終わりなき飛翔   作:コーリング

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第11話 見えない星

あいつは、私を恨んでいるだろうな。エルダは思った。

 

 

フィオラは組織に来る前の記憶がないという。幼少期に引き取られた、稀なケースだ。

組織の一方的な思想を植え付けられたか、もしくは何も知らされなかったか。

単純な考え方しかもたずに育ったのなら、それが折れるときもまた単純だ。

 

エルダの足元で、木橋の枕木がみしりと音を立てる。

 

だからこそエルダは一瞬だけ期待したのだ。フィオラなら他の者のように過去に縛り付けられず、ただ現在を見ていく存在になれるのではないかと。そして、組織から本当の意味で解放されるのではないかと。

だが違った。彼女は過去ではなく、家族に縛られている。そして何より、組織自体に縛られている。

 

かすかな期待は期待以上にならなかった。そのうえ、当然ながら余計な恨みを買った。

組織の暗闇を覗くのは、やはり精神的に疲れるものがある。それでも……

 

私はただの駒で終わるより、暗闇を知ってから死にたい。

それしか、ナンバー5の私に出来ることはないのだから。

 

 

「エルダ、どうした」

 

フィオラの黒服が振り向いて、立ち止まったエルダに問う。顔を背け、エルダは弱虫の仮面を被る。

 

「何でもないさ。行こうか」

 

声は黒服にはわからないほど微かに震えていた。

 

 

 

東の地、スタフに組織の本拠地はある。岩山をくり抜いて作られた施設には、何十人の黒服や連絡員、それに訓練生と戦士がいる。

戦士は通常、スタフには帰らない。帰るのは、組織から重大な任務を受けるとき、そして特別な事情があるときだ。

 

「やあぁ!」

 

横の訓練場から掛け声と、金属音が絶え間無く聞こえてきた。

明確に禁止されたわけではないが、血縁関係のない戦士と訓練生が顔を合わせることは、戦士と黒服の間で暗黙のタブーとなっている。

目を逸らして横を通り抜けるエルダと黒服を、訓練生たちは動きを止め物珍しそうに見ていた。

 

 

現実逃避だ。エルダはまたフィオラのことを考えはじめた。

フィオラは素直で正直で、相手が戦士なら、組織に関して自分の意見を言うことが出来る。

元々の性格もあるのだろうが、通常と比較するとやはり、組織に甘やかされている可能性を否定できない。

 

なぜ、組織はフィオラを厚遇するのだろうか。フィオラには、他にはない特別な価値でもあると言うのか?

 

 

「帰ってきたかエルダ。ちょうどいい。報告しろ」

 

ちょうど部屋を出てきたらしい、ダーエに声をかけられた。エルダは立ち止まる。

 

「まず、訓練のほうだが、ナンバー6と同程度まで上げたはずだ」

 

数ヶ月という短期間でここまで実力をあげるのは並大抵のことではない。

気絶するまで戦いつづけるというシステムに加え、フィオラの熱意と才能があったからここまで成長したのだ。

ついでに訓練法も叩き込んでおいたから、放っておいてもいずれナンバー3くらいには肉薄するようになるだろう。

 

「そうか。監視していて、何か組織に反抗するような言動はなかったか」

 

この台詞はエルダを信用している物ではない。むしろ、駒としか見ていない証拠だ。

それでもエルダは、ダーエの真意に気付かないふりをする。

 

「なかった」

「わかった。もういい。これからも、私の命令に従ってもらうぞ」

「ああ」

 

つまらない応答を残し、エルダは身を翻した。待つ必要はない。

どこを歩いていても、必ず見つけだして黒服が次の任務を伝えに来る。そういうところなのだ、組織は。

背中の大剣を重く感じながら、金属の足音を響かせて廊下を歩く。

 

眼鏡をかけた一人の黒服が早足ですれ違った。エルダの厚い灰色のマントが風にはためく。

振り返ると、先ほど自分が出てきた部屋に黒服が入っていくのが見えた。

 

どうやら、良くないことが起きたようだった。

 

 

 

そのころ、スタフから最も遠いと言われる大陸の最西部をフィオラは走っていた。

ナンバー5のエルダから受けた数ヶ月の訓練は確実にフィオラを強くしたようで、地面が、飛び去るように後ろに飛んでいく。

清々しい光景のはずなのだが、フィオラの頭は別のことでいっぱいだった。

 

ハンネに会ったら何と言うべきだろうか。

彼女がわざわざ数ある戦士の中からフィオラを指名したのは、最後にフィオラに何かしたいことがあるからだろう。

大体予想がつくし、その内容も何となく分かる。恐らくは、メラニーに関することだ。

 

結論はずっと前から出ている。強くなることで、その死を無駄にしないという一心で、今までを過ごしてきた。

だが唐突に、それをハンネに告げたとき、彼女がフィオラの考えを肯定してくれるとはどうも思えなくなったのだ。

理由のない不安が心の片隅にあって、フィオラはこの不安をどうすればいいのかわからなかった。

 

いっそのこと、再会した瞬間に首を撥ねてしまうことができればどれほど気が落か。

そう逃げ腰になってしまうのが、フィオラの防御型たる所以なのかもしれない。

 

ふと見上げた空は曇っていた。

 

 

 

それでもなんとか良心をかき集めたフィオラの妖気の網に、ハンネが捉えられたのはなんと10日後だった。

ハンネはできる限り妖気を出さないように努力しているようで、なかなか妖気が掴めない。

時々断続的に漏れ出る妖気は恐らく、本人の意志を無視したものだろう。

 

大きな、大きな湖だ。向こう岸が地平線と一体化している。底が見えるほどに水が澄んでいる。

ハンネは戦士の装備も剣も外し、座り込んで服のみの姿で素足を湖の波にさらしていた。

人間らしい格好だというのに、細身の体からはち切れそうな妖気が感じ取れ、遠くから乾いた砂浜に立つフィオラに強烈な違和感を感じさせる。

 

「久しぶりだな、フィオラ」

「……はい」

 

出会った瞬間に首を撥ねるという選択肢を、フィオラは失ってしまった。

振り向いたハンネの顔は穏やかで、別人かと疑うほどだったからだ。

 

「正直、間に合わないかと思っていたぞ」

「すみません。覚醒する前で本当によかったです」

「同感だな。さて、首を跳ねてもらえないか?」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

予想外の反応にフィオラは慌てる。ここはハンネがメラニーの件でフィオラを糾弾するところではないのか。

 

「どうした?戦士を殺すのが怖いか?」

「いえっ」

「なら話を聞け」

 

やんわりとハンネはフィオラを遮った。

 

「フィオラ、今でもお前のことは正直、殺してやりたいほど憎い。」

 

フィオラは動きを止め、頭を垂れる。憎いという言葉が胸にずんと響く。

思えば、笑って生きろと言ってくれたのもハンネだった。だが、まさか同じ相手から憎まれることになろうとは。

 

「だからこそお前を呼んだんだ。勝負をしよう、フィオラ」

「勝負とは?」

「私とお前が戦う。お互い妖気解放し、先に死んだほうが負けだ。覚醒するかしないかは問わない」

「そんな」

「もしお前が勝てば、少なくとも私を倒せる力量があることになる。もし私が勝てば、メラニーのあだは討てる。対等の、条件だ」

「……」

 

限界が近いのか、ハンネはいつもの明晰さを失っているようだった。

 

「お前に拒否権はないぞ」

 

言い終わるや否や、戦士の体から妖気が噴きだし全身を侵食する。

顔つきだけでなく体つきまで変化したのを見て、フィオラは悟った。ハンネは本気だ。

戦って殺すしかない。まさか粛正に来て返り討ちに遭って殺された、など冗談にもならない。

敵の金眼に対抗するように、フィオラも妖気を解放した。

 

 

幾度も剣のぶつかり合う音と妖気が混ざり合い、戦士同士の戦い特有の空気が生まれる。

 

ハンネが本当に覚醒を辞さない気なので、フィオラとしては早急に敵を倒す必要があった。

本来覚醒者の討伐はナンバー一桁を含む4人で行うものだ。覚醒されたら、いくらナンバー9のフィオラでも命が危うい。

首か胴体を切り離す。もしくは頭を破壊する。それが目標だ。

 

フィオラが接近する度にハンネは腕を伸び縮みさせ、フィオラの予測を翻弄する。剣でなぎ払われ、フィオラの体は宙を舞う。

 

だが、事はうまく運ばない。

ハンネが覚醒を覚悟しているのに対して、フィオラは万が一にでも覚醒したくない。

70パーセント近くを解放していると考えられるハンネにフィオラは20パーセントほどのみで肉薄している。

互角では相手は倒せない。ならば、こちらが妖気をあげるしかない。

 

フィオラは空中で一回転すると妖気を更に解放した。手足の動脈を妖気が満たす。

ハンネの剣が再び突き出されフィオラの胸を左に掠める。その隙を逃さず、フィオラはハンネの首へと剣を振りかぶる。

 

 

その時、2人にとって予想外のことが起きた。

フィオラの肌を突然、妖魔側に近い妖気の奔流が襲う。止まった剣先でハンネが全身を震わせ、砂浜に膝をつく。

押さえ込んでいた妖気が、とうとう暴走を始めたのだ。

筋肉が隆起し、あたかも生物のように波打っている。今までと比べものにならない濃度の妖気がハンネを包み、彼女の姿を隠すかのようだ。

 

明らかに、ハンネは限界を超えていた。フィオラは絶叫する。波打ち際で波が強く打ち付ける。

 

「ハンネさんっ!」

「が、ガアァ……」

 

ハンネの声は、もはや人間というより生物の出した音に近い。

これが覚醒か。そう認識したその瞬間、衝動的な吐き気がフィオラに起こった。

 

だまれ、化け物。

その腐った体で、呼吸をするな!

 

 

筋肉が膨張して、顔も歪んで、声さえも出せなくなって、戦士が化け物に変わっていく。

そうか、人と同じなんだ。彼らが戦士を忌み嫌うように、わたしは覚醒者を嫌悪してしまうのだ。

姿も見たくない、声も聞きたくない、同じ空間に生きていることが許せない。だって、

だって、どうしても、元の戦士の姿と比べてしまうから。

 

フィオラは体の衝動に任せ無我夢中で剣を振るった。

 

 

 

日が暮れるというのに、肉厚の曇り空には星が見えない。まるでこの世をあの世と分かつように、雲が分厚く空を覆っている。

人は死ねば星になるという。だがハンネの肉体が最期まで人であったかを確認するのは、今晩は無理のようだった。

 

「どうしよう、組織を離反できなくなっちゃった」

 

フィオラは、血のような唇をした人形に囁きかけた。背中の剣の血糊は未だに消えていない。

 

「気持ち悪い覚醒者がいる世界で安穏とした生活を送るのは、想像できないよ」

 

人形は青い眼でみつめかえしてくる。それは先ほど墓標がわりに剣を突き刺した、あの砂浜の水のように澄んでいる。

自分はこんなに潔癖な性格だっただろうか、とフィオラは自問自答する。

戦士が覚醒者になるのを見ただけで、覚醒者全員を倒して回ろうとするような、正義漢だっただろうか。

 

いや、違う。フィオラは変えられた。間違いなくハンネによって。

ハンネに勝利し、フィオラは生きて戦う権利を勝ち取った。そしてもう1つも。

 

「これでいいんだよね、ガラテア」

 

離反せずこのまま組織に所属していれば、ガラテアにも、姉にも会える。

それに、戦いつづけることで、力も手に入れられる。

エルダは名前を思い出すだけで手に力が篭るが、それには目をつむるしかない。

ハンネの分も、いやそれ以上の覚醒者を倒せるのだから。

 

フィオラの歩いた後に、足跡が点々と残る。鉛色の雨の滴の冷たさが、熱を持った頬にここちよい。

 

鳥ならば、鉛色の大空を昇り、雲を抜けて群青の星が見られるのだろうか。

そうだとしたら鳥になって、翼を広げて果てなく飛び上がりたい、そんな熱情にフィオラは静かに身を委ねていた。

 

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