どこまでも続くような広い広い平原に、時折金属音が響く。
剣をまっすぐ突き出す。剣先は空を切り、戦士は右に跳んでかわす。まけじと剣の軌道をすぐに修正する。
また、かわされた。
「やあっ!」
腰から上を時計回りに捩り、剣を振る。その刃は同じ灰色の剣に防がれる。戦士は剣でそうっとフィオラの刃を滑らすと、突然剛力で跳ね飛ばす。今までの弱さは何だったのかと言いたくなるほどの勢いで、腕がじいんと痺れた。
その隙を相手は見逃さない。剣を苛烈にたたき付けてくる。1つ1つを胴体に刃が付くほどの必死さで受け止めるフィオラ。
もう、相手の弱点はなんだと考えている余裕はない。とにかく動く。隙を作らず、相手の隙に押し入るのみだ。
夕焼けが山の端に消えていく。群青の雲が帯を作って長く伸びる。だが、その幻想的な光景を見る瞬間も少女にはない。
「はぁぁ!」
何度も刃に剣を当てる。その度に、すっ、と跳ね返される。
全身の筋肉をうまく使っているのだろう。
スタフで訓練生たちが教わっていた技術だ。もっとも、教える側の黒服も実技ができず苦労していたが。
相手は小さな力のみで済むがこちらは大ダメージを喰らう技だ。堪らずフィオラは上へと跳躍した。
剣を構え、頭上から大上段に切りかかる。
キイン!
鼓膜が破れるような音が空気を震わす。耳の後ろで二つ結びの銀髪が反り返るのがわかった。
せめてもの追撃で足を払ってバランスを崩そうとしたが、相手は難なく後ろに逃げた。
こんなのにどうやって傷をつければいい?フィオラは剣を前に構えたまま後ずさる。
かれこれ戦い始めて5分は経過した。5分といえば良く持っている方だと普通なら思われるだろうが、実は違う。
相手の戦士はフィオラと違い、殆ど動いていないのだ。フィオラが剣を構え続けている間も、微動だにしない。
攻撃と防御を同時に行うフィオラと、率先してその場から動かない戦士。体力的に考えて、フィオラにとってそもそも長期戦は適切でない。
これが妖魔や覚醒者相手なら躊躇なく妖力解放するところだが、戦士相手にそれはできない。訓練にしてはリスクが大きすぎる。
しかし、すでに息が切れ始め、自分の体力に限界が近づいているのを彼女は知っていた。
妖気解放せずに、短時間でとにかく決着を付ける方法。
これなら、いけるかもしれない。
2、3歩前に走り、思いっきり地面を蹴る。妖気は妖力解放しない程度に上げている。
土煙がおさまった眼下で人2人が埋まるほどの窪みができ、周囲に亀裂が入った。
空中で剣を振り上げる。地上の戦士は窪みから抜けようともがいている……
しまった、とフィオラは息を呑んだ。窪地からの脱出を諦めた戦士は、剣を真上に構えたのだ。
構えた剣と剣がぶつかったさなか、フィオラの片足が地面に激突した。
再び土煙が立ち上り、フィオラは大きく咳込んだ。煙に身を包んだまま、太腿から粉々になった利き足に剣を振り上げる。
決着はまだついていない。治さなくちゃ。立ち上がらなくちゃ、いけない。
「そこまでだ!」
剣先が両手首を打ち、フィオラの剣は遠くへと吹っ飛んだ。
「妖気を戻せ!早く!」
「え?」
「顔が変化し始めている!」
本当だ!
「大丈夫か?」
「ええ。何でしょう、自己防衛機能ですかね」
「自己防衛……。足は治ったのか」
「はい。おかげさまでもう大丈夫です」
以前より急激に再生速度があがっている。破壊の痛みと再生の苦痛が和らぎ、やっと周囲を見る余裕がフィオラに生まれた。
砂まみれの顔をあげ、フィオラは組織に派遣された訓練相手に問う。
「わたしの戦い方は、どこが間違っているのでしょうか」
「お前は周りを見なさ過ぎだ。一つのことだけに熱中してしまう」
「そうですか?」
戦士は大きく頷いた。
「昼の戦闘では、攻撃に集中して防御が行き当たりばったりだった。その上、攻撃も突きなら突き、切り合いなら切り合い、と1点しか見ていない。更に、攻撃を加える箇所が安定せず、結果として攻撃力が落ちている」
「つまり、練度と周りを見る余裕と判断力が欠けているということですか?」
戦士はまた頷く。
「では、どうすれば」
「練度は、毎日の地道な努力だ。余裕はある程度の技量があってこそ生まれるものだからな。そして、判断力は、これから訓練するということになる」
「はい、お願いします」
妖気はとりあえず、あまり心配しなくていいのかな。フィオラは妖気で回復したばかりの右足をさすった。
「そうだ、1番大事なことを言い忘れていた。お前の妖気のことだ」
……やっぱり重要だったんかい!
フィオラは思わず心の中で突っ込みを入れた。
「わたしの妖気が何か?一応取り扱いにはやっと慣れてきたつもりなんですが」
「お前の扱いは、半人半妖になって半年の訓練生と同レベルだぞ」
確かにそうかもしれない。そうなると、わたしの認識が甘かったようだ。
思い出してみればガラテアも、上達したとしか言ってくれなかったし。平均レベルにはまだまだ遠いのだろう。
「妖気は自分の意志で調節でき、血管の中に流れ込むような感覚を持つ。だが、イメージは感情の増減と似ている」
相手は1度言葉を切った。
「どう似ているかというと、それなりの自信や自負心、理性がないと扱いに苦労する。自分の幼少期を思い出してみろ」
そういわれて、フィオラは自分が思い出せる最初の記憶をたどってみる。
「何か、とてつもなく不可能なことを願ったことはないか?」
「そうですね……」
その時、フィオラの頭上を白い小鳥が飛びこした。そのまま小鳥は夕日が消えた方へと向かっていく。
「あ、そうだ、鳥です。わたしは小さいころ、鳥になりたかった」
「でもなれなかった。そうだろう?」
すぐさま現実に引き戻す戦士に、フィオラは膨れた。
「もちろんなれませんでしたよ。めちゃくちゃに泣いて黒服にすがりましたね、鳥になりたいって」
「そう。その時のめちゃくちゃに泣いた状態が、妖気で言うと覚醒した状態なんだ」
「……今ではめったに泣かないだろう?それは、心が成長して強い悲しみを堪えられるようになったからだと考えてくれ。
普段は心が平穏で妖気も安定している状態。しかし、戦闘時に妖魔や覚醒者に対して憎しみや恐怖なんかがわくと、妖気も乱れやすい。
それは、心の中でさっき言った自信、自負心、理性が感情に攻撃されている状態だ」
「わかるような、わからないような……」
「やってみればわかるようになる。とにかく、心の余裕が妖気調節には不可欠なんだ」
「そうですか。ではまずは、練度をあげなくては」
フィオラは剣を支えに立ち上がる。
「おい、どこに行く」
「訓練するんですよ。エルダさんも来て下さい」
「今は夜だ。お前も妖気を出して疲れただろう。もう寝ろ」
「わたしを強くするために来たのでは?」
エルダは呆れたように人形のような青白い瞼を下ろした。
「そんなにあせってどうする」
「わたしは一刻も早く、強くなりたいんです!」
「なら、なおさら寝ろ。それとも、私は帰ってもいいのか?」
フィオラは唇を噛み締める。ややあって剣を再び地面に突き刺した。
「……わかりましたよ」
妖気30パーセント解放くらいの、余裕のなさだった。
「……エルダさんは、土の匂いがします」
「なんだ急に。褒めてないのはわかるぞ」
「そうじゃなくて、懐かしい匂いです」
肌に触れているわけでもないのに、あったかい。慣れない感覚が、なんだか幸せだ。
周囲を警戒せずに眠れることが、なんて心地好いんだろう。
この幸せは、力を対価に得られる幸せより満たされる物なのだろうか。いや、そもそも、強さでは得られない幸せが、この世にあるのだろうか……
「変なこと言ってないで寝ろ」
エルダの冷ややかな言葉に思考はばらける。でもまだこの気持ちを味わっていたくて、フィオラは無理に瞼をこじ開けた。
「寝られないんです。体は疲れてるけど、頭に疑問が残って、寝られません」
「ああもう、一体何だ?」
ああもう、なのはフィオラの方だ。こうなったら、いくら眠くとも、話題を捻り出すしかない。
「さっき、鳥になりたかったって言ったじゃないですか。言ってからふと思ったんです……どうしてそんなこと思ったんだろうって」
「子供だったんじゃないか?」
「そんな単純な物じゃない気がするんですよ」
「……」
面倒臭そうな眼差しである。
「そんな眼で見ないでくださいよ。わたしは今までの記憶を大事にしたいだけなんですから」
ただでさえ人より記憶が少ないから。大事な人のことをもう覚えていないから。
もっと一杯、色々なことがあったはずなのに、わたしが思い出せるのはごつごつした組織の部屋と、月明かり、それに剣と妖魔とお姉ちゃんだけ。
「せめて、これ以上無くしたくないなぁ」
「……」
「すっ、すみません。ちょっと眠気が入ってますね」
エルダはなぜか急に黙り込んでしまい、もう、寝ろとは言わなかった。