眠気に勝てず文章大崩壊。あとで直します。
背水の陣。この状況にはさぞぴったりだろう。フィオラは据わった目で眼前の妖魔を眺めた。
妖魔は5体いて、そのうち2体は人間の姿のままだ。
そして後ろには、人間体に引き寄せられた人間たちがフィオラを円状に取り囲むように集まっている。
この町の人間に化ければ、常人は妖魔と人間を区別できない。全く、小賢しいやつらである。
お陰でフィオラは、背後の人間たちを庇いながら戦う羽目になってしまった。
頭上では、見事なレンガ造りのアーチが夕日に暗くきらめいている。
「もう一度言います。皆さん、逃げてください」
「ふざけるな!俺たちがあいつらを見捨てて逃げるはずないだろう!」
血管の浮いた顔を強張らせて男が自分の手を握りしめた。その中身はーー鍬。
「彼らは妖魔です。皆さんが守ろうとしている人たちはもう存在しません」
「そんな訳がない、あいつはさっきまで俺らと酒場で笑ってたんだぞ!あんたが来るまでな!」
「皆さんには人間と妖魔を区別する能力はありません。あいつらが人間だという根拠はどこにもないんです」
「いいからどけ!おまえが妖魔を倒さないなら、俺がやる!」
鋤をかまえて隣の男が駆け出そうとする。仕方なくフィオラは剣を抜き放って彼を押しとどめる。
……これではわたしが妖魔を庇っているように見えるじゃない。できれば人間の方を斬ってやりたい。
眉間にしわを寄せ、フィオラは地面を蹴った。
そのまま頭上のアーチに軽やかに着地し、すぐさま横の壁を踏んで1体の『人間』に飛びかかる。
人間を斬ったら組織の評判が落ちる。すると金が入らなくなり、ひいては組織が存続できなくなる。
組織がなくなったらどうなる。この世界は正に悪夢になる。
剣を引き抜くと紫の液体が宙を跳ねた。背後で人間たちのどよめきが起こり、土煙が上がる。
町民たちが逃げ去った後には、もう1体の人間体と、3匹の妖魔が残された。
「おい、きさま!」
真ん中の妖魔が腕を触手状に伸ばして飛ばしてくる。フィオラは唇を薄く吊り上げた。
「……で、いつも通り散々、妖魔を弄んで重傷。何回目だと思ってる」
黒服は平坦な声で言う。それはやはり不恰好に湿った空気を震わせた。
「人聞きが悪いですね。単に訓練に活用しただけですよ」
フィオラは首をすくめる。それに合わせて耳元で2つに束ねた銀髪が揺れる。砂ぼこりが立ち込める荒野に、他の者の姿はない。
妖魔は人の意識を持たず、人間と同列に扱われることはない。
人間は殺せないが狼なら躊躇なく殺せるように、妖魔を殺すことも躊躇わない。
仮に自分が覚醒したとして、殺されたところで何も思わないはずだ。
覚醒した時点で、既にフィオラとしての意識はなくなっているはずだから。
「訓練は結構だが、ナンバー9が少数の妖魔に血まみれだとは情けないな。金眼まで出しておいて」
「実戦以外によく訓練する機会などありませんから」
「今さらか。ナンバー26の時に存分にやっておけばよかったものを」
それはその通りで反論のしようもない。その時にはまだ幼くて気付かなかったのだ。力の持つ意味に。
「まあいい。これからも任務に支障が出ない範囲でせいぜい精進しろ。次の任務は……」
「わかりました。向かいます」
固く頷くと、フィオラは砂埃が中に入らないように銀眼を閉じた。
例によって暗い地下室にいたダーエが、手にしていた紙から目を上げた。
「強くなりたいだと?」
黒服は首肯する。
「まあいい。自発的に行動し始めたのは喜ばしいことだ。こちらも工作する手間が省ける」
「はい。ですが不審です」
「何がだ」
檻で実験体が暗闇を突き破るような悲鳴をあげる。それに構わずダーエは実験器具を置くと、椅子に軽く腰を下ろした。
「やつが強さを求めたのは今回が初めてではありません。印を受けた当初から、いや半人半妖になった時から、やつは姉のために強くなりたいと公言していました」
「麗しい家族愛だな。理解できんよ、」
「なぜ今頃になって……」
ぴきぴきと檻の中から不気味な音がする。実験体の姿が異形に変化していく。
「私は実験に関係のないことには興味が湧かん。お前が勝手に考えておくがいい」
「かしこまりました、ダーエ様」
実験体から目を逸らしたまま一礼し、黒服はそそくさと扉に向かった。しかし、すぐにダーエが彼を呼び止める。
「待て。……そうだ。いいことを考えついた。」
「なぜそうなったんですか?」
「お前には関係ないことだ。黙ってスタフに向かえ。力が欲しいのだろう?」
そんな言葉を交わして2日後の夕暮れ。フィオラは廊下を歩きながらガラテアの部屋を探す。
組織へ帰り、1から戦い方をやり直せ。それが次の任務だった。
好都合だ。幸運だ。むしろ上手く行きすぎだ。何も頼んでいないのに、力をくれる場所へ案内されている。
警告が頭の中で響いたが、力の欲求に耐えきれずフィオラは素直にスタフへ戻っていた。
こつこつと音を立てながら歩いていると、背中から聞き覚えのある落ち着いた声に呼び止められる。
「昼間から何か知らない妖気を感じたんだけど、おねえちゃんだったのか」
「誰、この人?ガラテアの知り合い?」
ガラテアがもう1人の訓練生と共に、訓練服を着て立っていた。フィオラは軽く頭を下げる。
「そう。フィオラっていう戦士。おねえちゃん、こっちは同室のシェリー。なんでここに?」
「訓練の内容を確認しに来たんです。実はちょっと忘れかけてて」
本当は違う。忘れたどころかそもそも訓練を受けてさえいない。あの時は、ただ姉が剣を振っているのを見てなんとかなると思った。
生き残ることはできた。しかし、そのために色々なものを犠牲にした。
「ふうん。そんなこともあるんだ」
「はい。今日一日見ていて、昔のわたしを思い出しました」
あの頃は純粋に誰かを助けたかったのに、英雄はどこかへ消え、助けたい人には一歩も近づけていない。
世間知らずだったわたしは、こけおどしになった。光が眩しく輝く満月の夜はもう、どこにもない。
狼が吠えるのを聞くだけの夜は、もう終わりだ。
ガラテアは目を瞬くと、ゆるく首を傾げた。
「おねえちゃんって、そういえば何歳?」
「今年で14歳ですよ。印を受けてから3年経ち、ナンバー9になりました」
「本当?わたしと一緒。世の中広いね。同じ14歳でも片や訓練生、片やナンバー9の戦士かあ」
「そして普通の人として生きる14歳もいるんですから、運命は憎いですね」
「組織は憎くないの?」
はい、と答えようとしてフィオラは言葉に詰まった。
「憎しみは感じません。もし組織がなかったらこの世は妖魔に脅かされて滅びているでしょう。だから組織は存在する必要があります」
思えば自分は組織の駒にされてきた。何度も実力にそぐわない戦場に送られた。
今まで生き残って来たのは単に幸運に過ぎない。いずれは駒として体よく殺される。それは絶対に嫌だ。
そして、強くなれば、殺されずに済むのではないか。力で命さえも得られるのではないか。やっとその考えが浮かんだ。
「で、で?」
「え?」
唐突な明るい声に思わずフィオラは一歩下がる。そこにシェリーと呼ばれた少女が、きらきらした目で詰め寄ってきた。
気づけば後ろ向きに部屋に踏み込んでいて、ガラテアがすかさず扉を閉める。
「わたし、もっと戦士について知りたいんです!もっと、もっと」
「……シェリーは強くなりたくて仕方ないもんね」
「戦士について知っても強くなれないと思いますけど?」
「ううん、違うんです。妖魔を倒すためには妖魔のことや自分のこと、仲間のことをよく知ってなきゃ」
不意にフィオラは頭を剣でひっぱたかれたような気分になった。
思えば自分はメラニーが死んでから、自分のことしか考えていないのではないか。
「……なるほど。でも、やっぱり今のはわたし個人の考え方だから、戦士の考え方としては参考にならないと思いますよ」
「何でもいいんです。情報は多ければ多いほどいいんですから。その中から参考にするか決めるのはわたしです」
それまで沈黙を保っていたガラテアが、長い銀髪をなびかせて口の端を釣り上げた。
「じゃあ、おねえちゃん。1回シェリーと模擬戦をするっていうのはどう?」
慌ててフィオラは両手を振る。
「それは駄目ですよ。部屋の中は狭いし危ないし、第1シェリーは剣を持ってないでしょう」
「木剣ならここにあるよ」
2本の模擬剣を前にフィオラは弱りはてた。
技術を習ったのは今日が初めてで、それを人に向けて使えるほどまだ自信はない。今までの3年間はほぼ感覚でやってきたのだ。
「今日の復習だと思って」
「復習なら1人でできますから」
まずい。やめたほうがいいとわかっているのに、頭の中で力の欲求がちらつく。
らちのあかない様子に焦れたのか、シェリーはいきなり模擬剣を掴んだ。
「ならこっちから行きます!」
フィオラの肩に木剣が迫るのを見たとき、フィオラの理性の手綱は弾けた。
扉の方に瞬間移動する。ガラテアが慌てて避け、今しがたまでフィオラがいた位置に木剣の先が当たった。
シェリーに隙ができる。それを狙ってフィオラは木剣を引っ掴むとシェリーの背中に迫る。
横の真剣を抜かなかったのは唯一の手加減だ。寸前で振り向いた彼女が剣を前に出して防ぐが、力の差は歴然としていた。
腕力で押しまくるとどんどんシェリーが壁に押し戻され、その間に足を蹴飛ばす。
あっという間にシェリーは息を荒らげ、床に転がった。
「やっぱりナンバー9はすごい」
ガラテアが微笑んで拍手する。
「シェリーってね、わたしより年下で精神的にも未熟なの。なのに、妖魔の血肉との適性は良くて、いつもわたしは手加減されてる。
でもおねえちゃんと戦った時のシェリーは今までで一番実力を出してた。やっぱり力って大事だね」
「その通りですね」
ガラテアは数歩後ろに下がると、そのまま寝台に倒れこんだ。窓から差し込む夕日はいつの間にか星の明かりに変わっている。
「でも、ありすぎても困ると思うんだ。過度の力は人の心を狂わせる」
「ガラテアは何か力とかあるんですか?」
「えっと、ちょっと妖気の使い方が上手いくらいだと思うけど」
フィオラは目を見はった。先ほどのシェリーに負けない勢いで寝転がったガラテアに詰め寄る。
「本当ですか!?ぜひ教えてください!」
「え?おねえちゃんナンバー9でしょ?わたしが教える必要あるの?」
「はい。どうも妖気の扱い方がわからないんです」
背を起こしたガラテアが目を閉じる。ガラテアの妖気がフィオラの足を探り、膝から上に上っていく。
すぐさま乱れる妖気を流石に感じ取り、フィオラは顔をしかめる。
「妖気の扱いのせいで戦闘に全力を注げない?それでもナンバー9なの、おねえちゃん」
「おっしゃる通りです……」
同い年のガラテアに端整な顔でこき下ろされ、フィオラはただただ肩を落とした。