておかなかった。

修練不足だ。数も足りなければやり方も、目指すべき場所も違っていた。

 

妖魔でも、動物でもなんでもいい。とにかくこの震えの正体をどうにかしてほしい。

そうしないと、自分が冷静な思考に戻れない気がするから。

 

砂地に立ち尽くすフィオラに丸薬とともに与えられた次の任務は、隠密行動だった。

 

 

 

 

人形が所狭しと並ぶ大きなガラス窓に、いかにも薄幸の美少女然とした少女が映る。いや、美、は余計かもしれない。

灰色のスカートに淡いピンクの上着を羽織っているが、茶色の目は、凛とした、と表現するにはいささか強い光を放っていた。

へえ、わたしの目って茶色なんだ。

フィオラは素直に驚くが、口には出さなかった。

ここには正真正銘の人間がいて、その人間に混じって任務を果たさなくてはいけない。そんなことを口走った日には良くて変人、悪くて正体がばれる。

 

「お嬢ちゃん、何か気に入った子でもいるのかい?」

「いいえ、ただ見ているだけです。お気遣いなく」

 

柔和な笑みを向けると、声をかけた老女はそうかい、と微笑み返してくれた。

……この人もだ。人間は、同族には優しい。そして、大剣を背負った戦士たちは同族だとみなされない。

 

何事にも資格がいる。生き残る資格、仲間を守る資格。どれも今のわたしには無いものばかり。

気を失った。メラニーを殺した。挙げ句の果てにわたしは死のうとした。

人間を嫌う資格もだ。自分の身1つ守れずに人間を守ることはできず、そして人間を憎むこともできない。だって彼らは、戦士たちが自分を守ることを前提に戦士たちを嫌悪しているのだから。

つまり、それに相応しい実力がなければ、同等の資格を得ることもまた、出来ない。

 

とにかく力が欲しい。妖気の操り方でも、剣の振り方でも、なんでもいい。

力がなければ、自分のささやかな望み1つさえ叶えることはできない。それはあまりに窮屈で、意気地なしの生きる世界だ。

ガラスの向こうでフィオラを見つめ返す人形たちの目は、嫌になるくらい澄んだ青色だった。

 

 

 

適当な宿に荷物を預け、出かける時にフィオラはふと立ち止まった。

いいところのお嬢さんかな、病弱なのに1人旅とはお気の毒ーー。そんな顔をしたはげ頭の店主に、無垢な少女みたいな笑顔を向ける。

 

「この辺、妖魔が出るって噂とかあります?」

「妖魔ねぇ……。そんな噂が出た頃には当然もう手遅れだけどなぁ」

 

耳のあたりをぽりぽり掻きながら老店主は暫く唸っていたが、やがて節くれだった手でテーブルを叩いた。

 

「最近クレイモアがやって来て始末してしまったさ。もしいるんだとしたら、そいつの不始末だろう」

 

まだいるんだったら払った金少しは返してくれないかな、はっはっは。

豪快に笑う店主にむしろフィオラの方が心配になった。

 

「……そんな感じでいいんですか」

「いいんだよ。妖魔ってほら、昔からいるだろう。そして常に一定数の人間が犠牲になってきた。

それを考えると、どんなにクレイモアの奴らが頑張ったって妖魔を倒すのは不可能だ。むしろお疲れ様って感じだ」

「もし自分が妖魔の犠牲になってもいいと?怖くはないんですか」

 

フィオラは声を震わせる。更に、目を伏せて、ゆっくりと瞼を上下してやった。

店主は目に見えてたじろいだが、それを抑えるように首を縦に振った。

 

「そう思わなきゃ、死んだ奴らに申し訳ないだろ。彼らは偶然選ばれてしまっただけで、そして俺が生きているのも偶然だ。

俺はいつ自分が死んでもいいように、準備はしてある」

「まあ……」

 

それはフィオラなりの最大限の自制をした返事だった。

もうそろそろ立ち去るべきだ。でないとこの男を怒鳴りつけてしまいそうで。

幸いにも、救いの手は店の奥から現れた。

 

「あんた、こんな可愛い子にそんなこと言うのはやめとくれ。うちの大事なお客さんだろ。仕事も溜まってるんだ」

「ああ、ごめんな。わかったよ」

 

店主はにこやかに少女に手を振ると、老女と一緒に出てきた店の奥へと消えていく。

姿を見送り、フィオラはふんと鼻を鳴らした。

 

 

 

それでも、わたしに彼らを怒ることは出来ない。

あくまでも戦士の一員であるわたしと彼ら人間は、互いを金銭の出所あるいは生命を保証するという関係で成り立っているのだから。

 

 

それがわかってしまうことさえ、メラニーの死と引き換えに手に入れたものだった。

 

 

 

 

小さな闘技場から宿へと足を向け、フィオラは夕暮れに沈む街を眺めた。

何だかんだ言っても、第1目標は強くなること。たまたま小さな闘技場があったので、そこで剣の扱いを見学していたのだ。

任務は妖魔がいるかいないかを探す隠密行動だが、今フィオラは丸薬の影響で妖気が感じられなくなっている。

妖気が使えない以上妖魔を探すのは困難で、したがって薬を服用する日中は時間が空く。それを有効活用しただけだ。

 

結局、組織の剣の教え方がいかに低レベルだったかわかった。

あれでは剣を全く活かすことができない。基本的に半人半妖の超人的な身体能力でどうにか押し切っている状態だ。

つまり今までのフィオラはその典型だったわけだが、今日からは違う。

……剣を振る時はこう、力を効果的にかけて……

そんなことを考えていると、急に体が軽くなった。

視界が開け、遠くの鐘の音がはっきりし、力が全身の筋肉にめばえる。

 

薬の効果が切れた、と理解するなり、戦士は全速力で建物の物陰に身を隠した。

次いで妖気を探る。やはり、いる。途切れそうな小さな妖気が2つ。1匹は門の外だから問題ないが、もう1匹はフィオラの宿の近くを動き回っている。

どの辺だ。今何をしている。近所の肉屋ーーいや違う。宿の前に立った。中に入っていく。

そこで妖気は途切れ、不意にフィオラは笑みをかなぐり捨てて顔を歪めた。

 

「くそっ!」

 

自分の存在を逆探知される可能性に思い当たったのだ。実際されたかどうかわからないところがフィオラの闘争心を煽る。

なりふり構っていられない。コートに隠した大剣を引き抜き、髪をなびかせて屋根に飛び乗る。

屋根をかけていけば直線コースで最短距離だ。妖気を監視しながら、フィオラは目を見開く。

 

ーー妖魔は1階で動かない。誰かと話しているのか。1階は確か受付しかないはずでーー

店主夫婦が危険だ!彼の自分勝手な思想には腹が立つが、今は個人の事情は後だ。妖気解放するべきか。

いや、それこそ確実に妖魔に気づかれる。下手に人質を作られるのは動かれるとまずい。

 

妖魔は何をしてる。話してるのか、どうなんだ。

妖気の読み方という本があったら飛びついていたに違いない。フィオラは夕焼けの薄闇を背に必死で屋根を蹴る。

絶対に死なせるわけにはいかない。わたしは、戦士だ!

 

目前に見覚えのある屋根を見つけ、フィオラは大剣を振り上げて大空へと跳躍した。

くるくる回転しながら落下し、その勢いで真っ二つに屋根を両断する。轟音が群青の空に響き渡り、荘厳な光景を引き裂く。

2階の壁画など見る間もなく廊下を貫通し、受付へと着地する。

もうもうと煙が立ち込める中、ツインテールの銀髪と銀眼を煌めかせ現れた薄幸の少女は、そのまま剣の切っ先を老女の胴に向けて投げた。

 

 

 

 

2度の轟音が止み空がようやく本来の美しさを引き戻したところで、フィオラは後ろから見知った妖気を感じた。

 

「うるさいわね、何の騒ぎかしら」

「……お姉ちゃん」

 

妹との約束を一方的に反故にした姉は、何年かぶりに会うというのに以前と全く変わっていなかった。こちらはフィオラと正反対に、肩当てにマントに大剣という戦士の正装を着こなしている。

 

「敬語を使いなさい、あなたに馴れ馴れしくされる覚えはないわ」

「すみません。罰は受けます」

 

ナンバー23である姉のセレナにナンバー9であるフィオラは全く敵わない。あらゆる点で劣っていた。セレナの方もそれを知っていて、だから長い銀髪を輝かせて命じたのだ。

“私より強くなりなさい”と。

 

そしてやっと必殺技を含めた本来の実力を姉に披露できたはずなのに、フィオラは全く嬉しくなかった。

 

「自分で今回の戦い方をどう思ったかしら?」

「まだまだ修練が必要です。剣の振り方を変えれば、もう少し早く妖魔を始末できたでしょう」

「そう、随分乱暴になったわね。それでいいのよ。もっとなりふり構わずやってしまいなさい」

「はい」

「せいぜい頑張りなさいな。まだまだ私には遠いわ。監視などせず私が直接始末した方が良かったわ。」

 

目を鋭くさせてあっさりと会話を打ち切ると、セレナはそれまで放置されていた狼狽する店主に向かって告げた。

 

「今回はお代はいらないわ。戦士の私が勝手にやったことにしておくから、ねえフィオラ?それでいいわね」

「ありがとうございます。黒服への言い訳が減って助かります」

「貸しは高いわ。倍にして返しなさい」

「はい」

 

フィオラは昼間店主にやったより深く、セレナに頭を下げた。

 

 

 

セレナが店から出ると、人だかりも自然と散っていく。

灰色のスカートとピンクの上着から妖魔の返り血を滴らせ、フィオラは投げ捨てたコートを拾うと哀れな店主の前にしゃがみ込んだ。

 

「ねえ、店主さん」

 

問いかけで相手の抵抗を封じ込める。

 

「さっきの自分が犠牲になるっていう話、今でも心からそうしようって思いますか?」

 

しばらくして老人の口から絞り出された言葉は、意外にもしっかりしていた。

 

「俺の妻は偶然、偶然妖魔に飲み込まれたんだ。わかるか、妻は内側から妖魔になった」

 

事実は単純に妖魔が擬態しているだけだが、フィオラは黙っていた。

 

「あいつはいいばあさんだった。あいつになるくらいなら、むしろ俺を選んで欲しかったよ。

なあ、俺は悪いことを言ったよな。クレイモアは無駄働きしてるみたいでお疲れ様だって……」

「ええ、正直言うと腹が立ちました」

 

身元がバレてしまったのでフィオラも開き直る。店主のおでこに深く皺が刻まれた。

 

「その部分については訂正したい。俺は、戦士たちを労ったんじゃない、馬鹿にしたんだ」

「そうですね」

「でも、剣を持ったお嬢ちゃんを見て、俺は心底安堵したんだ。“ああ、これでばあさんは浮かばれる”って。

俺はお嬢ちゃんを使って、勝手に敵討ちをしてもらったんだ……」

 

店主は力なくはげ上がった頭を垂れる。それを見てフィオラの胸に何かがよぎった。

 

「いいんですよ、わたし達はきっと、そういう存在なんでしょうから」

 

妖魔を切り、金をもらい、憎まれ、ちょっとだけ感謝される。ちょっぴり余剰が付加される。

けれども、妖魔討伐も報償金も憎まれるのも、全て組織と人間達の関係だ。

なら、その余剰は、戦士1人1人がもらっても問題ないだろう。

 

「お嬢ちゃんは本当にいい奴だ。クレイモアでさえなければ、普通の女の子としてやっていけるよ」

「いい奴なら仲間を殺したり、しませんけどね」

 

フィオラは呟いて立ち上がった。

もう振り向かない。強くなる、それしかない。

妖気の扱い、剣の使い方、何か跳躍以外の特技。何でもいい。何でもいいから、もう後ろは見たくない。

 

2度と同じ過ちを繰り返さぬために。狭い自分の世界をぶち壊すために。姉に認めてもらうために。

 

そのためには、強さを求めることしかフィオラにはできなかった。

 

 

 

 

 

月もない夜更けに寝台から身を起こし、銀の目を擦ってガラテアは呟く。

 

「最近、お姉ちゃん来ないなあ……」

 

語尾は再び眠気にかき消されて、遂に少女の口から吐き出されることはなかった。




文体を変えようかと思う今日この頃です。
本物の粗品ですが来年も暇つぶしに読んで頂ければ幸いです。
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