昨日見てくださった皆様、心よりお詫び申し上げます。
「ガ、ギガガガ」
目の前にいたはずの男の腕が8つに分裂したかと思うと、みるみるうちに全身が黒に染まっていく。
それとともに感じる妖気も飛躍的に上昇し、フィオラの顔を僅かながら顰めさせた。
つまり、妖魔が現れたのだ。
周囲では悲鳴が上がり、怒号が飛び交っている。
男たちは扉に閂をきつくかけ、女たちは我が子を守ろうと、しっかり子供を抱きかかえる。
それらを胡乱な目で見回すフィオラ。
だから、妖魔が正体を現す前に仕留めたかったのに。
町を騒がせることなく、静かに妖魔を殺し、静かに町を出ていく。
その予定が台無しだ。
「むしすんな!」
眼前に妖魔が迫る。
妖魔との距離はほぼ無いに等しく、背後は家の壁で逃げ切れない。
「さよならだな、くれいもあさーー」
クレイモアさんよ。そう言おうとした妖魔が言葉を止める。
彼と壁の間に、少女の姿は見えない。彼は1瞬絶句し、慌てて周りを見まわす。
しかし、やはりその姿はない。
「っ、どこにいーー」
そんな彼に、頭上からフィオラは言う。風に吹かれ、耳元で髪が激しくなびく。
「こちらこそさようならです。妖魔さん」
鋭く迫る斬撃が、彼が最期に見たものとなった。
町を出、そのまま森林に分け入る。
進めば進むほど緑は深くなり、日射しは乏しくなっていく。その中をフィオラは歩いていた。
染み入るような静けさに、朝露の滴が落ちる。
そんな中、彼女の歩調に合わせるような、カチャカチャという金属の触れ合うような音が微かに響く。
しかし、程なくしてそれは止まった。
「お金、回収したんですか?」
フィオラは振り向くと、背後の1本の木を眺める。その枝が揺れ、どこからともなく黒服が現れた。
「心配はいらん」
黒服は小さく頷く。
「随分早いですね。お金、回収し忘れちゃったのかと思いましたよ」
「早いのはお前の方だ。まさかあれほどあっさりと妖魔を倒すとは」
まだ印を受けて1年とはとても思えない。黒服には、フィオラが何をしたのか理解できなかった。
「そういえば、先ほどお前は何をやったのだ?」
それに、フィオラは小さく苦笑した。やはり、黒服にはあれが見えないのか。
クレイモアの本気の移動を人間が視認するなど、猛獣と鬼ごっこをして生き残るのと同じくらい無理な話だ。
彼女の動きが見えるわけがない。
「ああ、あれですか。上に跳んだんですよ」
単純に素早く妖気を高め、脚力を強化させたのだ。
いくら妖魔とはいえ、瞬間的に妖気が上昇したことを感知できるものはいない。
それは、フィオラがこの1年で積んだ経験だった。
「なるほど」
納得したように頷く黒服。
用は済んだと歩き出す背中に彼は声をかける。
「これからどこに行くつもりだ」
「1度スタフに戻る予定です」
フィオラの返事は簡潔だった。
「そうか」
「大丈夫です。2、3日で終えますから」
急な任務はありませんよね。と黒服に確認を入れる。
もっとも、もし任務があったとしても、出来るだけそれを先延ばしにするつもりだが。
それに、そろそろ帰らないと、また姉に叱られてしまいますしね。
口の中でそう呟くと、すたすたと迷いのない足取りで、暗い森の中にフィオラは入っていった。
これほど怖い女もあるまい。
黒服は、今しがたフィオラはが消えた森の奥を凝視し、ふっと2度目の溜息をついた。
まだ印を受けて1年だというのに、既にナンバー26から13まで上り詰めている。
その間のナンバーの戦士たちもそう弱くはない。その彼女らの殆どが口を揃えて言うのだ。
この子には自分はとても敵わない、と。
更に、彼女はダーエから直々に任された戦士だ。つまり、フィオラは将来を彼から期待されているのだ。
自分も詳しく知るわけではないが、ダーエは、戦士をいかに強くするか、それ一事に研究を重ねている。
その彼に目を付けられるとなると、相当の素質を持っているに違いない。
黒服はそう確信していた。
だから、それなりに覚悟を決めていたのに、実際彼女に会ってみると驚くことばかりだった。
まだほんの少女ではないか。
この、あどけない顔つきで自分を見上げる、曇りのない瞳を持つ少女が、それほど強いとはとても思えなかったのだ。
しかし卒業試験でその戦いぶりを見た彼は、恐怖した。まるで、ライオンの前の赤子のような気分だった。
彼女は、底が知れない。
底なし沼のようにその身体から湧き出る戦闘力。彼はそれに怯えた。
その日の陽が沈む頃。フィオラは、スタフの本部のとある部屋の前にいた。
……この中に、姉がいる。
静まり返った廊下に、ごくりと唾を飲み込む音が吸い込まれる。
フィオラは息を止め、扉にとその手をゆっくり伸ばしていった。
実はまだ、ここの使い方がよくわかっておらず、連載する方法をイマイチ理解していませんでした。
そんなこんなですが、来週もよろしくお願いします。